09 愚か者の末路
「へぇ、罰金に加え10年の禁固刑ですか……結構重い罰が下ったんですね」
新聞を流し読みしながらシズクが呟いた。
新聞の一面にはカストールの名と共に事件の顛末が詳しく記されている。
「勝手に研究所の名前まで使ってギルドに圧力掛けてたみたいだからな、流石に庇いきれなかったんじゃねぇのか」
「恐喝で10年は吃驚っスね、罰金も実家の子爵家が傾きそうな額っスよ?」
「……スケープゴート……」
リリィの言葉通り、この重い罰は見せしめなのだろう。
中世代の文明レベルならばいざ知らず、これだけ報道が発達した近世では、いくら封建社会とはいえ、平民を蔑ろにする訳にはいかないのだろう。
他の貴族の名誉を守る為にも断固とした態度をアピールしたのかもしれない。
実家が下級貴族、それも領地を持たない法服貴族だったことも理由に挙げられるかもしれない。
因みに、女豹の牙と喧嘩騒ぎを起こして元凶を作った貴族の子息も、とばっちりで罰金刑を受けている。
「やっぱり、アタシが原因だったみたいで……ルーナさん達には御迷惑をお掛けしました……本当にすみません」
「何言ってんだい!犯罪を犯した野郎が悪いんであって、嬢ちゃんはなんも悪くないさね」
「そうっスよ!シズシズは何も悪くないっス!それに、ミゃア達は慰謝料を貰えてウハウハっス!」
「……うん……この家が買えた……シズシズに感謝……」
今まで宿屋暮らしだった女豹の牙だが、この機会に土地付きの一軒家を購入していた。
あまり大きくはないが、商業区も近いのでかなり立地条件の良い物件である。
何でも、迷惑を掛けたからと、ギルドが紹介してくれたらしい。
「念願の拠点が手に入ったのは嬉しいけどさ、家具やなんかに結構使っちまったからね、それに……これからは維持費なんかも掛かるし、今まで以上に気合い入れて稼がなきゃだよ」
「……うん……お風呂は正義……頑張る……」
「み、ミャアは……お風呂は苦手っス」
ここ王都では上下水道は整っているが、お風呂はあまり一般的ではない。
貴族や上流階級にしか入浴の習慣は普及していない。
文化的な理由もあるが、初期投資やランニングコストが高いのが主な理由だ。
(そう言えば、久しくお風呂入ってないな~……この世界には浄化の魔法があるからね、ついつい後回しにしちゃったんだよな~)
お風呂を作るようなお金はないが、全て自作するつもりなので必要なのは材料費のみだ。
それとて、採集のついでに樹海で集めてこれば実質ロハだ。
(うん、決めたっ!スパイ対策のついでにお風呂作ろう♪)
やっぱりお風呂は日本人の魂だろ、と今更ながらに思案するシズク。
何気にスパイグッズの方が優先度高めなのは性格と言える。
「それはそうと、嬢ちゃん……次の依頼は前線視察って話だったけど……戦場に行くのにアタイ達が護衛なんか務めちまっても良いのかい?」
「へ?次の依頼?戦場?……何ですか、それ?」
ルーナの言葉にシズクは素で間抜けな顔を晒す。
「なんだい聞いてないのかい?」
「……聞いてないです……」
「メアリー・レイモンドって女性からの依頼っスよ、シズシズの知り合いだって言ってたっス」
「……うん……レイモンド伯爵家の次女……」
3人の話によれば、近く新兵装の御披露目を兼ねた実用試験が行われるらしい。
これまでは大賢者の称号を持つ所長が取り仕切っていたのだが、どうも今回はメアリーが責任者を務めるとのこと……。
しかも、シズクがその視察団のメンバーに入っていると言うのだから、まさに寝耳に水である。
(そんな大役を入所したての小娘が務めても良いの?……て言うか、何でアタシも?)
「……あのぉ、何かの間違いとかじゃ……」
「金髪のお嬢様が言ってたっスよ、シズシズも同行するから傍を離れないようにって……」
「……シズシズのお守り……頑張る……」
そう言ってシズクの背後に回って頭を撫でるリリィ。
端から見れば髪色が似ているので姉妹に見えなくもない。
「あのぉ……これでもアタシ、リリィさんと同い年なんだけど……」
「はははっ、諦めな嬢ちゃん」
「そうっスよ、シズシズ……そうなったリリィは止まらないっス」
「……うん……可愛いは正義……フンスッ……」
女豹の牙の3人には既に素顔がバレているので、認識阻害の眼鏡は外しているのだが……。
(前よりスキンシップ激しくなってないかな……ナチュラルに膝に座らせようとするし……)
下心あってのことならばいず知らず、純粋に可愛がってくれているのでシズクとしては拒絶し難い。
ただ、あまりこういう経験がないので気恥ずかしいだけだ。
(……それに……色々バレちゃってるハズなのに詮索もしてこないし、他言もしてないようだから……何だかんだ言って、居心地が良かったりするんだよね……)
現代魔法分野において、飛翔の魔法はその構築と制御の困難故に実現は不可能と言われている。
古代の文献には飛翔に関する魔法の記述はあれど、技術自体は失伝しており、そのような魔法は空想の産物である、とまで揶揄される程だ。
空を飛ぶ手段として、飛翔馬が存在しているが、浮遊石で浮かせた木馬を風の魔法を使って移動させる程度の稚拙な代物でしかない。
しかも、一定の高度を平面的にしか飛べないので、3次元運動は元より旋回すらも覚束ない、飛翔などと銘打つわりには、なんともお粗末な乗り物なのだ。
「戦場なんてとこに行くのは不安かもしれないけど……お嬢ちゃんのことはアタイ達がキッチリ守ってやっから心配するようなこたぁ、なんもないさね」
「はぅっ……よ、よろしくお願いしっ……ますっ……」
豪快に笑いながらバンバンと背中を叩いてくるルーナにシズクは息を詰まらせながらペコリと頭を下げる。
「ヘーゲルンまでは魔導列車って話っスからね、ミャアは楽しみで仕方ないっス!」
「……うん……魔導列車……楽しみ……」
魔導列車の運賃は高く、平民はなかなか乗る機会がない。
斯く言うシズクも乗ったことがない。
「それは楽しみですね……アタシもこの国の列車には乗ったことがないので……」
「シズシズも初体験っスか?ならミャアと一緒に座るっスよ、窓から景色を眺めるっス!」
「……シズシズの席は……私の膝……ミャアとは座らない……」
「えぇ~、そんなのズルいっスよ、リリィ!」
「ふ、二人とも……アタシは子供じゃないんだけど……こう見えてミャアよりお姉さんなんだよ?」
無表情で膝をポンポンと叩くリリィ。
それに膨れっ面でぶう垂れるミャア。
当の本人は何を言っても蚊帳の外だ。
「あんた達良い加減にしなっ!嬢ちゃんが困ってんじゃないか、ピイピイ騒いで、近所迷惑だよっ!」
珈琲の香りが漂う室内にルーナの怒声が響き渡る。
ルーナさんの声の方が近所迷惑なんじゃないかな、などと愚にも付かないことを思いつつ、シズクは不安な未来を幻視して溜め息を溢した。
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シズクが帰った女豹の牙の拠点では……。
ルーナ、リリィ、ミャアの3人が膝を突き合わせて話し合いを行っていた。
「良いかい、あんた等……分かってると思うが……シズクの嬢ちゃんはかなり特殊な存在だ」
「……うん……特別可愛い……黒髪がキュート……」
「そうっスよね、素顔があんなに美人だったなんて反則っス」
「はぁ……いい加減にしとくれよ、アタイは真剣な話をしてんだよ……?」
相変わらずの二人にルーナが溜め息を吐く。
「……ゴメン……巫山戯すぎた……」
リリィがペコリと頭を下げて居住まいを正す。
「……飛翔の魔法……銀色の髪……見たこともない不思議な魔法……」
「それならミャアも心当たりがあるっス……探索の時にシズシズが何もない空間に鉱石をしまってるのをチラッと見ちゃったっス!」
補足するようにルーナが後に続く。
「アタイもいきなり現れたガントレットにゃ驚かされたが……そんなことよりシズクの嬢ちゃんの魔力光はどいつも青いんさね」
「……遺物……」
「それって……シズシズが遺物を持ってるってことっスか?」
見習い研究員ごときが国宝扱いの遺物を持っているとは思えないが、可能性がゼロというわけではない。
だが、遺物らしきものは持っていないし、そもそもの話……使う魔法全てが青い魔力光を帯びているのはどう考えても異常だ。
「……紫電銀姫……」
「なんスか……その『しでんぎんき』って……?」
ボソリと漏らしたリリィの言葉にミャアが首を傾げる。
「これだからアンタは半人前だってんのさ……ちったぁ、情報集めにも真剣になんなっ!余裕かましてってっと、その内に足元を掬われちまうよ……リリィ」
「……了解……」
ルーナの目配せを受けたリリィがとある噂話をミャアに語って聞かせる。
それはあまりに荒唐無稽で神話でも聞かせられてるのではないか、と思えるほど常軌を逸した内容だった。
「ふへぇ~……そんな神様みたいな事ができる女の子がいるんスか……本当の話なら、一度見てみたいっスね」
「はぁ……これだから鈍ちんは困るよ」
「ど、どういう意味っスか?ミャアが何か悪いこと言ったっスか?」
戸惑うミャアにリリィが淡々と返して言う。
「……ヒント……飛翔魔法……銀髪……幼い少女……」
流石に分かったのか、ミャアがクワッと目を見開いた。
「ま、まさか……シズシズっスか?!神様みたいな女の子がっ?!」
「ちょっ!声が大きいよ、ミャアっ!」
目を皿のように開いて両手で自分の口を塞ぐ猫人の少女。
「何も、アタイだって確信があって言ってんじゃないさ……噂話だって眉唾の内容ばっかだしね」
だが、B級のハンターであるルーナを片手間に無力化したのは紛れもない事実だ。
それも戦士の間合いにあって尚なのだ。
そんな真似をただの魔法使いができる訳がない。
未だに何をされたのか皆目検討が付かないが、少なくとも戦闘技能において足元にも及ばないのは間違いない。
「……ま、マジっスか……どう見てもか弱い女の子にしか見えないっス……隙だらけに見えて、ルーナより強いって……オーガよりおっかないっスね……」
「……シズシズはシズシズ……可愛い女の子……」
平常運転なリリィの台詞にルーナが呵々大笑する。
「ハハハッ、リリィの言う通りさね!嬢ちゃんは嬢ちゃんだ!アタイを救ってくれたの神様でも銀髪の天使様でもねぇ、シズクの嬢ちゃんなんだ」
「……うん……受けた恩は……忘れない……」
「ミャアだって肉串くれた恩は忘れてないっスよ!」
約一名、歯車が噛み合っていない者がいるが、皆の意見は概ね一つだ。
「いくら規格外の力があろうと嬢ちゃんは一人だ……海千山千の貴族に目を付けられたら食い物にされちまうよ」
「頬っぺとかプニプニで美味しそうっスからね」
「……それには同意……」
「しかも本人はかなりのお人好し、とくるからね……アタイ等が隙を見せないように気を配る必要があるよ」
「……うん……シズシズは……かなり脇が甘い……」
「わ、脇は流石にしょっぱいんじゃ……」
ミャアが顔をしかめて嫌そうな顔をする。
「ちょっと、話した感じだが……あの伯爵のお嬢様もシズクの嬢ちゃんに何かしらあるって気が付いている風だったね……」
「……それはマズイ……注意が必要……」
「あの伯爵令嬢は不味いんスね……覚えておくっス」
微妙にズレた一人を含め、女豹の牙の面々は顔を見合わせて頷き合う。
「何としても、嬢ちゃんを守るぞっ!」
「……シズシズは渡さない……」
「シズシズはミャア達の仲間っス!」
最後は息ピッタリの3人であった。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




