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【一章完結】永和怪異始末録  作者: 横山
竜一の非日常

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3/13

誰が誰だよ?(わかるけど)

 父との会話で本当に記憶がまっさらなことを確認された翌朝、妖魔辞典の2をめくっていると母と女性と青年が部屋に来た。


「竜一、記憶がないって本当なの!?お母さんのことも分からないの!?」


 心配そうにかがみこんで顔を覗きこまれる。


「えぇっと、会話の流れから母親だろうなとは思ったけど……」


 申し訳ないと思いつつ正直に答えると、青年がぶほっと噴出した。


「声、声が、高い……、兄貴マジで小さくなってるとか」


 その後頭部を女性がバシッとはたき、にらみつける。


(たつき)、慎みなさい。病人笑うとかお行儀の悪い」


 病人?一応病人、なのか?ほぼ寝たきりだし。


「いったいな!叩くことないだろ!?」


 頭をかばいながら叫ぶ青年。

 にぎやかだ、いったいどう返せばいいんだろうか。


「樹は少し黙ってて、お母さんも落ち着いてね?

 お兄ちゃん、覚えてないって聞いたから説明するけど、この人が私たちのお母さん。名前は佳枝(よしえ)ね。私は妹の怜子(りょうこ)、今年で20歳。こっちが弟の樹、18歳。ちなみにお兄ちゃんの名前は竜一で、24歳だから」


「あ、うん。ありがとう」


 ぼくの本当の年齢は24歳、昨日も父に聞いたけど、覚えておこう。

 妹の気づかいで、母と妹弟はひとしきりミルさんを撫でまわすとすぐに部屋から出て行った。後で時計を持ってきてくれるらしい。スマホはまだ早いと断られた。なんだ早いって?

 ようやく静かになった部屋に、お手伝いさんが次の来客を知らせてきた。


「ご友人が二人お見えですが……上森様と大川様です」


 これは、止められてないってことはむしろ会えってことかな?

 何と無しにミルさんを見るが、別段警戒した様子もない。


「通してくれる?」


「はい」


 それから少し、何の声掛けもせずに障子がパシーンと開けられた。現れたのは二人、普通の洋服を着たのと少ししゃれた服を着こなすの。歳は、成人はしてそうだ。


「竜、これお見舞いな……」


 普通の方は鉢植えの花を手提げ袋に入れて掲げ、ぼくの姿を見たとたんに固まった。

 もう一人が引き笑いをしながらその姿をスマホでぱし、ぱしと撮っている。

 何だこれ?友人?


「おま、何撮ってんだよ!?」


 それに気づいて後から来たのに詰め寄るが、その表情も面白かったらしく写真に収められている。


「いや、記憶戻った時に竜に見せてやろうと思って」


 ふむ、こっちは事情を理解しているっぽい。こちらから何か聞くか。


「記憶!?何?記憶喪失ってやつなのか?俺の呪符(ふだ)使うくらいだからよっぽどのことだろうって思ってたけど、想像以上だな。つか、何でお前縮んでるの?」


 記憶がない人間に何でとか聞けるのすごいな。先ほどの弟の言葉でも思ったが、やっぱりあの夢は現実だったって線が濃厚だ。

 妹弟といい友人達といい、ずいぶんにぎやかな人物に囲まれていたらしい。


「立ってるのもなんだから座ったら?」


 ぼくの声掛けにどっかりと腰を下ろす二人。この花はどうしようか、鉢植えは見舞いの品には良くないんじゃなかったっけ?


「あ、この花はわざとだよ。それくらいの常識くらいあるって」


 ちらりと移した目線に気付いたらしい。普通の方が自信ありげに花を指す。


「前に花舞のとこにお見舞いで切り花持っていったら、うるさいから次からは鉢植えにしてくれって言われたんだよ。だからそういうもんなんだなって、今回は鉢植えにしたの」


 うるさいから鉢植え?花舞ってなんだ?うるさい……花が?


「お前なぁ、花舞と河上を一緒にすんなよ。あそこ以外は切り花でいいんだよ、切り花で」


 河上というのはぼくの苗字だから花舞というのも誰か人のことなんだろう。あきれたように鉢植えを持ってきた方の頭を小突いている。

 ずいぶん楽しそうな二人だけれど、記憶があったらぼくも同じように会話に加わってたのかな?


「そっちがさっき言ったように、今のぼくには記憶がないんだ。あなたたちが誰なのか説明してくれると助かる」


 見ている分には不快ではないのだが、このままではいつまでたっても二人でじゃれあい続けそうだったので、こちらから切り出した。


「お、そうだったな。俺は上森春明(はるあき)。竜一の大親友だ!」


 春明ね、親友云々は保留しておこう。笑顔が胡散臭い知り合い、と。


「俺は大川修平(しゅうへい)。なんていうか、腐れ縁ってやつかな?俺としては早く就職してこんな世界からは縁を切りたいんだけど……そうだ!今のバイトがさ、まだ二日目なんだけど長く続けたら正社員もあり得るって!」


 嬉しそうな修平の報告を春明がかわいそうな子を見るような目で眺めている。もちろん本人はその視線には気づいていない。何か事情があるのだろう。


「景気も上向きだって話だし、無事に正社員になれるといいな」


 今日の新聞から仕入れた情報を元に返すと、やけに驚いた顔をされた。


「なんか、竜にそんなこと言われたのは初めてかもしれない」


 就職を希望する友人に、今までの僕はどんな言葉をかけていたのか、少しだけ、知るのが怖い気もする。


「いつもバイトなんてやめて    になれって言うのに」


 最後の一言がよく聞こえなかった。


「何になれって?」


「え?    」


 言い直してもらったのだがやっぱり聞こえない。ふむ、歳と記憶だけじゃなくて、他にも不備があることが分かったな。


 口は動いているのにさっぱり言葉が聞き取れなかった。これは修平に限ったことなのか、それとも……。


「春明、ちょっと言ってみてくれ」


 試しにお願いしてみる。


「 ・ ・ ・ 」


 一言一言を区切って言ってくれたようだが、やっぱり聞こえない。

 何が起きているのかは分かった。なぜ起きているのかは後で考えればいいか。

 少し不安そうな顔になった二人に気にするなと手を振った。


「で、なんでぼくがこんな状態になったのかの心当たりはある?」


 修平はわずかに顔をゆがめた。


「俺は、近づけなかったから、わからない。春」


 春明の方へと目をやると何かを思い出しているのか、ややあって口を開いた。


「俺がお前を見つけたときにはもうその姿だったよ。記憶がないのは昨日親父さんからの連絡で知った」


 弾かれた様に修平の顔が上がる。


「俺、聞いてない!」


 責めるような口調に春明は若干あきれて答えた。


「修にも伝えてくれって書いてあった。その前にここに通されたから言い忘れたけど、いい加減スマホ契約しろって」


「だって、金かかるし……」


 ひとつ、修平が貧乏なことは分かった。別に必要じゃない情報だけどな。


「お前は連絡手段が手紙か竜のお古のスマホだけだから面倒くさいんだよな。契約くらい俺名義でやってやるって言ってるのに……」


「話を戻す。見つけたっていうのは?ああ、もう面倒くさいから一から話してくれる?」



---



 始まりは散歩中の犬を離したら戻ってこなかったという相談だった。


 そんな相談事が数を増し、怪奇現象、UFOの仕業、などと噂が流れたが、こういう事件はたいてい妖魔が原因だ。

 調査の結果、都内の公園に巨大な蜂の姿を模した妖魔が巣を作っていることが確認された。かなり規模が大きいということで、封じ込め作業が行われ、最後に妖魔の一掃と巣の撤去となったのだが、参考にハチ駆除業者の話を聞くべきと呼ばれた業者が通常の業務に追われて、なかなか時間が取れないことに面倒になったぼくが勝手に現場へと向かって戻ってこず、帰ってきたのは尋常ではない様子のミルさんだけ。


 ミルさんの案内で父と春明を先頭に数人で妖魔の巣に向かうと、地中に崩れた公園とおびただしい数の妖魔の死骸、そして生き残った妖魔に食われかけているぼくがいたらしい。


 ……ある意味自業自得?


 巣の大きさにしてはあり得ないほどの数だったため、いまだに専門家が調査に当たっているという。


「俺が知ってるのはそれくらい。多分、今回の件で一番詳しいのはお前と一緒にいたミルさんだよ」


 新聞の一面に載ってた公園ってそれか!関係ないどころか当事者だったとは。

 ミルさんの方は夢で状況を見たから体が縮んだ理由は分かった。問題は記憶の方なんだが、それこそ失われた記憶の中にあるはずの手がかりなんて全く価値がない。


「それにしてもさ」


 春明が改めてぼくを眺める。


「あの状態でも生きてるなんて、さすが『最強の餌』ふぐぅ!?」


 気付いたら春明は腹を押さえてうずくまり、ぼくの手はずきずきしていた。


「あ、ごめん。なんか勝手に動いた」


 意識していないのに気が付けば殴っていた。ぼく、結構暴力的な人間だったのか?


「竜、お前ほんとに記憶がないのか……?」


 くぐもった春明の声。


「まあ、とりあえず元気そうだから良かったよ。喰われかけたって言ってたけど大きなけがもないようだし、事故とかの記憶喪失はおいおい戻るって言うしね」


 目の前で人が殴られたというのに動じない修平。冷たいのか日常茶飯事だったのか。

 それからしばらく、他愛のない雑談をした。もちろんぼくはほとんどが聞き役。記憶はないけれどこの空気は居心地がよかった。

 長居するのも悪いからと帰りかけた友人たちに別れの挨拶を。


「今日はありがとう、話を聞けて、今回の原因も大体わかったし、助かったよ」


 すると、部屋から出ようとしていたのに勢いよく振り返る二人。


「何がどう分かったんだ!?」


 詰め寄る春明。


「分かったってことは治るの?」


 顔を輝かせる修平。

 二人とも、思いの外ぼくのことを気に病んでいたらしい。そして、詳しく聞くまで帰る気もない、と。


「ミルさんが見た光景を夢で見たんだが、この本に書いてあるこの、トキアサリに襲われたらしい」


 妖魔辞典をのぞき込む二人。


「トキアサリってまた幻の妖魔を引き当てて……しかも最悪なタイミングで。お前といい修といい運が良いんだか悪いんだか」


 顔を上げた春明のあきれたような声。修平が不満そうな顔になった。


「おい、俺は竜ほどの悪運はないぞ!」


「俺から見たら二人とも変わんねーよ」


 どうやらぼくは悪運が強いらしい。今ここで生きているのもその悪運のおかげなんだとしたら、一応は感謝しておくか。


「とりあえずはトキアサリ探しだな。修、少し手伝ってくれ」


 春明が立ち上がり修平へと声をかける。


「いや、妖魔探しには俺、役立たずだろ?」


 同じように立ち上がりながら、不思議そうな顔をする。この二人の間には得意不得意に明確な差がありそうだ。


「じゃ、おとなしく寝てろよ。修、まずうち行って準備するぞ」


「はいよ、じゃ、竜は早く記憶戻るといいな」


 二人が帰ってから、いまだに固形物の出てこない昼食を終え一冊の本を開く。妖魔伝記、空欄があって読みづらかった本だ。


「あのさ」


 障子を開けて声をかけると少し怒った顔をされた。


「竜一さん、あまり部屋の外に出てはいけませんよ?」


 ……ため息をこらえる。

 せめて理由を教えてほしいんだけどな。


「ちょっと聞きたいだけだから。これって何て読む?」


 読み上げてもらった言葉はやっぱり聞こえなかった。特定の文字が認識できなくなっているようだ。

 それが一つなのかいくつかの種類があるのかは分からないけれど、これも何かの手がかりになるかな?


 部屋に戻って妖魔辞典を読み込んでいく。記憶を食べるような妖魔は載っていないだろうか。

 長く身を起こしていると辛いから、ミルさんがいてくれて助かった。次は座椅子か小さな机でも頼んでみるかな?



 ---



 妖魔辞典は3まで読み終えて記憶に関する妖魔は2種類、4から先はまだ刊行されていないらしい。


「そういえば、ミルさんも妖魔なのか?」


 なん


 当たり前だとでもいうように背もたれが鳴いた。そっか、こんな大きい猫居るわけがないもんな。


「辞典には載ってなかったけど、何食べるんだ?」


 ふすっ


 返事は鼻息のみ、答える気は無いってことか?

 障子越しに外を見ると夕方が近いことがわかる。今日もほとんど部屋から出なかったな。1日中寝たきりだと逆に体が弱りそうだ。

 ああでも、今日はたくさんの人と会って少し疲れた。

 そういえば、春明が言ってたな。ぼくは妖魔に食われかけたんだっけ?寝るのが怖かったのはその影響かもしれないな。


 次第に分かってきたぼくの正体。でもよく考えてみたら記憶さえ戻ればわざわざ探る必要もない、のか?

 分からないから色々知ろうとしてはいるけど、本来なら元々知っていることなわけで……あれ?

 結構、無駄なことをしているのか?


 ……ここは、何も考えずに好きなことを好きなだけやっていた方がいいのかもしれない。

 よし、とりあえず今は眠いから寝よう!


「ミルさん、ぼくは明日から記憶が戻るまでわがままになることにした」


 そう宣言すると、馬鹿なことを言うなといわんばかりに尻尾で顔をはたかれた。

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