♯31 或る冒険者の帰還
設定出してまだ全然経っていませんが、まさかの閑話です。
副題通り、【彼】が帰ってくるお話です。
重蔵がドワーフの集落で目を覚ます五日ほど前の事。
セルバ王国、王都スメイの冒険者ギルドから、主に森林警護を主要任務とする部隊が、ルゴナ大森林でバル・エネス・ソルザードの捜索任務にあたっていた。
ソルザード伯爵家は、王都ではそれなりに数の多い、一貴族である。
しかしながら、現伯爵であり、バルの父でもある、グレインネル・アルノ・フェイン・エネス・ソルザードは、貴族でありながら、上位・下位を問わず、奴隷の待遇改善について、国王と協調して制度を変えようとしている、謂わば政府の重要人物でも有った。
事が事で有るだけに、敵は多い。
世界中で、何百年も前から続いている、ほぼ全ての人間種(亜人種も含めて皆)が信じて疑わない、所謂、当然の決まり事を改革しようと言うのだから、仕方のない話でもある。
ただ、国王、親国王派の貴族達、冒険者やそのギルド、国外の獣人達に、各国の市民達と、奴隷達の待遇改善に前向きな者も、実は結構な人数に昇る。
これは、世界中、どこの国であっても言える事なのだが、例えば店の棚から商品を盗んだ、他にも例えば、商売において、取引相手を騙そうとした。など、人を殺したり、強盗を働いた等と比べて、必ずしも直接的に、他者を傷つけ、生命を脅かす行為にはならなくとも、状況によっては簡単に奴隷に落とされ、使い潰される様な制度が広まっている事に起因している。
なればこそ、奴隷を利用する側からは疎んじられ、ふとした拍子に奴隷とされる可能性の有る者、或いは、身内や親しい人が奴隷として奪われた事の有る人々からは、絶大な支持を受ける事になる。
グレインネル伯爵は、それだけ、一部の人間から、期待されている。
息子であり、騎士級冒険者でもある、バルにも、同量の期待がかけられていた。
■■■
捜索隊が王都を出発して二日目の昼前、グレインネルは、制度の改革草案に目を通していた。
眉間には、年の割に深いしわが刻まれており、老練な印象を周りに与えている。
『失念していた‥‥、今日はネレス候が来られる日であったか‥‥』
国王と、同派閥の会談の為に王城を訪れたグレインネルは、ギルド長が同席する事を忘却しており、心中では少々苦い顔をしていた。
顔には出していないものの、空気を察したらしいギルド長
―獣人種、兎人族のパーロ・フェイン・ネレス
が敢えてその口を開いた。
「グレ坊、候の子息の捜索についてなんだが、暫く待って貰いたい」
パーロは、頭髪が白く、頭頂部に近い位置から生えた、大きく、垂れた耳が特徴の、整った面立ち。
上品な仕立てで有りながら、決して華美では無い、白を基調としたチュニックに乗馬用のズボン、深みのあるこげ茶のロングブーツ。
モノクルをかけた赤茶色の双眸。
十代に見える、美しい外見から、ヴァージンスノーの異名を持つ、90代の女性だ。
兎人族の中でも長命な種である、平均寿命が500歳を超える白兎種で、実年齢に比べて外見が幼く見える。
三十後半のグレインネルよりも、年上である彼女に対して、彼は勿論、丁寧な対応をしている。
「愚息がご迷惑をおかけし、誠に申し訳なく思っております。あれも、もう成人が近いですから、何が有ろうと、事実を受け止める所存」
勿論、目の中に入れても痛くない程の、自慢の息子である。
無事に帰って来てくれる事を祈ってはいるが、息子に同行したネイアの話から、万が一の可能性も考えている。
只一言
「そうかい」
と答える彼女に、グレインネルは、一つ頷いて、手に持った羊皮紙に、視線を戻した。
▼ルゴナ大森林 5番街道付近 バルの夜営地
「‥‥ふぅ!」
綺麗に消された夜営跡地に、金髪の青年が一人、岩の上に腰をおろして、息を吐いた。
人族で初めて、黒い魔法を行使でき、英雄級冒険者も間近と目される一握りの強者が、這う這うの体で森林を踏破してきた。
剣技を鍛え、魔法を磨き続けた彼は、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえている。
自分の周りの人たちを守りたい。
遠くで苦しむ人々を救いたい。
ただそれだけの為に努力を続けてきたはずなのに、これまでは無傷で進む事が出来た森の中で、彼は自分が力を失った事に気がついた。
コスカス種は、本来人を襲う事の無い魔物である。
しかし、森の中で起きた異変のせいか、混乱状態に近い魔物たちは、普段は大人しい者達も、今は牙を剥き飛びかかってくる。
今までならば、剣の一閃で仕留める事が出来た。
剣が無くとも、魔法で消し去る事すら、簡単だった。
しかしどちらも、バルの体から、経験も知識も、方法すら、抜け落ちたかのように、扱う事が出来なかったのである。
剣は弾き落とされ、魔法は発動すらしなかった。
自分の勘違いから、命を奪おうとしてしまった美しい獣人は、目を覚ました時には姿かたちも無く、此方を見向きもせずに魔法を放ってきたと思しき女も、忽然と姿を消していた。
守る事が出来なかった。
守る事ができなくなった。
冒険者としての道を失い、それでも涙をグッとこらえる彼は、この数刻後、ギルドの捜索隊に、無事発見され、短い冒険者人生を終え、自身の暮らす館へ、帰って行くのだった。




