エピローグ
ぶつ、ぐじゅ
引きちぎられる感覚もおぼろげに、それでも遠のく意識を繋ぎ止めるよすがにと、研ぎ澄ます。
毒針の刺さった背中側はすでに全く何も感じられない。
がり、ごりり
周りでは待ちきれないのか、剥き出しの岩を牙で削りながら音で催促する幼虫たち。
そのうちのいくつかは僕で作った肉団子を咥えてアグアグと顎を動かしている。
ぶちり
今度は感触も無かった。
音だけが耳に届く。
感覚のないはずの末端から冷えている気がする。
ぴ
場違いな鳴き声、なんとか主を探すと薄緑色の手のひらに収まる程度の鳥。
これも妖魔だ。コトトリ、今まで一羽しか見たことがなかったのに、木の葉とは違う色の個体、こんな状態じゃなかったら、捕まえて、観察して……
薄れ始めた意識を繋ぎ止めようとなんでもいいから考える。
そんな、かすむ視界の中、コトトリはつん、と暗い色の小石をどこからかつつき出した。
「竜!」
「竜一!?」
人の声、ち、どこかから舌打ちが聞こえた気がした。
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「……て感じだったな」
木の葉の所々。羽がむしられて血が滲んでいる箇所に軟膏を塗ってやる。
同族、おそらくあの薄緑色、から石、僕の『退魔師』を取り返すのによっぽどの大喧嘩をしたらしい。
話し終わると、父はわずかに血の気を引かせ、春明は口を一文字に食いしばっていた。
ぴ
木の葉がもういいと僕の膝から飛び降りる。
そしてささっと掛け布団の中へと潜り込んだ。
「あの時、意識が、あったの、か……」
絞り出した父の声に、若干気まずくなりながらも頷く。
「まぁ、その、痛くは無かったし?」
「麻痺毒とタンパク溶毒回ってたもんなぁ……」
何かを通り過ぎたかのような春明の声。
あ、まずったな、まだ本調子で無いせいか、少しあけすけに話しすぎた。
「単独先行は控えろと、あれほど……」
やべ、父も決壊寸前だ。
「えっと、そうだ、今回は何か裏にいたみたいでさ、結構色々準備されてたっぽい、その、トキアサリとか、コトトリとか……?」
そこまで口にして、はた、と気づく、なんか、今、口軽すぎないか?
先ほどまで口にしていたお茶、さっと二人のものと見比べて、わずかに黄色がかってることにようやく気づいた。
にっこりと春明が微笑む。
「修に頼んで花舞から取り寄せた特注品だ」
「それで、その何か、を確信したのは?」
父の言葉に閉じようとした口が勝手に開く。
「二人が来るのに気づいて、近づいてきてた何かが、舌打ちして去っていくのが聞こえ、て……」
この後、お茶のもう一つの効力で意識が混濁し始めるまで、二人の質問は止まらなかった。
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まぶたが閉じかけ、親父さんに背中を支えられながらの竜一に、最後の質問をした。
「んで、今の体の様子は?いつくらいから無茶する気?」
「……完治まで、ふたつき、くらい?……まぁ、外から見れば、気づかれないし、ひとつき、寝てれば、納得するか?」
はぁ
ため息を一つ。
親父さんのこめかみがぴくぴくしてる。これで二月、いや、三月くらいの監禁が決定したな。
素知らぬ顔で俺たちの行動を見逃していたミルさんが、のそりと立ち上がって布団のそばで寝そべった。
たまに何か差し入れでも持って行ってやろう。
そんなことを考えながら、完全に意識を手放した友人が布団に押し込まれるのを見送った。
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自宅にて、修平は妖気酔いの気持ち悪さに耐えながら、禁断の酔い止め3錠目に手を出そうか本気で悩んでいた。
春明の報告兼竜一のお見舞い、しかも退魔師の高名である河上家だから安全だろうということで、なんの対策もせずに行ったのが不味かった。
「うぅ、次からは、外出る時は、最低限なんか、持っていこう……」
小さな流しへと向かって水を汲もうとコップに手をかけて、棚に並んでいる文房四宝の脇、お茶の葉の入った缶を思い出した。
以前、春明に頼まれて花舞のおちびから譲ってもらったお茶だ。
ちゃんと春明から代金は渡っているはずだけど、ちょっと申し訳なくなるほどの量が届き、どれだけ体調が悪くても眠れるお茶として重宝している。
春明には他人に勧めたりするな、他に人がいるときには決して飲むな、と言われている。きっと、薬事法か何かに引っ掛かるんだろうなぁ。
そう考えながら、修平は小さなポットを火にかけた。




