37 救出作戦
聖地――またの名を『精霊の棲家』の呼ぶその大地は、幻想の森のほぼ中央、外周を切り立った崖に囲まれた直径10kmほどの台地に存在している。
外縁部は常に薄い霧が立ち込めているにも関わらず、森は淡い光に包まれ、幻想的な光景が広がっている。
幻想の森足る所以である。
そして、台地の中央には聖樹と呼ばれる巨木がそそそり立ち、数多の精霊が暮らしていると云う。
里長の話によればエルフの集落からハイエルフ達が住むと云う聖地まで、徒歩でおよそ10日ほどの距離らしい。
幸い、スーが居てくれたので聖地までの足は確保できた。
だが、何の策もなく飛び込む訳にはいかない。相手はあのテルメである。しかも、同格の存在があと四人も居るのだ。
テルメ達、ドルイドの戦い方は二つ、ひとつは精霊を召還して戦わせる方法、もうひとつは精霊の力を借りて行使する精霊魔法である。
シズクが対抗策として準備したのは対精霊用秘密兵器、ジャミング弾である。
これはスーとの戦闘から思いついたものだ。
仕組みは単純である、魔力の流れを阻害する術式を魔力弾に込めた簡単なものだ。
物理的な威力は皆無だが、デバフ効果が見込める。
この弾を術者が食らえば身体強化は効果を減じ、構築中の魔法ならば発動不良に陥る。
因みに、効果はシズク自身で実証済みである。
相手が精霊ならばスタン状態に陥ってしばらく動けなくなる……はずだ。
「それじゃスーちゃん、検証実験いくよ!痛くはないと思うけど……良いかな?」
「母様、いつでも良いよ~♪」
心配ないと思うが、念のため最小出力で魔力弾を放ってみる。
拳ほどの魔力弾が着弾すると、スーの身体が青い燐光に包まれ蠕動するように動きが鈍った。
「おぉ~、なんか変な感じ~♪上手く動けない~♪」
出力を徐々に上げて効果を把握する。
「うん、良い感じかな……問題は燃費よね」
魔力弾に魔力ジャミングの術式を込める、それはつまり水の中に炎を仕込むようなものなので保護や制御に余計な術式が必要となる……つまりやたら重いのだ。
「今ある魔石で10発が限度か……無駄撃ちしないように気をつけないと……」
魔核は規格が合わず、魔石を採りにいっている余裕はない。
手持ちで何とかするしかない。
「シズク様、やはり私が囮になった方が良いのはありませんか?」
テトがおずおずと切り出してきた。
憂いを帯びた顔が納得いかないと語っている。
危険な役を他人に押し付けることに気が咎めるのだろう。
「さっきも話したでしょ、適材適所だよ」
聖地に乗り込むのはシズク、テト、スーの三人だ。
残りのエルフ達には念のため里の防衛に就いてもらう。
シズクがテルメ達ハイエルフを正面から相手取り囮役を務める、その間にテトとスーの二人でラナを救出するという作戦である。
(サクラ達がいれば助かるんだけどな……)
あれから三人娘は姿を消したままだ。
何度か念話を飛ばしてみたが返事はない。
パスは感じるので近くにいるのは分かっているが……。
(あの子達の事だから……何か協力できない訳があるんだろうな~)
精霊は嘘を吐かない、尋ねれば包み隠さず何でも話してくれる。
だが、質問しないことまでは答えてくれない……言い替えれば、自主的に考えて情報を提供してはくれない。
おそらくそれは精霊の根源に関わる規範や規約といったものなのだろう。
今回に関して言えば、管轄のようなものもあるのかもしれない。
(まぁ、苦手みたいなことを言ってたから……単純に顔を合わせたくないだけかもしれないけど……)
居ないものは仕方がない、今ある戦力で事に当たるだけだ。
「頼むよ、スーちゃん♪今回の主役はキミなんだからね~♪」
「任せて母様~♪ボクがんばる~♪」
聖地へは何も問題もなく侵入することができた。
スーの能力――『精霊の小道』を使えば15分程度のものだった。
因みに、テルメが使ってたのも転移魔法ではなくスーの力だったらしい。
「あの奥に見える大きな木が聖樹様です……封印の秘地は聖樹様の向こう側にあります」
「ほえ~、まさにファンタジーだよ~♪」
人質救出という重大ミッション中にも関わらず、思わず観光気分になってしまうシズク。
だが、然もありなん――その光景は圧巻である。
200mはあるだろうか、世界最大と言われたセコイアの木が100mほどだったから、ちょうどその倍ほどの高さだ。
モンキーポッドのような巨木が大きく枝を広げ、さながら世界を覆う巨大な傘だ。
霧の向こうから顔を出した満月の明かりに照らされ、幻想的な光景にさらに拍車がかかる。
だが、見とれている場合ではないと思い直し、シズクは兵装を展開して空に浮かび上がる。
「テト君、スーちゃん……ラナちゃんのことは頼んだよ」
「任せて、「母様~♪」
「御武運を、シズク様!」
<……魔力の異常を検知……魔力値尚も上昇中……>
アナウンスに耳を傾けながら、速度を上げ、大きく旋回して巨木を回り込む。
見えてきたのは以前樹海で見たものと同じ封印の石柱群だ。
黒いモノリスの手前に五人の人影が見える。
五人に囲まれた中央に、寝かせられているのがラナだろう。
既に儀式が始まっているらしく、真っ白いローブに華美な装飾を身に付けたハイエルフ達が両手を高く掲げ、祈りのようなものを捧げ呟いている。
「待って下さい、ハイエルフの方々……その儀式は逆効果です、今すぐ取り止めて下さい!」
「……貴女は何者ですか……どうやってこの聖域に入ってきたのですか?」
少し離れた場所に着地して止めに入ると、内の一人が儀式の輪から離れた。
ローブの下に覗くのはスイレン氏族の里を訪れたテルメである。
「今はそんな事を話している時間はありません」
「その銀髪……まさか約束の地のハイエルフですか……貴女方に干渉される筋合いはありません……直ぐさま立ち去りなさい!」
(え?もしかして……誰かと勘違いしてるの?)
そこでふと、シズクはこの姿でテルメに会うのは初めてだと気付く。
「盟約を違えると言うなら容赦はしません、覚悟しなさい」
テルメが前に進み出てきた。
「そのまま儀式を続けて下さい……邪魔者は私が対処します」
シズクはラナの胸が微かに上下しているのを横目にチラリと確認する。
「その儀式が完成すると、辛うじて生きている封印が完全に壊れてしまいます……今すぐ中止して下さい!」
「くくっ……盟約を違えた上、戯れ言まで口にするとは……全く以て片腹痛いわ」
「戯れ言なんかじゃないです!知り合いの精霊が言っていたんですよ」
「愚か者が……余所者が我等の秘術を知るはずがなかろう、その様な世迷い言を信じる者などいないわ!」
テルメが侮蔑を込めた視線を投げ掛けてくる。
その瞳には冷たい殺意の色が宿っている。
「ここは我等が領域、余所者の貴様には何もできまい!精霊女王の元へ送り返してくれるわ……▷◇₣¢□∀∋!」
テルメの口から雑音にしか聞こえない超高速の詠唱が紡がれる。
地面に召還陣が浮かび上がり、そこから土くれの巨人がせり上がってくる。
「ノームよ、その愚か者を蹴散らせ!」
4本の腕を振り回し、硬い拳を叩きつけてきた。
――ドガンッ、ドガガンッ……
先ほどまでシズクがいた地面が大きく陥没し、地響きを立てる
巨軀のわりにゴーレムのような鈍重さはなく、四肢も自由自在に可動するようだ。
予測不能な手の動きにシズクは逃げの一手だ。
仕方なく、次元収納から秘密兵器を取り出してノームにその銃口を向ける。
――ドシュッ、ドシュッ!
高速の二連射……対精霊用魔弾が身体の中心に命中した。
次の瞬間、ノームがピタリと動きを止め、壊れた人形のように同じ動きを小さく繰り返す。
「な、何をしたっ?! その武器……まさか、神代の遺産か?!」
(約束の地に盟約、秘術に神代の遺産……永く生きているだけあって色々知ってるみたいね……機会があれば話を聞いてみたいところだけど……)
見たところ、聞く耳を全く持ってくれなさそうな雰囲気だ。
追加で風の精霊を召還してけしかけてくる。
「我等も手を貸すぞ、テルメ……」
「儀式の刻限が迫っている……さっさと片付けますよ、姉様……」
更に二人のハイエルフが戦列に加わった。
水、風、土、木と……様々な精霊が現れシズクを取り囲む。
だが、秘密兵器の前には無力だ。
全ての精霊が彫像のようになって動きを止める。
(……残りは3発……)
その時だ、物陰から滲み出るように姿を現したテトが儀式陣に飛び込み、ラナの身体を抱えあげる。
「なっ?! だ、誰だ……お前はっ!」
テトはそれを無視し、シズクに向かってひとつ頷き、待機していたスーと共に地面に沈むように姿を消した。
「おのれぇ、姑息な真似を!」
ラナの身柄さえ確保してしまえば、もうここに用はない。
それに態々敵のホームグラウンドでハイエルフ達の相手をする必要もない。
ゼーネには里の防備を固めるように言ってあるし、そのための魔導具も幾つか渡してあるので防衛戦の方が無難だろう。
「姉様、術式は既に完成しています!」
「致し方ない、其奴を贄としてくれよう……ダルバ!ギザル!合わせよ!」
「了解した!」
「ラーベ!そなたは制御の補佐をせよ」
不穏な空気を感じ取り、シズクは敵の精霊魔法をいなしつつ徐々に距離をとる。
そして、隙を伺って一気に空へ飛び上がろうとした。
――がしかし。
「痛っ?!な、何?」
不意に鋭い痛みを感じた。
見下ろせば、足首に巻き付いていた蔓が途中から蛇へと変じて太股に噛みついているではないか。
ヤバいと思った刹那、視界が薄れヨロヨロと膝をついてしまう。
「クックックッ、油断したな愚か者め……傀儡兵!」
地面から木が何本も伸びて絡み合い瞬く間に人形を象っていく。
それは複数の下級精霊を寄せ合わせて作った精霊ゴーレムと呼ぶべき存在である。
「命さえあればどうなっても構わん、動けないように手足の1本や2本握り潰してやれ」
冷酷な笑みを浮かべ、傀儡兵をけしかけるテルメ。
朦朧とする意識にムチ打ち、シズクは残りの魔弾全てを樹木の巨人に撃ち込んだ。
がしかし、動きを止めるのも一瞬のこと……。
――ドガンッ!!
高速で振るわれた腕がシズクを捉え、紙屑のように弾き飛ばした。
その衝撃は凄まじく、何本もの木をへし折ったところでやっと止まった。
<……警告……衝撃が許容値を越えました……魔法障壁、再起動まで300秒……>
「こ、これ……腕……折れてるかな……」
見れば、咄嗟に庇ったせいで左腕が変な方を向いている。
だが、蛇に噛まれた毒のせいか、痛みが遠い。
次第に目が霞み、思考が彼方に消えていく。
視界の端にゆっくりと迫り来る傀儡兵が映る。
(はぁ……転移魔法……まだ研究途中だったんだけどな……)
こんな時まで考えるのは研究の事なのかと、我が身の残念さを想い自嘲の笑みを溢すシズク。
「フハハ、死に瀕して笑みを浮かべるとは……死の恐怖に気でも触れたか」
テルメの手が木に寄り掛かったまま動かぬシズクへと伸びる……そこへ……。
「ボクの母様に触れるな!」
「……スー……?」
「んん?!何じゃお前は……ふむぅ?……コヤツ……まさか、私が召還したウンディーネか?……だが、その姿はどうしたパスも繋がっておらぬではないか、何故だ?」
スーがピョンと跳ねてテルメの手に体当たりをかました。
「お前、嫌いっ! お前、母様の敵っ!あっちへ行けっ!」
「おのれぇ……召喚主に攻撃するとは愚かな精霊だっ!」
怒りを露にしたテルメがスーを蹴り飛ばした。
岩に叩きつけられ、そのまま地面にベチャリと落ちるスー。
スライムボディが崩れたプリンのようになってしまう。
「そのスライムのような汚ならしい精霊をご存知なのですか、テルメ姉様……」
「フン……召喚主に逆らうような出来損ないの精霊なぞ知らぬわ」
「おい、テルメ……もう刻限が迫っておるぞ」
「一刻も早く聖樹様にはお目覚めいただかなくては……」
「もはや、猶予はないぞ」
「あぁ、分かっている……」
早く儀式をと、急かす男達を追いやり、テルメは力尽きて動かぬスーへと歩み寄る。
「スーちゃんっ!だ、ダメ……もう止めてぇぇぇっ!」
「くくっ……何だ、貴様はこの屑精霊を知っているのか?」
テルメが口角を上げた、スカイブルーの美しい瞳に残忍な色が宿る。
「滅びよ……▷□₩¤◇₰₭!」
冷酷に紡がれる高速詠唱。
その直後、紅蓮の業火が立ち上がり地に伏したスーを焼き尽くす。
後に残ったのは黒焦げになった地面だけだ。
「す、スー……ちゃん?」
一瞬、訳が分からず呆然となるシズク。
しかし、理解が及ぶに連れ涙で視界が歪む。
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<スーチャンは子供~?なら、主が母様~?>
<あははは……そうかもね~>
<なら、これからは母様って呼ぶ~♪>
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脳裏にピョンピョンと跳ねながら喜ぶスーの姿が映る。
無邪気なスーが……。
甘えん坊のスーが……。
「使えぬ塵め……これで……」
唾を吐き捨てるように言うテルメ。
がしかし……その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
言い知れぬ悪寒に襲われ、ガバッと背後を振り返れば、そこには力尽きたはずの少女がユラリと立っていた。
「貴様、まだ立ち上がる力が……」
――ビュンッ……ズズーン
テルメの鼻先を高速で何かが過った。
遅れて響く地響きの先を見れば、手足がひしゃげた傀儡兵が転がっているではないか……。
「い、いったい……何が起きて……ゴクリ……」
理解してても理解したくない、本能がそう告げていた。
原因が視界の先にいる少女なのだと分かっていても認めたくはない。
認めてしまえば次は自分の番だと分かってしまったから……。
この日……ハイエルフの犯した過ちのせいで聖地は嘗てない災厄に見舞われることになる。
愚か者達の輪舞曲が今……幕を開ける。
週一くらいでのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




