真剣な目
「いっ…。お前、もう少しっ。優しくできねぇのか?」
「は?何かおっしゃいましたかね?」
消毒液や薬品の香りがする保健室で、私は何故か苦手な男の手当てをしている。なんで私が?と何度も思ったが、保健室の先生はタイミング悪く外出だそうだ。まぁ、私のせいで鳴海先生は怪我をしたのだから、私が手当てをするのは当たり前か、とも思うからしぶしぶやっている。
しかし…。私は文句ばかり言う先生を一瞥した。とにかくこの男、うるさい。ガーゼの持ち方が荒っぽいだの、止血の方法が違うだの、とにかく1つ1つに文句をつけてくる。それに──。
「お前、本当に女か?口の中が思いっきり切れたぞ…。あー、まだ鉄の味がする…。」
先生は、疲れたような顔をしながら腫れた頬を撫で、文句を言う。いや、あんた以上に私の方が驚いてますから。まさかあんなに綺麗に右ストレートがきまるとは。いやいや、私もビックリでございます。
「…。私も悪かったと思ってるよ。まさかあんなに綺麗にきまるなんて思わなかったから。」
元凶はあんただろ?と声を大にして言いたかったけれど、こんな怪我をさせるつもりはなかったのは本当なので、とりあえず素直に謝る。
「まぁ…。なんつーか。元はと言えば俺が茶化したからなんだがな。…悪かったよ。」
「はぁ?な、なに?急にっ…。あっ、きゃっ!?」
柄にもなく素直に謝る先生に驚いて、私は机に置いてあった消毒液の瓶に肘を当ててしまった。パリンッとガラスが砕ける派手な音がして、それと同時にスカートに液体がかかる。
「あーぁ。派手にやっちゃったな。……えっ?」
私は溜息をつきながら、ガラスの破片を拾おうと身をかがめた。しかし、目の前にいた人物に腕を強く掴まれてしまう。とっさのことで一瞬思考が停止して、状況を理解するのに少々時間がかかった。そして、目の前の人物を見る。
「ちょ、ちょっと!いきな…。」
「お前、馬鹿か!」
文句を言おうとした私の言葉は最後まで言えず、先生の怒鳴り声で途中からかき消された。
「はぁ!?いきなり何なの!離してよっ。」
「割れたガラスを素手で触るやつがいるかっ!」
先生は私の腕を離すまいと、より一層力を込めて私を見る。いつもと違う真剣な目で。
「あ…。」
やっと先生が言おうとしていることを理解して、私はふっと腕の力を抜く。
「…ったく。箒と塵取り、取ってこい。」
先生は溜息をついて、私が理解したのを確認して腕を離した。掴まれていた腕が少し痛かったが、それよりも私は先生の真剣な目の方に意識がいっていた。
──。いつもと違う目。いつものやる気のない目じゃない…。不思議な感覚に襲われて、ボーっとそんなことを考えてしまう。今まで感じたことのない、不思議な感覚だ。
「…い。おい。伊崎っ!聞いてるのか!?」
「え…。あ…。」
先生が呼ぶ声でハッとする。随分と長い時間、ボサッとしていたようだ。その証拠に、いつの間にか先生の顔がさっきより近くにあったことに全く気が付かなかった。
「熱でもあんのか?…。しょうがねぇな。」
固まったように動かない私に痺れを切らした先生は、ぶつぶつ文句を言いながら立ち上がると、箒と塵取りを持ってきてガラスの破片を集めはじめた。私はその様子を他人事のように見ていた。なんだかさっきよりガラスが、キラキラ輝いて見えた。
その時の私には、その理由が何なのかまだ分からなかった。
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