厄災の魔女は向こう見ず
白の英雄。世界有数の魔術たる、固有魔術。そのうちの一つ、『鑑定至』。あらゆる物を見通すと謳われる魔術を操り、世界に貢献した魔術師。魔王討伐パーティの一人として活躍したところから始まる彼女の伝説は、未だ冷めやらぬ。続けて彼女は研究に没頭し、本来素質のない人間には扱えない固有魔術を解読・体系化。それを応用した魔道具の開発。数多の魔術に関する論文の数々。時代を切り拓き、文明を築き上げた賢人。それが、白の英雄シルフィ・アルレッティ。
絹のような白銀の髪と、白を基調とし金の刺繍が施されたコートを羽織っている容姿からその名がついた。
「こ、ここで合ってるよね……」
たった五年のことである。齢十五歳の少女が魔王討伐を主目的とする勇者パーティに選出され、不可能を可能にし、五年が経った今英雄と呼ばれた。そんな彼女にも、叶えられない願いはある。街の外れ、街の外れ、人気の少ない森に建っている小さな木造りの家。その玄関扉の前に、白の英雄は立っていた。柄にもなく、緊張している。万を超える人に向けた凱旋の時よりも、千を超える研究者に向けた論文の発表よりも、ここまでの緊張はなかった。早鐘を打つ胸を抑える。落ち着け。そう自分に言い聞かせる。たとえ、これから交渉をする相手が”厄災”と謳われた相手だとしても。
「ごめんください」
どん、どん、と少し強めに扉を叩く。「はぁい」という優しげな声とともに、軽い足音が聞こえてきた。やがて、おもむろに扉が開く。長い黒髪が丁寧に編み込まれている、綺麗な女性がでてきた。シルフィよりも、少しだけ年下に見える。十八歳くらい、だろうか。若干身長程もある大きな杖を握っている。下半身でも痛めているのだろうか。シルフィは疑問に思いながらも、すぐに彼女に向き直る。
「あの……」
言葉がでない。何から言えば良いのかわからない。彼女の持つ、あまりにも荒唐無稽な願いだという自覚が、シルフィの言葉をつまらせる。
「どうしたんです? 何か、御用で?」
「あ、え、と」
黒髪の少女は、そんな彼女に優しく微笑みかける。「上がって」と促され、いわれるがままにシルフィは家の中へと入る。質素な造りの家だ。特に、真新しいものや特別なものはない。過去に”厄災”と呼ばれた魔術師の家だとは到底考えられない。あれよあれよと席に案内されると、黒髪の少女は手際よく紅茶を淹れてくれた。香りが強く、色も鮮やか。「いただきます」とだけシルフィは小さく言って会釈をしてから紅茶を口に含むと、すっと品の良い香りが鼻を抜けた。高級感の感じられる茶葉。
「それで、何か私に御用ですか」
「え、えぇ、あなたにしか頼めないことでして」
「うーん、私、そういうのはお断りしてるんですよね」
すぐにシルフィは思い至る。あ! と声を上げて立ち上がった。
「そうではなく! 私、組織や国の人間じゃないんです! あなたを悪いことに使おうとか、そういうわけじゃ……」
「でも、あなたはかの有名な英雄シルフィ・アルレッティさんみたいですけれど」
私のことを知っているのか、と思いつつ、シルフィはいやいや、と己の思考を否定する。十五歳から目まぐるしい生活をしてきた彼女は、未だその精神性は成熟しきっていない。とどのつまり、自分の顔と名前がどの程度広がっているのか自覚が持てていない。宮廷魔術師としての地位すらほしいままにして、英雄と謳われる彼女の名前は市井にも広く知れ渡っている。辺境に住む黒髪の少女の耳に届いていても不思議じゃない。
「そ、そうなんですけれど」
「じゃあ、やっぱり私にできることはありませんよ。むしろ、私の方がシルフィさんにお願いしたいくらい」
「いや……今回は、あくまでただの一人の人間としてここへやってきたんです。お話だけでも、聞いてもらえないかと」
「んー、まぁ、聞くだけでしたら」
黒髪の少女は優しくシルフィを見つめる。黒い瞳。目を合わせていると、吸い込まれそうになる。シルフィは目一杯に息を吸う。遠慮がちに、言葉を紡ぐ。その、英雄たる彼女でさえ成し遂げられなかった無理難題を。
「――あなたの魔術で、一人、蘇らせて欲しい人がいるんです」
英雄シルフィ・アルレッティの願いはただ一つ。人間を、蘇らせること。そのために、ここまでやってきた。
「…………」
黒髪の少女は、黙してシルフィを見つめている。小恥ずかしくなって視線を逸らすものの、変わらず黒髪の少女は口をつぐんでいた。シルフィが「あの」と声をかけようと思ったところで、ようやく静寂が破られる。
「――申し訳ありませんけど、その相談には乗れません」
「そこを、なんとか……! 報酬はいくらでも支払います! お願いします。たった、たった一人の……」
「恋人だから?」
静かに、黒髪の少女は紅茶を飲む。いいや、飲むというよりも、まるでついばむかのような。控えめでいじらしい、それでいて美しい所作だった。彼女は柔らかく笑った。全てを、見抜いているかのような瞳だった。
「あなたが生き返らせようとしているのは、勇者様でしょう? かの魔王討伐で相打ちになった、あの勇者様。聡明で、とても実力のある方でしたね」
「か、彼と面識が? それに、どうして私と彼の関係を……」
「ちょっと前の私は”厄災”と呼ばれたり”神杖の魔女”と呼ばれたりで色々あったんですよ。手合わせもしましたねぇ。まぁ、その時に、ね? なんとなーく、あの方があなたを好いているのは分かりましたよ」
「うぅ……」
コロコロと、彼女は笑った。黒髪を揺らして、柑橘系の涼しい香りをまとわせながら。それにしても、彼とこの人が手合わせしたことなんてあっただろうか、と考える。シルフィは勇者パーティの一人として活動していた時期に、”厄災”という名前はいやというほど聞いていた。その忌み名は、ある種おとぎ話のようなものだったからだ。”厄災”という魔女は、魔王よりも恐ろしい。そんな内容。それでも、一度も会ったことはなかった。それに対してシルフィは疑問に思う。パーティメンバーには几帳面な人間が多く、特に勇者は報連相を徹底していたというのに……と。
「シルフィさんの論文もよく読んでいますよ」
黒髪の少女は、シルフィの話を始めた。
「稀有で強力な固有魔術の解読と論理化、さらには体系化に成功して、一定水準を満たす魔術師なら、色々制限はあるものの扱えるようにした……あれ、死者蘇生の魔術を研究する副産物ですよね?」
「う……」
「死者蘇生ともなれば、普通の魔術では到底不可能ですから。高位で強力な魔術を開発する過程で、現存する固有魔術の解読に成功した……というところでしょうか」
「どこまで知っているんですか……」
「何も知りませんよ。なにせ、こんな辺鄙なところに住んでいるものですから」
不思議な雰囲気を纏っている人だった。英雄の論文を読むくらいだし、恐らく王都には赴いているようだが、どうも掴めない。”厄災”なんて呼ばれた魔術師の影を微塵も感じさせない所作に、シルフィは面食らっていた。
「ともかく、あなたの恋人であっても蘇生はいたしません。お引き取り願います」
「……私が、あなたの願いを叶えるとしても?」
「…………」
「傲慢でも、大言壮語でもないですよ。私は、これでも英雄シルフィ・アルレッティだ。いろんな無理難題を解決してきた。それはもう、いろんな」
何故か早まった納期を守るための工程度外視の魔道具作成、炎属性の新魔術考案、王都近辺で発生した魔物大量発生への対処……無茶苦茶な依頼をいくつもこなしてきた。魔王討伐だって、当時は誰もが成し遂げられるなんて思っていなかった。当時十五歳のシルフィは、死すら覚悟していた。それでも、その全てを解決した。でも、今回ばかりはダメなのだ。彼女は拳を固く握る。死者蘇生を、一刻も早く成し遂げたい。そうしなければならない理由が、ある。
「…………私は」
「魔王が、蘇るかもしれないんです」
「…………」
絞り出すように、シルフィは言った。このことは、誰も知らない。彼女の固有魔術は『鑑定至』。対象のあらゆる情報を、読みとることができる。たとえ、それが未来のことであっても。だから、彼女は知っているのだ。魔王は、蘇る。五年前に魔王を倒したその日、シルフィは魔王の未来を見た。途切れたはずの運命が、また動き出す未来。それも相まって、ここ数年、シルフィは定期的に大遠征を行い魔王城の観察にも赴いていた。復活の原因までは特定できていないが、復活の兆候を確認している。
「近頃、魔物の動きが活発になっているのは知っているでしょう」
「えぇ、森にも、たまに出ますね。それが、魔王復活の兆候かもしれないと? ですが、魔物の活発化は例年起こり得ることで……」
「私は、『鑑定至』の、英雄の、シルフィ・アルレッティです。それでは、足りないでしょうか」
「……はて、一人の人間として、お願いされにきたのでは?」
「う……」
黒髪の少女は、優しく微笑む。なかなか通らない要求に、シルフィは歯噛みする。魔王討伐には、勇者が絶対に必要となってくる。人間の領域を超えた固有魔術。そして、彼にしか扱えないとされる聖剣。彼抜きで、魔王に勝利することは不可能に近い。魔王討伐を成し遂げたシルフィたち勇者パーティも、彼を筆頭とする精鋭が四人揃って初めて勝負になったくらいだ。勇者が欠けた三人では絶対に勝利などできないと、彼女はよく理解している。戦ったからこそ、だ。
「それでも、やっぱり死人を生き返らせる、というのはできません」
「あなたの魔術を持ってしても、ですか」
「いいえ、私の魔術ならすぐにでもできます。ただ、したくありません」
”厄災”――そう謳われた彼女の魔術は、格式高い固有魔術の中でも一線を画す。ただ、その一切が秘匿されている。それがたとえ英雄とまで呼ばれたシルフィだとしても、知るところではない。誰も、”厄災”の魔術を知らないのだ。それでも、彼女は魔王を超える”厄災”であり、賢者を凌ぐ”神杖の魔女”として語られる。なぜなのか。シルフィは、こうして対面するまで理解していなかった。
「ただ、別のお願いなら聞いてあげましょう」
「別のお願い?」
「えぇ、要は、魔王復活に備えて勇者を復活させたいという話ですよね? だったら、私が魔王を殺します」
「……は?」
「私が、魔王を、殺します」
――彼女は、次元が違う。先程から繰り返し、シルフィはこっそりと魔術を発動させ、『鑑定至』によって情報を閲覧しようと試みているのに、見られない。失敗する――いや、無効化されている。きっと、”厄災”の魔術によって。本来固有魔術が一方的に発動を封じられるなど、ありえない。それに、シルフィの魔術を無効化している魔術の気配を一切感じられないというのも異常だった。魔王とも渡り合った英雄が、魔術を使われていることすら認識できていない。明らかに、無詠唱での魔術運用難易度を遥かに上回っていた。魔力の流れすら一切読ませない、神業。不可能だ。それでも、彼女はそれを可能にしている。ありえない。シルフィは繰り返し脳内で呟いた。
「ちょ、ちょっとまってください。いくら”厄災”と謳われたあなただからといって……!」
「あら、私、シルフィさんに”厄災”の方で覚えられているんですか。せっかくなら、”神杖の魔女”の方が格好いいのに」
「あ、いや、そういうつもりはなくて……」
「冗談ですよ。私のことは、フラン、と呼んでください。フランベル・オブリーヴ、それが、私の名前です」
フランベルは、なおもコロコロと笑っている。何がおかしいのか、慌てふためくシルフィを見ながら、ついばむように紅茶を飲む。
「大丈夫ですよ。私、こう見えて結構強いので」
「でも……!」
「あぁ、魔王城までの道案内はお願いしてもいいでしょうか」
フランベルは、シルフィをじっと見つめる。その瞳には、どこか違和感があった。目線が合っているはずなのに、その視線が通り抜けていくような違和感。その不思議な感覚の正体を、シルフィは知ることになる。
「――私、目が見えないんですよ」
盲目にして慧眼、高貴にして可憐。フランベル・オブリーヴ。魔王を凌ぐ”厄災”であり、賢者を凌ぐ”神杖の魔女”。英雄すら慄く、最強の魔術師。一滴の冷や汗が、英雄の頬を伝った。
行き当たりばったりで書き始めた作品です。どれくらいの文量になるのか、はたまた完結するのか私にも分かりません。構想すら練っていなければプロットもありません。一体どうなってしまうのでしょうか。
先んじて、試験的に小説家になろうだけに投稿しようと思います。好評ならどんどん書いていこうと思います。
追記:全話書き直しました。とは言っても、一人称だった小説を私の文体に合うように三人称に書き直しただけです。内容はほとんど変わりません。




