40 復興に向けて
リチャード王と宰相のザクセンはロイエンタール領の今後について協議を重ねていた。
対面するように座した二人の前には各方面からの報告書が積み上げられている。
「ロイエンタール卿はやはり名を選んだか……」
「はい……更にアベル殿は責任をとって自ら将軍職を辞しました……それにより武闘派は旗頭を失い、軍における勢力図が大きく塗り変わりました」
「ふむ、思惑通り……ではあるな」
「選択肢を与えられたことを恩情と捉えており、ロイエンタール家はもちろん、武闘派からの反発の声も少ないですな」
如何に罪を犯したとはいえ、これまで国の防衛に大きな貢献をしてきたロイエンタール家を降格させ領地を召し上げることは軽々にできることではない。
そんなことをすれば武闘派の反発は必至であるからだ。
魔獣の脅威に曝される中、国が割れるのは不味い。
そこで選択肢を与えるという形を採った。
「アベル殿は先頃登城し、当主の座を御子息に譲られる手続きをされました……自身は領地の復興に余生を捧げると息巻いておられましたな……」
「ほぅ、あの武人があっさりと身を引くとはな……精霊の怒りがよほど骨身に染みたとみえる」
「私が思うに……心が折れたと言うよりはむしろ、敬服した感じでありましたな」
アベルという男はプライドが高く反骨心が強い。
敵が強ければ強いほどに発奮する、絵に描いたような武人気質の男だ。
だが、義理堅くカリスマのある人物でもある。
「剣を向けた相手に温情をかけられて絆されたか」
「被災した領民の為に使ってくれと、下賜された報償金をポンと全額渡されては……牙を抜かれるのも当然かと」
貴族が他領に援助を行うことは多々ある。
相手に貸しを作る意味はもちろんだが、売名の意味合いが強い。
それ故、援助物資を運ぶ荷車に自家の旗を掲げさせ、物資の木箱に家紋を刻む。
だが、オードリー女史は報償金を領民の為に使ってくれとロイエンタール家に丸投げした。
額も額だが采配を相手に委ねたことに大きな意味がある。
「ロイエンタール卿の気質を熟知してとなれば……大した策士よな」
あのオドオドとした挙動は演技なのだろうか。
もしかしたら、此方が彼女に対し、どの様に接し如何に扱うのか……値踏みされているのかもしれない。
「策士云々はともかくとして、報償金の額に眉ひとつ動かさない胆力……それを全て他人の為に差し出す度量は驚嘆に値しますな」
庶民気質のシズクには額面を見てもピンと来ず、罪悪感から丸投げしたに過ぎないのだが……。
もし、報償が金貨ではなく、レアな素材であったならば、シズクは決して他人に譲り渡す真似はしなかったであろう。
――トントン
誰何の後、額に汗した騎士が入ってきた。
やや荒い息はここまで駆けて来たのだろう。
「そのように慌てて如何がしたのじゃ?」
「はっ!王家の短剣を所持した娘が面会を求めて参りましてございます、その者はシズク・オードリーと名乗っておりますが、如何がいたしましょう」
年若い騎士が直立不動で返答する。
王と宰相が顔を見合わせ、同時に口を開く。
「「その者は今、どうしている(おる)?!」」
「はっ、士長が念のため控えの間に通し、今は侍女が茶と菓子でもてなしております」
「おぉ、良くやった!」
「でかしたぞ!」
短剣の事はまだ周知していなかったが
幸い機転の利く者が応対してくれたようだ。
門衛を務めていた騎士に報奨を与えねばならぬな、とリチャード王は心に決める。
「ザクセン!」
「はっ……」
王の短い言葉に、委細承知と敏腕宰相がテキパキと指示を出す。
「直ぐ様、お客人を奥院の応接室にお連れしなさい、くれぐれも失礼のないようにな!」
駆け出していく騎士の背を見送り、王と宰相は顔を見合わせる。
「またぞろ、愚か者が面倒事を起こしたのではあるまいな……」
「不吉な発言はお止めくだされ、陛下……想像するだけで胃が痛くなりそうですぞ」
これ以上悪い報告は勘弁してくれと二人は願いながら面会の為に席を立った。
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「で、では……その聖樹と呼ばれる精霊の木を植えればロイエンタールの地に再び精霊が戻ってくるのだな?」
リチャード王はやや身を乗り出して、対面にちょこんと腰を下ろした少女に問い返した。
オードリー女史がそれにコクリと頷く。
「はい……あ、アルネさんの話では……以前よりも……精霊の集まる地になるだろう……って言ってました」
驚くべき話の連続に、壮年の王と白髯の宰相は表情を取り繕う余裕もない。
これは全部お伽噺なのですが、と前置きされた方が納得がいく内容ばかりだからだ。
相手があのオードリー嬢でなければ妄想癖のある残念な少女として早々にお帰り頂いただろう。
(上位精霊を従えた彼女の話だ……嘘など一片も混じってはいないのだろうな)
そこはザクセンも同意見のようだ。
直ぐ様に地図を持ち出してきて実務的な話を始める。
「うむ……となれば、聖樹を奪おうとする不届きな輩が必ず出てくるでしょうな」
「ならば、警備の兵を配置せねばなるまいな……」
「いっそ、防壁を築いた方が無難ですな、長い目で見ればその方が効率が良いでしょう」
一度諦めた土地が、思わぬ形で復興しそうだとリチャードは安堵する。
少々出費が嵩みそうではあるが、北の穀倉地帯が戻ってくるとなれば安いものだ。
「け、結界を張って人や魔獣がみだりに近づけない様にするつもりなので……そ、その辺の心配は要りません……よ?」
「「はぁ?!」」
取り繕うことも忘れ間抜けな顔を晒す国のトップ二人。
「ただ……こ、恒久的にその土地が……精霊の物になっちゃいますけど……い、良いですか?」
「「………………」」
攻撃を短時間防ぐことができる魔法障壁、機密を漏らさぬために使われる防音結界、侵入者を警戒するための感知結界、等々……カイゼルト国において魔法による結界技術は他国よりも高い水準にあると自負している。
その技術をもってしても人や魔獣の侵入を完全に防ぐような高度な結界を……それも半永久的に持続する結界など不可能な話だ。
もし、仮に魔法式を構築できたとしても、一体どれだけの魔力が必要になるのか……素人でもそれが現実的でないと判断できてしまう。
「もしや、その結界とは上位精霊の力を借りて行うものなのかな?」
「いえ……じ、術式の要にはなって貰いますけど……」
その言葉に、王と宰相が目を合わせる。
(陛下……これはあまり突っ込まぬ方が宜しいかと……)
(あぁ、分かっておる……余も同意見だ)
長く共に国の舵取りをしてきた二人だ。
目だけで会話が成立してしまう。
「ロイエンタール辺境伯には余から話を通しておこう、オードーリー嬢の良き様に取り計らってくれ」
「後で勅書をご用意致します、それがあればオードーリー嬢が責任を問われることはないでしょう」
それから小一時間ほど、詳細な話し合いが行われ、今後の指針について大まかな取り決めが策定された。
国の重鎮二人は満足そうな笑みを浮かべて去る少女の背を見送る。
「のぉ、ザクセン……彼女が言っていた『アルネ』とは何者なのだろうな……まぁ、人でないことは確実だろうが……」
「オードーリー嬢の話から察するに、かなり上位の精霊だろうと推察できますな……下手をすればそれこそお伽噺に出てくるような存在ではないかと……」
思わずこめかみに手を当てる壮年の王。
ここ数ヵ月で一気に老け込んだ気がしてならない。
「もう引退してランスロットに王位を譲っても良いかな……ワシ、もう疲れた……」
「ふぉっふぉっ……何を仰られるのやら、脂の乗り時ではありませんか」
「……あの娘……伝承にある『神の使徒』ではないのか?」
使徒と敵対した国がたった3日で滅びたと言う伝説が残っている。
神の権威を守るために作られた逸話だと思っていたのだが、ロイエンタールの地を壊滅させた地震を知る今では史実に思えてならない。
三人の上位精霊を従えた彼女がその気になれば国を滅ぼすことなど簡単やもしれないのだ。
「私の口からは……なんとも言えませぬな」
「国を滅ぼした王などと言われたくないぞ」
「だから引退すると?」
「その通りだ、後の世に愚王だと諡されるのは御免だからな」
「ならば私は暗愚な王に仕えた凡夫となりましょうな」
「よし、ランスロットを呼べ王位を譲る」
白髯の翁の額に青筋が走る。
「この老骨を差し置いて悠々自適な老後を送れるなどと思うなよ、小わっぱ!いつまでも駄々っ子のような事を言いおって……絶対に逃さぬからな!」
「おぅ……やるか、クソ爺!ガキの頃からガミガミ言いやがって!更にハゲるぞ」
「誰のせいじゃ、色ボケのクソ餓鬼!」
「い、色ボケは余計だ、ハゲ爺!そのヒゲを毟るぞ!」
「やってみろ、お返しにハゲる呪いを掛けてやるわ!」
「上等だ、こら!」
それから凡そ半刻後――昼食の知らせに参じた侍女が散々たる有り様の応接室を目にする。
そこにはストレスを発散させ良い笑顔を浮かべた重鎮二人が力尽きていた。
後に侍女が語った、後片付けが大変でしたと……。
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「ち、父上っ……大変です!」
アベルが執務室で報告書に目を通していると、息子のビルツが血相を変えて飛び込んできた。
「何を慌てている、騒々しい……少しは領主になった自覚を持たぬか、馬鹿者」
「す、すみません父上……ですが、此をご覧ください、先頃届いた王宮からの書状です」
「……王宮から?!」
息子から封書を受け取ったアベルは封蝋の印を確認し、中の書状を改める。
そこに記されていた内容は驚くべきものだった。
ビルツが慌てるのも無理はない。
「確認はとれているのか?」
「現地へは騎士隊を向かわせました、ですが……つい先ほど演習場で魔法の試射をしたところ、ほぼ以前と変わらぬ水準に戻っています、ですので……」
「書状の内容は真実だということか……」
それにビルツが無言で頷いた。
アベルは自嘲して言う。
「本来ならば疑うこと自体あり得ないのだがな……このような内容を見れば疑いたくもなる」
「父上とリリは……精霊を目にされたのですよね?」
精霊の存在を疑ってはいない、素養がある者なら見えると云うし、精霊に纏わる噂話もそれなりにあるからだ。
だが、さすがにお伽噺に出て来るような精霊の話は作り話だと思っていた。
「あぁ、上位の精霊……それを3体も従えていたな」
一時は娘のリリを傷つけられたことで頭に血が昇って当たり散らしていたが、被害の詳細を知りロイエンタール領のおかれた状況を知るにつれ、怒りは驚愕へ変わり、驚愕は後悔へと変わった。
「私の過ちのせいでお前には苦労をかける、済まぬなビルツ……リリにも迷惑をかけてしまったな」
「ふふっ、そのような弱気な態度、父上らしくないですね……過ちは正せば良い、後悔する暇があるなら剣を取れ、いつもそう仰ってるではないですか」
自分を慰めて言う息子の姿に、アベルは相貌を崩す。
「お前の言う通りだな……そして、仇には剣を、恩には命を以て返すが我がロイエンタールの家訓だ」
「はい……彼の者に受けた慈悲、肝に命じます」
書状に名は記されていないが、精霊の木を手に入れ、ロイエンタールの為にそれを使ってくれるという人物は、おそらくあの銀髪の混じった少女なのだろう。
確証はないが彼女以外に考えようがない。
(此方の都合で無理を迫ったというのに……)
巨額の援助金を贈るばかりではなく、復興の障害となっていた精霊の怒りまで鎮めてくれるとは……。
「あの少女には足を向けて寝れないな」
赤髪の猛将と名高いが、牙を抜かれたようにそう一人ごちた。
この現状を知ればシズクは言ったに違いない……「何、そのマッチポンプ」と……。
週一くらいでのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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