♯24 魔法
女神の使徒が伸ばした左手首の辺りに、大きな光の輪が浮かんだ。
直前に突破された、渾身の結界を張り直すよりも先に、倒れたままのソルさんの体から赤黒い靄が抜け出た。
「黒い魔法は、本来、魔王とその眷族の物ですから」
靄をその手に吸収したネリさんが、此方に向き直り、笑顔で告げてくる。
さてと、の一言のオマケ付き。ホント弱った‥‥。
『転移は出来ないわ、何回か殴って、隙を作りなさい』
文目さん、無茶言わないで下さい。
『[結界各性能上限突破][多重上位防御結界][上位精神干渉無効化結界]展開、[最上位魔法防御][最上位物理防御][スキル補正上限突破][上位ダメージ吸収][各能力上限突破]発動』
僕に拒否権は無いようです。
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全力全開、一足跳びに、此方に掌を向けようとするネリさんの右斜め後ろに、跳躍。
音を置き去りに、全身が千切れそうな衝撃に耐えて方向転換。
振りかぶった左拳を、ネリさんの左側頭部めがけて、斜めに振り降ろす。
『良い子は真似しちゃ、ダメ!絶対!』
死角を突いた、完全に不意打ちとして放たれた一撃は、硬質な音と衝撃と共に、急速に威力を減衰された。
直撃予測地点の十数㎝手前で、大きな魔法陣の様なものが展開されていた。
分厚い硝子が割れるような音を複数回繰り返す、一秒にも満たない時間で、ネリさんが反応した。
泰然とした動きで、身をかがめる。
それだけで、十分に殺傷能力を削がれた一撃は、ネリさんの頭上を通り過ぎる。
「まだ‥‥‥まだぁ!!」
予想しなかった訳では無い。彼女の言う女神が、僕の知っている存在と同じなら、一人間の攻撃など、防げないなんて、有り得ない事だ。
だからこそ、左腕を振りぬいた直後、返す刀で、右の拳骨を、ネリさんの延髄めがけて打ち下ろす。
中指を少し出した状態で拳を確りと握り、一点突破を目指して、一撃を振るう。
勿論、次の一撃を準備しつつ。
接触するかしないかの、その刹那に、今度は洞穴全体を揺るがす様な、大爆音が響いた。
僕の備えの一撃は、ネリさんに触れる事すら出来なかった。
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女神様に仕えて、七百年。
女神様の治める内の一つの世界を任せて頂いて、二百年。
その世界が、創世の頃の歪みと、生まれた知性体達の行動の積み重ねによって、寿命を縮め初めて、百五十年。
「私が、この世界を救う為の[異界召喚]を初めたのは、百四十年前です」
[攻勢反射]の魔法をその身に受けた、私が召喚した【彼】は、全身から白煙を上げて、地面に倒れています。
[攻勢反射]は、魔法効果の付与された攻撃を、そのまま相手に反射する神聖魔法です、彼に魔法の行使能力が無い事は分かっていましたが、念の為使っておきました。
「そうなんですか?お若く見えるのでてっきり10代後半くらいだと思ってました‥‥」
全身から煙を上げながら、横たわったまま、おどけてみせました。気丈な方です。
『私としては、彼自身に危害を加えたくは無いのですが、どうやら種明かしは必要みたいです、本当、どうしてこんな事に‥‥』
漸く大人しく話を聞いてくれる形に持って行けた事に安堵している隙を付いて、私の反応速度を大きく上回りながら、彼の姿がその場から掻き消えます。
『でも、焦ってはいけません。女神の使徒が焦っては、恥ずかしいですもんね』
なんて思っていると、今度は私の足元で、爆音と、外向きの衝撃波。
先刻の一発は、どこか体の一部が吹き飛んでいてもおかしくないくらいの反射魔力を帯びていたハズなのに、彼の体は無傷でした。
良く見ると、ごく薄い魔導輪が、彼の体の前面を覆っています。
『魔法は所持していないハズなのに、魔法が使える‥‥?秘匿魔法は、【私達】の[読取]に関して無効なのに‥‥』
「そういえば、アナタ自身のレベルは9なのに、職業や称号は、驚く程高いレベルでしたね?」
「そうですか?正直、実感はないですけど!」
彼の左足が、私に当たる寸前で、魔導輪の放つ光の壁に阻まれて止まりました。
この世界の魔法は、大小問わず、発動準備時点で、魔導輪と呼ばれる魔法の輪を生じます。
属性に合わせた半透明の淡い光の魔法陣と、各魔法の発動に必要な文字列が、その魔導輪に含まれていて、術者の詠唱を助け、魔法を発動させる事が出来ます。
魔導輪を発生させられない人等は、魔法陣を描く事により、魔導輪を発生させているのですが‥‥
試しに放った神聖魔法、[女神の風]が、彼の全身を打ち据え‥‥
る直前に、強い白色の魔導輪に阻まれ、緑色の魔導輪に吸い込まれました。
あれは、[最上位魔法防御]と[上位ダメージ吸収]魔法で、どちらも極一部の魔導士が修めた事のある、過去の魔法。
失われた魔術の一部です。
現代のこの世界や、女神様の治める数々の世界の中でも、失われて久しい魔法なのに、何故か私達の世界に数日前に、初めて生まれ出た存在が、その魔術を使用する‥‥。
古代の魔王種の手引き‥‥
或いは、女神様のご意向‥‥
「どちらも、限りなく0に近い可能性の話ですね‥‥」
ひたすら、私に向かって攻撃を放っては、何度も倒れる姿に涙がこぼれそうになります。
私は、彼と戦いたくありません。
出来れば、一緒にこの世界を救いたい‥‥。
でも、彼にその意思が無い事は、数日前、初めて会ったその日に、分かった事。
「なんの可能性が0かは分かりませんが、僕の攻撃が通る可能性なら、そうかもしれませんね!」
言葉の終りと共に放たれた左足を、身を反らせながら避ける瞬間、もう一度[読取]を発動し、私の心は静かに波打ちました。
「アナタの中に居るのは、誰ですか?」
悲しくて、驚いて、少し怒って開いた私の目は、彼にどう、映ったのでしょうか。




