本当にぶん殴る
季節は桜の花が散り、桜の木は綺麗なグリーンの葉っぱが目立ち始めていた。いつものように私は授業をサボるために屋上に向かっていた。数学なんて最も苦手な科目だ。軽い足取りで屋上へ伸びる階段を一気に駆け上がる。
「うーん。風が気持ち良い。」
屋上のドアを開けて、私は全身で清々しい風を受け止める。少し冷たいけれど、爽やかな風に自然と笑顔がこぼれる。そして、ふと屋上の端に人影があることに気付く。
「あれ?誰かいる。」
いつもなら誰もいないその場所にいる人物。遠目でもわかる、どこか気だるげなオーラを放つ人物。右手に煙草を持って、その人物は空を見上げていた。
私の見間違いであって欲しい。
そう何度も念じた。
だが何度見てもあれは──。あぁ…。
「・・・お前。」
その人物は私の視線に気付き、振り向いて少し驚いた表情で声をかけてきた。
「鳴海先生・・・。」
気付かれたのならば仕方ない。私もその人物の名前を呼ぶ。
「今は授業中じゃないのか?」
先生は私を呆れたように見る。常にやる気がないが一応教師だし、教室に戻れとか言うのだろうか。あぁ、面倒な人物に遭遇したものだ。私は心の中で溜息をつく。
「そうだけど、やる気がしないから。」
私はそっぽを向く。どうせ何か言われるなら、これぐらい言っても良いだろう。私にだって、いろいろあるのだ。
「ふーん。まぁ、俺には関係ない。・・・俺も同じような理由だしな。」
先生はあくびを一つして煙草を口に含む。爽やかな風には不釣り合いな苦い香りが空気に流れる。
同じような理由?なんとなくその言い方に引っかかりつつ、聞くのも面倒だからと私は先生の言葉を聞かなかったことにした。教師もサボりたい時があるんだ、と自己解釈をして。お気に入りの場所が貸し切りではないことは不服だったが、この教師は、私を咎めるわけでもなさそうなのでゴロリと横になる。そして、そのままそっと目を閉じる。頬を撫でる風が心地いい。
夢の世界に入りかけた頃、ふと近くで煙草の香りがすることに気が付いた。なんとなく視線も感じる。そっと目を開けると、近くに先生の顔があって思わず声をあげる。
「な、なに!?」
とっさに先生から距離をとる。苦手意識があったからか、先生の顔をよく見たことがなかったが、改めて顔をじっと見ると整っているのがわかる。女子の間で『鳴海ファンクラブ』があると噂で聞いたことがあるが、今ならなんとなくわかる気がする。このやる気のなささえなければ、もっと人気があっただろうに。あぁ、実に勿体ない。
「あぁ、悪い。アホ面で気持ちよさそうに寝てるな、と思ってな。」
ふっと先生が笑う。…いきなり何を言い出すのだろうか、この教師は。私は、思わず顔をしかめる。
「うっさい。邪魔しないで。」
先生が笑うところを見たのは初めてで、こんな笑い方するんだとか思ったが、アホと言われたことの方が大きく私はそっぽを向く。
「お前な。一応俺は年上だし、教師なんだがな。」
不機嫌な顔の私を見て、先生は溜息をつく。年上教師にタメ口きくな、と言いたいのだろう。だったら、あんたもその喧嘩口調やめろって言いたい。
「邪魔しないでって言ったの、聞こえなかった?」
キッと睨む私を見て、先生は降参と言わんばかりに両手を上げる。
「あー…。はいはい。全く、相変わらず可愛くねぇな。男どもは、こんなヤツのどこが良いんだか。良いのは、見た目だけじゃねぇか。」
煙草をふかしながら先生は、ブツブツ独り言を言いながら屋上のフェンスに寄りかかり私を見る。また喧嘩売ってきてるのか、この教師は。確かに私は可愛くないが、あんたにだけには言われたくない。私は起き上がり、先生を思いっきり睨む。
「は?」
「何でもねぇ。こっちの話だ。」
「…独り言、聞こえてるよ。…見た目だけって何?」
「あぁ?あー…。あれだ。男どもが授業中にお前の話をしてたんだよ。伊崎か藤美、どっちが可愛いかってな。俺には理解できないが……まぁ、藤美人気はわからないでもないな。」
早紀を思い出しているのか、先生は時折うんうんと頷いている。そしてニヤリと笑う。
全く、本当にこの教師は私を怒りの頂点に導いてくれるのが上手い。ある意味尊敬する。
「……っなんっ、か、に!」
「あ?」
怒りで声にならない私をチラリと見る先生。堪忍袋が本当にブチりと音をたてて切れた気がした。いや、切れた。教師殴ったらさすがにまずいんじゃないか?とか退学とかそんなことを考える余地もなく、私は走り出す。そう、猪のように。迷いなく一直線に。
「あんたなんかに!あんたになんかにっ! 早紀にはっ!ぜぇぇったいっっ!指一本触れさせないんだからっっ!」
そう叫ぶのと同時に、私は先生をぶん殴った。
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