♯58 激昂 簒奪 目を覚ます獣
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調査団のドワーフ二人は、お言葉に甘える形でレイクに任せる事にした。
笑顔でお礼を言ったら、顔を真っ赤にして
「ぉあ、‥‥の、お、おう!」
と狼狽えていたのが何だか微笑ましかったので、冗談交じりに惚れるなよ?と言ったら、今度は耳まで真っ赤にして
「バッ!‥‥いいから早く行ってやれ!多分皆、お前の事待ってるぜ」
なんて、白い歯を輝かせながらのサムズアップ。
心の中で欧米か!と突っ込みを入れながら一つ頷いて、ヴォルパ村へ向かった。
辺りはすっかり暗くなっていて、けもの道より少し広い程度の連絡路に伸びる木の枝は、何処か不気味に見えた。
‥‥別に心細くなんてなってない。
なってない。と、思う‥‥。
▼ルゴナ大森林 ヴォルパ村門前
村に到着した僕の目の前には、半日ちょっと前に見た景色とは似て非なる空間が広がっていて圧倒された。
今日の朝一、まだ日も昇っていない時間だと言うのに見送りをしてくれたのは、レーネさんとガーバさんにゴーノさん、それと新しく出来た、門番という仕事を今日の午前中まで務めていた、ラーダさんともう一人のドワーフ戦士の合計5名。
誰もが笑顔で送り出してくれたのだけど、今は村の殆ど全員が厳しい顔つきで僕を見つめている。
総数数十の敵対的な視線にさらされるというのは、此方の世界に来てから一度も無かった事なので、かなり精神的にクる物が有る‥‥。
何も言えずに固まってしまったのも、仕方ない事だと思う。
正直、泣きそうだ。
そんな僕の心を読んだのか、とても素敵なタイミングで声がかかった。
「やれやれ、危惧していた事態が、起きてしまった様ですな?バーン殿‥‥」
「‥‥‥‥」
右手に幅広の片手剣、左手に凧盾を装備した男爵の格好は、荘厳な赤い光を湛えていた。
戒負顕鎧。
ガーバさんと僕とで考えた、HPを消費する代わりに、効果発動中素早さがアップする、大トカゲ戦でラー
ダさんが装備していたあの鎧の改良版。
『某戦闘民族漫画の技名から取ったのはナイショだ』
思い出の品と言う程ではないけれど、それなりに思い入れのある品を我が物顔で使っている男爵が、口を噤んだままのバーンさんに焦れたのか、言葉を続ける。
「良いのですかな?ゴーノ殿。あの忌まわしき魔女がこの村に居座り続ければ、貴方の大切な人がいつまでも目覚めぬままですぞ」
本当、何処までも歪な喜劇だ。
悲劇的な喜劇だと、心底思った。
■■■
この村は、狂っているとしか言えない状況だ。
誇り高き我らドワーフは、本来ならこの大陸だけでなく、勿論ゴウ・パサーツだけでもなく、世界を治めるべき存在なのだ。
未だ同族で争い続ける獣人種や、それよりは幾分マシでも大差無いレベルで醜い争いばかり起こす人間種は勿論、自分達の国以外を見下し、決して迎合しようとしないエルフなどに一つの国を治めさせざるを得ない現在の諸大陸の情勢は、目を覆いたくなる様な有様で溢れかえっている。
我らドワーフならば、そんな程度の低い争いや諍いなど起こるはずが無い。
力に満ち溢れた同胞とて、本気で仲間を陥れ、命を奪う行為はしない。
仮にそう見える様な場面であっても、事実は見たままでは無い。と俺様ならば教えてやるだろう。
事実、こんな辺鄙な、文明的な面で見ても未成熟な村で有ろうと同族で争う様な事は今までも無かった。
他種族の辺境に存在する村であれば、こうはいかなかっただろうな‥‥。
悲しい事だが、それがこの世界の人種の現実だ。
ともあれ、大きな間違いが起こる前に修正する事が出来ると言うのは、不幸中の幸いだな。
忌まわしい魔女が洞窟に向かってからすぐに行動を開始し、ここまでの成果が出たのだから。
■■■
「ご足労感謝致します、バーン様。只今執務室にご案内いたします」
クローシュメル男爵邸を訪れたバーンを出迎えたのは、一人のメイドだった。
力無く垂れた耳を頭から生やしている、獣人の奴隷給仕は、この邸宅の主、クローシュメル男爵の個人所有奴隷である。
他にも人間種の奴隷を多く抱える男爵は、本国の一部では奴隷商と揶揄される事も有るらしい。
以前、ドワーフの村に人間種が多く移住した際、人間種の不正を暴き、国王から爵位を賜り、奴隷の所有に関しての諸々を免除された事も、その仇名を広める一端を担っていた。
その事実を知らない、小さな村を治めるバーンは、少々の困惑を押し殺し案内に従って男爵の待つ執務室へ通された。
「これはこれは、村長殿。ご足労痛み入る」
優しい笑顔に柔らかい物腰。
先日、村唯一の獣人に向けていた敵意はなりを潜め、村長の前に居るのはただの優しげな貴族の男性だった。
一瞬、ほんの僅かに呆けてしまったものの、笑顔を向けられたバーンが応答する。
「あぁ、いや、本日はお招きいただき有難う御座います。して、御用件は一体‥‥」
「えぇそれなんですが、村長殿は、何かお困りごとはありませんかな?例えばそう‥‥、村に居座る厄介者‥‥なんて」
怪しく光る男爵の目に映るバーンの双眸は、既に虚ろな、光の無い物に変っていた。
一瞬の隙を突く男爵のスキルはもう発動を終え、バーンの精神を綺麗に作り替えている。
村人程度の耐久力では、特殊な精神干渉のスキルに抵抗する事など、不可能だった。
■■■
「クローシュメル殿、今回は本当に助かったぜ‥‥、何で俺達ぁ、気が付けなかったんだろうなぁ‥‥」
「いえいえ、これも我らドワーフの真なる解放の為でありますからな」
悲しげにため息を吐くゴーノさんに、紳士的な対応を見せるなんちゃら男爵。
村の皆もゴーノさんに同調して、どうやら僕の事を敵として見ている様だ‥‥。
「‥‥えーと、男爵さん、あん「しかしだ!こうして吾輩の親愛なる部下を殺め、獣人がこの村に帰ってきた以上!吾輩ら調査団は、身命を賭して!この村の危機を救わねばならん!」お、おぅ‥‥」
今回も被せてくる男爵の勢いに少しだけ圧されてしまった。我ながら情けないなぁ。
「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」」
調査団と村のほぼ全員分の鬨の声を聞きながら、思考を巡らせ、思い至る。
老若男女を問わず村のほぼ全員がここに居る中で、数人の村人、それも僕と親しくしてくれた人の数人が居ない事と、ゴーノさんに対して男爵が放った言葉を思い返し、全身がカッとなった。
全身を吹き荒れる感情を押し殺しながら、それでも溢れる力の余波が周囲の地面を抉り始める。
『あーぁ‥‥、なんで僕は毎回こうなんだ‥‥』
生前、散々に舐めまくった苦汁を思い出し心底嫌になりながら、男爵に視線を送る。
ガラリと変った僕の雰囲気に飲まれたのか、喊声は止み、静寂が辺りを包み始めた。
「なぁ、おい、レーネさん達はどこだ?」
二重にブレた様な自分の声が酷く耳触りだった。
村の入口に集まる人々と対峙する自分の姿を、何処か俯瞰気味に眺めている感覚に、少し乗り物酔いに似た感覚が合わさった様に感じながら、僕はゆっくりと、行動を開始する。
空に輝く三つの月でも、森から迫る暗闇を打ち消すには足りず、篝火を灯す村さえも飲み込もうとしているかの様に見えた。
次回、重蔵君がブチ切れます。




