07 ルーナの事情
ルーナの無力化は一瞬で終わった。
ただ、B級の敏腕ハンター相手に手加減など不可能だ。
だからといって、腰に差したスパイダーでは殺傷力が高い上に近接向きではない。
なので、左腕に嵌めているバングルを使用した。
「う~ん……取り敢えず、リリィさんとミャアさんの二人と合流した方が良いよね……」
二人にもシズクが秘密にしている事を知られることになるが、ルーナには姿を見られているので今更だろう。
「さすがにバスはムリ……だよねぇ……ルーナさん居るし……」
シズクは地面に転がっていた戦斧を回収すると、雷撃の魔法で気絶しているルーナの身体をレビテートの魔法で浮かせる。
左手のガントレッドに嵌まったバングルを操作して追加で兵操を展開させた。
シズクの背に半透明の青い羽が現れ、黒髪に混じっていた銀髪の割合が増す。
髪も幾分長くなり、肩まで掛かった。
「少し寒いかもだけど、我慢してねルーナさん」
意識のないルーナに語り掛けながら、シズクは日が落ちて薄暗くなった空へと舞い上がった。
見付からないように偽装を掛けつつ探査の魔法でリリィ達を探す。
目的の宿を見付けた後は窓をノックしてご対面だ……正面からこんにちは、って訳にいかないので仕方がない。
三階の窓なのでかなり驚かれたが、幸い頭の回転が早いリリィさんが気絶したルーナの姿を見ただけで察してくれた。
「……シズシズ……だよね……?」
「……なんか別人みたいになってないっスか?髪も白くなってるし……一体どうしたんスか、シズシズ!」
「いや……最初に突っ込むとこ、ソコ?」
「何で窓から?」とか、「ルーナはどうしたの?」とか聞かれると思っていたのに肩透かしを食らった気分だ。
「面倒見は良いんスけど、ルーナは頑固な上に猪突猛進っスからね~」
「……うん……良くやらかす……」
そうこうしている内にベッドに寝かせておいたルーナが目を覚ました。
「……ここは……そうかい、アタイは軽くあしらわれちまったみたいだね……」
「今度は一体何をやらかしたんスか?」
「……起きた……」
二人の姿を見た途端、まだ痺れが残る身体を起こしてベッドの上で土下座するルーナ。
「ミャアとリリィは関係ねぇ……全部アタイの独断なんだ……調子の良い事言ってるのは分かっちゃいるが、落し前はアタイだけにしてくれねぇか、嬢ちゃん……」
「落し前以前に、事情を話して貰えませんか?」
「……ルーナ……理由話す……」
「そうっスよ……何があったか、話すっス!」
二人に詰め寄られ、さすがに観念したのか、ルーナがポツポツと語り始めた。
事の起こりは十日前、チャラい男にリリィとミャアが絡まれた事に端を発する。
ギルドの酒場で声を掛けられ、酌をしろ、夜の相手をしろと絡まれたらしい。
売り言葉に買い言葉、連れの男達も巻き込んで無理やり迫られたところへ、ルーナが割って入り大乱闘になったそうだ。
ギルドが下した沙汰は喧嘩両成敗。
絡んだ男達が原因であったが、ルーナが一方的にボコボコにしてしまったので双方に厳重注意、3日間の資格停止となった。
だが、翌日になって貴族の使いを名乗る男がルーナの前に現れ、3日間の停止処分を1週間に変更させたらしい。
その上で女豹の牙3人の資格剥奪をチラつかされたようだ。
資格剥奪を免れる交換条件は二つ、ひとつは護衛依頼に来た見習い研究員から採集した素材を取り上げること、もうひとつはシズクが月一で納品している魔法薬のレシピを聞き出してくること。
(アタシがギルドに来ることを知ってるってことは……研究所の関係者かな……)
しかし、それだとレシピ云々というのが引っ掛かる。
魔法薬のレシピは金眼兵装の設計図と一緒に提出してあるので、研究所の職員なら閲覧できるはずだ。
(さすがにこれは苛めの範疇に収まらないよね……)
幾ら平民のシズクが気に入らないからといって犯罪行為に走るほど愚かではないだろう。
となれば、ルーナ達が言っていたように、魔法鞄に目を付けられたのかもしれない。
(いずれにせよ、ちょっかいを掛けて来れないように対策しないとだね)
平穏な生活を守る為にも、首謀者にはキッチリ反省してもらう必要がある。
後々、ルーナ達に危害が及ばないように取り計らう必要もあるだろう。
貴族相手となれば、最悪国外逃亡という選択肢を採らなければならないが、愛国心など欠片も無いし、知人友人もほぼ皆無なので心残りは無い。
(……今の生活は気に入ってたんだけど……仕方ないかぁ……)
シズクはリリィとミャアの二人を加え、ルーナと今後の対策について話し合う。
「本当にその魔法鞄を渡しちまって良いのかい?そん中には貴重な素材だって入ってんだろ?」
「そうっスよ、シズシズ!犯罪者なんてボコって警邏に突き出してやれば良いスよ!」
「……貴族が相手……それは悪手……」
動かぬ証拠があれば貴族と言えど追い詰めるのは可能だ。
だが警邏は不味い、高確率で貴族の息が掛かっているからだ。
なので、揉み消されないようにするには対抗貴族に声を掛ける必要が出てくる。
(あ、後の事は首謀者を突き止めてからということで……)
勿論の事だが、シズクに貴族の伝などある訳がない。
「それはそうと……嬢ちゃんのその姿は……いや、詰まんねぇことは聞くべきじゃないね……忘れとくれ」
「ミャアは聞きたいっス!今まで何で変装してたんスか?地毛は銀髪のなんスか?髪が長くなってるのは何故なんスか?」
目をキラキラと輝かせながら詰め寄ってくるミャア。
次の瞬間、彼女の脳天にルーナの鉄拳が落ちる。
「ミギャァァァァッ!マ、マジで痛いっス!少しは加減して欲しいっス!」
「喧しいよ、ダメ猫っ!好奇心は猫を殺す
って言うだろ?ちったぁ、大人しくしなっ!」
「ね、猫を殺しちゃうんスか?……そ、それは全力でお断りしたいっスっ!」
ガタガタと震えながら尻尾を縮こまらせるミャアにルーナが溜め息を溢す。
「嬢ちゃんが可愛かったって事だけで納得しときな」
「……うん……可愛いは正義……」
リリィが背後からシズクを抱きしめ、良い子良い子とばかりに頭を撫でる。
「……詮索されないのは本当にありがたいんですが……皆さん、分かってます?アタシ、リリィさんと同い年なんですよ?」
ルーナが最年長の21歳、次点がリリィの19歳、ミャアに至ってはまだ16歳である。
(確かにちょっと背は低いけど……む、胸もあんまり無いけど……)
深く考えるのは止めよう、下手な考え休むに似たりだ、とシズクは早々に思考を放棄した。
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―― 同時刻 ――
ランドール准将は部下の操縦する魔導車でアスワン砦への帰路に着いていた。
「……准将、何をお考えで……やはり、昼間の御令嬢方の件ですか?」
参謀次官のロベルトがミラー越しに後部座席に座る上官に尋ねた。
「うむ、五人とも空振りに終わってしまったのが少々残念でな……」
「ふふっ……閣下は相変わらず隠し事ができませんね……手掛かりがおありなのだとバレバレですよ?」
「うむぅ……賢しい部下を持つとこれだから嫌なのだ……バレバレでも黙っておれ、私の威厳が台無しではないか」
「それは大変失礼いたしました……ランドール准将閣下……」
これだから近頃の若い者は、と舌打ちをする老将。
一呼吸置いてから徐に話し始めた。その視線は流れ行く外の景色に向けられたままだ。
「正直な話、私はあの五人に一目会った瞬間に違うと感じていた……」
「…………」
「貴様も感じ取っていたのでないか?あの者達からは全く圧を感じなかった……戦場で感じたあの凄まじい魔力の奔流を……」
紫電銀姫は景色が歪んで見えるほどの魔力をその身に纏っていた。
「金眼が恐怖に駈られて逃げ出す姿なんて……小官は初めて見ました……後々になってから、事実を正しく認識して震えに襲われたほどですよ」
「フハハッ……金眼どもが逃げ惑う様は痛快であったな!」
多くの部下を奪われ、何度も苦い思いをさせられてきた身としては胸のすく思いであった。
「貴様の知る通り、対金眼兵装は全て王立研究所が開発した物だ、遺物を解明して使えるようにしたのも彼等の功績だ」
「えぇ、その功績で伯爵位を賜り、同時に大賢者の称号も獲られたとか……数年前に新聞でかなり騒がれましたね」
その後は魔導少女隊の活躍で霞んでしまったが、王国一の頭脳だ、古代の賢者の生まれ変わりだ、などと持て囃されていた。
「その大賢者様が一世を風靡する少し前……孤児院出身の娘が研究所の研究員になったという話を耳にした……」
「…………ッ?!」
「こと魔法に関わる件に関して、貴族は異様なまでに敏感だ……」
魔法の才によって長年受け継いできた地位であり、魔法技術が社会に及ぼす影響があまりに大きいが故、その反応も当然であろう。
「当時は平民の小娘があのエリート意識の強い組織に加わったものだと、感心した程度だったが……『スパイダー』とか言ったか?宰相閣下に新たな金眼兵装を見せられた折りに、ふと思い出してな……」
「まさか……准将はその平民の小娘が銀髪の妖精だと仰られるので?」
「さすがにそこまで突飛なことは考えてはおらん……ただな……あの少女が纏う兵装と先立っての新兵装がダブって見えたのだよ……」
近代、数々の魔導具が世に出回っているが、作る工房、開発する技術者によって個性が顕著に現れる。
「魔導具に関する知識に自信はないが……模造遺物が遺物の技術を研究して生み出された物と言うのならば……両者は似通った特徴を持つのが自然ではないか?」
「……確かに、先のスパイダーを含め、これまでの兵装には共通点が多く見られます……そして、それはあの銀姫の兵装についても……」
何を言いたいのか察した副官が思考の海に沈み、車中を沈黙が支配する。
「准将はその平民の娘が何らかの関係があるとお考えなのですか?」
「フハハッ、娘の件は切っ掛けに過ぎんよ……さすがに一個人の才に収まる業績ではあるまい……だが、銀の妖精姫が研究所に関係があることだけは間違いないと、私は睨んでおる」
「特務小隊を動かして情報収集をさせますか?」
「前線を預かる身としては……部下の生死に大きく関わる案件を座視して見守るつもりはない……」
「では……今日の内にでも手配を始めます」
打てば響く副官の対応に、ランドールは満足気に頷く。
「諜報に就く兵には良く言って聞かせよ、呉々も慎重に行動するようにと……それと、間違っても……その平民の娘に直接接触するような真似はせぬよう厳命せよ」
さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……ランドールは大賢者の称号を持つ男……アイザック・ルード・サンドール伯爵の顔を思い浮かべ、静かに目を閉じた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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