39 聖樹
シズクは目の前の光景に絶賛困惑中であった。
聖地のシンボルである大樹の根元、魔法で作られた玉座の如き樹木の椅子に座っている。
一段下がった石畳に翡翠色の髪をしたグラマラスな女性が膝をついて頭を垂れている。
薄手の白いワンピース姿、腕や腰には蔓の装飾具、頭にはサークレットの宝石が蒼く煌めく。
彼女は聖樹の化身で本体は背後の巨木なのだそうだ。
そして、彼女の背後には五人のハイエルフが身を縮こまらせるように膝をついて……いや、どう見ても土下座をしている。
(……カオスだよ……あぁ、胃が痛くなってきた……)
エルフ達の態度については身に覚えがある。
(……うん……なんかゴメン……やりすぎだったよ……)
日頃怒りとは無縁のシズクだが、スーが焼き殺されるのをみてプッツンしてしまった。
怒りに身を任せてボコボコにした記憶がある。
正直、あの光景が頭を過る度に沸々と怒りが湧いてくるのだが、自分の顔を見ただけで泣き出す姿を見せられては憐れみが勝ってしまう。
(まぁ、スーが無事だったから、そう思えるんだろうけど……)
膝の上の鏡餅をそっと撫でると、「どうしたの、母様?」、とスーが身を捩り見上げてくる。
因みに、スーが無事だったのは、咄嗟に分け身を特殊空間に逃がしたかららしい。
今はシズクの膝の上で失った魔力を補充中である。
ただ、全く分からないのは聖樹である。
つい先ほど顔を合わせたばかりだというのに、シズクに対して常に下にも置かぬ態度で接してくるのだ。
しかも、どこかオドオドした感じで、何かにつけて遠慮がちなのだ。
(なんか……サクラ達から聞いてた印象と全然違うんだよね……)
気位が高く、自信家、負けず嫌いで生真面目、それが彼女に関する事前情報だったのだが……。
(……親近感を感じるのは気のせいなのかな……)
自分とは正反対の性格だと思っていたが仲良くなれそうな気がする。
「し、シズク様……わっちの眷属がご迷惑をお掛けしたこと……真に申し訳ありんせん」
聖樹の言葉に土下座のまま固まっていたハイエルフ達がガクブルと震え出す。
「しかも、わっちをお救い頂いたばかりか……あの蛇めも討滅してもらいんした……まっこと、感謝の言葉もありんせん」
「あははは……アレはアタシって訳じゃないんですけどね……」
記録データで確認したのだが、シズクが気絶している間にシステムAIがやらかしていた。
自動迎撃モードが起動し、前回の魔人との戦闘データを元に最大火力でぶちかましてくれたのだ。
チラリと見やれば大きく地形が変わってしまった聖地の光景が映る。
「こ、こちらこそすみませんでした、聖樹様……聖地を滅茶苦茶にしてしまって……」
「め、めめ、滅相もありんせん!シズク様が居らねばもっと酷いことになっていんしょう……それから、わっちのことはアルネと呼んでくんなまし……」
「おうおう、早速取り入る腹か?いつもの威勢はどうしたのじゃ、お主~♪」
「フフ~ン、ちゃんと眷属を躾てないからこういう事態になるのですよ」
「慈悲深いボクのマスターに感謝するべき、カナ?」
「くっ……お、お主ら~、言いたい放題言いおって……」
三人娘が聖樹――アルネの周りを飛び回り口々に囃し立てる。
「君たちにとやかく言う権利はないと思うな……勝手に居なくなったこと、アタシは怒ってるんだからね」
恐い顔をしてやると、三人が慌てて舞
い戻ってくる。
「ま、待つのじゃ、主よ!理由は話したではないか!」
「そ、そうなのです!精霊界の掟で無闇やたらと他の精霊が治める地に干渉できないのですよ!」
「そうそう……やむを得ず、カナ?」
「だからといって、訳も告げずに居なくなった理由にはならないよね?」
報連相は大事なことだ。
今後を考え、その辺のところを厳しく教える必要がありそうだ。
「なので、罰としてしばらくの間、お出掛けに三人を連れて行きません」
「そんな、殺生な~、許してたもれ主よ」
「うぅぅ~、だからあの時、ウチが言ったんですのに~」
「ま、マスター……それはちょっと厳しいんじゃない、カナ?……カナ?」
「いいえ、許してあげません……危うくスーちゃんが消滅しちゃうとこだったんだからね……しばらく、お出掛けはなしです、反省してください」
三人娘がガックリと肩を落とす。
スーの名を耳にしたテルメが可哀相なくらいに震え出す。
許してやるつもりはないが追及するつもりもない。
もう顔を合わせることもないだろうし、今後関わることもあるまい。
ハイエルフ達のことはもう放っておいてシズクが聖地の訪れた目的を告げる。
「あのぉ、アルネさん……精霊がいなくなっちゃった土地に精霊を呼び戻すことってできませんか?」
「それはどういう事でありんしょう?」
ロイエンタール領でサクラ達がやらかしたことを話して聞かせる。
「それならわっちの分け身を連れて行ってくんなまし……シズク様が契約を結んでくりゃれば、人の子の地でも育ちんしょう」
アルネが両手を大樹に向けて掲げると、彼女の身体が緑色の光に包まれた。
風もないのに聖樹の枝葉がザワザワとざわめき、蛍を想わせる光がゆっくりと降ってきた。
幻想的な光景に見惚れていると、大樹の根元からピョコリと芽が出た。
可愛らしい芽がグングンと瞬く間に伸びて腰丈ほどの苗木になって止まった。
「その分け身をお持ちください……精霊の居なくなった地に植えれば、ほどなく精霊達も戻って来んしょう」
「ありがとうございます、アルネさん……お礼と言ってはなんですが、アタシに何かできることはありませんか?」
無償でという訳にはいかないので、シズクとしては何かお礼がしたい。
聖地を滅茶苦茶にしてしまったお詫びもある。
「と、とんでもない、これ以上シズク様をこき使う訳にはいきんせん!」
ふと、良いことを思いついた。
「そうだ、アルネさんは金花の実がお好きなんですよね?たくさんあるので良かったら召し上がってください」
次元収納から星林檎をあるだけ全部取り出して積み上げた。
「こ、これ全部、金花の実でありんすか?ほ、本当によろしいのでありんす?」
「あぁ~、妾も食べたかったのじゃ!主よ!こんな奴に全部くれてやることないのじゃ」
サクラがヒラヒラと鼻先を舞って抗議する。
「サクラ~、駄々を捏ねるんじゃありません、ウチの畑にいけばまた採れるでしょ?」
「そういう問題じゃないのだ!こやつにくれてやるのが癪なのじゃよ!」
「こやつとはなんじゃ、こやつとは!わっちに喧嘩を売ってるんなら、買うてあげんしょうかえ?」
「良い度胸じゃ、聖樹っ!ケチョンケチョンにしてくれるわ!」
「主の決めはったことに文句を言う精霊なんぞ、わっちが懲らしめてあげんしょう!」
そう言って睨み合う凸凹コンビの二人。
ツバキとアヤメは呆れ顔だ。
「はいはい、じゃれ合うのはそのくらいでね~、まだ続けるって言うんならお仕置きしちゃうよ~」
冗談で指を鳴らす仕草をすると、二人がビクリと肩を震わした。
即座に反応する二人。
サクラは敬礼で応え、何故かアルネまで直立不動になってふるふると肩を震わせている。
仲が良いのか悪いのか……素直になれない関係なのだろう。
「スーちゃんみたいに素直な良い子なれば良いのにね~」
「母様~、ボクは良い子~?」
「そだね~、スーちゃんはとっても良い子だよ~♪」
「スーチャンは良い子~♪」
スーを撫でなから、丸く収まって良かったとシズクはホッと息を吐いた。
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アルネの分け身を受け取ったシズクはラナの様子が心配だからと、歓待の宴を開くと言うアルネの申し出を断ってエルフの集落に向かった。
サクラ、ツバキ、アヤメの三人はというと……久しぶりに会ったアルネと話がしたいからと告げて聖地に残った。
木の根で作られたテーブル、その一方にアルネが座り、テーブルの上に置かれた小さな椅子にちょこんと腰を下ろすのはドライアの三人だ。
「ひとつ答えてくんなまし……シズク様は使徒……なのでありんすか?」
「それはない……はずじゃ……シャクシャク……」
「主様に女神様との邂逅の記憶はありませんの……シャクシャク……」
「ても、原初の世界の記憶があるのは確か、カナ?……モグモグ……」
木皿に盛られた果物を頬張りながら三人が応える。
「貴女……達は相変わらず遠慮という言葉を知りんせんね……せっかくシズク様より頂いた金花の実だというのに……」
「そう言うお主は相変わらず細かいことに煩いのぉ」
「禿げるのです」
「小皺が増える、カナ?」
「お、大きなお世話でありんす!」
からかうような三人の物言いにアルネが膨れっ面をする。
「ところで……貴女……達のその姿はやはり……シズク様との契約が原因でありんすか?」
魔力の色を見ればドライアだということは直ぐに分かった。
だが、これまでの会話から個々が別個の自我を持ち、一段上の精霊に昇華しているのは一目瞭然である。
「妾も驚いておる、まさかこのような姿に昇華するとは思ってもおらなんだな」
「主様の気質に引っ張られたのです」
「マスターが精霊女王を上回る魔力を持ってるとか、予想もできない、カナ?」
「そ、そこまでの力を持ちながら、使徒ではないと?納得いきんせん!」
2000年前、女神の遣わした使徒ですらあの黒蛇を滅ぼすことは叶わなかった。
使徒の傍らに立ち、共にあの異界からの侵略者と戦ったからこそ分かる。
アレは化け物だ……地を裂くほどの斬撃も、泉を一瞬で蒸発させる業火もまるで効かなかった。
首を落としても瞬く間に再生してみせる化け物をどう倒せというのだろう。
数で押し潰し、弱らせたところを封印する、という術でしか対処できなかったというのに……。
あの銀髪の……いや、黒髪の少女はあの黒蛇を僅かな時間で完全に滅ぼしてしまった。
(あんな魔法……見たこともありんせん……)
気がついた時には魔蛇は塵と化し、見慣れた聖地が変わり果てていた。
何が起こったのかすら理解が及ばない。
もし、あの力がこちらに向けられたら?
そう思うと、背筋が凍るほどの寒気を覚えてしまう。
幸い彼女が温厚な性格で助かったが、眷属がやらかしてくれたせいで危うく敵認定されるところだった。
なまじ力を持つ種族なだけに、弱き者を下にみる気質があった。
それをこれまで何度戒めたことか……。
(あの子達も少しは懲りたでありんしょう……)
ふとアルネが顔を上げれば、ニヤニヤと笑うサクラと目があった。
「しかし、気の強いお主がアレほど下手に出るとはな~、面白いものが見れたのじゃ」
後の二人がそれに続く。
「大方、主様の規格外な力に恐れをなしたのですよ」
「何の対価も試練も与えずに、分け身を渡しちゃうくらいだもんね、君にしては珍しい、カナ?」
図星を指され言葉につまるアルネ。
だが、やり込められてばかりではない。
「ふふっ……余裕をかましていられるのも今の内だけでありんす、シズク様はわっちの分け身と契約してくれはるんやからなぁ……そう言えば、どこぞの羽虫がシズク様のお怒りを買うてはりましたなぁ」
アルネが勝ち誇ったように三人の顔を順に見回す。
「わっちも愛想尽かされんよう気をつけなアカンね~……そう思わへん、先輩♪」
今度は三人娘が歯噛みをする番である。
「良い度胸じゃ、今日こそは決着をつけてやるぞ、勝負じゃアルネ!」
「お、落ち着くですの!気持ちはよ~く分かるけど、主様に怒られるのですよ!」
「ボクはサクラに同意見、カナ……眷属仲間になる前に、あの時の因縁にケリをつけておくのもあり、カナ?」
「ほほぉ、ヤル気とあらば相手になるわぇ……眷属で誰が一番有能なのか、この際はっきりさせんしょうかぇ」
「くくっ……種目は何にする?そなたに決めさせてやろう」
「先輩風吹かせてられるのも今の内でありんす、吠え面をかかせてあげんしょう!」
「ぬかせ、返り討ちにしてくれるわ!」
満面の笑みを浮かべて睨み合う二人。
ツバキは頭を抱え、アヤメはやんややんやと囃子を打つ。
シズクの預かり知らぬところで、眷属一番の座を賭けた勝負が始まろうとしていた。
スーという強敵が主の寵愛をガッチリ獲得しつつある現状を露ほどにも知らずに……。
週一くらいでのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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