スキンシップ
手を差し伸べる所作につられて、自分も同じようにする。
「おいしょ!」
「ぅ……!」
勢いよく助け起こされたところ、妙なことに気づいた曉は、小首を斜に構えた。
「その手……」
「ん。 折れちゃった」
姉が身につける白衣は、所々が損じており、生肌がチラチラと覗いている。
とくに目を惹く上肢の一部分が、やけに腫れていた。
しかし、当の本人は、いたって軽妙に、カラカラと笑むのみだった。
そういった態度で、不安げな妹の視線を、それとなく往なしてみせる。
これに応じた曉は、「あの…?」と、小さく呟いた。
いまだに事態が呑み込めていないようで、困惑気味の眼差しを、おずおずとした上目遣いで呈している。
「うん?」
「いえ……?」
どう見ても、このヒトは姉上だった。
月白の衣に、陽色の袴を着けている。
「…………?」
ふと、彼女の頭に意識を向ける。
不思議な現象を認めることが出来た。
一対の白銀が、ゆらゆらと揺らめきながら、盛んに出滅を繰り返していた。
ちょうど、蝋燭の火先を思わせる。
「それ……」
相当に、変わった現象だと思う。
こういったものは、今までに見た覚えが無い。
鬼というのは、もっと単純なものだ。
頭部に角が突き出るのは、目先に控えた荒事を感知した時。
つまり、単純で分かりやすい自分たちのアイデンティティーを、この角が体現してくれている。
何せ、“鬼の表徴”と言うくらいだから。
もちろん、それを普段から出しっぱにしてる連中も、少なからず居る。
例えば、地獄の獄卒たちであったり、はぐれ鬼であったり。
大抵は、普段から手のつけられない、極悪な性分の奴が多い。
「あ……?」
そこで、はたと思い当たって、片方の手を自分の頭にやる。
「なんじゃこりゃ?」
歯車のような光輪が、まずはカラリと鳴って、それを徐に透過した手のひらが、頭髪にペタリと触れた。
「………………」
「あの……?」
「………………」
「ぇや? なに?」
その模様から、如何なる情感を得たのかは知れない。
片手を持ち上げた穂葉は、怪訝そうに構える妹の頬っぺを、ぷにぷにと突っついてやった。
脂質がたっぷりと蓄えられており、いたく触り心地がいい。
「……なに? なにするの?」
「いやいや。 んー……?」
ようやく手を引っ込めたところ、数歩下がった曉は、己の頬をそろそろと撫でつけながら、困惑の表情に、いよいよ拍車をかけた。
どうにも母性に乏しい性分のため、こういった場合に用いるスキンシップの方法を、穂葉は知らない。
「ほら、おいで?」
「え? あ痛ッ! 痛たたた……ッ?」
ならばと思い立って、普遍的な手立てに物を言わせる。
再び持ち上げた手のひらを、妹の頭へ。
これを、愛愛しく撫でてやった。
姉としては、すっかり落ち込んでいる妹を、慰めてやろうと考えたワケだ。
ともあれ、綿密な作法には、なにかと疎い彼女である。
力加減が難しいのか、少しばかり乱雑な印象だった。
「ほら、綺麗にしなきゃ」
「ん……」
それを経て、曉の頭髪が、すっかりと乱れきった頃、手を休めた穂葉は、今度は袂を利用した。
「女の子なんだから」と唱えつつ、涙の跡を拭ってあげる。
「………………」
頻りに不思議そうな表情を徹していた曉であるが、ここに来て、ようよう居たたまれなくなったのだろう。
細い肩口が、ピクンと跳ねた。
次第に眉が震え始め、鼻を啜る音が、幾度となく頻発した。
「泣いていいよ?」
「ぅ……?」
「よく頑張った」
「ぇ……」
心の箍が、ついに外れてしまったのだと思う。
と言うよりは、最前まで固く締めつけていたそれを、ここに来て、ようやく外すことが出来たのか。
姉の胸に顔を埋めた曉が、 声にならない声を上げ始めたのは、程なくしてのことだった。




