41 平穏な日常
仁王立ちで腕を組んだシズクが満足気に笑みを浮かべた。
「おぉ、あっという間に完成しちゃったよ~」
目の前には完成したばかりのリラクゼーション施設――『夕涼み亭』(シズク命名)が情緒溢れる姿を披露している。
それは木造平屋の懐かしい建築様式である。
「やっぱり温泉と言えば、和風建築だよね、趣が違うよ~♪」
沸かし湯なので厳密には温泉ではないのだが、硫黄を溶かし込んだ薬湯もあるので温泉と言えなくもない。
施設には大浴槽を始め、サウナに岩盤浴、釜風呂、寝湯、低温湯に水風呂と思いつく限りの入浴施設を詰め込んだ。
調理場を併設し、なんちゃって畳を敷いた宿泊施設も完備している。
「本当に一晩で建物ができちまうなんてね……実際に見てても信じられない光景さね、シズクの嬢ちゃんと一緒にいると常識というものが何なのか分からなくなっちまうよ」
「あははは……」
最後の後片付けを終え、撤収していく機械仕掛けの人形を眺めながらルーナが呆れたように言う。
どう答えたものか分からず、シズクは笑って誤魔化すばかりだ。
「あんな複雑な作業をこなすゴーレムなんてアタシは見たことも聞いたこともないよ……嬢ちゃんが作るものは本当にとんでもないモンばかりさね」
「あのゴーレムは壊れていたのを修理しただけで、アタシが作った訳じゃないんですけどね」
遺跡の地下四階層で発見した物は全て回収してきた。
ゴーレムはもちろん、魔法陣や機器に残っていたデータも残らず回収済みである。
そして、壊れていたゴーレムは修理して作業用ゴーレムとして復活させた。
試しに10機のゴーレムを投入して夕涼み亭の施工を行ったところ、20時間ほどで完成してしまった。
「だけど、アタシ等の為に態々あんなモンまで作って貰うのは申し訳ないさね」
「いえいえ……元々、お風呂が欲しいと思ってたし、ゴーレムの実用試験を兼ねているので気にしないでくださいよ」
「そう言われてもねぇ……居候のアタシ等があんな綺麗なとこに泊まるなんて……どうにも気が引けてね」
目を移せば青々と繁る畑の隣にみすぼらしい小屋が映る。
先に母屋を建てれば良いものを、お風呂施設を優先させるのはシズク足る所以であろう。
「母様、ヒスイも水浴びしたいのれす」
小紋に袴姿の幼女がシズクを見上げて袖をチョイチョイと引っ張った。
年の頃は4~5才、エメラルドグリーンの髪にコバルトブルーの瞳をした愛らしい少女だ。
彼女の名前は『ヒスイ』、シズクが契約を交わした聖樹の苗木の分け身である。
「なぁ、シズクの嬢ちゃん……その舌足らずのちんまい子も精霊なんだよな」
そう言って、ルーナが恐る恐るヒスイの頭を撫でた。
当の本人は何を言われたのか分からず、きょとんと首を傾げている。
「いちお、本体は別にあるんですけどね」
「こんなちっちゃい子がお伽噺出てくる、あの『天を支える木』だなんてね……」
「天を支える木ですか?」
「あぁ……神話に出てくる、創造神が生み出した御神木のことさね」
聞けば、聖樹に纏わる逸話があるらしく、彼女は逸話の中で世界を支える二本の神木の片方として語られているらしい。
因みにもう片方はドライアのことであり、『地を支える木』と語られているようだ。
「でも、これで逃げちまってた精霊がロイエンタール領に帰ってくるんだろ?」
「えぇ、今頃はもう元通りになってる頃だと思いますよ?」
まさに精霊ホイホイである。
アルネの話では聖樹の傍は精霊が溢れる憩いの場となるらしく、元通りどころか以前よりも精霊の多い土地になるだろうと言っていた。
その話を聞いたルーナが難しい顔をする。
「でもさ、そんな御大層な代物があったら……良からぬ事を考える輩が集まって来るんじゃないのかい?」
「フッフッフッ……もちろん、その辺は抜かりありません、人や魔獣が近寄れないように結界を張りましたし、心強~い守護の番人を8体も配置してありますからね~、A等級の魔物数百体くらいなら数分で殲滅しますよ、多分……」
「守護の番人って、あのゴーレムのことだろ?確かにゴーレムとは思えないほど動きは素早いし、頭は良いと思うけどさ……さすがに数百体を殲滅は無理じゃないのかい?」
彼女の視線の先にあるのは畑仕事をするゴーレムだ。
頭にアヤメを乗せたリリィの傍らで、果物の収穫を手伝っている。
確かにシズクが修理したゴーレムに戦闘力は皆無だ。
作業用なので各種武装は取り外してある。
だが、そのお陰で30日間は補給入らずで活動できるほどの有能さであるのだが……。
然るに、ヒスイの守護に配置したゴーレムは無傷で残っていた戦闘用ゴーレムだ。
しかも、追加で対金眼兵装を搭載したので、寧ろ過剰戦力とも言える仕様になっている。
因みに、動力源は遺跡の最下層で見つかったあの魔石台座を流用している。
しかも、周囲から少しずつ魔力を補給するように改良したので、ほぼメンテナンスフリーである。
半年ほどしてから、データを解析して最適化する予定である。
「母様、ヒスイのおはなし~?」
「そだよ~、ヒスイを守ってくれる騎士様のお話だよ~」
「母様のごーれめは強いのれす!誰にも負けないのれすよ!」
「う~ん、かわゆいのぉ、このこの~♪」
鼻息荒く小さな胸を反らしてみせるヒスイの姿に、シズクは思わずハグして柔らかい頬をぷにぷにしてしまう。
「母様ねぇ~、クククっ……あのスライムっ子といい、嬢ちゃんはその年で二児の母とは……畏れ入ったさね」
「うっ、それを言わないでくださいよ~、ルーナさん……苗木を植えるのにスーを一緒に連れてったら、ヒスイが真似して言うようになっちゃったんですよ~」
チラリと横を見れば、ガーデンテーブルの上で、ツバキから眷属の心得なる話をこんこんと説教されているスーの姿がある。
「しかし……ちょっと目を離した隙に更に精霊が増えちまってんだからね~、もう驚きを通り越して呆れちまったよ、アタシぁ」
「あははは……」
「しかもだ……世界の果てに住んでるなんて云われてる妖精族を……この目で見られる日が来るたぁ思ってもみなかったさね」
ルーナがクイクイと顎でさして言う。
その先にはミャアと一緒に魚釣りに興じるエルフ兄妹の姿がある。
傍らでサクラが偉そうにアレコレと指示を飛ばしている。
因みに、エルフもドワーフもここカイゼルトではお伽噺レベルの扱いになっている。
「あの子達とは苗木を貰いに行った先で知り合ったんです……」
「空を飛べる嬢ちゃんにとっちゃ、世界の果てなんてご近所みたいなもんなんだろうけど……アタシは空を飛ぶことだけは勘弁して貰いたいさね、人の精神は飛ぶようにできちゃいないのさ」
心底嫌そうにルーナが言う。
何度か飛べば慣れるのではないかと思っていたが、ルーナの高所恐怖症が重傷化している気がしてならない。
「まぁ、それはともかくとして……あの二人を街に連れてくんなら気をつけなよ、悪いことを考える奴は何処にだっているんだからね」
「はい、肝に命じます」
テトとラナの二人がここにいるのは里長のゼーネに頼まれて預かっているからだ。
何でも、人族の街を見て世界を学んでこいと言われたらしい。
シズクとしてはお客様扱いするつもりでいたのだが、本人達が働くと言って聞かず、テトは助手として、ラナはメイド見習いとしてシズクの家に一緒に住んでいる。
街にはまだ一度も行っていないが、魔導具を色々準備してあるので対策は万全である。
因みに、ルーナ達がここにいるのは王家から使命依頼を受けたからだ。
女豹の牙が受けた使命依頼の内容はシズクの身辺警護……。
シズクとしてはそんなことをして貰うのは悪いと断ったのだが、王家からの依頼は断れないと逆に泣きつかれてしまった。
なので3日前からこの島で一緒に暮らしている。
とはいっても小屋に空き部屋はないので、女豹の牙の3人はテント暮らしだ。
だが温泉施設が完成したので、今日からは夕涼み亭に泊まってもらう予定でいる。
「でも、依頼とはいえ……こんな何もないところに住むのは退屈なんじゃないですか?」
「アタシ等は実入りが良いから王都を拠点にしてただけさね、アタシとしちゃぁ、どっちかなんで言うまでもなく田舎の方が性に合ってるね……まぁ、近くに酒場がないのが玉に瑕くらいかね」
「あははは……田舎を通り越して未開地ですけどね」
「あっちの二人は気軽に飛んで行けるから気にもしてないんじゃないかね……アタシは御免だけどね」
ルーナがリリィとミャアの二人をさして自嘲するように言う。
「……今、転移の魔法を研究してますから……もうしばらく我慢してくださいね」
「本当に頼むよ、シズクの嬢ちゃん!アタシは気絶してあの二人に運ばれるのはもうこりごりなんだよ~」
涙目のルーナにがっしりと肩を掴まれる。
ミャアとリリィの前では気丈に振る舞っていたが、どうやら痩せ我慢だったようだ。
心底飛ぶのが苦手らしい。
「アチシも街へ行ってみたいのれす、母様とお出掛けしたいのれすよ」
「グハァッ……いかいでか!よ~し、行こう、スーちゃんも連れて今すぐ行こう♪」
こんな可愛い生き物に上目遣いでお願いされて堕ちない者などいようか……いや、いない。
それに待ったをかけるのは一番の常識人であるルーナだ。
「ま、待ちなよ嬢ちゃん……あんたは時々どうしようもない程ポンコツになる時があるね……その子はともかく、スライムっ子はダメだろ……それに、遊びに行くなんて言ったら、あっちの三人だって黙っていないんじゃないのかい?」
罰としてしばらくお出掛けには連れていかないと宣言したは良いが、さすがにあの三人をおいて遊びに行くのは気が引ける。
まぁ、聖樹の件は深く反省しているようなのでそろそろ許してあげようか、とシズクは思う。
それはともかくとして……。
街へ行くならば移動手段を考えなければならない。
さすがに全員を抱えて飛ぶ訳にはいかない。
「ただ……技術的には問題ないんですけど、転移の魔法は色々と課題も多いんですよね……」
一番の問題はそれなりの大きさの施設が必要となることだ。
最低でも隔離するための空間と魔石共鳴器を設置するためのスペースが必要となる。
もうひとつは消費魔力の問題だ。
転移に必要となる魔力は距離の2乗に比例する。
数m程ならば大したことはないのだが、ここからリクームの街までとなると、一回で魔石の魔力を使い果たしてしまうのだ。
それに加えてセキュリティの問題もある。
使用者を制限する方策と第三者に悪用されないようにプロテクトをかけるのは当然として、施設の維持管理と警備を兼ねてゴーレムを配置する必要もあるだろう。
(当面はスーちゃんに頼るしかないか……)
スーの使う『精霊の小路』は使い勝手は良いのだが縛りが多い。
大前提として入り口と出口が『龍穴』でなければならない。
大地には血管のように魔力が巡る地脈が流れており、地脈を『龍脈』、地表の吹き出し口を『龍穴』と呼ぶようだ。
因みに、龍脈は風に揺蕩う帯のように動いているため、途中で精霊の小路から抜け出そうとすると、何処に出るのか分からないらしい。
(……知らないってのは恐ろしいよね)
思い出されるのはスーと初めて会った時の事だ。
あの時は何も知らずに精霊の小路から途中下車していたが、下手をすればいきなり深い海の底に投げ出されていた可能性もあったのだ。
「そうなると、当分の間はあのスライムっ子の厄介になるしかないのかい?」
「ですね……リクームに一番の近い出口となると、南にあるバロームの森か、南西にあるイシス湖辺りですね」
「はぁ……どっちも数十キロは離れてるから、結局は飛んでかなきゃならないさね……憂鬱だよ、アタシは……はぁ……」
この世の終わりよろしく溜め息を吐くルーナの姿に、シズクは苦笑いを浮かべる。
(う~ん……ここはやっぱり、新しい転移技術を考案する必要があるわね)
遺跡で見つかった空間を交換する方式はほぼ完成した技術であり、改良の余地はあれど劇的な発展性は期待できない。
寧ろ、全く新しい方式の転移魔法を開発した方が早そうな気がする。
(何か取っ掛かりになるものが欲しいし
……ここはひとつ、本腰を入れて遺跡探しをしようかな♪)
考え込んで、時折ムフムフと不気味な笑みを浮かべるシズクの横顔を眺め、ルーナは理解する「これはアカンやつだ」と……。
(ただでさえ、ここには戦争の火種になりそうなモンが溢れてるってのに……)
これ以上は勘弁してくれとレーナは額を押さえて深い溜め息を溢した。
週一くらいでのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




