08 メアリーからの呼び出し
ゴタゴタがあった4日後、シズクは普段と変わらない日常を過ごしていた。
「起きたら夕方とか……アタシ、どんだけダメダメなんだよ~」
作業台に顎だけ乗せてぼやくシズク。
その態度こそがダメダメなのだといい加減気付くべきだろう。
因みに、件の首謀者については全く分からず仕舞いだった。
解決の糸口どころか、何一つ手掛かりが無い状態である。
と言うのも……。
「魔法鞄を捨ててくとか、あり得ないでしょ……豪邸が買えるんじゃなかったのかな……かな~」
首謀者を突き止める為に、魔法鞄に発信器を仕込んだまでは良かったのだが、いざ追跡してみれば裏路地に鞄だけが無惨に打ち捨てられていたのである。
こんなことなら、隠密スキルのあるミャアに手伝ってもらえば良かったと、今更ながらに反省する。
「中を覗けば魔法鞄だって普通気付くよね?何で捨ててくかな……まさか、逆さにして取り出すようなお馬鹿な真似なんてするわけないだろうし……」
何気に真実を言い当てているのだが、迷探偵がそれに気付くことはない。
「もしかして……発信器に気付かれたとか?犯人が目先の欲に捕らわれない玄人だとしたら?」
思いつくとすれば他国の間者くらいだろう。
そう考えればレシピを要求してきたことにも納得が行く。
「となれば……スパイ対策は必須だよね……ここ侵入しようとするかもだし……警備システムをアップデートして……追跡する魔導具なんかも必要かも……」
先程までのだらけた姿とは打って変わり、目を輝かせて思案にふけるシズク。
「光学迷彩を施したドローンとか良いかも♪ミッションインポッシブルみたく、レーザーを避けたり天井からワイヤーで侵入するとか面白いよね……床スレスレで大の字とかやってみたいかも♪」
迷走が脱線へと変わり、さらに暴走していく。
「となると、ボンドカーとか浪漫だよね~♪ミサイルは必須として、やっぱ緊急脱出シートとか付けるべきかな……まぁ、魔導車を買うお金なんて無いけど……考えるだけはロハだよね~」
紙に思い付いたことを走り書きするシズク。
あわや研究大戦の勃発かと思われたその矢先……。
――ジリリリリーンッ
ややくぐもった呼び鈴の音が響き渡った。
シズクはビクリとしてから周囲を見回し、やがて思い出したように紙や本の山から通信機を掘り起こした。
「な、鳴ってるとこ初めてみたよ……まるで昭和のレトロ電話じゃん……」
咳払い一つしてから、受話端末を手に取って耳に当ててみる。
「も、もしもし……こ、こちらは……あばら小屋?……です」
「…………」
「あ、あれ?切れちゃった?……もしも~し……」
「……貴女、シズク・オードリーよね?あばら小屋って、どこのことを言っているのかしら?それと……その『ももしもし』ってどういう意味ですの?何かの合言葉なのかしら?」
「ち、違い……あっ、いえ……アタシは確かにシズクですが……ど、どど、どちら様でしょうか?」
突然の質問責めに思わず慌ててしまう。
「……メアリーですわ」
「……ど、どちらのメアリーさんですか?」
「どちらもなにも、つい先日貴方にお会いした、上司のメアリー・レイモンドですわ」
あぁ、そう言えばそんな人がいたなぁ、とポンと膝を打つシズク。
名前どころか、容貌も既に記憶の彼方である。
「私はずっと貴女を探していたのですわよ?叔父様に聞いても知らないって言うし、事務室に尋ねれば『受付が知ってるかも』だなんておかしなこと言われるし……挙げ句に施設にありもしない第8倉庫に住んでるから、そっちへ行ってくれって……貴女、一体何処にいらっしゃるの?」
凄い剣幕で捲し立てるメアリー。
シズクはシズクで「ここって第8倉庫だったんだ」などと、愚にもつかないことに感心する始末である。
「……で……そのメリー様が……アタシに……な、何のご用件で……?」
「メアリーですわよ、メ、ア、リ、イ!」
「……で……ご用件は?」
「……今、貴女……面倒臭いと思いましたわね?」
「そ、そそ、そんなこと……ありませんよ?」
「……もう良いですわ……少しお聞きしたいことがあるので、こちらにいらして下さるかしら?」
「……き、聞きたいこと……アタシにですか?」
「えぇ、そうよ……貴女に直接会ってお聞きしたいことがありますの」
「あ、アタシが……ミリー様とお会いするので?」
「……貴女、わざと言ってませんわよね?」
声音に冷気が混じる。
「へっ?……す、すみません……アタシ、人の名前を……お、覚えるのが苦手で……」
「とにかく、第6錬金室で待っていますから……急いでいらして下さいまし、良いですわね!」
メアリーは言いたいことだけ告げるとプツリと通話を切ってしまった。
先程までの研究熱が一気に冷めていくのを感じる。
厄介事でなければ良いが、と肩を落とすシズク。
「あっ!……第6錬金室が何処か……聞くの忘れてた……受付で聞くしかないか~」
嫌そうに受け答えする受付嬢の顔を思い浮かべ、シズクは大きく溜め息を吐いた。
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「一体何をしてらっしゃったんですの?30分以上も私を待たせるなんて……良い度胸していますわね」
シズクを出迎えたのは、不機嫌な顔で腕を組み仁王立ちになったメアリーだった。
「す、すみません……アタシが住んでる小屋は敷地の端っこなので……歩きだと遠くて……」
だだっ広い敷地なので急いでも徒歩だと15分は掛かってしまう。
しかも、案の定受付では塩対応され、見習いの案内など業務に含まれていないと突っぱねられたのだ。
結局、建物を歩き回り片っ端から第6錬金室を探す羽目になってしまったのである。
そんな事情を話すと……。
「第8倉庫に住んでるなどと聞いて、何を馬鹿なと思ってましたが……そういう事でしたの……」
メアリーは当初、シズクが使用人寮に住んでいて、日中は管理のため第8倉庫に常駐しているのだと思っていたらしい。
だが、探せど第8倉庫など何処にもなく、誰に聞いても知らないと言われ困惑してしまったようだ。
「しかし……その受付の平民には分からせる必要がありますわね」
そう言って、フフフッと口角を上げるメアリー。
「あ、あのぉ……わ、分からせるとは……」
「そんなの決まっているでしょ?私の貴重な時間を無駄にさせたのですから……平民が貴族を嘗めればどうなるのか、フフフッ……」
「で、でで、できれば穏便に……す、済ませてもらえると……」
「何を仰ってるのかしら……そもそも見習いとはいえ、貴女はれっきとした研究員なのよ?」
メアリーの話によれば、王立研究所は国の最重要機関のひとつであり、そこの研究員になるということは国の行政官と同じく準貴族扱いとなるらしい。
(アタシ……貴族だったんだ……知らなかったよ)
「そんなことよりも本題ですわ……お聞きしたかったのは貴女が精製している魔法薬の事ですの」
そう言って連れていかれた作業台の上には錬金術に使う素材が山積みになっていた。
傍らには見覚えのあるレシピの紙束が置かれている。
「貴女が提出して下さったレシピ通りに精製してみたのですけど……何度やっても成功いたしませんでしたわ……まさかとは思いますが私に虚偽の報告をしたのではないでしょうね?」
優雅な仕草で頬に手を添え、スッと目を細める貴族令嬢。
まさかこんなところにルーナを脅した犯人が居るとは思わなかったとシズクは内心で頭を抱える。。
(……誰だよ……スパイだ、エージェントだ、なんて言ったのは…………アタシかぁ~)
こんなにあっさりと首謀者が発覚するとは思ってもいなかった上に、他国の間者の存在を考えていただけに肩透かしを食らった気分だ。
ただ、彼女の言動やら行動を鑑みるに犯人と決めつけるのは早計かとも思う。
「メリ……メアリー様は……そのレシピや素材を……どうやって手に……入れたのでしょうか……?」
「どうやっても何も、貴女がカストールに手ずからお渡しになったのでしょ、違いますの?」
メアリーの話によれば、彼女の専攻は錬金術であり、入所してから直ぐに触媒に使う魔法の研究を始めたらしい。
手始めに対金眼兵装に使用する魔法薬の精製を試みたものの上手く行かず。
ならば魔法薬を納品しているシズクに尋ねようとするも、何処を探しても目的の人物は見付からない。
仕方なく使用人のカストールという人物に頼んだところ……二、三日して資材の山とレシピの束を提出して来たとの事である。
「あ、あのぉ……メアリー様……そのカス何とかって方とは……あまり関わらない方が……良いのでは?」
「それはどういう意味ですの?」
シズクがこれまでの経緯を詳しく語ると、メアリーの顔から表情が抜け落ちていく。
「先程の受付の娘といい……この研究所には勘違いしている平民がたくさんいらっしゃるようですわね」
顎に手を添え艶然と微笑む伯爵令嬢。
笑みを浮かべているのに目が全く笑っていない。
(怖い怖い怖い……悪いことしてないのに、アタシが悪者にされた気分になるよ……)
メアリーは用事を思い出したと言って退出し、15分程してから戻ってきた。
「シズク・オードリー、後で先ほどの話を書面にして下さるかしら……それとその『女豹の牙』というハンターの方達にも証言をしてもらいたいのですが……貴女にその旨の連絡を頼んでもよろしいかしら?」
「よ、喜んでっ……」
直立不動で「何処の居酒屋だよ」と言われそうな台詞を口にするシズク。
顔合わせの折、彼女に皮肉を口にしたことを早くも後悔しつつあった。
「ハァ……道理で何度錬成しても上手く行かない訳ですわ……レシピが偽物なら当然ですわね」
「いえ、レシピは……本物ですよ?」
「は?……本物?」
「代替レシピ、て言うんですか?いちお、そのレシピでも同等の魔法薬が作れますよ?……ただ、素材の量に対して精製量が減るし、難易度が格段に上がっちゃうんでお勧めはできませんけど……」
こと魔法技術に関する話題となると饒舌になるシズク。
素材の良し悪しの見分け方など、要らない話まで口にしだす。
「……もし良ければ、今ここで魔法薬を精製してもらえるかしら?」
「えぇ、もちろん構いませんよ」
そう言うや、慣れた手付きで錬金機材を用意し、素材の下ごしらえを始めるシズク。
無詠唱で魔法陣を起動して薬液を煮出し、当然の事のように複数の機材を同時操作する。
「…………っ?!」
その光景を見やるメアリーは終始無言だ。
そして、およそ20分程の時を要して魔法薬が完成する。
「できましたよ、金属の錬成に使う魔晶水です、あとは魔封を施した瓶に移し変えればOKです」
シズクの手にしたフラスコには青い液体が薄っすらと魔力の燐光を放っている。
メアリーは懐からモノクルを取り出して嵌め、フラスコを手にとって鑑定する。
「……確かに魔晶水ですわ……それも……あり得ないほど高純度の……」
フラスコの中身をじっと見つめていた碧眼の瞳がシズクに向けられる。
「シズクさんとお呼びしても良いかしら?」
そう断ってからメアリーが続ける。
「シズクさんに、ひとつお聞きしますけど、貴女の話によれば本物の……いえ、もう一方のレシピでもこれと同じものが精製できるのですわよね?」
「もちろん作れますよ?ただあっちのレシピなら、もっと品質の良い物が作れますね」
「こ、これよりも更に品質が上がんですの?」
もちろん、代替レシピでも小屋にあるシズク謹製の錬金機材を使えば同等の魔法薬を精製できるが、ここにある機材ではこれが限界である。
(さすがに古代魔法で作った錬金釜といかは見せられないよね……)
まぁ、それはともかく……いちお事件は解決したみたいなのでシズクとしては一安堵である。
(ともあれ、事の顛末をルーナさん達に報告しとかなきゃだね)
そんな事を思いつつ、晴れやかな気分でシズクは研究所を後にした。
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一方、シズクが去った錬金室では……。
一人残されたメアリーが事の重大さに頭を抱えていた。
「こんな逸材が居るなんて……聞いていませんわよ……叔父様……しかも、こんなに冷遇して……万が一他国に引き抜かれたりなぞすれば……」
最悪の未来を想像し、額に手を当て溜め息を吐く伯爵令嬢。
大賢者などと持て囃され目が曇ってしまったのではと、杜撰な叔父の対応に懸念を抱いた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




