01 襲撃
その日、アスワン砦に激震が走った。
司令官のランドール准将がその報を受けたのは午前の執務に一段落がつき、肩の力を抜いた矢先の事だった。
「じ、准将!大変です……ま、魔獣が……金眼の魔獣が攻めて来ましたッ!」
「落ち着け、ロベルトっ!等級は……金眼の等級はどのくらいなのだ?数は?」
慌てる参謀次官にランドールは一喝する。
だが、その顔色は優れない。
「し、失礼しましたッ……魔獣の数は凡そ五千……大半は通常種ですが……さ、最低でも数十体の金眼が確認されています」
やや青ざめた参謀次官の台詞に、ランドールは目を見開いた。
「ご、五千だと?そんなバカなっ、そんな数いったい何処から現れたのだ……それに……金眼が数十体だと?重要度の低いこの砦をなぜ金眼どもが襲う……ッ?」
前線とは言え、ここは辺境の端っこだ。
戦略上の重要度は低い。
それに、北側には深い谷が横たわっているので、この砦を攻めるとしたら大きく迂回して西側から来る以外にルートはないのだ。
「まさか奴ら……西の流砂地帯を抜けてきたのか?」
「恐らくは……そして、これが十五分前にA8監視カメラが捉えた魔獣の映像です」
参謀次官が手元の機器を操作すると、空中にホログラムの映像が浮かび上がった。
そこには雲海の如く群れをなす魔獣の姿が映し出されている。
そして、映像の幾つかには漆黒の体表と、血管の様に脈動する筋が全身に走った異様な魔獣の姿も映し出されている。
その瞳は昼間にあって尚明るく、金色に光っている。
「……凡そ数十体の金眼を確認……大半はC級以下ですが……A級が4体……B級が11体、確認されました……そして……」
絞り出す様に若い上級士官が言葉を連ねる。
「一番奥に控えるこの個体は……観測された魔力強度から、恐らくS級だと思われます……」
「え……S級……だと?な、何故そんなバケモノがここに……?」
ドンとデスクを叩いていきり立つ指揮官。
普段温厚な彼に似つかわしくない態度ながら、その反応は已む無きものと言える。
魔獣の脅威度を表す指標は、通常の魔導兵器の火力を10として規定されている。
例えば、脅威度100と判定された魔獣を討伐するためには通常の魔導兵器を装備した兵が最低でも10人必要となるのだ。
そして、問題の金眼魔獣だが……魔力強度によって、AからDの四つにS級を加えた五段階で区別されている。
最下級のD級金眼種の脅威度は平均で1000となっている。
因みに、通常種のこれまでの最高値は225である。
そして、この1000という基準値を元に、階級が上がる毎に2²、4²、8²、16²と定義されている。
つまり、C級は4000、B級は16000、A級は64000となっており、S級に至っては256000となっているのである。
その上更に、金眼種に通常の魔導兵器は効果が薄く、兵装にもよるが威力は六〜八割まで減衰すると言われている。
それならば『25600人の兵員でS級一体を討伐できるのか』と言えば……不可能と言わざるを得ないだろう。
金眼種、それもここまで規格外な存在になれば、単純に数字だけでは済まないのだ。
「魔法少女隊への緊急出動要請はどうした?」
「既に大本営に出してありますが、紅玉と蒼玉は北と東の戦線にて作戦行動中……なのでロンドベルの守備に就いていた紫水晶を派遣してくれるとの話ですが……」
「むぅ……首都のロンドベルからここまで最新の飛翔馬であっても半日は掛かる……」
魔法少女隊は全部で5人、つまりあと二人、翠玉と黄玉がいるのだが……。
翠玉はその性質上、直接の戦闘力は低く、支援がメインなため単体戦闘には不向きだ。
そして、もう一人の黄玉については欠員状態にあり、遺物の適合者を現在選定中である。
「手持ちの戦力で何とか半日持たせるしかないか……それも、確実に半日で紫水晶が現着することが前提になるが……」
「おそれながら……現在、アスワン砦が保有する模造遺物は15しかありません……通常種ならばともかく……数十体を越える金眼種を相手に時間稼ぎすら不可能です……ましてや、S級などというバケモノがいるのでは……」
悲壮感を漂わせ、参謀次官が口ごもる。
「元より無理は承知の上だ……貴官の言う通り、我が砦の戦力ではA級一体だけでも甚大な被害がでるであろうな……」
悔しげに唇を噛む若手士官を見つめ、准将が続ける。
「だが逃げることはできない、ここを抜かれたら王国最大の穀倉地帯が被害を被り、そこに住む王国民が蹂躙されることになる……国の大事を前に命を賭けずして何が軍人か……」
覚悟を決めた上官の姿に参謀次官が姿勢を正す。
「すみません、准将ッ!小官は弱腰になっておりました!」
「うむ……第一級戦時令を発令!直ちに迎撃準備に入れっ!非戦闘員をシェルターへ避難させろ!」
「第一級戦時令を発令……速やかに迎撃準備を命じます……合わせて非戦闘員をシェルターへの避難を指示します」
復唱する青年士官に大きく頷く老将。
「猶予はあまりないぞ……急ぎ行動せよッ!」
「はっ!」
駆け出す士官の背を見送り、ランドールは既に慌ただしくなりつつある砦の様子を窓から眺める。
「魔導の神スクラトスよ……願わくば御身の加護を矮小なる我等に賜らんことを……」
日頃の訓練もあり、迎撃準備は半刻も経たずに整った。
城壁の上にはズラリと大型の魔導兵器が並び、遥か遠くに姿を現した魔獣の群れを威嚇するように低い稼働音を上げている。
城壁の要所には遠距離用の模造遺物を既に起動させた上級魔導兵が均等に配置され、広場には近接用の模造遺物を装備した隊員が通常兵器を手にした部隊を率いて待機している。
「兵士諸君、私は指揮官のランドール准将だ」
砦各所にあるスピーカーと部隊毎に支給された魔導通信端末から威厳に満ちた声が響き渡る。
「もう半刻も経たぬ内に我が砦は戦闘状態になるだろう……敵の数は多い、金眼どもも混じっておる……だが恐れることはないッ!」
一息おいて司令官が更に言葉を紡ぐ。
「諸君は我が国が誇る精鋭だ!数はなくとも模造遺物もある……そして、数時間後には魔導少女隊が……『滅びの魔女』の二つ名で知られる紫水晶が援軍として駆けつけてくれる!」
――おおぉぉ……。
王国が誇る最高戦力の名に砦中にどよめきが広がる。
その声音に宿るのは尊敬と畏怖の感情である。
それも当然だろう、魔導少女隊は金眼に対し特効の兵装を持ち、唯一S級を屠れるエリート兵科だからだ。
「我等が為すべきことは唯一つッ!紫水晶が救援に現れてくれるその時まで、砦を死守することのみッ!発奮せよ、勇猛なる兵士諸君ッ!我等にスクラトス神の加護あれッ!」
「「「オオオォォォォ~!!」」」
それから数十分後……大型魔導兵器の激しい斉射音を合図に戦端が開かれた。
「金眼に通常兵器は効果が薄いっ!狙撃隊は先頭の通常種を狙えっ!金眼どもは特務の連中に任せよ」
「砲撃隊!我が隊は後方の大型種を始末するぞっ!兵装は対大型徹甲弾っ!狙いが被らぬよう、各機のターゲティングを同期させることを忘れるなよ!」
怒号を思わせる号令が城壁の上を飛び交い、魔獣に向けて攻撃が放たれる。
魔導銃の光弾が先頭を走る小型の魔獣を貫き、魔力の力で発射された徹甲弾が赤い螺旋光を空に描く。
「第2中隊、今日は射ち放題だ!残弾を気にするようなしみったれた真似はするなよ!カートリッジを残すような奴は後で便所掃除させるからなっ!A5エリアに向けて一斉射撃…てぇぇッ!」
「特務小隊!我等の仕事はC級以下の金眼だ!B級以上に遠距離兵装は分が悪い、無駄射ちして魔力を無駄にするなよ!」
魔銃の一斉射撃を飛び越す様に対金眼兵装三式『ブラスター』の魔弾が模造遺物特有の青い燐光の尾を引いて金眼魔獣に襲いかかる。
――ヒュインッ……ヒュッヒュンッ……
――ズン……ズズーン……
補給を全く考慮しない苛烈な遠距離射撃を前に魔獣の群れが地に伏して行く。
魔獣の血が地面を青く染め、骸に足を捕られた後続が地面を転がる。
正に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
だが、魔獣の侵攻は止まらない。
群れの骸を乗り越えて、さながら海嘯のように砦に押し寄せる。
中には強靭な外殻を持つ個体を盾にして進む魔獣すら現れた。
「司令、魔獣の侵攻が止まりませんっ!このままでは城壁に取りつかれます!到達まで28:00!」
作戦司令室に悲鳴を思わせるオペレーターの声が響く。
中央に浮かんだ巨大なホログラムには魔力探査を元に魔獣の勢力が映し出されている。
砦の西側を示す画面左側は紅点で真っ赤だ。
逐次更新される位置情報から魔獣の到達予測時間が自動算出され、無情なカウントダウンを続けている。
「魔獣の討伐状況はどうなっておるっ!」
「現況、通常種は凡そ二割の殲滅を確認!金眼種はC級2体、D級13体の討滅が確認されています」
「モニターに金眼種をスポット表示!等級を加えて表示せよ!」
司令の意を汲んだ参謀次官が指示を伝えると、モニターに金眼種を示す黄点と観測を元にした魔力値が表示された。
「現行速度で金眼種が城壁に到達するまで35:30……魔力強度はA級です……二体目は……」
「二体目以降の情報は不要だ!……司令…」
参謀次官がオペレーターの報告を制し、司令官席に座る厳つい准将を振り返る。
「うむ……金眼種のカウントが5分を切ったら近接部隊を出撃……以降、遠距離攻撃は群れの後方へ切り替えよ……それまでは金眼種の周りにいる通常種を殲滅することに注力せよ……参謀次官、何か進言はあるか?」
「はっ!砲撃隊の兵装を対大型徹甲弾から炸薬弾に変更することを具申いたします」
ランドールが大きく頷いて許可を出すと、次官がテキパキと指示を出していく。
その光景を横目にランドールは腕時計に目を落とす。
(紫水晶の現着予定時刻まで……凡そ四時間半か……)
ここまでは前哨戦に過ぎない。
魔獣が城壁に取り付いてからが本当の戦いだ。
そこからは金眼種の残数が戦況を大きく左右することになるだろう。
A級以上が砦に到達すれば簡単に城壁が崩されてしまうからだ。
紫水晶が救援に駆け付けてくれるまで、何としてもA級金眼種の足止めをしなければならない。
(だが……B級はともかく、A級の金眼相手に模造遺物では火力不足だ……)
模造遺物の火力は兵装と個人の資質によって異なるが、300~500の枠内にある。
つまり、B級を相手取るには模造遺物を装備した上級魔導兵が少なくとも40名、A級に至っては160名必要ということになる。
確認されているA級は4体、アスワン砦が保有する模造遺物は15……戦力不足などと言うのもおこがましい数字だ。
その上、S級の存在も確認されているのだから、正常な思考を持つ者なら選択肢は逃げの一手のみだろう。
(中央の馬鹿貴族どもと同じにはなりたくはないからな……)
砦を放棄すれば我が身は助かる、だが王国民に甚大な被害が出ることになるだろう。
国から俸給を得ている軍人とし、職務は全うせねばならない。
心残りは若い兵員を自分の道連れにしてしまうことだ。
(スクラトス神よ……願わくば前途ある若人に御身の加護を賜らんことを……ッ!)
ランドールのシルバーグレイの瞳がモニターに映る黄点をじっと捉え続けていた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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