厄災の悪巧みはいたずらっぽく
「やっぱり、シルフィさんはもっと私に気楽に接するべきです」
「と、言いますと……?」
魔物蔓延る『ハルドラ』の中央都市。その隅の方にある宿。今後、金銭を稼ぐ手段が限られることも考えて、かなり安い宿を選択した二人。「白の英雄が安宿に泊まるのか」と、『ハルドラ』の英雄ことヴィルレイグは不審がっていたが、フランベルが上手く誤魔化した。
「ヴィルレイグさんはずいぶん勘が鋭いみたいですけれど……そうでなくとも、やはり白の英雄と謳われたシルフィさんが私に対して腰が低いと、周りの人が不審がりますよ?」
「そうは言っても……」
「シルフは、いや?」
「あえ!?」
急に可愛らしく、こてんと首を傾けたフランベルにシルフィは面食らう。彼女の真っ黒な瞳が潤んで、初めて見た年下らしいところに戸惑う。──もしかしたら、シルフって私の愛称なのか? ──なんと返すのが良いのか。
「やっぱり私にこういうのは似合いませんねぇ……」
「あ……」
そんなことを考えている内に、フランベルはいつもの調子に戻ってしまった。しかし、フランベルの言うことにも一理ある。今後シルフィは正体を隠して行くことになるだろうから、英雄としての振る舞いもどんどんとなくなっていくだろう。それでも、彼女の名前が必要になる場面も出てくるはずだ。その時に備えるという意味合いでも、フランベル本人から頼まれているという意味でも。彼女は英雄らしい振る舞いが求められる。意を決して、息を大きく吸い、シルフィはおもむろに口を開いた。
「フ、ランは……」
僅かに声が震える。緊張する必要などどこにもないのに、緊張を隠しきれていない。
「はい」
「フランベルは、その、魔術をどうやってあんなに上手く使ってるの?」
「魔術ですかー! そうですねぇ、固有魔術は教えようがありませんから、通常の魔術ですよね? 適性はぁ……そっか、全部でしたね!」
いつになくフランベルが上機嫌だ。顔から火が吹き出そうなくらいに恥ずかしがっているシルフィを見ながら、更にフランベルは笑う。いつも、佇むように穏やかな笑顔だけれど、今だけは実に楽しそうだった。 ……もしかして、私で遊んで楽しんでるのかな。シルフィはそんなことを一瞬思うが、深くは考えないようにした。
「あぁ……でも、魔術を使って大丈夫なんですか? 魔力回路が破損していますけれど」
「まぁ……適性のない固有魔術を無理やり使うのに比べたら、全然負担は軽いといいますか──」
じっと、フランベルが見咎める。多分、口調のことだ。
「……全然負担は軽いからね」
また、可愛らしくフランベルが笑った。……やはりよく考えてみれば、普段は私たちの正体を隠すことが前提になってくるのだから、こういうことはしなくてもいいのでは? もしかして、フランベルがやりたいからやってるだけじゃないのか? そう思うのももう遅い。フランベルはこれまでにないほどに上機嫌で、提案を引き下げようにも言い出せない状況だった。
「それに……スタンピードの件、引き受ける他なかったからね。少しでも私も戦えるようにしておかないといけないから」
ヴィルレイグからのスタンピード対処の案件は、渋々ながら引き受けることになった。理由は二つ。一つは、『ハルドラ』で豊富に採掘されるいくつかの魔鉱石の買取。こちらは、ヴィルレイグがスタンピード依頼解決の報酬の一つとして提示してくれた。固有魔術──禁忌の、死者蘇生魔術にも耐えられるかなり上等なものだ。そもそも、魔導治安局から逃げる目的も兼ねて、それら魔鉱石を目的にハルドラを目指していた……とフランベルから明かされたのだから、これを入手しない手はない。
理由二つ目。こちらは単純で、口止めだ。すでにヴィルレイグには白の英雄たるシルフィが街に訪れていることが割れてしまっている。『ハルドラ』は隣国の国『アトラス』に魔術師を吸われている影響で、魔術師が少ないから連絡手段は限られる。報告される前に、どうにか情報をとどめておきたい。
しかし、スタンピード解決なんて大立ち回りをすれば、二人の居場所は火を見るよりも明らかになるだろう。もしかしたら、ヴィルレイグが匿ってくれるかもしれない、という淡い期待も抱きながら二人は依頼を引き受けた。『ハルドラ』屈指の英雄の一声なら、少しのあいだ魔導治安局員を退けることも不可能ではないだろう。
「うーんと、魔術の運用についてですよね?」
「うん。あんな綺麗な魔力の流れ、見たことがない。と言うか、見えない。高度すぎて、何をしてるのか未だにわからない。その方法を、教えてほしい」
あの、魔術を使っていることすら悟らせない独特な魔術運用は、これまでに考えうる最高の魔術の使い方だ。戦闘においては相手にあらゆる攻撃を悟らせない不意打ちになる。おまけに、それだけの魔力操作を身につけられるのなら魔術の出力にも寄与するはずだ。魔力効率が上がることが考えられる。
「んんー……それはちょっと難しいかもしれませんね」
「どうして?」
「多分シルフィさんの考えはこうですよね? 『高度な魔術運用を身につければ、不意打ちにも有用だし魔力の効率が良くなって長期戦にも使えるかも』……みたいな」
「まぁ、そうだね」
全て見透かされていることにシルフィは驚きつつ、それを隠して返事をする。
「私の魔術運用は、ちょこっと違うので……多分、お望みの結果は得られないかと」
「え……? 少し違うって……」
「それより! 三日後の作戦を考えましょう。なんて言ったって、今度のスタンピードは──」
そう、私たちが引き受けた依頼の期日。まさかの、三日後。魔物の進行がどれだけ遅れても、四日後には衝突すると言われているこの状況。全方位が開けているこの中央都市を攻め落とさんと動く魔物の群れ。その数──
「観測史上最大、四万匹の大暴走」
その、あまりにも暴力的な数字に対処するため、旅へと出ていたヴィルレイグも中央都市へと戻ってきたらしい。魔物が多く、有力な冒険者が多いこの街だが、それでも対処できるのかわからない大災害。そこに白の英雄──シルフィが通りがかったのは光明だと、ヴィルレイグは言っていた。しかし、真に喜ぶべきはシルフィの訪問ではなく、彼女の来訪だ。”厄災”、あるいは”神杖の魔女”。精鋭揃いの魔導治安局員すら簡単に退けてみせたのだ。きっと、彼女なら……。
「とりあえず、私は前線に出ませんので」
「はぇ……?」
ええぇぇえぇぇ!? と叫び声を上げた。史上最大の四万匹のスタンピード。その対処は、彼女に委ねられていたと言っても過言ではない。シルフィは魔王決戦時代後遺症でかつての出力を保てない。赤の英雄ことヴィルレイグがいたとしても、人間一人に対処できる魔物の上限を超えている。当のフランベル本人はいつも通りクスクスと控えめに笑っているばかりだ。
「ほ、ほほほ、本気で言ってるの……?」
「はい。でも、大丈夫ですよ」
自信満々に、フランベルは答える。
「二万匹は、私が殺しますから」
□□□
フランベルのスタンピード魔物二万匹殺戮宣言を受けてから二日後。シルフィとフランベルは中央都市最大の冒険者ギルドへとやってきていた。先日手続きを終わらせ、正式にこの街の冒険者として登録したのだ。ヴィルレイグいわく、報酬の支払いは冒険者ギルドを仲介させる形が最も手っ取り早いとのこと。もちろん、今は二人とも素性を明かせないので偽名を使用した。今はフラムとシルティである。偽物臭いが、しかたない。
ここへはスタンピードと作戦の概要について、ヴィルレイグと協議するためにやってきた。先にやってきていた彼を見つけると、シルフィたちも対面に座る。スタンピードが近いからか、ギルド内はかなり慌ただしい様相だった。
「来たか」
「まぁね……作戦を聞かないことにはなんとも言えないから」
ヴィルレイグは冒険者の中でもかなり異質な立ち位置にあるらしい。普通、スタンピードに対抗してギルドが立ち上がるのなら、ギルドマスターが主軸となり戦略を組み立てる。だが、ここではギルドマスターに加えて英雄のヴィルレイグもその戦略構築に一役買っているらしい。その実力と功績ゆえだろう。
「作戦……って言ってもな。正直、俺は白の英雄が以前の力を持っていると考えていたから元々の作戦がおじゃんになって怒り心頭だぜ」
「ちなみに、その元の作戦っていうのは?」
「上空から魔術で絨毯爆撃をして魔物四万匹の殲滅」
「こっちが怒り心頭なんですが」
あまりにも滅茶苦茶な作戦に、シルフィが抗議する。仮に彼女が以前の力を持っていたとしても、限りなく難しいだろう。殲滅自体は可能だが、日数をかければの話だ。四万匹ともなれば、魔力が持たない。恐らく一日でどれだけ効率よく爆撃をしても半分削るのが関の山だろう。
「だけどまぁ、思わぬ掘り出し物がついてきたから俺としては文句ないんだが」
ちら、と彼はフランベルの方を見た。
「あんたら、『アトラス』から魔物の森を抜けてここまで来たんだろ? スタンピードの直前で、魔物が活発になっているあの森を抜けるのは容易じゃない」
「それは、私の魔術で──」
「仮に探知系の魔術を使って戦闘を回避していたとしてもだ。優れた魔物なら、探知の魔力に反応して一直線に襲いかかってくる。それなのに、あんたらは傷一つなかった」
筋骨隆々なその体に反して、鋭い考察を繰り広げる。いや、彼の場合は推理や考察と言うよりも、野生の直感に近いものだろうか。ずばずばと、言い当てていく。
「魔術運用に難がある白の英雄が魔物に対処したわけじゃないのなら、必然的にそこの盲目の嬢ちゃんが魔物を狩っていたことになる。だが、スタンピード直前の、あの森の魔物と交戦したらただじゃ済まない。戦闘になればその音や魔力に反応してより多くの魔物が集まってくる……のに、森が荒れた様子もなかったな?」
ヴィルレイグは口の端を歪めた。まるで、好敵手を見つけたとでも言わんばかりの満面の笑みだ。
「それを可能にするのはただ一つ、魔力操作すら悟られず、近づく魔物を一撃で屠った。それ以外にありえない。あんたが、それをやったんだろ?」
「そんなわけ──だって、私は魔物を一匹も……!」
そこでシルフィはハッとした。言い分としてはヴィルレイグの言っていることが至極正しい。スタンピード直前ともなると、大進行に向けて魔物たちは活発になる。それに伴って、強力な魔物も生まれやすくなる。一匹も遭遇しないのは幸運で片付けるにはあまりにも異常。その事実から考えられることは……。
「おいおい、まさか、白の英雄に見られないように全ての魔物を倒したっていうのか……?」
「んー、どうでしょうね」
冷や汗を流すヴィルレイグを見据えながら、フランベルはまた、小さく笑った。その真意は読み取れず。しかし、そうなのだろう。シルフィに悟られることもなく、逆探知した魔物を即、処理していた。あの時シルフィは逐一『鑑定至』で報告していたけれど、逆探知されたかどうかまではわからなかった。恐らく、フランベルは報告を受けた段階で逆探知できる魔物かどうかを選別したのだろう。
「まぁ、でも、それなら話は早いですね。そのことに関して私の方からヴィルレイグさんに相談があったんですよ」
「相談?」
「スタンピード当日の、人員配置を変えてもらえないかな、と」
「……ハ! いいだろう。俺の想定以上の大物を釣れたんだ。とりあえず言ってみろ」
「その前に……スタンピードって、中央都市の全方位から来るんですか?」
「ん? そうだな。だが、数は多少偏りがあるぞ。多いのは東西方向からの進行だな。特に、西側からは約三万程度の魔物が予想され──」
「では東側の一万匹は私たちにまかせてもらえないでしょうか」
「は?」
シルフィが二日前の夜にしたような反応をヴィルレイグも取った。しかし、その様子をシルフィは不思議がってもいた。フランベルなら三万匹の大群を引き受けると考えていたからだ。元々、二万匹倒すと言っていたこともあり、拍子抜けな感じを抱いていた。それでも一万匹を一人で対処するのは並大抵のことではないが。
「おいおいおいおい、ちょっと、魔物を舐めちゃいないか? いくらあんたが強いからと言って……」
「大丈夫ですよ。魔物退治には慣れていますから」
「いいや、たとえどんなに強力な魔物を倒せるとしても、一万匹はまずい」
「何がそんなにまずいのでしょうか」
「あんた、魔術師だろ。一万ともなれば魔力が持たない。途中で魔力切れになるに決まってる」
「ああ、それならご心配なさらずに。私に魔力切れはありませんから」
「「はぁ!?」」
今度はシルフィも一緒に声を上げた。魔力効率がずば抜けて良いとしても、少しずつ魔力は消費されていく。だとすると、魔力切れがないなんて言い方はしないはず。ありえないが、フランベルならありえる。根拠のない確信を、シルフィは感じた。
「とにかく、一万は私が殺しますよ。それで、その時の配置なんですけれど、私が他者から見られないような位置にしてほしいんです」
「……具体的には?」
「魔物の群れのど真ん中」
「……へぇ」
呆れたように、ヴィルレイグはため息を吐いた。なぜ? と言葉には出さなかったが、その目が物語っている。
「勘のいいあなたならわかるでしょう?」
「ま、そうだな。わざわざ一万匹の大群を二人で引き受け、ひと目のつかない場所を所望するか。それに、どうやら冒険者登録でそこの白の英雄は偽名を使っているらしいじゃないか。シルフィ・アルレッティ。俺でも知っているその名前なのに、登録名はシルティ。訳あり、ってのはよく分かる」
「では、一万匹は私たちに任せてもらえますか? お互いの要求を通す、ギリギリだと思いますけれど」
シルフィ達は、スタンピード撃退の報酬とヴィルレイグの口止め。彼としても、フランベルやシルフィといった戦力を手放したくはない。しばし悩みながら、ヴィルレイグは視線を二人に向ける。そこに込められていたのは、敵意にも似た強い感情だった。今までの態度が、まるで嘘だったのかと錯覚するほどの真剣な表情。
「一つ、いいか」
重苦しく、彼の声が響く。腹の底に響いてくるかのような、地を這う空気の響き。
「はい」
「その配置、もし、あんたらが敗北したらこっちは挟撃に対処する必要が出てくる。しかも、中央都市が間に挟まる形だ。仮に東側の俺らが異変を感じて西に向かったとしても、手遅れだろうな。そのリスクは、承知しているのか」
彼は、問うているのだ。よそ者の二人に、命をかけてこの街を守り抜くという覚悟はあるのと。どこまで言っても彼は英雄。『ハルドラ』という不毛にして魔境の大地が産んだ、否、産まれなければ存続できなかった最強の戦士。赤の英雄。その二つ名は伊達ではない。この街の守り神としての重責が、全て彼に集約されている。
「えぇ、もちろん。そしてそれがいらぬ心配だと、私は考えていますよ」
口をつぐんでいるシルフィを横目に、フランベルは雄弁に語る。
「白の英雄と、私。それで不足というのなら、とっくに世界は滅んでいるでしょうし」
「……そういやまだあんたの名前を聞いてなかったな。どうせ、フラムという登録名は偽名だろう。あんたほど強力な魔術師なら、少しくらいは名がしれているはずだ」
「私の名前は、あまり知られていませんよ……ただ、こちらなら知っている人が多いかもしれませんね」
盲目の少女は、なおも続ける。
「”厄災”──魔王すら凌ぐ、最悪の魔女ですよ」
その存在だけは誰でも知っている。”厄災”、”神杖の魔女”。おとぎ話のように、まことしやかに囁かれる、至上の魔女の二つ名を。
最後までは書けていませんが、プロットが少しずつ完成してきました。このままガンガン書き進めようかな、と思っています。
ただ、別の活動で執筆の時間が取れなくなるかもしれません。投稿頻度が落ちるかも。




