03 第一研究所
薄明かりに照らされた室内で、一人の女性が作業台に向かい、黙々と手を動かしていた。
明かり取りの小さな天窓から射し込む光を除けば、使い古した小さな魔導ランプの灯りが唯一の光源である。
ランプの灯りがいい加減眠らせてくれ、と言わんばかりに明滅してからフッと消えてしまう。
「はぁ、もう……1ヶ月も前に支給申請してあるはずなのに……あのハゲオヤジ……みみっちい嫌がらせするよね……」
だが、文句を言っても無い物は仕方がない。
女性が小さく『ライト』と呟くと握りこぶし程の青白い光球が宙に浮かぶ。
腰に手を当て満足げに頷き再び作業を始める小柄な女性。
狭い作業部屋にカチャカチャと金属の音だけが響く。
壁際に置かれたテーブルの上は、飲みかけのカップやら、走り書きのメモやらで雑然としている。
隣のベッドルームは更に雑然としているのだが、言わぬが花だろう。
「ヨシッ!終に改良型が完成したよぉ……長かった……長かったよぉ~」
試行錯誤を重ねること凡そ1ヶ月……不便だからと始めた改良がやっと終わった。
当初はチョイチョイ仕事だと甘く見ていた。いざ始めてみれば、そこかしこに不具合が発生し、起動不良を起こしてしまう始末だった。
「これで今日から空を飛んでも寒い思いしないで済むよぉ~……あっ……でも、後で衝撃波の耐久試験だけはしとくべきだよね……音速で飛んでる最中に空中分解とか……想像したくないよぉ~」
計算上はマッハ5まで耐えられると思うが、最高速に挑戦するなら二重三重に安全策を用意してからになるだろう。
女性の名はシズク・オードリー、王立魔導研究院第一研究所に勤める女性職員である。
歳は19だが華奢で小柄体型の為、しばしば成人前の子供にみられる。
孤児院出身ながら、魔法の才を見出だされ、高等魔法学園に奨学生として通い、魔法大学校を経て、ここ第一研究所に配属された。
因みに、研究員は全て貴族であり、シズク只一人が平民出身だ。
――ジリリリリーンッ……
突然、けたたましい鈴の音が響き渡った。
シズクはビクリと肩を震わせて、慌ててタイマーのスイッチを切った。
「はぁ、夢中になってて、すっかり忘れてた……もう月末だったよぉ~」
カレンダーを見れば、最終日の欄に赤字で大きく『納期!!』と記され、その隣には髭を生やした豚のイラストが添えられている。
「アイツんとこ行くの、やだなぁ~……でも今の生活を捨てるのもなぁ」
ボイコットして逃げ出すのは簡単だ、蓄えは余りないが、発明した魔導具を売れば、生きていくには十分過ぎる財貨が手に入るだろう。
だが、何のコネもない平民の女にこの世界の社会は厳しすぎる。
せめて、貴族の後ろ盾でもあれば違うのだが……若い女性、それも孤児院出身となれば特権階級の食い物にされて終わりだろう。
「そう言えば……前の職場も派閥やら教授の席やらで人間関係エグかったっけ……まぁ、今の世界の方がかなり酷いけどね……」
シズクはできあがったばかりの魔法玉を手にすると、傍に置いてあった金属と合わせて錬成魔法を起動する。
「コンパイル……」
独特な青い魔力光が室内を眩く照らし、シズクの手の中に青みかかった銀色のバングルがコロンと転がる。
表面には幾何学模様が刻まれ、赤、青、緑、黄色、紫の五つの宝石が並んでいる。
シズクがバングルを無造作に手に嵌めると、まるで沈み込む様に肌と一体化して見えなくなった。
テーブルに置いてあった肩掛け鞄に腕を通し、チラリと鏡を確認する。
やや童顔……いや、かなり童顔、短めの黒髪、円らな大きな瞳、長い睫毛……不健康な白い肌も相まって、それなりの格好をしていれば玉と称して良い容姿であるのだが……。
続けて手にした眼鏡が全てを台無しにした。
不釣り合いな大きさの眼鏡をした途端、レンズ越しの瞳は糸のように細まり、目元に無数のソバカスが浮かぶ。
白かった頬には染みと黒子が現れた……幻惑の魔導具である。
「偽装ヨシッ!」
シズクはボロ小屋の戸締まりをすると、目的地に向けて駆け出した。
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広い敷地を移動してやって来たのはシズクが所属する第一研究所である。
だが、この建物にシズクの部屋はない。
代わりに敷地の片隅にあるボロ小屋をあてがわれた。何でも、元々は庭師の倉庫兼住居だったらしい。
因みに、件の庭師は新築の綺麗な小屋に夫婦で住んでいる。
研究所に入るとカウンターの受付嬢と目が合うが、来客が誰か分かった途端興味なさげに背けられた。
無言ながら、「邪魔だからさっさと行ってくれない?」という副音声が聞こえてきそうな表情である。
エレベーターの使用は禁止されているので、シズクは長い階段を3階まで上がる。
目的地は一番奥の所長室である。
ノックをすると直ぐにメイドが顔を覗かせるが待つように言われる。
そして、待つこと凡そ二十分……やっと
入室が許された。
(はぁ……いい歳して若い女にみみっちい嫌がらせして……)
はぁ、と心の内で溜め息を吐いてシズクは目的の人物を見遣る。
デスク上はまっさらだ、ティカップが一つコロンと置かれ湯気を立てている。
何の用事があって二十分も待たされたのやら……いつもの事ながら呆れてしまう。
「お前か、メガネ……所長の私に何の用事だ?分かっているとは思うが……ワシはお前のような平民が気軽に面会できるような人間ではないのだぞ?」
長い口髭を弄りながら所長が嘲笑を浮かべる。
男の名はアイザック・ルード・サンドール、三大貴族サンドール侯爵家の縁者で遺物研究の功績で先頃伯爵位を賜っている。
ここローザンヌ魔導国の魔導技術研究における第一人者であり、なんでも巷では『大賢者』と呼ばれているらしい。
(パンパンに張ったお腹は『大関』って渾名の方が似合いそうだけどね……)
思わず笑いが溢れそうになり、必死に平静を装うシズク。
「し、資材の納品……に来ました……リストです……」
相手に見えるようにリストを置き、鞄から硝子製の小瓶を取り出してデスクに並べていく。
「あ、青ラベル……魔晶水……赤が魔力インク、白いのが……錬金用の……触媒油……あとは……」
「なんだ、いつものヤツか……相変わらずブツブツと……もっとはっきり喋れんのか、たわけが」
「す、すみません……」
イラつきながら引き出しからモノクルを取り出して鑑定魔法を発動させるアイザック。
「ふん、まぁギリギリ合格といった出来だな……だがしかし、こんな物を鑑定させる為に私の貴重な時間を浪費しおって……次回からは資材科へ直接納品せよ……
分かったな、メガネっ!」
思わず、「イヤイヤ、平民がサボらないように自分が毎回確認するって言ったじゃん」と口に出しそうになるが、コミュ障のシズクにはどだい無理な話だ。
そもそも、そんなことを宣えば、秒で研究所から叩き出されるだろう。
理不尽な物言いに辟易させられる。
こうなれば、もう一つの用事をさっさと済ませて帰ろう。
承知の旨を口にして、鞄から魔導具……いや、魔導兵装を取り出してデスクに置いた。
ついでに分厚い冊子も横に置く。
「ふむ……これは何だ、メガネ……新型の魔導銃か?」
「た、対金眼兵装……です……銘は『スパイダー』……こ、これ……設計図」
「おぉ、ついに新作が完成したかっ!長々と待たせおって……貴様のせいで上からせっつかれて私はヤキモキさせられておったぞ」
これまで開発された対金眼兵装は3つ、伸縮自在な剣……1式『カタナ』、突貫力に秀でた槍……2式『スパイラル』、2キロの射程を誇る狙撃銃……3式『ブラスター』である。
今回の兵装は四つ目なので4式『スパイダー』となるだろう。
因みに、対金眼兵装は四つともシズクが個人で開発したものなのだが、第一研究所が開発したことになっている。
そして、当然のように功労者は開発を統括したとして所長のアイザックとなる。
先頃の綬爵も兵装絡みだと耳にした。
正直理不尽極まりないと思うが、下手に悪目立ちして貴族に目を付けられれば、力なき平民なぞ最悪暗殺なんてことも普通に有り得るのがこの世界なのだ。
事なかれ主義のシズクとしては、好き勝手に研究できる環境さえあれば良い。
研究費は欲しいが、地位や名誉はノーサンキューなのである。
とそこへ……。
――トントン……
ノックの音が響き、メイドの案内で一人の女性が入ってきた。
金髪碧眼、仕立ての良い赤いワンピースをきた美しい女性だ。
「おぉ、メアリーじゃないか……姉上に似て綺麗になったね……その美貌だ……婚約の申し込みが殺到しておるのではないか?」
「うふふっ……叔父様は口がお上手ですわね」
厄介事の気配を感じとり、シズクは辞去しようと口を開きかけるが……。
「丁度良い……おい、メガネっ……このレディは私の姪だ、レイモンド伯爵の三女で……先月、高等魔法学園を首席した才女だ、彼女が今日から貴様の名目上の上司となるからそのつもりでな」
「……せ、先月?……」
「なんだ不満か?……首席をとる才媛にに嫉妬するのは分からぬでもないが……貴様はお零れで学園を卒業させてもらった無能なのだ、メアリーのような若くとも優秀な者が上に立つのは当たり前の事であろう」
先月卒業したばかりということは16才……研究所の職員には大学校の卒業が必要だったはずなのだが……そこら辺は良いのだろうか。
首席であろうと知識が圧倒的に不足している気がしてならない。
もしや、結婚に向けて花を持たせるためであろうか……それならば、納得が行く。
「ふーん……貴女が例の平民ですか……」
メアリーが目を細め、品定めするようにシズクを足の先から頭の天辺まで流し見る。
「チンチクリンな成りをして……貴女、本当に成人しているの?年齢を詐称しているわけではないのよね?」
今日日、チンチクリンなんて言葉使うんだ、などと場違いな感想を心に抱くシズク。
「白衣などヨレヨレではないの……もう少し、身嗜みに気を遣うべきではないかしら……これだから平民は……」
途中からは扇子で口元を隠しての言葉ながら、耳が良いシズクには丸聞こえである。
仕方がないじゃん、二着目は実費だって言うから……アホみたいに高いんだよ、この白衣……。
そんな言葉が胸中を走るが、もちろん口に出すような愚かな真似はしないし、できない。
「み、見苦しくて……すみません……」
ニッコリと笑みを浮かべて小首を傾げてみせるシズク。
頬をヒクつかせるメアリーを尻目に、このくらいの皮肉はセーフよね、と珍しく腹黒いことを思いながら所長室をあとにした。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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