02 紫電銀姫
「ここで食い止めるぞっ!城壁に金眼どもを取り付かせるなっ!」
「右だっ!右に回り込むんだ!」
苛烈な戦いが既に30分以上続いていた。
城門から出撃した近接戦闘部隊が城壁に迫る金眼魔獣に左右から襲い掛かり、A級の足を止めさせた。
だが、不意を打ったとは言え、相手は規格外の上級種、しかも十分な模造遺物もないとなれば結果は火を見るより明らかだろう。
こうして足を止められていることが奇跡に近い。
それも全て士気の高さに加えて、後続の通常種を粗方片付けてくれた遠距離部隊の功績だろう。
「た、隊長っ!後続の金眼が接近していますっ、数2、脅威度Bっ……接敵まで凡そ240!」
壮絶な戦いを強いられる戦士達の耳に無情な叫びが届く。
「アレンっ!残った連中を率いて迎撃に向かってくれっ!」
「し、しかし……中隊長っ!それではコイツが城壁に……ッ!」
「なぁに……相手は手負いだ、後は俺がこの蜘蛛ヤロウを片付けておくっ!」
対金眼兵装2式『スパイラル』を回転させ、飛来した刺を打ち落としながら中隊長が叫ぶ。
そして、そのまま螺旋槍を脇に引いて腰を落とした。
兵装が青い燐光を放ち始め、穂先に高密度の魔力が渦を巻く。
「……ッ!!」
上官のその姿に、意を悟り息を飲む小隊長。
「後の指揮はアレン……貴様に任せる……行けぇッ!」
「……ご、ご武運を……ミゼル隊長」
唇を噛み締め走り出すアレン。
生き残った部下達がその後に続く。
後方で激しい戦闘音が響き渡る。
だが彼らは振り返らない。
酒癖は悪いが尊敬する上官が任せろと言ったのだ、その覚悟を無駄にするわけにはいかない……それに……。
(あっちに行ったら……旨い酒を奢って貰いますからね、隊長……)
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苛烈な戦闘は城壁の上でも続いていた。
突然現れた飛行種に急襲され大型魔導兵器が甚大な被害を被ったからだ。
「先に飛行種を殲滅するんだっ!魔砲を潰されたら下の連中が持たないぞっ!」
「護衛隊っ!残った魔砲を守れっ!砲兵隊は盾を翳して一旦下がるんだ!」
「北だっ!北側に弾幕を張れ!」
雨の様に放たれた魔弾の光が眩く空を染め、ブラスターの青い閃光が飛翔する魔獣を撃ち落としていく。
だが、その数は一向に減らない。
雲野の如く突如現れた飛行種は矮小な人族を嘲笑うように砦に群がっていく。
怒涛のように押し寄せる魔獣の群れ。
未だ意気軒昂ながら限界を迎えつつあるアスワン砦。
王国を守る堰が切れ、決壊する瞬間が刻一刻と迫りつつあった。
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「C5エリアの掃討を確認しました!」
「第3特務部隊はB3エリアを急行して下さい」
司令室に通信士の遣り取りが飛び交う。
「11時方向より、新たな群れの侵入を確認……第4中隊は警戒をして下さい」
「ミゼル隊長の通信リンク途絶っ!アレン軍曹より指揮を引く継ぐとの報がありました」
ランドール准将の元に報告が集まってくる。
中には朗報も混じってはいるが大半は好ましくないものばかりだ。
「准将……城壁の部隊に甚大な被害が出ています」
「近衛隊を応援に回せっ!守備隊も全て出撃させよ」
「しかし、それではここの守りがっ!」
「城壁が落ちれば全てが終わる、本営だけ残っても意味などない」
「はっ!……聞いていたな、オペレーター……近衛と全ての守備隊に出撃を命じよ」
参謀次官の指示に、オペレーターの女性士官が慌ただしくコンソールを操作する。
その様子を横目にランドールはチラリと時計を見やる。
紫水晶の現着予定時刻まで凡そ3時間……。
魔導少女隊が到着してくれれば戦況は著しく好転するはずだ。
王国が誇る最強戦力は伊達ではない……だが……。
(どう見積もっても……間に合わぬな……)
シェルターに避難した者たちは助かるかもしれないが、ここを含め砦の防衛師団は壊滅を免れないだろう。
せめて司令室の情報士官だけでも避難させるべきか……。
そんなことを考えるランドールの脳裏に、ふと先日耳にした噂が思い浮かぶ。
(……噂に聞く『白銀の妖精』でも現れてくれぬものかな……)
ここ2ヶ月ほど……兵の間にある噂が広がっている。
曰く、王国に六番目の魔導少女が現れた。
曰く、その者……雷撃を操り、千の魔獣を一瞬で屠り去った。
曰く、その正体は人に非ず神が我等に遣わされた天津ヶ国の住人なりと……。
他にも王家が保有する秘密戦力だとか、正体は認知されていない王女であるとか、遺跡から見つかった太古の自動魔人形であるとか……。
どれも眉唾な話ばかりだが、共通する点がひとつ……その者が魔導少女に匹敵する戦闘力を持っているということだった。
その見た目は小柄な少女、長い銀髪に機械的な兵装を纏う姿に『紫電銀姫』という通り名が付けられたらしい。
噂の出所は複数あり、目撃者も多数いるらしい……だが噂を証明する映像記録は何一つ出回っていない。
(ふふっ……他愛もない噂に縋るとは……私も老いたものよな)
自嘲しながらも、もしそのような者がいるのなら苦境にある砦を救って欲しいと願わずに居られない。
……と、そこへ。
「え、S級が動き始めましたっ!通常種を蹴散らしながらものすごい勢いて砦に迫っていますっ!」
「速度凡そ 80っ!到達まで2800セコンドッ!」
悲鳴にも似たオペレーターの報告に司令室に緊張が走る。
「准将っ!」
「私も前線に出るぞっ!後の指揮はロベルト、貴様に任せるっ!城壁が落ちたらここに居る者を連れてシェルターに避難せよっ!」
「し、指揮官自ら戦場に立つなど聞いたことがありません、ご再考をっ!」
老将が厳つい顔に笑みを浮かべる。
「ふふっ、私は貴様がハイハイしている頃から前線に立っておるのだぞ?侮るでないわ」
「あ、侮ってるのではありませんっ、小官は……」
青年士官の言葉を手で遮り、ランドールが真面目な顔を向ける。
「前途ある若者を死地に追いやって、私がおめおめと生き残る訳には往かぬ……それに事態の詳細を報告する者も必要ではないか?」
ある意味生き残る方が不名誉な扱いを受け、苦難な道を歩まねばならないだろう。
だが、指揮官が殉職となれば、幾分それも和らぐだろう。
なまじ聡明なだけに、青年士官は上官の心中を痛いほどに察してしまう。
「出撃するぞっ!わたしの兵装を持ってこ……」
ランドールが言い掛けたその時だった……。
――ズンッ……ズズーン……ッ!
地響きが建物を揺らし、凄まじい衝撃波が空気を震わせた。
次の瞬間、ブツンと音を立てて明かりが消え、数瞬の時を置いて非常灯が点灯する。
「い、今の衝撃は何事だっ!S級の仕業か?」
「わ、分かりませんっ!凄まじい魔力圧でシステムがダウンしてしまったようですっ!」
老将の一喝に、オペレーターの叫びが応える。
「急いでサブシステムに切り替えよっ!観測員は事態の把握を急げっ!補助員はシステムの復旧に注力せよっ!」
参謀次官の指示に情報士官が慌ただしく動き出す。
「す、凄まじい魔力を持つ個体が砦の上空に現れていますっ!アンノウンの魔力圧……え、S級を遥かに凌駕していますっ!……け、計測不能っ!」
「サブシステム切り替わりましたっ!映像出ます」
次の瞬間、低い電子音を響かせてホログラムモニターが空に浮かび上がる。
司令室に居合わせた全ての眼が薄く燐光を放つ画面へと向けられた。
「「「……ッ!」」」
全員の息を飲む音が聞こえた。
そこに映し出されたのは地を埋め尽くさんばかりに転がる魔獣の骸だった。
「……い、いったい何が起こ……」
――ズガガーン……ドゴーンッ!
凄まじい雷撃がランドールの言葉を遮った。
紫電が天より降り注ぎ、魔獣を貫いていく。
そこに魔獣の個体差など存在しない……雷撃の洗礼を受けた跡には通常種、金眼種に関わらず一様に黒焦げの無惨な骸を晒すという結果のみが残されている。
「ア、アンノウンの映像……出ますッ!」
空中に一人の少女が降臨していた。
実際は背に靡く羽の様な装備で浮かんでいるだけなのだろうが、青い燐光を放ちながら空に浮かぶ様は天より使徒が舞い降りたのでは?と思わせるほどに神聖で不可侵な雰囲気を纏っている。
「紫電銀姫……」
誰が囁くように溢した。
羽を広げた少女が手を翳す度に雷光が天を走り、紫電の槍が魔獣を貫いていく。
長い銀髪が風に靡き、腰から伸びた帯のような装飾が柔らかく揺蕩う。
「ほう……あれが噂の……」
身を覆う兵装は金属とおぼしき素材で、至るところに遺物特有の青い魔力光が走っている。
身体つきから十代の少女と思われるが、半透明のバイザーに覆われ素顔を見ることは叶わない。
雷撃を操る銀髪の少女……『紫電銀姫』とは良く言ったものだとランドールは感心する。
「す、凄まじい威力ですね……上位魔法の龍翔電撃が児戯に思えてしまいます……」
いつの間にか傍らに来ていた参謀次官が呟く様に溢した。
「ふむ、六人目の魔導少女等と言われておるようだが……おこがましい限りだな……」
一見、揶揄する様に聞こえる台詞だが、長い時間副官を勤めるロベルトには正しく真意が伝わっている。
「……はい……あれ程の力の前には、魔導少女すら霞んで見えるでしょうね」
そんな会話の間にも、魔獣はどんどん殲滅されていく。
これまでの苦戦が馬鹿らしくなるほどの殲滅速度だ。
宙にあって泰然と構える姿から、金眼種の等級?何それ?と言わんばかりの余裕すら感じてしまう。
「敵ではないようですが……軽々に味方と断じることもできません……あ、あの少女はいったい何者なのでしょうか……」
「フハハッ……何者でも良いではないか、彼女が何者であろうと我等が窮地を救われたことに違いはないのだ……」
「は、はぁ……それは確かにその通りなのですが……」
納得行かず口ごもる青年士官。
それも無理からん、あのような力を前に畏れを抱かぬ者など居るわけがない。
だが、今はそれよりも……。
「残存部隊を急ぎ撤退させよ!呉々も銀髪のお姫様の機嫌を損なわぬようにな……迂闊な行動をせぬように徹底させることを忘れるなよ!」
呆けたように画面を見つめていた情報士官達が上官の一喝に再始動する。
コンソールを操作し連絡を入れていく。
ランドールはその光景を見守りながら、司令席に深く腰を落ち着けた。
(あの力を知った中央のバカどもが……良からぬことを考えねば良いが……)
傲慢な貴族連中の面々が思い浮かび、僅かに眉をしかめる老将。
その心配は遠くない未来に現実のものとなってしまう。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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