♯57 獣人、推測する。 魔獣、忘却の彼方へ。
思いもよらない客人の訪れに右往左往したものの、漸く落ち着いた僕達は無事に(一時的ではあるけれど)お別れを済ませる事が出来た。
レクスの住処となった地下庭園を離れる際、寂しそうにしながらも
『重蔵、これもってって、なにかあったら、よんでね』
と、僕の腕に細くて真白な絹糸を巻き付けてくれたレクスの言葉に頷いて、鞄を背負い帰途についた。
で、少し歩いて、地下第一階層は出入り口の手前。僕は見事に足止めを食らっている。
目の前には枯れ落ちそうな大木の幹に、醜悪な顔を付けた深淵の樹木魔獣が二体。
その左右を挟むように、四対八本足の、巨大な蟻、深淵の巨蟻魔獣が二体。
どちらも見た目の厳つさに圧倒されかねないけれど、能力値はどれもお粗末な物だった。
『これなら、レベルアップしまくった今のレクスなら完封勝利間違いなしだけど、問題は‥‥』
そう、問題はその魔獣達を従えて、僕の前に立つ一つの影。
「まさか、こんなに早く会えるとは思っていなかったぞ、愚かな魔女」
確か、なんだっけ、なんたら男爵の補佐官だかって紹介をうけた‥‥、えーと‥‥。
「アフロさんでしたっけ?何かご用ですか?」
「‥‥アグザだ、ロズガ・アグザ。貴様を滅ぼす者の名前だ、その魂に刻むがいい」
{ア}しか合って無かった、これは申し訳ない事をしてしまった‥‥。
いや、違う、そうじゃなくって‥‥。
「あー‥‥、僕、貴方がたに何かしましたっけ?」
思い当たる事と言えば、ファーストコンタクトで皮肉たっぷりな返答をしたくらいで、それだって男爵に対してだ。
いきなり滅ぼすとか、物騒な事を言われる筋合いは無い。
まぁ、中世貴族や、戦国武将の所謂、面子の話を持ち出されると、一概に無視できない可能性では有るけれど。
それでも、先に喧嘩を吹っ掛けてきたのは男爵だし、僕が粛清される謂われは無い。
「ふん!上手く隠していたつもりらしいがな、俺達の目は誤魔化されないぞ‥‥。お前がヴォルパで、我が同胞達を見下し、踏みにじっていた事は分かっているんだからなァ!」
「‥‥ハァ?」
「行け!アビス・トレント!アビス・ヒュージ・アント!その醜い魔女を食い殺せ!!」
『おや、見るからに普通じゃ無い魔物でも、やっぱり呼称は違うんだ‥‥』
舐めきっていた訳ではないけれど、いきなりの意味不明な殺戮宣言に面喰った僕は、現実逃避か魔物の名前に意識が向いていた為、対処が遅れてしまった。
助けられた命を助けられないというのは、何度味わっても心が軋む感覚を覚える物だった。
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「ヘイヘイヘイ!何してんだよ重蔵!大丈夫か!?」
今僕の目の前にいるのは、先刻別れたばかりのレイクと、そのレイクに剣を突き付けられて半泣き状態のドワーフの女性、レネリ・ロネリさんだけ。
四匹の魔獣は焼け焦げて黒く染まり、煙を上げて倒れ伏し、魔獣を使役していたらしいアズガさんは、片腕を失った状態で頑強な岩壁に、片手で振るえる様な一本の剣で磔にされている。
よく観察してみると、どうやら意識を失っているだけで命までは落としていない様子で、心底ほっとした。
「ん、うん。有難うレイク、助かったよ。ところでレイクって、回復魔法使える?」
「お?おう!使えるぞ。俺の得意魔法は、光・回復・転移だし!なんだ?怪我でもしたのかよ」
「いや、|岩壁に磔なドワーフ《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》を、回復して欲しいんだ」
瞬間、レイクの目つきが鋭くなる。
「おい重蔵、分かってんのかよ。お前は!あのドワーフに!攻撃されたんだぞ!?」
「分かってるよ、だからこそ、お願いしてるんだ」
僕の返答は、命の恩人と言えなくもない勇者様にとってはとても許容できる内容ではなかった様で、数秒間、睨みあいが続いた。
睨んでいたのはレイクだけで、僕は素の表情だったけれど。
結局レイクが折れて、メイドインユーエスエーなオーバーリアクションをしながら行動を開始してくれた。
「本当、日本人ってのはどうしてこう平和なんだろうなぁ‥‥」
弟か妹を、諦観した面持ちで眺める様な笑顔でロズガさんに魔法をかけてくれたレイクに、僕はもう一度お礼を言うと
「俺じゃナイトにゃ成れなかったみたいだけどな」
と、レイクはシニカルに笑った。
惚れはしないけど、なかなかに男前な表情だった。
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さぁて、事情聴取のお時間ですよ。
何も脳内お花畑で
「目の前に助けられる人がいるなら助けたい!」
とかでは無いのだ。
所謂、打算込み込み状態。
状況としてはほぼ最悪だけど、村に戻るのは状況を確認した上で、情報を精査してからだ。
慎重に、慎重に。
「おいコラ ドワーフ共!何でこんな事したんだよ!?」
「あ、レイクさんはちょっと喋んないで貰えますかね」
どうしてこう、この世界の人達はけんかっ早いんだ‥‥。
レイクは厳密には地球人だったけど。
「いや、それが‥‥」
「私達も、記憶が曖昧と言うか‥‥」
成る程、そういう事か。
レイクが回復魔法を展開している最中に教えて貰った話を思い返した僕は、妙に静かな気持ちで納得できた。
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いやぁそれがさ、お前にスメイの大体の方角と距離聞いたじゃん?
で、俺もすぐに出発した訳じゃん。
でも俺の転移魔法ってあんまり使い勝手良く無くってさ、洞窟とか建物の中だと精度が凄く落ちるんだよね。
で、お前らの目の前で転移したあの時、普通に森の、洞窟出入り口に出ちゃった訳ね。
あ、おい!残念勇者とか言うな!笑うなって!!
ンン!
で、取り敢えず後ろに洞窟入り口の門だろ、目の前には森が広がってたんだけど、その森にドワーフの女。
そう、その女がいて、初対面の俺を滅茶苦茶睨んでくれてるんだぜ?
いや、俺だって別にそこまで好戦的じゃないし、最初は普通に聞いたんだよ。
あれ?ここってログロの洞窟の出入り口だよな?で、アンタ誰?何で睨んでんの?
ってさ。
そしたら何て返したと思う?ソイツ。
「貴様、まさか魔女の手先か?ロズガに何をした!」
だぜ!?意味分かんねーよ。
まぁ、睨んできてる視線で、もう正気じゃないって思ってたしさ、調べてみたのよ。
ステータス、重蔵なら分かんだろ?そう、状態異常!
前に俺が産まれた国の街の近くでさ、悪魔系の魔物が暴れた事が有ったんだけど、その時に悪魔の魔法で魅了された人間の目が、もう、殆どおんなじでさー。
そいで調べてみたら、まぁ予想通りに状態異常:魅了だってよ(笑)
あん?そりゃ笑うだろ。魅了なんて、それこそ村人くらいじゃないと、普通かからねーって(笑)
上位魅了とかなら、冒険者でもかかるって話だけど‥‥、知らなかったのか?
おう、そうなんだぜ。
あ、そうそう、で、俺が噴き出したら、いきなり剣握って走ってくるんだよ。
焦って[下位状態異常回復]かけて、正気に戻って慌ててるところを捕まえた訳だな。
どーよ、俺ってば、役に立ったんじゃ‥‥あ?あぁ、回復終わったな‥‥。
あぁ‥‥、どういたしまして、だ。
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レイクの話は怒涛の勢いで展開されたので、僕としては若干疲れたのはヒミツ。
『レーネさん然り、レクス然り、最近のゆったりとした会話のペースにどっぷり浸かっていた、って事か』
閑話休題、話を戻して、ドワーフの二人組を見つめる。
レイクとの会話を思い出しながら二人の話を聞いた限りだと、現在の村の状況はさっぱり分からない。
僕が村を出てから、すぐに後を追ったんだと思うと、二人が口をそろえて証言しているし、これは多分本当だと思う。
男爵が公明正大ってのは、まぁ身内の贔屓目って事で、ノータッチ。
多分、男爵が考えている理想的なドワーフであれば、危害は加えられていないだろうし、村人に対して攻撃などはしていないハズだ。というロネリさんの証言も間違いない。
納得したのはあくまで正気じゃ無かった理由についてで、黒幕(十中八九男爵だろうけど)の目的は未だ未確定。
アグザさんとロネリさんが、憎らしげに叫んだ先刻の言葉を総合して考えると、僕が、ヴォルパ村の皆を見下して、虐げている、醜い魔女だと誤解して、排除しようとしている。‥‥ってところかな?
これだけだと、理由としても目的としても何となく弱い気がする‥‥。
『例え弱くても、状況証拠としてはこんなもの。として納得するしかないか』
こうなってくると、やっぱり村が心配になる。
「なぁ、重蔵。俺がコイツら見ててやろうか?」
「うん?いや、気持ちだけ貰っとこうかな。スメイまで行かなきゃいけないんでしょ?」
「こんな時間じゃ、外門が閉まっててまともな宿も取れないって聞いてるから、明日の朝一で転移する事にしたんだ」
またもオーバーリアクションでにやりと笑うレイク。
「丁度俺も、夜営っての、やってみたかったんだ」
本当に、頼もしい勇者様だ。
(笑)を付けた事を訂正しなきゃいけないかもね、これは。




