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厄災の魔女は向こう見ず②

 それでは、ダメなのだ。勇者が蘇らないのであれば、意味がないのだ。フランベルとの交渉を終えて、否、保留にして、シルフィは王都を歩いていた。活発な町並み、活気づいた人々。溌剌としたその様子が、今の彼女には少し痛く感じられた。


 ■■■


「でもっ……魔王はあなた一人でどうにかなるような相手じゃ……」


 魔王を殺す。そう言った”厄災”フランベルを、どうにか説得しようとした。アレは一人の力でどうにかなるものじゃない。魔王の力は、人知を超えている。シルフィたち勇者パーティが勝利を収めたのも、たまたまだ。本当に、たまたま。勇者の固有魔術と聖剣なしには達成し得なかった偉業。


「なぜ、私が”厄災”と”神杖の魔女”、二つの名前を持っているか知っていますか」


「……さぁ、知りません。ただ、”そう”とだけ」


「でしょう。だって、()()()()()()()()()()()。本当は、誰もが知っているはずなのに、誰も覚えていない。私が、そういう風にしたんです」


 にわかには信じがたかった。それが本当であれば、彼女の二つ名の由来が何にせよ、大規模に人間の記憶を改ざんしていることになる。それはもう、魔術でもなんでもない。神の、奇跡だ。荒唐無稽な話だから、と一蹴できない。そんな雰囲気を、彼女は纏っている。


「だから詳細はお話できませんけれど、少なくとも私が生きているうちは、魔王の心配なんてしなくてもいいですよ」


 その自信は、虚勢ではないように思えた。かの魔王に勝つ算段が、彼女にはある。信じがたいが、受け入れるしかない。だからこそ、彼女は”厄災”と呼ばれたのだ。人間には到底理解の及ばない領域。


「のーんびり魔王復活を待てばいいですよ。復活しちゃったら、私が殺しますから」


「じゃ、じゃあ……なんで……なんで、五年前は手を貸してくれなかったんですか?」


 絞り出すように、シルフィは言った。あの、戦争とも呼べる魔王との決戦は、多くの傷を残した。聖女は左腕を失った。大盾を構える戦士は後遺症で歩けなくなった。私は、魔力回路が大きく破綻した。勇者は、死んだ。この人がいれば、全てが丸く収まったかもしれないのに。

 気づけば、シルフィは涙を流していた。怒り、だろうか。身体の内側から込み上げてくる感情を、涙に乗せて吐き出す。そうでもしないと、心無い言葉を使いそうになる。そんな自分を抑えるために。僅かな静寂の後、フランベルは答えた。


「五年前、私は一人の魔族を追っていたので」


 ポツポツと、雫を落とすかのように丁寧に彼女は話す。


「親の仇です。私にとっては、魔王よりも誰よりも、その魔族が憎かった。そっちを探すので、手一杯でした」


「……あなたほどの魔術師なら、簡単に見つけられたのでは」


「いいえ、私の魔術は、確かに強力かもしれませんが、万能ではありませんから。まぁ――」


 やはり穏やかに、フランベルは笑っている。戦いなんて知らなそうな、あまりにも優しい笑顔。触れたら割れてしまいそうなシャボン玉のように、儚い笑顔。


「――仮に魔王のせいで世界が滅んでも、私が元に戻すくらいのことはできますけれど」


■■■



 シルフィの、正直な目的を語るのなら、それは勇者との再会だ。たとえエゴだと罵られようとも、それでも良いと思えるほど。彼女の意思は固かった。勇者に会いたいという一心。たった一人の理解者。たった一人の愛する人。


「あーあ、十七歳なんて多感な時期に誑かしやがって。あのスケコマシ」


 街の喧騒から逃げるように目を塞いで、勇者の姿を思い浮かべる。勇者と会いたいという気持ちは確かだ。それでも、魔王復活は嘘ではない。そして魔王に対抗するために勇者が必須になることも。だけど、勇者がいたとて……勇者パーティが再結成されたとして、シルフィたちは魔王に勝てないだろう。聖女は左腕を失った。戦士は足を動かせなくなった。シルフィも……魔力回路が破綻した。魔術自体は未だ健在だが、色々と制限がつきまとう。魔王戦時代のような大立ち回りは、今の彼女にはできない。

 それすらも、見抜かれていたのかもしれない。あの、全てを見通しているような瞳を持つ、フランベルなら。


「…………」


 死者蘇生の研究を続けるべきだろうかとふと考えた。本来、死者蘇生の研究は禁忌だ。それがたとえ、魔王に備えた勇者復活のためだとしても。理由は単純で、人間の命の価値を保つためだ。死者蘇生なんてものが成し得てしまったのなら、人間の倫理観はめちゃくちゃになるだろう。人間を使い捨てることもできるし、勢力図も大きく書き換わる。

 秘密裏に行ってきた死者蘇生の研究は、ここまでか。シルフィは目を細める。これ以上研究規模を拡大しようとしたのなら、きっと彼女の悪事は明るみに出る。それも、禁忌とされる魔術の研究だ。王都にはいられなくなる。勇者の守った、この王都には。


「……やっぱり、諦めきれない」


 それまでの思考を振り払う。それがどうした、と。勇者、という肩書きに代えはあるかもしれない。それでも、自分が愛したのは一人だけだ、と。しかし、死者蘇生の魔術開発は難しい。やはり、フランベルしかいない。”厄災”と、あるいは”神杖の魔女”と呼ばれた彼女なら。彼女は言っていただろう、死者蘇生自体はできる、と。

 なんとか説得しようと決意して、城へ戻ったところで、何やら大きな人だかりを見つけた。シルフィの、研究室の前。近づくと、彼女の顔を見た城の人間がぎょっとした様子で一歩後ずさった。疑問に思いながらも、シルフィは避ける人だかりを突き進んでいく。

 研究室の前に、一人の男がいた。厳かな、軍服をベースにしているような衣装に、軍帽。腰には剣を携えている。その様子には、見覚えがあった。『鑑定至』を使うまでもない。――魔導治安局。国内の治安維持を担当している部署。


(な、んで……)


 一瞬、目線が合った。まずい、まずいまずいまずい。焦りを隠しきれず、シルフィは同様のままに顔を伏せる。魔導治安局が私の研究室を捜索している? そんなの理由は一つだ。研究がバレたのだ。一体どこから、どうやって! 思考を巡らせる。確かにフランベルには話したが、あの後誰にも話さないように釘は刺したし、口止め料も支払った。残る可能性は、研究室のメンバーの誰か。しかし、あの研究書類には強力な隠匿結界を――。そこで、思い至る。フランベルは、シルフィの固有魔術を自分自身の固有魔術でキャンセルしていたことを。その効果が、シルフィのこれまで施した結界などにも作用していたのなら? 彼女のせい、とまでは言えないが、それが原因で書類が明るみに出た可能性もある。そもそも、私の魔力回路は破綻しているのだ。些細なことでそのようなほつれが生まれてもおかしくない。そしてそれを、誰かに見られた。

 すぐにシルフィは駆け出す。禁忌の魔術を研究した者の末路は一つだ。異端者として殺されるだけ。それが、たとえ――英雄であったとしても。後ろから怒号が聞こえてくる。魔術も飛んでくる。シルフィは、とにかくそれを躱し続けた。魔力回路の破綻で制限がつきまとうとは言え、肉体に刻まれた固有魔術『鑑定至』は別だ。あらゆる制限を受けずに、運用できる。己の未来を見通し、背後から迫る魔術を回避する。


「頼む、頼む頼む頼む……」


 すがるように声を絞り出しながら、魔術の準備を整える。英雄たる彼女の研究成果の一つ、他者の固有魔術の体系化。彼女は、強力な魔術を一つ、手に入れている。破綻した回路で魔術を練り、起動させる。どうにか、上手く行ってくれ。願い、魔力を込める。身体を魔導治安局の連中の攻撃がかすめていく。『鑑定至』と”ソレ”の同時運用はできない。躱しきれず、足に炎の矢が直撃して、体勢を崩す。激痛で顔を歪める。太ももが灼ける。だが、喉が生きているのなら問題ない。詠唱できる。背後に迫る足音を聞きながら、叫ぶ。


「『瞬間転移』――!」


 淡い光に包まれて、一人の英雄は王都から姿を消した。


 □□□


 歪んだ視界。朦朧とする意識。かろうじて、シルフィは背中に壁の感触を感じとる。どうにか、床に座ることが出来ているらしい。手触りで、そこが木で出来た家であることを把握する。口から溢れ出る血に触れる。咳をすると、また溢れ出た。ただでさえ運用が難しい固有魔術を、破綻した魔力回路で使ったのだ。これくらいで済んだのだからまだいいほうだ。


「あらあら、さっきぶりですね、シルフィさん。ちょっと、お疲れのようですけれど」


「あ゛、ぁ゛……フラ……さん」


 フランベル・オブリーヴ。咄嗟に逃げ込める先があるとするのならここしかないと、シルフィは『瞬間転移』した。フランベルはシルフィが家を去るときと変わらず、彼女は穏やかに机で本を読んでいた。

 血みどろの英雄が急に現れたのにも関わらず、彼女は一切驚いた様子を見せない。まるで、こうなることが分かっていたかのように。あるいは、こんなこと彼女からすれば異常でもなんでもないのかもしれない。


「傷、治しましょうか?」


 ぺら、とページを捲りながら、フランベルは聞いてくる。どこか、慣れているようでもあった。


「は……い゛……」


 返事をするとほぼ同時に、傷が回復する。いや、それは回復と言ってよかったのだろうか。明らかに、聖女の扱う回復魔術とはそのプロセスが異なるように感じた。”あまりにも、早すぎる”。それに、回復しきれていない箇所がない。貫かれた太ももも、ボロボロになっていた体の内部も、即座に、そして完璧に再生された。あまりにも異質なその魔術に、また、シルフィから冷や汗が垂れる。


「……ありがとうございます。なんでも、できるんですね」


「なんでもはできませんよ。それを言うのなら、シルフィさんの方ができるのでは?」


「冗談を……」


「それで、どうしたんですか?」とフランベルは聞いてくる。どこまで話したものか──と悩んだのもつかの間。すでに、シルフィに失うものはない。英雄という名誉も、宮廷魔術師という地位も、かつての栄光も。禁忌の魔術の研究が明るみに出た以上は、全てが煤汚れたものになるだろう。順を追って、フランベルに話した。白の英雄が、灰の英雄までに落ちるその経緯を。その間も、彼女は穏やかに笑っていた。シルフィの話を遮ることなく、最後まで。やがて話を聞き終えると、少しだけ悲しそうな顔をした。


「それは……もしかしたら、私が原因かもしれませんね。ほら、シルフィさん、私に魔術を使おうとしていたでしょう」


「あ、それは……ごめんなさい」


「いいえ、こちらこそ。それで、その時に私が雑にシルフィさんの魔術を無効化したので……もしかしたら、その時に。結界術を多数使っているようでしたので、それもまとめて無効化してしまったと思います。きっと、そこに書類や研究資料を保護するものもあったでしょう……?」


「いいや! あなたのせいじゃないんです! それに、別に……いいんです……」


 私に、王都暮らしは性に合っていなかった。小さくシルフィは言った。戦いが終わったら、勇者と一緒に王都に暮らすつもりだったところ、勇者が亡くなってしまったから、なんとなく住んでいただけ。宮廷魔術師として研究を重ねる日々も、きっと合っていなかった。勇者と再会できるかもしれないからと頑張ってみたものの、裏を返せば彼女の研究のモチベーションはそれだけだった。窮屈な暮らしだと、感じていたかもしれない。

 フランベルに手招きされて、机に座る。数時間前に話した光景が、また目の前に来る。品の良い、高級感のある紅茶の香りがシルフィの毛羽立った心を落ち着かせる。


「私……そろそろ行かないと。もしかしたら、魔力残穢を追って魔導治安局がここに来るかもしれませんから」


「大丈夫ですよ。仮に来たとしても、私に喧嘩を売るような真似はしないでしょうから。それに、仮に交戦せざるを得ない状況になっても、私がどうにかしますよ」

 

「……あの、シルフィさん」


 どこまでも、規格外な人。内心、シルフィは苦笑した。


「死者蘇生は、してもらえないんですよね」


「えぇ、それは、したくありません」


「それでも、別のお願いなら聞いてもらえると」


「いいですよ。シルフィさんのお願いですし、何より、悪いことしちゃいましたしね。お詫びも兼ねて」


「それなら――」


 何をしたいのか。そんなこと、考えるべくもなく言葉にできる。正直に言ってやる。シルフィは、吐き出した。──魔王なんて、どうでもいいんだ。私は、戦いたくない。強力な固有魔術と、優れた魔術の素質を持っていたから戦場に駆り出されてたけれど、戦いは怖かった。それでも、やらなきゃいけなかった。

 たった今、灰を被った英雄は明確に願う。己の意思で、成し遂げたいことを。


「私が、死者蘇生の魔術を完成させるまで、ここで匿ってくれませんか」


 ――私は、勇者に会いたい。私が愛したあの人に、もう一度。かつての英雄は、その光に白よりも輝かしい光を宿した。

一話が長くなってしまったので二分割にしました。ここまで書きましたが、構想は全くありません。設定だけが膨らんでいくばかりです。ストーリーとしてまともなものになるかどうかは、私のやる気にかかっています。頑張れ、未来の私。

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