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隣国の英雄からの依頼

 シルフィの『鑑定至』とフランベルの先導で、二人は魔物の森は難なく抜けた。一度も戦闘にはならず、最大限魔力痕跡を残さないように突き進むと、荒野が目に入った。魔力で充満し、青々と茂っていた魔物の森からは一転。生命の気配が薄い赤茶の大地を望む。フランベルの杖の音が軽く響く。彼女の編まれた黒髪が、風になびいている。

 隣国、駐屯兵が開拓した剣士の国『ハルドラ』。中央都市以外の場所は荒野が大半を占めているものの、他国からの流通網が発展し、中央都市へ向かうのはそう難しくない。


「とりあえず、大きな道を見つけましょうか。商人が通りかかれば、乗せてもらえるかもしれませんし」


「それもそうですね……あ、運賃は私が支払えますから」


 そう言って、懐から金貨の入った麻袋を取り出す。これでも彼女は元々英雄として活動していた身。常に、ある程度の金銭は持ち歩いている。


「助かります。時間と距離を稼いだとは言え、魔導治安局も案外すぐに追いついてくるでしょうから、早速行きましょうか」


「はい……って、え?」


 フランベルの言葉に、シルフィが素っ頓狂な声を上げる。魔導治安局は、対魔術師に特化している国内の治安維持組織だ。他国での活動は許されていないはず。禁忌魔術を研究していた私を捕獲することが目的でも、申請にかなりの時間と行程が必要になると予想していたからだ。


「私が原因ですね。私の監視を担当している魔導治安局員は特に、他国での活動が限定的に許されているんですよ。ほら、”厄災(わたし)”がどうにか他国へ逃げ出した時に、すぐ対”厄災”に秀でている人が対処しないと、大変なことになるでしょう?」


 どこまでも、規格外。それが意味するところはすなわち、フランベルは他国が私たちの国の魔導治安局の活動を事前に許すほどの脅威であると考えているということ。そして、魔導治安局には、この”厄災”に対抗できるくらいの実力者が揃っているということ。


「総動員、という程じゃありませんけど、数人はすでに魔物の森に入っているんじゃないでしょうかね。まぁまぁ、私たちは魔物を一切狩っていないわけですから、そう簡単には追ってこれませんよ」


「は、はぁ」


「うーん」


 急に、フランベルが首をかしげた。どこか寂しそうに、シルフィの方を見つめている。彼女自身もわけが分からず、フランベルと同じように首をかしげる。


「どうしたんですか?」


「んー、ほら、さっき「ありがとう」って言ってくれたじゃないですか。そんなに堅くない感じで」


「あ、あれは咄嗟のことで……」


「お友達みたいで嬉しかったんですけど~……いいんですよ? 見た感じ、シルフィさんの方が年上みたいですし」


「いや、なんか……恐れ多いというか……」


 本当にシルフィの方が年上なのか疑わしくなるくらい、フランベルには貫禄がある。それこそ、何千年も生きている大魔女みたいな貫禄。


「じゃあ、とりあえずフランベル、と呼んでください」


「え、フランベル……?」


「フランベル、です」


「フランベル……で、いいですか」


 小恥ずかしさから、シルフィは顔を背ける。名前は呼び捨てで、しかも愛称なのに敬語口調というアンバランスさ。不思議な感覚を噛み締めながら、シルフィは紅潮する。


「ふふ、いいですね。お友達みたいで嬉しいです」


「それなら、フランベルも私のことはシルフィと……」


「それはダメです」


「なんでぇ!?」


「シルフィさんは英雄ですから」


「もう英雄じゃないですって!」


 くすくすと笑うフランベルにつられて、シルフィも笑う。本当に、彼女は”厄災”と呼ばれた少女なのだろうか。こうしてみてみれば、確かに強力な魔術を持っているようだが、ただの女の子にも見える。彼女の見えない黒の瞳が、果てしない荒野を写している。どこまで、彼女には見えているのだろうか。


 □□□


 「ここらあたりは魔物が多いってのに、女二人でよくやってきたな」


 通りがかった馬車を止め、乗車させてもらうことになった。その馬車の中で、一人の男が二人に話しかけてきた。顔中に刻まれた傷が、彼の通ってきた修羅場の数を表していた。背中には大剣を携えている巨躯。魔物狩りを生業とする冒険者の一人だろうか。


「特にその嬢ちゃん、目が見えないみたいだが」


「わかるんですね」


「動きと、杖だな。それに、あんた魔術師でもあるだろう。杖に、僅かだが魔力が滲んでる。魔術発動の補助も兼用している証拠だろう」


「お~、正解です。すごいですね。おじさまもかなり実力派の戦士とお見受けしますけど」


「そう見えるだけだ。いや、あんたは見えてはいないのか」


 フランベルが魔術師であること、盲目であることをすぐに見抜いた。当のフランベルは少しも驚いた様子はないけれど、シルフィの方は口を開いていた。それを見かねてか、彼はシルフィの方を向く。


「あんたは普通の魔術師だな。……だが、どこかで見たことある顔をしているが」


「あはは……人違いでは?」


 元々深く被っていたコートのフードを更に深く被る。念の為、顔は隠しておきたいという気持ちのためだ。もとよりシルフィは顔が広いので無駄な気もするが、それでも顔を晒して旅をするよりは追手の捜索を遅らせることができるはず。


「白銀の髪……若い、魔術師の女……あぁ、もしかして英雄と呼ばれたシル──」


「そう! かのシルフィ・アルレッティに憧れたただの魔術師です!」


「えぇ、彼女、あの英雄シルフィ・アルレッティさんですよ」


「ちょぉぉぉぉぉ!?」


 せっかくの言い訳が水泡に帰した無力感を噛み締めつつ、フランベルが明かしたのなら問題ないのだろうと考える。彼女は今も、シルフィに向かって優しく微笑んでいる。隠さなくてもいい、ということだろう。


「……驚いた。魔王討伐を成し遂げた内の一人か。なんで黙ってた」


 少しの怒りを感じたので、萎縮しながらシルフィは答える。


「ひぇぇ……もう、今の私に魔王討伐頃の力は出せないので……それに、バレたら色々と面倒かな……と」


「白銀の髪にそのコートは俺でもわかるぞ。隠す気はあるのか?」


「はいぃぃ……」


 ごとん、と馬車が大きく揺れる。荒れ地の中でも険しい道に入ったらしい。話によれば、半日程度で中央都市に到着できるということだったので、日が暮れる頃には到着できるだろう。最悪の場合、シルフィが捨て身で『瞬間転移(テレポート)』使えば短縮することもできる。


「盲目の魔術師に英雄の魔術師か……ずいぶんと、おもしろいパーティだな」


「そういうあなたこそ、この魔物が多い荒野をお一人で横断するつもりだったのでしょう?」


「そりゃあな。『ハルドラ』の魔物なんて大したこともない。魔王領じゃあるめぇし」


「いや……『ハルドラ』の魔物も大概強力ですけれど……」


 『ハルドラ』は過去に軍事拠点として兵士が開拓した歴史を持つ。中央に拠点を築き上げ、それが都市化。流通網が整備され、都市周辺とその流通網に蔓延る魔物に対処するため、魔術とは違い素質を必要としない剣士が増加した。裏を返せば、それだけ剣士を大量に用意しなければ国としての機能が危ぶまれるということだ。集落も多数点在しているが、どれも警戒網が強力な剣士や戦士に依存している現状。

 フランベルやシルフィのいた魔術大国『アトラス』とは全く別の様相を持つ国だ。


「それに、白の英雄がいるのなら問題ないだろ。寝てもいいくらいだ」


「無理ですよ。言ったでしょう、今の私に魔王討伐時代の力はありません」


「なぜだ」


「魔王決戦時に魔力回路を破損しました。そのせいで、魔術が上手く扱えなくなったんです」


「ほぅ? それにしては、さっきから魔術で周囲を索敵しているようだが?」


「固有魔術の回路だけは破損を免れ……って、そんなこともわかるんですか」


「隠すのが下手くそなんだよ」


 そんなことを言っている内に、中央都市が見えてくる。比較的安全な、シルフィたちの『アトラス』にはない城塞都市。大地を区切る高い壁が遠くからでも目に入る。シルフィはフランベルにも呼びかけて、「そろそろですよ」とだけ言っておく。訝しげに、男が二人をみている。「なんですか?」とわざとシルフィは不機嫌に答えてみたが、男はあっけらかんと答えた。


「お前、白の英雄だろ? その盲目の魔術師相手に、ずいぶん腰が低いみたいだが」


「……私の、姉のような人なので」


 シルフィは咄嗟に、そういう嘘を吐いた。彼女たちの会話をみれば、確かに上下関係が狂っているように見える。フランベルは”厄災”と呼ばれる魔術師とは言えども、その事実は広く知られていない。魔導治安局によって隠されている、と言ったほうが良いだろう。誰もがその名前を聞いたことはあっても、眉唾物だし顔すら知らない。ともすれば、フランベルがさっき言っていたようにフランクに接するのが良いのだろう。変に探られないためにも。


「ふぅん……?」


 訝しむように男が二人を見ている。それでも、シルフィにとって、フランベルと馴れ馴れしく接するのはためらわれた。なんせ、”厄災”と呼ばれた魔術師。それも、己よりも魔術の扱いに長けているように見受けられる天才。そのせいで、どうしても敬語口調が抜けない。

 そうこうしている内に、段々と都市を囲む壁が迫ってきた。日も暮れ始めている。どうにか間に合ったらしい。シルフィは安堵する。それからは特に話すこともなく、一行は『ハルドラ』の誇る中央都市へと到着した。ずっと座っていた硬い椅子の馬車から解放され、うんと伸びをする。フランベルは特に疲れた様子もなく周囲を見渡していた。


「どうしましょうかね」


 唐突に、フランベルがそういった。


「どう、とは?」


「他国へやってきているわけですし、なにより、この城塞都市へ入るためには身分証が必要になってくるわけですけれど──」


「……絶対、魔導治安局にバレますね」


「うーん、いっそ『瞬間転移(テレポート)』を使ってもらって通り抜ける、という方法もありますけれど」


「この壁の向こうで捕縛されるのがオチでは……?」


「なんだ、お前ら、入らないのか」


 先程の男が、二人に声をかけた。すぐにフランベルが応対する。


「私たち、冒険者ライセンスがないんですよ。身分証、どうしようか考えていまして」


「あんたはともかく、白の英雄はライセンスを持っているはずだろう」


「彼女、魔王討伐から王都に戻ってすぐ、ライセンスを返還したんですよ。ほら、魔力回路の破損で冒険者業が危うくなったことと、研究に専念するという目的で」


「……ほう」


 少し吟味するように男は首を傾ける。しばらく悩んだ末、二人の方へと近づいてきた。


「俺が通してやるよ」


「……え?」


 シルフィたちが返事をするまでもなく、男は門番らしき兵士に駆け寄り、話を始めた。何やら兵士の方がしきりに頭を下げている。ものの数分で話を終えると、彼はまた戻って来る。


「よし、通っていいぞ」


「ええ!?」


 一体どういうことなのか、わけも分からずにシルフィは彼とフランベルを交互に見つめる。だが、フランベルは微笑むばかりで、男の方も無愛想で表情が読めない。頭を抱えながら、うめき声を上げているとフランベルが口を開いた。


「助かります。もしかして、この街だと結構偉い方でしたか?」


「ん? まぁ、そうかもな。俺は──」


 ニッ、と白い歯を見せながら、彼は豪快に笑った。精悍な顔つきの、野性的な表情が目に染みる。


「この街の”英雄”だ」


 魔物が跋扈する国の、戦士の座する中央都市。そこには、一つの伝説が刻まれている。魔物大量発生(スタンピード)──それも、強力な魔物が多く、全方位から攻められやすい中央都市に向かっての魔物の進行。それを、たった一人で半壊させた戦士がいるという。ヴィルレイグ・アイアス。『ハルドラ』なら誰もが知る”赤の英雄”。あるいはこうとも呼ばれる──

 

「”無敗の蛮勇”、ですか」


 フランベルが、小さく笑った。穏やかではあるが、満足げに。”厄災”と呼ばれた魔術師に、白の英雄。さらには跳梁跋扈の『ハルドラ』の英雄。あまりにも豪勢な三名が揃っている状況で、シルフィは泡を吹いて倒れそうになる。英雄として持て囃されていたものの、未だ彼女は十五歳から怒涛の日々を送り、年相応の平穏を味わうことの出来なかった少女。緊張感から手汗をにじませていた。


「ここを顔パスで通すついでに俺の頼みを聞いてはくれねぇか」


「なんでしょう」


 フランベルは、なおも優しげに対応する。今にも逃げ出しそうなシルフィの手を握って、彼女をその場にとどめながら。勘弁してほしい。後生ですから。なんて、そんなことを思いながら、シルフィは涙をにじませる。シルフィの中で嫌な予感を知らせる警鐘がガンガンと鳴り止まない。魔王討伐の時に駆り出されたときもそうだった、嫌な予感。大体、こういうときは──


「近々起こるスタンピードの対処を頼みたい」


 無茶苦茶な依頼を出されるものだ。シルフィは、とうとう涙を目尻から落とした。

無事に次話が投稿されました。未だ、プロットは出来ていません。というかありません。勘です。私がヴィルレイグです。

一応、次の次くらいまでは話ができているのですが、投稿は気が向いたら行います。できれば、プロットの完成を急ぎたいので……(無計画クリエイター)

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