26-予想外のトラブル
「ダーリン、玉網ですくってくださるかしら」
「おう! なんだ、この大きさは……!」
ヘカーテが釣り上げた魚を玉網ですくおうとした咲哉は、その大きさを見て驚きを隠せなかった。
「これはナマズか!? 5メートルはあるんじゃないか?」
地球では3メートルに届くナマズは見つかっていない。
5メートル級のナマズなど異世界ならではだろう。
デッキにある生け簀は空間魔法で拡張されているといっても、入口は正方形で縦横2メートルしかない。
咲哉もここまで大きな魚が釣れるとは思っていなかったのだ。
いくら全長15メートルの船といっても、デッキがまったいらというわけではないので、5メートルの巨大ナマズなどデッキの上に乗せることはできないのだ。
そこで咲哉がとった方法は――
「これだけでかいと船に乗り切らない! 生け簀にそのまま突っ込むぞ!」
巨大ナマズの入った玉網を両手で勢いよく持ち上げ、豪快に頭からナマズを生け簀に放り込んだのだ。
玉網に入った5メートル級のナマズをそのまま生け簀に突っ込むなど、普通の人間には到底真似をすることはできないだろう。
実に¨人間やめました¨と自覚している咲哉らしい方法であった。
「うふふ。かなりの大物ですわね。湖の主かしら?」
「さすがにこれだけでかいと、主の可能性も高いかもしれないな」
「お姉ちゃん、すごいー! セクメトも負けないー!」
巨大ナマズを見てセクメトもヘカーテには負けられないと、さらに力を入れて頑張るのだった。
◆ ◆ ◆
その頃セトは――
「じたばたせんで、往生せい!」
釣り上げた10メートル級のアカエイを生け簀に入れるために格闘していた。
船に破壊不能の効果があるといっても、さすがに10メートルクラスのアカエイが暴れるとかなり揺れる。
アカエイは座布団みたいな菱形の魚だ。
10メートルを超す巨大なものだと、その形からしてどんなに頑張っても生け簀の入口に突っかかってしまう。
「仕方がないの! いうこと聞かんやつにはこうじゃ!!」
セトは龍化してアカエイを持ち上げ、無理くり丸め込めて生け簀に突っ込むのだった。
「所詮は魚じゃ! 龍である我に敵うはずもないわ!」
確かにいくら10メートルはあろうとも、モンスターではなくただの魚だ。
龍であるセトに敵うはずもない。
かといって、勝ち誇るほど威張ることでもない。
まあ、生け簀に入りきらないほどのアカエイを見事に放り込んだという功績はあったりするが。
ちなみに、この釣り勝負で龍化は禁止されていないので、セトの行いはルール上セーフである。
釣竿さえ使って魚を釣り上げるのであれば、龍の姿のまま釣りをしても問題はない。
しかし、ルール上問題がなくても、龍のまま船に乗ってしまうとその重みで沈んでしまう恐れがあるので、そういう意味では問題ありありといえる。
龍化したままのセトは、何かを思い付いたのか、船の周りを多重障壁で囲む。
そして大空高く飛び上がった。
もはや嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
ダークオーラをまといSTRを二倍に増加したセトは湖に向かって急降下を始める。
そして、その勢いのまま湖面を殴り付けた。
「ダークインパクトじゃー! ガッハハハ!」
スキル名を高らかに叫び、大笑いするセト。
ダークインパクトを受けた湖はその一帯の水が全て飛散し、湖底の地面が顔を出していた。
辺りの水がなくなり地面でのたうち回っている無数の魚。
セトはその魚の中から一番大きな獲物に狙いを定めると、ルアーを飛ばし魚の口へと放り込んだ。
飛散していた水が徐々に戻ってきて、通常の湖面に戻るとセトは何事もなかったように――
「ヒットじゃ! なかなかデカイ魚じゃのう」
といって、さも普通に釣りをしていたかの如く人化して、魚を釣り上げるのだった。
ちなみに釣り上げた魚は8メートル級のナマズで、釣り上げた勢いそのままに生け簀へと突っ込まれた。
◆ ◆ ◆
場所は戻って咲哉の船。
デッキでヘカーテが悔しそうな顔を浮かべている。
さっきまで湖面から顔を出していたシャドウモンスターと何やらコンタクトを取っていたようだ。
ここでヘカーテがシャドウモンスターをどのように使って大物を釣り上げたのか解説をしよう。
ヘカーテは、大、中、小の魚型シャドウモンスターを大量に生み出して湖に放っている。
それぞれのシャドウモンスターには役割があり、小は偵察。
中、大は餌となったり威嚇したりと臨機応変に大物をヘカーテのルアーまで誘導する役割だ。
ヘカーテが悔しそうな表情を浮かべていたのは偵察に出していたシャドウモンスターから報告を受けたからだった。
「セトさんが10メートル級の大物を釣り上げたそうですわ」
「はあ!? 10メートル級だと……嘘だろ?」
「シャドウモンスターからの報告ですから、残念ながら間違いありませんわ」
「そんな巨大魚がいたのか……」
シャドウモンスターは魚の種類まで特定することはできないので、この時点でセトが何を釣り上げたか知ることはできない。
咲哉もまさか10メートルクラスのアカエイが存在しているとは思いもしないことだろう。
咲哉がセトの釣果を聞いて唖然としていたとき、悲劇が起きる。
湖の向こうから巨大な津波が押し寄せてきたのだ。
「なっ、なんだ! あの津波は!? あんなのに飲まれたら船が転覆するぞ!」
「あの大きさはまずいですわね」
「てんぷくー?」
この津波の原因はもちろんセトである。
セトのダークインパクトで飛散した水が津波となって押し寄せてきたのだ。
「セクメト! 多重結界で船を囲め!」
「わかったー!」
「ヘカーテ! 水属性魔法で津波を押し返せるか!?」
「水属性魔法なんて使えませんわ!」
「ネームオーダーでパワーアップしたお前ならできるはずだ!」
「わかりました! やってみますわ!」
自覚はないようだが、ヘカーテはネームオーダーにより全ての属性魔法が使えるようになっている。
これはヘカーテという名前に魔術の女神という意味があるからだった。
アスナルドの魔法は全て頭に描いたイメージを具現化するものになっている。
威力はINTの高さにより左右されるが、イメージ力が乏しいと、ろくに魔法を発動することすらできない。
数千年を生きるヴァンパイアであるヘカーテは、その膨大な経験により様々な魔法を見てきた。
イメージ力なら問題ないといえるだろう。
ヘカーテは津波に向かって両手を差し出すと精神の集中を始める。
そして、強力な水属性魔法を放った。
「ウォーター・ナインヘッド・ドラゴン!」
九つの頭を持つ水龍が具現化され津波に激しく衝突する。
しかし、津波のパワーは予想以上に強く、水龍は跡形もなく四散してしまった。
「ダーリン、申し訳ありません……」
咲哉としては水属性魔法で同じような津波を作り出し、押し返して欲しかったのだが……そんな空気の読まない突っ込みをヘカーテに入れたりはしない。
魔法も格好良かったのでヨシとしたのだ。
「いや、大丈夫だ。さっきよりも確実に津波のパワーは落ちている。セクメト! マナオーラを発動して、エクスプローションで吹き飛ばせ!」
セクメトはマナオーラを発動しINTを二倍に増加させる。
そして、最強の火炎ブレスであるエクスプローションを放った。
「火遁・猛火滅失ぅー!」
こんな緊迫した情況でも、セクメトのなりきり忍者にブレはなかった。
エクスプローションと津波が激突し大爆発を起こす。
爆風により前方の波が吹き飛ばされた。
しかし、津波は湖全体に広がっている。
左右に広がっていた波が一つにまとまり、再び船へと襲いかかってきたのだ。
「セクメト! 津波の前方にありったけの多重結界を張れ!」
「わかったー! 口寄せ・多重羅生門!」
口寄せじゃないし、羅生門でもない、ただの多重結界なのだが、咲哉にも突っ込む余裕はなかったらしい。
何重にも張り巡らされた多重結界は、津波のパワーにより次々と破壊されていく……が、やっと勢いを止め、防ぐことに成功した。
船を囲った多重結界の横を津波が通り抜けていく。
ちなみに多重結界はINT系のスキルであり物理攻撃を防ぐのには向いていない。
津波を防ぐのに苦労したのはそれが理由である。
しかし、これが魔法で作られた津波だったとしたら話は変わってくる。
INT系スキルの多重結界は抜群の威力を発揮するだろう。
魔法で作られた津波は魔力を具現化したものであり、津波であっても本物の津波とはいえないからだ。
しかし、魔法の具現化が本物と違うといっても、しっかりとしたイメージが込められているなら本物と同じような効果を及ぼすこともできる。
例えば、イメージを具現化した水属性魔法は、炎を消すイメージさえしっかり込められていれば火事の消化にも利用できる。
しかし、実際のところは炎の勢いや規模、火事を消化するスキル使用者のINT値とイメージ力にも左右されるので、本物と魔法の具現化の優劣を一概に語るのは難しいともいえる。
「どうにか防ぎきったな……。しかし、湖で津波とは、いったいあれは何だったんだ!?」
「きっと私たちに大物を釣らせないための、セトさんの嫌がらせですわ」
「セトのいやがらせー」
「いやいや、さすがのセトでも、そんなことはしないだろ」
もちろんセトは咲哉たちに嫌がらせするつもりなど一切なかった。
しかし、セトが原因であることには代わりがないので、ヘカーテの指摘は半分正解ともいえる。
「ねえねえー、なんで、お兄ちゃんはツナミがきたとき何もしなかったのー? しゅぎょう?」
「はあ? どう意味だ? セクメト」
「セクメトちゃんは、ダーリンがスキルをお使いにならなかった理由を聞きたいのではないかしら?」
確かに咲哉がスキルを使えば津波など簡単に回避することができただろう。
船ごと転移するなり、万物遮断結界を使うなり、いくらでも対処することができたはずだ。
「はあ? お前ら、何をいっているんだ? 俺はスキルの使用が禁止されているじゃないか」
一瞬きょとんとしたヘカーテは咲哉に確認をする。
「あのー、お言葉ですがダーリン。それは魚を釣るのに限ってスキルを使用することを禁じていたのではないかしら?」
「あっ……。まっ、まあ、とにかく無事に津波を回避できたからいいじゃないか」
都合の悪いことは、さくっと流す咲哉であった。
セトがはしゃいだせいで、とんだ迷惑を受けた咲哉たちは時間を大幅にロスしてしまった。
こんな情況でセトに勝る大物を釣り上げることはできるのだろうか。
日没までの時間は着々と迫ってきている。




