♯27 旅立
思い切りブッ飛ばしたハズのネリさんが、視界から消える。
「――今のはフェイントです」
状況が状況でなければ、心を蕩けさせる様な、優しい声が耳朶を打つ。
右後ろからの引き入れ声を頼りに、まっすぐに肘を打ち出す。
完全に裏をかかれて、焦ったまま一撃を繰り出しながら、内心毒づく。
『クソッ、格上が騙し打ちとか‥‥――!?』
空を切った肘を引き戻しながら視線を彷徨わせる。
後ろにネリさんは居なかった。
「もう一回、フェイン
「鳥羽、縋火!!」
トです」
正面を向き直して目が有ったネリさんの指先が、喉に突き刺さる直前に、僕の全身を橙色の淡い光が覆いだした。
肩の辺りを漂っていた雀禍が、胸の辺りで拳大の勾玉に姿を変えていた。
色素の薄い、美しい腕の穂先が、標的である僕の喉を滑るように貫いた
「あら?」
『どういう事?』
かの様に、すり抜ける。
雀禍の固有スキルの効果は、対象を守る為の、現象の改竄。
今の一瞬の遣り取りを第三者視点で見ると、ネリさんの細腕が僕の喉に突き刺さる瞬間、それぞれが単純に、位置をゆるりとずらしただけだっただろう。
発動さえ間に合えば、例え認識の外からの攻撃であろうと無効化出来る力を持っている。
地球では、空間の清浄化と、傷の治癒促進程度だった。
文目さんの魔法[スキル補正上限突破]の効果上昇に期待しての行き当たりばったりにしては、目を見張るような成果が残った。
替わりに、効果が一瞬で切れてしまった。
常時発動は出来ないみたいだけど、それでも劇的な性能と言える。
「ズルいです」
拗ねたような声をあげて、ネリさんが魔法を放った。
「[女神の水]」
真後ろからの透き通った大衝撃。
今度は縋火が間に合わずに、清浄な奔流に飲み込まれる。
自分がどこに居るのか、周りがどうなっているのかも分からず、体をバラバラにされそうな、文字通り怒涛の水圧に血を吐きながら、再びの縋火を発動。
次いで直ぐに
「[追錐、明触]」
森林の地面を抉り、木々をなぎ倒して進む濁流から縋火で抜け出し、木を伝って小さな丘の上に逃れながら、確認すると、転移した洞穴から少し離れた位置を起点に、反対方向に流れていく水を確認する。
ソルさんがドザえもんになる心配は取り敢えず無さそうで安堵し、すぐに明触の効果によって、転移中のネリさんを確認する。
隠蔽性の、今では完全に姿の見えなくなったスズメバチが、ネリさんの位置を捕捉する。
こちらも効果補正のお陰で、対象の追跡性能が格段に向上しており
「見ぃつ~け‥‥‥あら?」
僕が居た丘の上の、木の枝に転移してきたネリさんを、正確にこの目で捉える。
「こっちです!」
ネリさんの頭上から一m程上、木の幹に爪を立て張り付いたままの姿勢から、しなる体をバネに、斜め上から回転しながらの斬撃を振り降ろす。
「[断爪刃、迦具土]」
豪炎を纏う、全力の閃きが、ネリさんの首筋に吸い込まれていき、嫌な音と共に、ネリさんの頭部が宙を舞った。
『うそぉ!?』
文目さんの声が、心に響いた。
▼ルゴナ大森林入り口カプラ平原側
地を這う濁った暴力が、その姿をひそめ始め、自分の居る位置を再認識する。
「ここは‥‥」
この世界に来た当初に眺めた、静かな森の入り口。そのすぐ近くだった。
「おっと‥‥」
景色に気を取られて後回しにしてしまったけれど、慌ててネリさんの遺体を検分する。
自分で切り飛ばしておいてなんだけど、全身を弛緩させ横たわる女性の首から、血が溢れている様に背筋を凍らせる‥‥。
濁々と、諾々と、シミ一つない首から、赤い命が零れ続けていた。
ただ遺体を眺める事しか出来なくなった僕に、文目さんの気遣わしげな言葉がかかる。
『まさか、勝つとは思ってなかったわ‥‥。けど、これで一先ずは安心かしらね』
僕一人では、確実に勝てなかった。文目さんの魔法と、召喚に応えてくれた式神。そして、ソルさんのお陰での辛勝は、ひどく後味の悪い物になった。
『僕も、勝てるとは思ってませんでした』
「私も、負けるとは思ってませんでした」
心の声と、実際の声が重なる。
振りかえると、ネリさんが頭の無い状態でゆったりと存在していた。
『なんっ‥‥!?』
「王手、です」
魔法なのか、スキルなのか、僕の体は拘束され、指一本すら動かない。
声も出せず、視線も逸らせずに、ネリさんを見つめる。
頭を無くしたネリさんが、どうやってか言葉を発し、優しく、僕の頬に手を触れた。
「残念ですが、アナタの魔法、スキル、レベルは、【回収】させて頂きます」
『重蔵、悪いけど、アンタの力、ちょっと貰うわよ』
二人の声が重なり、どちらに反応して良いか分からずに固まっていると、二人が再び口を開く。
「もしかしたら、命は助かるかもしれません。その時は、またいつかお会いできることを願っています」
『短い間だったけど、悪くなかったわ。じゃ、元気でね』
ネリさん、ちょっと待って下さい。
文目さん、勝手に話を進めないで下さい。
思考にすら制限が掛かっているのか、心の中でも言葉を発する事が出来ずに、狼狽する。
僕から離れた、ネリさんの掌から放たれた眩い光に中てられたのか、全身から力が抜けていく。
霞がかった意識の中で、藁にもすがる思いで手を伸ばしてみても、何も掴めなかった。
こうして僕は、白い猫の幻を見ながら、意識を手放した。
第二部終了です!冒険者生活編のフラグはへし折れました!
どうしてこうなったッ!!




