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灰かぶりの英雄はそれでも進む

「……なるほど」


「できませんか」


「うーん、どうにも言えませんね。私も、監視されている身ですし。魔術で隠蔽するのが一番楽なんですけど、おそらく、勘付かれるでしょうね。魔力の流れを悟らせないように運用することはできますけれど、長期に渡って、となるときっと何らかの痕跡が残りますし」


 それもそうだろう。いくら彼女が魔導治安局に対抗できる力を持っているとは言え、それは単独での話に限られる。シルフィという荷物を抱えて、それを隠し通すとなるとまた別の難しさになってくるはずだ。シルフィは強く歯を噛み締める。やはり、無理なのか。勇者を復活させることはできないのか――


「シルフィさん」


 優しく、その声が響く。相変わらず、上品な妖精のような人。


「死者蘇生に関する研究資料は、ありますか。もう、全て押収されてしまっているでしょうか」


「一応、ありますよ。私の『鑑定至』はこれまで鑑定してきた内容や情報を全て術式内に記録が残ってますから」


鑑定書庫(アーカイブ)』と言って、『鑑定至』内の記録を閲覧する。固有魔術だからこそできる芸当であり、シルフィがリスクヘッジとして魔術をこまめに発動させている結果だった。元より、彼女は研究資料を基本的には残していない。重要性の低い書類のみを残して、核心に触れるものは『鑑定至』を通して『鑑定書庫(アーカイブ)』へ保存した後に処分している。

 今回魔導治安局に発見されたのは、その重要性の低い書類――と、『鑑定至』で保存する前の作成途中の書類。下手すれば、焼却処分した灰を復元されて、重要書類も押収されているだろう。だが、その”内容”は全て魔術の中に入っている。


「では、研究に必要な器具や道具は?」


「それは流石に持ってないですね……」


「どんなものが必要ですか」

 

「論理構築だけならそこまで重要なものは……強いて言うのなら、魔力感応鉱石とか、術式作成用の特殊塗料とか、各属性の魔鉱石もあればかなり便利ですけれど」

 

「ふーむ、どれも王都以外で調達は可能ですね」


「ええ……え?」


 その言葉に、シルフィはわずかながら目を見開いた。わざわざそこまで確認して、そんなことを言うってことは──。


「では、こうしましょう。”ここで匿う”というお願いは少々難しそうですけれど――”逃げながら匿う”ということなら、いいですよ。それなら魔力残穢が合っても追いつかれるまで少々時間がかかるでしょうし。何より、ここでずっと私が魔術を使い続けるよりはリスクが少ないです」


「いや……! え!? でも、それは……」


 色々な問題点が残っている。先程フランベルは自分も監視されていると言った。家を抜け出せば、それこそ即座に発見される。それに、シルフィは魔力回路が破綻しているせいで、常に魔力が垂れ流しになっているのだ。通常の魔術師よりも残穢を追うのは容易。まして、対魔術師に特化している魔導治安局が相手だ。いくら彼女でも――


「おや、誰かが来たみたいですね」


 フランベルがそう言うのとほぼ同時。玄関の扉がノックされた。小窓越しに、人影が見える。重厚感のある衣装から、すぐに誰かはわかる。魔導治安局。シルフィの『瞬間転移(テレポート)』の残穢を追ってきたのだ。フランベルが指を指した方へ、すぐに逃げる。物入れのような小さな部屋に身体をねじ込みながら、息をひそめる。扉の開く音が聞こえた。


「魔導治安局だ。ここへ、禁忌指定魔術を研究していた異端者が逃げ込んだと分かった。”厄災”へ告ぐ。かの異端者、シルフィ・アルレッティを保護してはいないだろうな」


「えぇ、知りませんねぇ。なにせ目が見えないものですから。それに、ほら、彼女がいないことなんて、魔力探知ですぐにわかるでしょ?」


「貴様の固有魔術は基本、()()()()()()()と考えろと担当から指示があったのでな。このまま、入らせてもらう」


「んー、仕方ありませんね」


 戸の隙間から、ぞろぞろと家の中に魔導治安局員が入ってくるのが見える。人数にして、四名。上位の魔物が出現しても余裕で対処できるような過剰戦力。未だシルフィが魔力探知に引っかかっていないのは、ひとえにフランベルによるものだろう。


「……魔力探知に反応はないな」


「でしょう?」


 そう話している、一人の男とフランベル。だが、戸の隙間から見えた、もう一人の男。背の低い、小柄な男が魔術を構えている。フランベルの背後。それも、無詠唱。目の見えない彼女には知覚できない。やがて、その小柄な男が炎の魔術を放つ。瞬く間に、フランベルがその炎に包まれた。ぱちぱち、と無情な音が響く。


「木造なので、やめてくれませんか」


 そう言いながら、フランベルは炎を”鎮火した”。まただ、私には、理解も及ばないほどの魔術。炎が萎んでいく、とかそういうプロセスがない。炎が、手品のように消え去った。


「おい、今、途切れたな」


「はて、なんの――」


「不意打ちへの対処でそちらに意識を割いたな。シルフィ・アルレッティの魔力を隠していた魔術に、わずかだが綻びが出ただろう。そこの、物置だな」


 絶句する。フランベルの、魔力の流れすら読ませない神がかった魔術運用を看破するなんて。加えて、ただでさえ認識することすら難しい彼女の魔術を、ほんの僅かな隙すら見逃さずに見咎めたこと。まずい、見つかった。シルフィは魔術を準備する。彼女にはまだ手札がある。複数の固有魔術を使用すれば、魔導治安局相手でも一矢報いることができるかもしれない。すぐに準備を始める。

 戸を蹴破る準備をしていると、フランベルが無詠唱で魔法陣を構えているのが見えた。その様子に、魔導治安局の全員が警戒態勢へと移る。


「困りますよ……その物置、散らかっているので人に見られたくないんです」


 フランベルが、初めて固有魔術以外の魔術を発動する。風の魔術。見事、としか言いようがないほどに流麗。英雄たるシルフィとて、かつては勇者パーティ一行の魔術師として、全属性に適性を持ち、あらゆる魔術を扱う神童として称えられた魔術師だ。そんな彼女から見ても、フランベルの魔術はやはり常軌を逸していると思われた。なぜなら――


「ぐぁ……」


 通常であれば、ただの風の魔術で、魔導治安局員を四人も圧倒できない。不可視の風の刃が、四名を切り裂く。なんとか反応して彼らも防御したようだが、それすら貫通して深手を追わせている。しばらくは動けないだろう。たった一人、リーダー格だろう最初にノックをした男だけが立っている。


「貴様……」


「シルフィさん、『瞬間転移(テレポート)』をお願いしますね。傷は、私が治しますから」

 

 その合図を聞いて、シルフィはすぐに、構えていた魔術を『瞬間転移(テレポート)』へと切り替える。発動直前の切り替えによる負荷で、めまいがするが、関係ない。扉を蹴破って、彼女はフランベルの手を取った。


「やはり、シルフィ・アルレッティを隠していたな……!」


「”厄災”の家なんですから、もう少し疑ってかかるべきでは?」


 彼らを置き去りにして、二人の少女は転移する。どことも知らない、遥か遠くの地へ。


 □□□


 とても強い風を感じながら、シルフィは浮上してきた意識を覚醒させる。気絶していたのか? すぐに意識の輪郭を明確にする。またも、無理な魔術運用により血反吐を吐きながら、現状を把握する。霞んだ視界が晴れていくと、緑の大地が見えた。高高度の上空。今自分たちがいる場所を即座に把握して、シルフィは絶句した。一日に二度も固有魔術を無理に使ったせいか。転移先の座標が大幅にズレたのだ。遠くに見える地平線を眺めながら、思考を巡らせる。この状態で魔術を発動するのは不可能。


「わー、高いですね」


 呑気に、フランベルはそんなことを口にした。こんな状況でも笑っていられるメンタルに恐怖しながら、シルフィは声を絞り出す。


「フ……ラン゛さ゛ん……」


 声が出ない。そう思ったところで、浮力を全身に感じた。フランベルの魔術だ。固有魔術とは別の、通常の魔術。


「私、シルフィさんとは違って風の適性しかありませんけれど……風の魔術だけなら、少しだけ得意なので」


 流麗。まるで、風の指揮を執るかのように、彼女は魔術を行使する。やはり、あまりにも洗練されている、芸術とも呼べるような魔術運用。風に包まれるようにして段々と落下速度を落としていき、二人はふわりと大地を踏みしめた。

 シルフィは力が入らずに倒れ込む形にはなったが。すぐに、フランベルが固有魔術の方で治療をする。相変わらず、異次元の回復速度。身体の内部修復に、一秒すらかからない神業。勇者パーティの聖女でもできなかった、奇跡のような魔術。


「私たち、これで国の敵になっちゃいましたね!」


「そんなに楽しそうにできるのフランさんくらいですよ……」


 起き上がりながら、遠くを見つめる。恐らく王都であろう街が、薄っすらと見えた。空気に紛れてしまって、その色すらはっきりとしない。かなりの長距離転移をしたものだ。座標がズレたのも無理はないか、とシルフィはため息を吐く。


「では、しばらくは魔導治安局から逃げながら死者蘇生の研究をするということでよろしいのでしょうか」


「そうなりますね……はーあ、できるのかな、私に」

 

「できますよ。だって、あなたは英雄、シルフィ・アルレッティですから」


「今はもう、指名手配犯のシルフィ・アルレッティですけれど」


 苦笑しながら、シルフィはフランベルを見つめる。全く、どこまでもわからない人。いつ見ても、彼女は美しい。自分より背も低いのに、どうしてかついていきたくなってしまう不思議な魅力がある。この人に守られながら、旅をして、魔術の開発を行う……その自信は、シルフィにはなかった。新魔術の開発でさえ偉業なのに、彼女がやろうとしているのは固有魔術。それも、禁忌の魔術と呼ばれた代物だ。死者蘇生。あらゆる勢力図を書き換える禁忌。


「……なんで、あなたはそこまでしてくれるんですか」


「なんでって……うーん」


 フランさんが少しばかり考え込む。


「そもそも私、いつでもこうやって抜け出せたんですけど、今までやったことがなくて。だから、こうやって外に出る口実を探していたのかもしれませんね」


「はは……」


 シルフィはつられて笑う。どこまでも、自由な人。その瞳には、何も映っていないはずなのに。きっと、どこまでも楽しい未来が彼女には見えているのだろうと、不思議とそう思われた。それが、たとえどんなに辛いものだったとしても、きっと彼女にとっては刺激的で楽しい光景に映るんだろう。そう思いながら、シルフィは立ち上がる。かなりの距離を移動したけれど、それでも安心はできない。早く、魔導治安局から逃げなければならない。


 □□□


「フランさんって、どうやって周囲を把握してるんですか」


 逃亡のため森に入り、ひとまず魔導治安局が簡単に手出しできないよう国外へ逃げることになった。そんなわけで、今現在は魔物の蔓延る国境の森を突き抜けようと動いている。ひょいひょいと木々や岩場を超えていく彼女は、本当に目が見えているかのような動きをしている。そんな彼女に疑問をいだいたシルフィは、それをそのまま投げかけた。ところどころぎこちないところはあるけれど、それでも目が見えない、というのはにわかに信じがたかったからだ。


「大体、耳でなんとなくわかるものですよ。それ以外は魔力探知でどうにかやりくりしてます。まぁ、こんなことをしてると魔導治安局に見つかってしまいそうではありますけどね。あ、大丈夫ですよ。彼らが近くに来たらすぐに魔力探知はやめますから。その時は、シルフィさんが支えてくださいね」


「その”近く”って、結構近いのでは……」


「えぇ、特に、私は手元周辺の魔力探知精度にかなり集中していますから。長距離探知は苦手なんですよね。だから、シルフィさんの『鑑定至』で察知してくださいね」


「私……? って、なんで私が自分の固有魔術ならほとんどノーリスクで使えるって知ってるんですか」


「固有魔術に関する魔力回路は生きているみたいでしたし。何より、私の前で何度か『鑑定至』を使っていましたけど、特に反動は見られませんでしたから」


 そんなところまで分かってしまうらしい。


「あ、じゃあ、もしかして私の魔力回路を修復することってできるんですか」


「できるにはできますけれど……あまりおすすめはしませんね。何が起こるかわからないので」


「え?」


「あぁ……ほら、魔力回路の修復なんて、私もやったことがありませんから。シルフィさんの身体の保証ができないんですよ」


 どことなく、シルフィには嘘を言っているようにも感じられた。それでも、彼女の言っていることに矛盾はないわけだから、飲み込む他ない。元より、回復させてもらえるとしてもあまり気乗りはしなかった。パーティメンバーの中でシルフィだけが抜け駆けしてしまっているような罪悪感が、以前の力への執着を大きく鈍らせる。

 同時にやってくる、嫌な予感。『鑑定至』に反応。大きい。すぐに背後へと意識を集中させる。人型ではない。魔物だ。シルフィはすぐにそちらの方へと振り向く。

 

「何か、いましたか」


「えぇ、大型の魔物が、一匹」


「方向は」


「五時の方向です」


 シルフィはすぐに魔術を構える。一発で行動不能にならないよう、通常の魔術。『鑑定至』の結果から水が弱点の属性だと考えられるので、それに適した魔術を。しかし、意外なことにすぐにフランベルが動いた。


「逃げましょう。このまま、九時の方向に」


「え」


「私は万全な状態ですし、正直、戦って勝つのは簡単です。でも、それだと魔導治安局を振り切れない」


 あ、とシルフィは思い至る。勇者パーティ時代の動きが染み付いてしまっていたのだ。確かに、今は魔導治安局から振り切り、魔物の森へ入っていることから魔力での追跡が困難な状態。みすみすこのアドバンテージを捨てることは許されない。


「でも……きっと私の魔力を追ってきますよ、あの魔物」


「大丈夫です。魔導治安局の方々には看破されましたけれど、私の魔術で隠せますから」


 手を引かれて、彼女らは横に逸れる。十分に魔物の進路から距離を取ったところで、茂みに隠れた。狼型の、大型の魔物が通り過ぎていく。にこやかに、フランベルはその様子を観察していた。しめしめ、と言った具合に。やがて魔物を回避すると、フランベルが先に立ち上がる。


「さ、早く森を抜けましょう。他国まで逃げ切れば、魔導治安局もやすやすと手出しはできないでしょうから」


 英雄として頼られることが多かったシルフィは、他人が頼もしく見えた事自体が久しいことだった。自分の手を引く彼女は、自分よりも小柄なのにずっと大きな存在のような気がして、安心しきったシルフィは、ついうっかりそれまでの口調を忘れて──、


「あ、ありがとう」


「ふふっ、どういたしまして」


 その顔に、シルフィは懐かしさを覚えた。あぁ、そうか、とすぐに思い出す。勇者だ。当たり前のように人を助けて、これまでみたことのないような、一切の邪気のない笑みで笑いかけてくる。一体、誰が彼女を”厄災”と呼んだのだろうか。こんなにも、勇者と似た笑顔をできる人を、シルフィは二人として知らなかった。強く手を握りしめ、二人の少女は森の奥へと進んでいく。

第二話はめでたく書けました。第三話を書こうと動いていますが、何も思いついていません。どうなるんでしょうか。とりあえず、好評なら続けます。好評でなくとも続けます。頑張れ、未来の私。

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