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植物博士モチオののんびり遺跡フィールドワーク ~歌姫カリーナと二人の木の精霊に囲まれて、伝説の果実を育てることになりました~  作者: ゆうぎり
第5話:観察小屋の朝ごはんと、消えた霧

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光と森の境界

 急いで小屋に引き返したモチオくんは、一節いっせつの間も置かずに、窓辺の特等席に鎮座する星瞬草セイシュンソウへと駆け寄りました。


 朝の陽光を全身に浴びたその姿は、昨夜の青白く神秘的な瞬きとはまた別の輝きを放っています。

 それは生命の「熱」を帯びた、圧倒的な光でした。


 驚くべきことに、星瞬草の周囲数インチだけ、空気が「ゆらゆら」と揺らめいています。

 まるで陽炎のように、空間そのものが熱を帯びて膨張しているかのようでした。


「……信じられないな」


 モチオくんは思わず呟きました。


「昨夜の残光どころじゃない。朝日そのものを、一ドロップの無駄もなく取り込み、自らのエネルギーとして再構築しているというのか……?」


 震える手で、真鍮のプリズム定規を星瞬草の葉へとかざします。


 通常、植物というものは光をエネルギー源として取り込みます。

 根から吸い上げた水分を消費し、光合成を行い、静かに生命を維持する。


 それが植物の基本です。


 しかし――


 星瞬草の周囲で起きている現象は、その常識を根底から覆すものでした。


 プリズム越しの視界の中で、モチオくんは信じられない光景を目にします。


 空気中に漂う微細な水分子。

 消えてしまった朝霧の正体です。


 それらが、星瞬草の放つ特定の魔力波長に引き寄せられるように集まり、

 一グレインの光り輝く結晶体へと変化していました。


 そして――


 その結晶は、葉の表面へと静かに吸い込まれていきます。


「霧が自然に消えたんじゃない」


 モチオくんは息を呑みました。


「この子が……森中の水分を『光の燃料』として分解し、自らの輝きを増幅させる触媒として吸収してしまったんだね」


 日誌を握る手が「ぶるぶる」と震えます。


 彼がこれまで心血を注いで学んできたアイレックスの古い教科書には、こう書かれていました。


「植物とは、過酷な環境に適応し、与えられた条件の中で精一杯に生きる受動的な命である」


 けれど。


 目の前の星瞬草は、一節の間にそのことわりを書き換えていました。


 自らの「名前」を得て、確固たる個性を持ったこの子は、自分が最も美しく瞬けるように、森全体の環境を自分に合わせて変えてしまったのです。


 それは適応ではありません。


 支配でした。


「……適応するんじゃなくて、自らに合わせて世界を変質させている」


 モチオくんは呟きます。


「一ドロップの光をより遠くへ届けるために、森の大切な湿度が犠牲になったというのかい?」


 それは、博士として積み上げてきた知識の塔が、

 一グレインの砂となって崩れ落ちるような衝撃でした。


 境界線が消え、不自然なほど遠くまで見通せる森。


 透明な世界。


 それは、星瞬草が作り出した――

 極限まで不純物を排した新しい環境だったのです。


「モチオ」


 やさしい声が聞こえました。


「そんなに難しい顔をしないで」


 いつの間にか隣に立っていたアイベリーちゃんが、モチオくんの肩に手を置いていました。


「……この子は、悪いことをしているわけじゃないわ」


 その指先から伝わる柔らかな魔力に、モチオくんの肩の力がわずかに抜けます。


 星瞬草の隣では、カリンベリーちゃんが小さな手を葉に添えていました。


 そして、にこっと笑います。


「そうだよ!」


「この子はただ、『みんなにもっと遠くまで見せてあげたいな』って思っただけなの」


 モチオくんを見上げて言いました。


「ほら、モチオだって霧で道に迷って、眼鏡が曇るの嫌でしょう?」


 その瞬間。


 星瞬草から、これまでにないほど柔らかな黄金色の波動が広がりました。


「ぽわん」


 とした光が、モチオくんの眼鏡の奥の瞳を優しく照らします。


 その温もりに触れた瞬間――


 胸のざわつきが、一節の間に静かに凪いでいきました。


(……ああ、そうか)


 モチオくんは心の中で呟きます。


(ぼくはまた、この子を“異常現象”として、冷たい数字の檻に閉じ込めようとしていたんだね)


(この子が放つ一ドロップの輝きに込められた喜びに、気づこうともせずに)


 モチオくんは日誌のページをめくりました。


 そして、新しい仮説を書き込みます。


 これは――


 侵略でも破壊でもない。


 全く新しい形の共生。


 星瞬草が霧を晴らしたのは、

 ぼくたちが進む道の先を、一グレインの曇りもなく見せるための「贈り物」だったのかもしれない。


 植物と環境。


 そして、それを見守る人間。


 その境界線が溶け合い、一つの物語へと繋がっていく。


 モチオくんは、未知の理に対する一ドロップの恐怖を感じながらも、それを遥かに上回るわくわくを胸に抱きました。


「ありがとう、星瞬草」


 モチオくんは静かに言います。


「君が見せてくれたこの新しい世界を、ぼくもしっかり見届けさせてもらうよ」


 その言葉に応えるように――


 星瞬草は満足そうに「チカッ」と瞬きました。


 その光は、すでに小屋の中だけではありません。


 森の奥深く。

 数リーグ先まで届くほどに、純化されていたのです。

調査ログ:補足事項


【物理の理】


一ドロップ:星瞬草の葉の上で光の燃料へと変換される直前の、水の一滴。


一グレイン:モチオくんの常識を揺らした、新しい発見の重み。


一リーグ:霧が消えたことで、澄み渡った視界の先に広がる森の距離。


【刻・振動の理】


一節いっせつ:古い知識が崩れ、新しい生命の形を受け入れるまでの濃密な時間。

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