10 出張
一週間後、シズクは視察団の一員としてガルト砦に来ていた。
ガルト砦は北部戦線を支える最重要拠点であり、兵員と補助員を合わせ3万人もの人員が居住している一大軍事施設である。
総司令の名はアベル・ルード・ロイエンタール大将――爵位は辺境伯、ここガルト砦があるロイエンタール領の領主でもある。
「はぁ、疲れた~……緊張しっぱなしで……列車の旅をぜんぜん楽しめなかったよ~」
来客用の宿舎にたどり着いたシズクは、旅装そのままにベッドに身を投げ溜め息を吐いた。
来客用といっても使用人向けの粗末な4人部屋で、緊急時には下級兵員の兵舎としても使われる場所らしい。
因みに女豹の牙の3人がルームメイトである。
「フハハッ……お貴族様のお相手なんて御苦労なこったね、アタイなら死んでも御免被りたいね」
「……同意……シズシズ、御愁傷さま……」
道中の席では、暇をみてはシズクの身の上についてメアリーに尋ねられた。
学生時代はどうでした?とか、研究所に入所してからの生活?とか、やたらと尋ねられた気がする。
しかも、コンパートメントに呼び出されてメアリーと2人きりだったから『何の罰ゲーム?』と内心でずっと悲鳴を上げていた。
「魔法の談議はそれなりに楽しかったけど……あとは針の筵だよ……別に非難とかされた訳じゃないけど……」
「ミャアもお貴族様は苦手っス……酷い時は獣臭くなるから失せろって物を投げつけられるっス……」
シズクもそれなりに理不尽な思いをしたことがあるので、貴族の横暴さは良く分かっている。
できることなら一生関わりたくないものだ。
「獣臭いって……そんなことまで言われるんですか?尻尾なんかこんなにフワフワで気持ちがいいのに~♪」
視界の片隅で揺れていた尻尾に手を伸ばし、感触を試すように頬ずりすると、ミャアがビクリと身体を強張らせる。
「し、シズシズ……恥ずかしいので、尻尾に頬ずりするのは止めて欲しいっス……」
「……魔法薬の効果……ミャアの尻尾フワフワ……」
「そうだよ、嬢ちゃんがくれた魔法薬のおかげでアタイ等の髪も艶々のサラサラでさ、他の女ハンター達が煩く纏わり付いてくんだよ……ミャアなんか、この前、ギルドの女どもに囲まれて揉みくちゃにされてたっけな……」
「……うん、ミャア……受付嬢に拉致されてた……」
「フシャァァァッ!! お、思い出したくないっス!!」
ルーナ達が言う魔法薬とはシズクが引っ越し祝いに贈った自家製の洗髪剤のことだ。
前世の知識を元に作ったものなのだが、なまじ魔法などというファンタジーテクノロジーが加わることで規格外な代物になっている。
もし、一般販売などに踏み切れば市場は大混乱、美に金を惜しまぬ富裕層は壮絶な争いを始めることが予想されるのだが……当の本人は全くの無頓着だ。
それも当然であろう、シズクにしてみれば片手間に作った暇潰しの産物なのだ。
因みに次元収納の腕輪には肌用の保湿クリームだとか、肌水、洗顔クリームなども大量にあるのだが……それらが日の目を見る事はない。
「み、ミャアさんはともかく……お二方にはご好評なようで……失くなったら言って下さい、片手間で作れる程度の物なので……」
樹海で採取した薬草やら花が原料なので材料費も実質ロハである。
「そいつはありがたいね、あんな魔法薬があること知っちまったら、今までの石鹸なんてとても使えたもんじゃないさね……もちろん、ちゃんと対価は払うからね……親しくとも、そういうことはちゃんとしないといけないからね」
「……ツルツルは正義……シズシズ、今度……お風呂一緒する……」
「……ミャアもフワフワは好きっス……けど……揉みくちゃは嫌っス……」
微妙に会話のズレた3人だが、シズクとしては珍しく気を遣わない程度に親しくなれていた。
(こんなに親しい知り合いができたのって……今世では初かもね……)
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時は流れ、正午……。
シズクはメアリーの宿舎に呼ばれていた。
(……ここって……いちお軍事施設なんだよね……ウチ等の部屋と雲泥の差なんですけど……)
そこは貴族用の豪奢な客室で、ダイニングが一体になった広々としたリビングに寝室が二つとクローゼット、それに応接室と使用人用の控え室が備わっている。
もちろん、バスルームとトイレも完備だ。
「お食事は楽しんで頂けたかしら」
「……は、はい……十分に(目で)堪能させて頂きました……」
庶民気質のシズクにしてみれば、常に使用人が背後に控え、都度サーブされる環境で食事なぞできる訳がない。
前世でのマナーを必死に思い出しながら悪戦苦闘である、味どころか食事をした記憶すら意識の彼方だ。
因みに食事の席に随行してきた他の研究員の姿はなかった。
「ところで……オード……いえ、シズクさん……」
食後の紅茶を用意させ、使用人に下がるように命じてから、メアリーが徐に口を開いた。
いよいよ本題だと、シズクは身構える。
自分だけが態々食事に呼ばれた理由があるはずなのだ。
「そんなに緊張しないで下さいな、貴女に明日の御披露目の件で少々お願いがあってこうしてお呼びしただけですのよ?」
「あ、アタシに……お願い……ですか?」
「そうですわ……貴女には会場で4式兵装の紹介を皆にして貰いたいのよ……あぁ、それとデモンストレーションは特務の上級兵がしてくださるから、その内容についてもお願いできるかしら?」
「えっ?!」
青天の霹靂の如き提案に硬直するシズク。
だが、間抜けな呆け顔を晒すのも一瞬のことだ。
「ムリムリムリムリッ!! 人前で話をするなんてアタシにはぜっっったいにムリですっ!!」
テーブルに身を乗り出して拒絶する。
「わ、分かりましたから……少し落ち着きなさいな」
「で、でも……人前でプレゼンなんてアタシにはムリなんです!じ、准教授のときも……」
「ぷれぜん?という言葉は初めて耳にしますが、どう言った意味なのかは見当がつきますわ……ともあれ、先の話は取り消しますから、少し落ち着きなさいな」
勧められるままに紅茶を口に入れ、ほぅと肩を落とすシズク。
「す、すみません……失礼を致しました……」
「無礼は気にしていませんからお気になさらなくて結構ですわよ……それよりも明日の御披露目の件です」
メアリーも紅茶を手に、一息入れてから続ける。
「明日のお披露目会には武闘派と三公派の重鎮が参加するらしいの……なので、穏健派に身を置く私としては4式のお披露目を少しでも派手に演出したいのよ……前で話すのがそんなにもお嫌と言うなら、せめて貴女にはその演出を考えて頂きたいですわね」
メアリーの話によれば、ここカイゼルト魔導国には三つの派閥があるらしい。
先ず一つ、王家を中心に団結し、周辺の国と手を取り合い共通の敵である金眼魔獣に対抗すべしとする穏健派。
次に、周辺国を統合従属させ、その戦力を以て北伐すべしと謳う三大公爵家が中心の三公派。
最後に、多くの国を滅ぼした金眼の魔獣は悪しき存在、悉く討ち滅ぼし北の大地を一刻も早く人族の手に取り戻すべきと断じる武闘派……以上の三つである。
因みに、穏健派は王家とそれに近しい領地貴族と中央の法服貴族……三公派は三大公爵家に加え、肥沃な南部の領地貴族……武闘派は前線となっている北部と東部の辺境貴族が主である。
「因みに、明日のお披露目会には紅玉と蒼玉の2人が出席するそうよ……」
「れ、遺物持ちが2人も来てるんですか?紅玉はともかく、蒼玉は東部戦線の要なんじゃ……」
「権力が大好きな御老体の方々にとっては、魔獣の脅威よりも派閥間の示威行為の方が重要みたいですわね」
そう言って笑みを浮かべるメアリーにシズクは背筋が凍るような錯覚を覚える。
「……で……アタシにその演出を考えろと……?」
「その通りですわ」
やられた、とシズクは内心で頭を抱える。
最初に通り難い大事を言ってから、ならば代わりにと比較的受け入れ易い小事を提案してくるその手腕。
16才とは思えぬ交渉術を心得ているようだ。
(言い方から……アタシが兵装の開発に関わってるのバレてるっぽい?所長は「私以外には極秘にしろ」なんて言ってたけど……もしかして、姪には話しちゃってるのかな?)
関わってるどころか、実際は一人で研究開発しているのだが……開発した後は設計図諸とも丸投げしているので本人の中では自分は歯車の一つとしか認識していない。
「うぅ……わ、分かりました……後で考えて夕食までに書面にして提出します」
「ふふっ、宜しくお願いしますわね……それはともかくもして……」
それから凡そ2時間……シズクは世間話と言う名の拷問を味わうこととなった。
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その日の夕刻……メアリーは晩餐を終え一人リビングのソファで食後の紅茶を楽しんでいた。
テーブルの上にはシズクから提出されたデモンストレーションの素案が無造作に置かれている。
「これだけ詳しく4式について知っているとなると……」
思案にくれるように一人ごちるメアリー。
考え事をしたいからと、使用人は早々に休むように申し渡してある。
「やはり……シズクさんがこの兵装の開発に深く関わっていることは間違いありませんわね……」
目立つような演出を考えろとというのは口実だ。
もちろん、穏健派の家系としては研究所が目立つのは願ってもないことだが、今回のことはシズクに対する探りの意味合いが強い。
「研究に携わっていたはずの研究員が碌な知識を持ち合わせていませんでしたもの……怪しいと思わない方がおかしいですわ」
4式兵装『スパイダー』について第一研究室の研究員に色々質問を投げ掛けてみたものの、まともな回答が何一つ返って来なかったのである。
終いには『詳しいことは仕様書を御覧になれば分かります』などと口を揃えて言う始末だ。
「それで開発者などと、よくも言えましたわね……と何度口にしそうになったことか……」
彼等の反応をみるに……おそらく、この4式兵装の開発には所長とシズクの2人しか関わっていないと思われる。
「いぇ、下手をすれば……叔父様も開発に携わっていないかもしれないわ……」
だが、この4式兵装『スパイダー』は所長が責任者となり、第一研究室のチームが開発したことになっている。
そして、そこにシズク・オードリーの名は記されていない。
「もしこの事が露見すれば……叔父様は処刑台送りは免れないですわよ……」
他人の功績を奪うことは貴族にあるまじき恥ずべき行いである。
更に言えば、軍事機密に関わる国の大事である、国家反逆罪を適用されてもおかしくはない。
過去に余程の功績でもなければ間違いなく処刑されるだろう。
下手をすれば生家のサンドール侯爵家も何らかの罰を受けるかもしれない。
「こうなってくると……叔父様が大賢者の称号を獲た過去の功績も怪しいですわね」
兵装の製造に欠くことのできない錬金触媒や各種魔法薬は第一研究室が軍事工場に納品していることになっている。
だがしかし、今回の出張でシズクに確認してみたが、シズクが毎月提出している魔法薬のリストと研究所が国に納品している魔法薬のリストは数も項目も寸分違わず一致している。
「第一研究室は普段、何を研究しているのかしらね……」
所長のアイザックは母方の叔父であり、サンドール侯爵家は母親の生家でもある、メアリーとしてはできれば穏便に済ませたいところなのだが……。
「はぁ……どう考えても、叔父様よりシズクの方が国にとって重要ですわね……」
三公派にこのスキャンダルが知れれば、穏健派は致命的な瑕疵を抱えることになってしまう。
武闘派の動きが活発になってきている今現在、それは絶対に避けねばならない。
「詳しい実情と確かな証拠を得てから……陛下に直訴せねばなりませんわね」
幼少の頃より可愛がって貰っている手前、後ろめたさと憐憫の情はあるが、レイモンド伯爵家と寄り親であるサンドール侯爵家の名がかかっているとなれば選択肢はない。
「もし……他人の……それも平民の小娘の功績を盗んだのだとしたら……自業自得ですわよ、叔父様……」
そうでないことを心の片隅で願いつつも、メアリーには大賢者などと持て囃され増長した、哀れな叔父の末路が見えてしまっていた。
「しかし……シズクさんは一体何者なのでしょう……孤児だと言う話しでしたが……」
孤児だと言う割にテーブルマナーはちゃんと心得ていた。
人見知りでやや挙動不審な態度は目につくが、彼女の魔導技術に関する知識は本物である。
少し話をしただけでも、魔導学園の講師より高い知識を持っているように思える。
それにあの錬金術の技能はもはや神技と言えるようなレベルである。
「そう言えば……慌てて、おかしなことを口走ってましたわね……確か『じゅんきょうじゅ』とか何とか……」
どういう意味かは分からないが、彼女の出生に深く関わる単語なのは間違いないだろう。
メアリーは今後を憂い、深い思考の海へと船出した。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




