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神祇 ─じんぎ─  作者: 高石童話本舗
さがしものと
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65/1823

かいだん5


帰路につこうと、女子生徒は廊下に出た。


「……さま…………」


今日は見たい番組があるし、急がなくちゃ!


「……ひ……さ……」


その前に、まずはお風呂に入って。 ご飯を食べて……。


「ひめ……さ……」


「…………っ!」


そこで、とうとう無視をすることが出来なくなってしまった彼女は、思考を中断した。



「うそ……。 うそよね……?」


そのまま無視を続けていれば──、聞こえないフリを決め込んでいれば、どんなに救われたことだろう?


女子生徒は、ひどく後悔したという。


「…………………」


耳を澄ます。


特に音はない。


梅雨期における空気の重さが、鼓膜にジットリと張りつくのみで、際立(きわだ)った音を、拾うことは出来なかった。


()いて挙げるとすれば、車の走行音か。


学校の近辺に敷かれた舗道を、時おり通りかかる自動車が、何台かあった。


それらも、結局はどこまでも無関心な様子で、遠くへ走り去ってゆく。


「………………」


怖々と、視線をあたりに巡らせる。


長い廊下の先は、どっぷりと暗闇に飲まれており、濁った海中のように、視界が悪い。


今夜は月も出ていないのか、整然と並ぶ窓ガラスは、街灯の頼りない明かりを、ひっそりと反射するのみだった。


「………………」


湿気を大いに含んだ宵の空気が、漫然と肌身にまとわりついてくる。


けれど、それも現状では──、彼女にとっては、ひどく空々しい印象だった。


暑さが目立ち始めた時季なのに、不思議とそうは感じない。


むしろ、自分の吐息は、真っ白な色をしているんじゃないかと、そんな錯覚さえする。


頬をひとすじ、汗が伝い落ちた。


冷たい汗だ。


「………………」


廊下にひとり、ジッと立ちすくんだ女子生徒は、ひたすら耳を澄ます作業に没頭した。


“聞きまちがい”


“気のせい”


かたく念じ、自分に言い聞かせる。


そういった思考を、何度も何度も空転させ続けた。


「……うん!」


“やっぱり、気のせいだった”


どれほど時間が経ったか。


やがて、良識的な自己完結に行き着いた彼女は、ひとつ息を吐き出した。


「そうよね? そんな事、あるはず無いし……。 あはは。 疲れてるのかしら? あっ、早く帰らないと!」


人間だれしも、余計な緊張を経ると、多弁になる。


それが独り言であろうと。


会話であろうと。


「えっと? まずは鍵! うん! カギ鍵ぃ! ちゃんと職員室に返さないとねっ?」


「……ひ……さ………」


「え……っ」


いや。 “ひとり”では無かったのだ。


もちろん、彼女が(おこな)っているものは、(れっき)とした独り言だった。


身辺に、会話をかわす相手などいない。


「ひめ……さま……」


しかし、廊下(そこ)にいた者は、彼女ひとりでは無かったのだ。


「………………」


愕然と、満面から生気を損なった彼女は、たしかに聴いたのだった。


「姫さま……。 姫さまぁ……」


濡れた真綿(まわた)がズルリと(たわ)み、水滴を揺り落とすように。


あるいは、ガラスの表面を、爪の尖端で掻き(むし)るように。


「えぅ……。 姫……、姫さまぁ……」


何処(どこ)からともなく聞こる声が──、すすり泣くような声が、そう呼び続けていたのだという。

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