あの頃の15
「うふふ…………」
地上に降り立った後、いよいよ勝ちを確信して、右腕をするどく振るう。
身体の側面をひた走った一刀が、薄明の弧円を、ひゅるりと描いた。
直刃を基調に、湾れごころ。
戦慄の刃味を薫らせる豪壮な刃は、重厚く、身幅も広い。
縁や頭など、各所の金具には、象嵌で描かれた地獄絵・百鬼夜行の図柄が蔓延している。
中でも、とくに目を引く鐔の意匠にいたっては、古桜の下で自刃を遂げる姫君の図があしらわれており、ひどく破滅的な印象を受けた。
そんな、愛用の庖丁刀。 “鬼の庖丁”を引っさげて、ようよう止めを敢行する。
「ほら、念仏でも唱えなさいよ? あぁ、喋れませんかぁ? じゃあいいや」
凍てつく文言を手向けとし、右腕を頭上に掲げる。
さながら、夏陰の細流か。 清らかな潤みを流す側頭部に、不意にパシリと、細かい放電が生じた。
それが、徐々に実体を持ち始め───
ついには、一対の白銀が、畏怖の尖塔をかたち作る頃。
「ガシャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」
「へ?」
今まさに、まな板の上にある食材が、全力で暴れるように。
このザリガメもまた、最期の力を振り絞った。
びっしりと鱗に固められた長大な尾が、大気を横殴る。
「うか…………ッ!!?」
それが、あらん限りの勢いで、少女の体躯に衝突した。
霆のような火花が爆ぜて、硬質の小薄片が飛散した。
雄大な力に弄ばれた矮躯が、明後日の方向へ出奔し、公園と田畑を区切るスチール製のフェンスを突き破った。
「くお…………ッ!!!!」
園内に転がり込むや、すぐさま“庖丁”の切先を地面に突き立て、ブレーキとする。
一尺三寸六分(約40cm)の刃長が、一気に土中に食われ、沈み込んだ。
それでも、身体に作用する慣性は、簡単に打ち消せるものではない。
夥しい粉塵が直線に疾走し、刀身が悲鳴を上げて、各種の金具がガチガチと弛緩を始めた。
持ち主の体躯も同じく。 上下左右の感覚が、まったく混然とする恐慌の中、骨格が軋みを上げ、筋肉が痙攣を来した。
そうして、大した制動も見込めないまま。 一定の飛走を終えた身体は、公園の中心付近にある休憩所を直撃。
屋台骨がへし折れ、それを支えとする正方形の屋根が、音を立てて崩れ落ちた。




