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【一章完結】永和怪異始末録  作者: 横山
竜一の非日常

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一応解決?

 翌日、外からの声掛けに目を覚まそうとして、昨日寝る前に考えたことを思い出した。


「眠いからまだ寝る」


 少しだけ障子を開けて顔を出すと、外にいたのは昨日とはまた別のお手伝いさんだ。昨日より、言ってはなんだけど、少し、お年を召している?

 ぼくの棒へと目を止めて、少しだけ表情を緩めた。


「わかりました。お腹が空いたら声かけてくださいね?お昼まで待とうとかしないこと」


「あ、はい」


 強めの言い方に押されて、頷いて部屋へと戻る。

 そのまま寝ているミルさんに埋もれて眠れるだけ寝ようと思ったのだが、昨日の就寝が早かったせいか、一度目を覚ましたら眠気が去ってしまった。

 でも、さっき寝ると言った手前寝ないわけにもいくまい……ばかばかしい、起きよう。


 何もせずに天井を眺めたり、ミルさんの尻尾を握っては逃げられてみたり、お腹の下に手を差し入れようとして睨まれてみたり。退屈だ。

 身体は拭いているけれど、そろそろ風呂に入りたい。そういえば髪もざんばらになっていたっけ。一度整えてもらわないと。

 着替えを持ってきてくれるように頼んだのだけど、渡されたのは木綿の和装。うち、着物が標準なのか?いや、昨日妹と弟は洋服だったぞ?あ、よく考えたら今のぼくに合う服があるわけないのか。


「……てか、浴衣だし」


 これが選ばれた理由は分かる。せめて袖が合う奴をって考えてくれたんだろう。ため息を吐いて余りがちな布を無理やり帯でまとめた。

 さあ、何をするか、何がしたいか。

 するりと障子を開けて声をかける。じろりと睨まれて無言で衿を直された。


「風呂行っていい?」


「だめです」


「髪整えたいんだけど」


「すみません、それもだめです」


 仕方がないので障子を閉めて、改めて身体の調子をみる。

 痛いところは無し、ふらつき、だるさ、熱っぽさも無し。うん、問題ないな。

 こっそり部屋を出ようと棒を持ち、足音を立てないように障子の反対側にあるふすまへと近づく。ミルさんがのそりと起き上がってぼくの横へと寄り添った。


 さらりと開き、別のお手伝いさんが控えていたのでそっと閉じた。

 何でいるんだ!?全方位に一人ずつなのか、ひょっとして。試しに別のふすまへと張り付き、耳を押し当てていると障子が開く音。おどろいて振り返ったら父と目が合った。


「何をしているんだ?」


 あきれたような声。


「いや、えっと、おはようございます?」


「そろそろ抜け出しそうだと報告を受けてきてみれば、記憶があろうがなかろうがお前はお前ということか」


 そしてため息。どうやらぼくの言動は普段とそう変わりないものらしい。


「前にも言ったがこの部屋からは極力出ないように」


 畳に腰を下ろして父が言う。あの時は安静にしていろという意味かと思ったが、少し違う様子。


「それは、いつまで?」


「せめて記憶が戻るまで、だ」


 やっぱりいろいろと不便だな。説明されないとわからないことが面倒くさい。


「その理由と、他にぼくが知っておくべきことは?」


 この際だからすべてを聞いてしまおうと尋ねると、少し考えてから口を開いた。


「お前は……妖魔に狙われやすい体質でな、今の状態なら家から出たとたんに間違いなく襲われる」


 襲われる、か。恨みが積もってとかじゃなくて体質ね。普段はどんな生活をしていたのやら。


「具体的には?その襲われる、の内容」


「喰われるな」


 当然か、ほとんどの妖魔は人を食うと書いてあった。納得して聞いていたのだが、その先に続いた言葉は予想外だった。


「性質タチが悪い場合は飼われる」


 飼われる、家畜……勘弁。そのうち勝手に戻るだろう、戻らなくても何とかなるだろうと楽観視していたが、考えを改める必要がありそうだ。


「今までぼくはどうやってた?」


「上手く隠していたし、力でねじ伏せていたな。……とにかく今は身体を治せ、話はそれからだ」


 その言葉に首をかしげる。身体、痛いところもないし、回復したけれど?早く大きくなれということか?

 去りぎわ、父はミルさんの頭に手を置いて話しかけた。


「ミルさん、竜一を頼むよ」


 言い終わると同時にすぱんと障子が開いた。現われたのは修平と春明。そして後ろから怒った顔のお手伝いさん。


「どうした、二人とも、何かあったのか?」


 父の言葉と、


「どうした、二人で。何があったんだ?」


 ぼくの言葉が重なった。



「あ、おじさん……」


 おどろいた顔で思わずといった感じの修平と、


「げ、親父さん」


 やばい、見つかった。そんな感情がありありと読み取れる春明。

 二人は敷居の向こう側、部屋に入ろうとせず気まずげに目をそらす。


「だから取り込み中だと申しました!すみません、お話し中に」


 ……いまさら気付いたけど、外の声聞こえなかったな。あれ、この部屋の隔離レベル昨日より上がってないか?


「ちょうど戻ろうとしたところだから構わないが、二人とも、何があった」


 父にたずねられ口ごもる二人。見ると、春明の手の中で何かが動いた。


「それ、なんだ?」


 ぴ


 ぼくが聞いたのと同時に、親指と人差し指の隙間から一羽の鳥が顔をのぞかせる。

 ウズラ?

 ぴ、ぴ、と短く鳴いてその手から飛び出した。


「あ、こら、木の葉!」


 春明が伸ばした手は間に合わず、木の葉と呼ばれた枯れ葉色の鳥はぺしゃりと床に落ち、よろよろしながらこちらに向かってきた。

 これは、鳥じゃないな。妖魔辞典に載ってた、言盗(コトトリ)、書物に書かれた言葉を食べる珍しい妖魔だ。


「怪我してるのか?」


 ところどころ禿げかけた羽ににじむ赤。拾い上げようと身をかがませ、わずかに触れたときに、指先にぴり、とした痛み。それとほぼ同時に、開いた障子の向こう、中庭に黒っぽい犬がいるのが見えた。


『ミ・ツ・ケ・タ』


 ミルさんが庭へ飛び出し、犬の首を食いちぎる。その光景を見て気分が悪くなったのか、修平は口元を押さえてうずくまった。多数の妖魔に陽光がさえぎられ陰る空。


「見つかったらしいが、どうする?」


 これ、さすがに障子閉めても意味ないだろうな。

 そんなことを考えながら、言盗を拾って立ち上がる。


 ぴ、ぴ


 あまりに鳴くのでそちらを見下ろすと、言盗は小さなくちばしで自らの羽毛を探り、藍色の石ころをつまみ出した。足元、ぼくの手の上にそれを置くともう一度ぴ、と鳴いた。


「石?」


 それがひんやりとした重さを伝えたのは一瞬で、溶けるように崩れて消えていく。



 ---



「あ~、なんと言うか、もっと劇的なものだと思ってたんだけどな……」


 現実はいつもそんなものか。雷に打たれたようなとか、記憶がない間の言動にのたうち回ったり、とかは無さそうだ。 

 とりあえず、木の葉を布団の上にそっと乗せてやる。後で手当てしてやろう。

 ぴ?

 首をかたむけ、そこにもちらりと赤がのぞいた。


「うん、話は後で聞くから、今はあれをどうにかしてくるよ」


 昼間から動ける妖魔は比較的力が強いし、こんな人里まで出てくるやつらを放っておく訳にもいかないし、ずっと部屋にこもってて退屈だったしね。

 まずはどう動こうか迷っている父へと声をかける。


「父さん、ここはいいから母さんの所に行ってやって。一応春と修もいるし、ミルさんだっているから」


「一応ってなんだよ!?」


 戦犯(ハル)が何か言ってくる。


「一応ってのは十分でないという意味で使ったんだが?木の葉がマーキングされてるのに気づかないとか、眼科行った方がいいんじゃないか?」


「竜一、お前、記憶が?」


 父が気付いたようだ。


「うん、だから大丈夫」


 そう言うと、一つ頷いて母屋へと向かう。僕のこの体質は母方からの遺伝だし、戦う力のない母は怖い思いをしているだろう。安心してもらうためにもそっちの方がいい。

 それを見送ってからうずくまっている修平へと近づいて棍で小突く。


「妖気酔いしてる場合じゃないだろ。呪符(フダ)出せ呪符」


「き、昨日春に渡したから無い……」


 青い顔を上げた修平が情けない声で情けないことを言う。


「お前の仕事道具だろう。無いなら書け。道江さん、白い紙と……もっと短い棍、持ってきて、えっと……子供用の」


 声をかけると側に控えていた道江さんはすぐに持ってきますと動いてくれた。


「春は木の葉に付いた印を……もう終わったのか」


 先ほどから木の葉の前にしゃがんでいた春明が立ち上がる。


「うん、消した。これ以上は集まらないはず。にしても、お前いつ記憶戻ったんだ?」


「ついさっきだよ、戻ったと言っていいのかわからないが。言盗に『退魔師』を盗まれたせいで僕の中のそれに関することが認識できなくなってたのが原因。まさか書物から以外にも文字が盗れるとは」


 単に、覚えているのだがそれに気付くことができなかった。それだけだけど、影響は大きかったな。


「う~ん?よくわからないけど、お前から退魔師取ったら確かに何も残らないな」


 辺りを見回っていたミルさんが戻ってきて、手の下に頭をもぐりこませたのでなでてやる。


「お待たせしました!」


 息を切らせた道江さんから棍を受け取り、修平に紙の束を渡したのだが、


「あれ、筆は?」


 首をかしげる修平に、春明がそっと小さな切り出しを渡した。顔を引きつらせてこちらを見たので、うなずいてやる。


「過剰戦力で行こう」


「やだなぁ、これ他のより書くのしんどいんだぞ」


 文句を言いながらも修平は親指の先に刃を滑らせて、するすると呪符を書きあげる。

 奴らを始末するだけなら簡単だけど、絶対敵わないと見せ付けて逃がした方が後々が楽になるんだよな。そしてここには高威力の呪符を作れる符術師が一人。あるものは使わないともったいない。


「じゃあ、やるか」



---



 家に貼られていた結界の内、中庭部分だけを春明に消させると僕の気配に気付いた妖魔達が一斉に頭上へたかってきた。春明の張った新しい結界に阻まれているのだが、お構い無しにぶつかっている。


「春が結界に穴あけると同時に修が呪符な」


 僕が確認すると二人がうなずいて作戦開始。


 まずは修平の呪符による目のくらむような閃光と、空気を震わせる轟音。小型な雷にうたれた半分弱の妖魔が消し飛び、ほとんどが逃げ去り、残ったものがこちらをうかがって遠巻きになった。僕は裾を払って結界の穴付近、庭の木に跳び上がる。


「さて、どこからどんな話を聞いたのかは知らないが……」


 人が話しているというのに襲ってくる行儀の悪い奴が3匹。うち2匹を棍で叩き潰し、1匹を目刺しに、それを肩に担いで話を続けた。


「この通り僕はいつもと変わらないんだが、まだやる?」


 優しい説得が功を奏したのだろう、妖魔達は慌てたように山林の物陰を目指して引き上げていく。


「はい、終了、終了。春、もう結界戻していいよ」


 そう言って、僕は手に持った棍を妖魔ごと落として木から飛び降りた。直後に結界が戻ってほっと息をつく。


「素直に帰ってくれて助かった……」


 再び妖気酔いを起こした修平を介抱していた春明が不思議そうな顔をした。


「記憶が戻ったのなら別に大した相手じゃないだろ?」


 確かに大した相手ではなかった、十全な状態だったら。


「いや身体が持たない、今だって腕が折れたし」


 ミルさんがまだ息のあった目刺しにとどめを刺して、棍から引き抜いて引きずっていく。


「はぁ!?」


「そこらじゅうが痛んでる。なんだこれ?」


 改めて自身の体を確認すると、外傷はないのに内側というか、全身の筋肉がやけにもろい気がする。おそらくこの腕も、衝撃を逃がすことができずにそのまま骨へと伝わった結果だ。


「あ~、そういえば西のが術かけてようやく命だけは繋ぎ止めたって言ってたっけ」


 西の、西宮(にしのみや)の術というとあれか、損傷を全身に分散させたのか。父が安静にしてろと言うわけだ。


「あぁ、くそ。痛って。はぁ、利き腕じゃなかっただけましか」


 僕がため息をついた横で修平がよろよろと起き上がり、


「気持ち悪い、俺、ちょっと吐いてくる」


 熱を持ち始めた左腕を押さえながらそれを見送った。後ろではミルさんが妖魔を食べる何とも言えない音が聞こえる。


「……平和だ」


「腕が折れてて、修が青い顔して吐きに行ってて、後ろでミルさんが骨噛み砕いてる音聞きながらそんな事言える竜はすごいな」


「もっと褒めていいぞ」


「嫌味だ「知ってる」


「……」


「どうやら僕の勝ちのようだな」


「何の勝負だよ……」


 痛みをごまかすための会話だとは気付いているのだろう、苦笑しながらも春明が続けようとしたその時、修平の声がした。


「竜、春、トキアサリいた!」


 何よりも早く動いたのはミルさん。食べかけの妖魔を放っぽりだして修平の所へ走り、戻ってきた時には1匹のトキアサリをしっかりと口にくわえていた。



 ---



「今日は怒涛の一日だった」


 数日ぶりに戻れた自室で道江さんの入れてくれたお茶をすすった。

 快く僕の時間を返してくれたトキアサリは今、春明の結界に捕らわれてこちらを怯えたように見つめている。

 先ほどの襲撃に無理やり連れだされて、逃げる間もなく結界が閉じられたらしい。

 少しでも人目のないところへとうろついていたところを修平に見つかったと。

 めったに見ることのできない妖魔なんだからこの機会にしっかりと観察しておこう。喋ることのできる個体でよかった。ちなみに、体調を崩した修平はすでに家に帰った。さて、質問を再開するか。


「ふむ、食べた時を消費して生きている、と。何が美味いとかあるのか?」


『あ、新しい時、まずい。古い時、美味い』


 お、これは新しい情報だ。妖魔辞典改訂版に載せないと、そういえば言盗も書き直さないといけないな。


「この本を50年くらい食べて欲しいんだけど」


『無理、もう無理、食えない』


 限界か、身体小さいもんな。朽ちかけた古書が数冊新しくなったから良しとしよう。


「そろそろ帰る?」


『帰る、助けて!逃がして!!』


「助けて?人聞きの悪い。僕はむしろ君に傷つけられた方だろ?」


『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、許して、助けて』


 泣きながら謝る姿は結構可愛いかもしれない。そう思ったとたんトキアサリがびくっと身をすくめた。


「春、この子帰るって」


「ん~、じゃぁな、もう竜には捕まるなよ?」


 春明がちょいと指を振ると、一時的に通れるくらいの穴が作られた、そこをくぐって泣きながら逃げていくトキアサリ。


「かくして、僕の非日常は終わりを告げ、いつもの日々が戻ったのだった」


「どうした、急に?」


「なんとなくね。そういえば、修がまたバイト始めたんだって?」


 見舞いに来てた時のことを思い出し、尋ねる。


「げ、お前裏から手を回してクビにするのやめてやれよ」


「いやいや、僕はあいつのことを思ってやってるんであって……」

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