28 遺跡②
遺跡の中は漆黒の闇に包まれていた。
長い間、空気を入れ換えていないらしく、どんよりと淀んだ空気には少しすえた匂いが混じっている。
しんと静まり返った遺跡内に、シズクの息遣いだけが聞こえていた。
「厳重に監視してるとか聞いてたけど……ガバガバだったね……色々準備してきた魔導具が全部無駄になっちゃったよ……」
詰所には人がいるようだったが門番の姿はなく、シズク達はすんなりと遺跡に侵入できてしまった。
調子に乗って開発したミッションインポッシブル系の魔導具をここぞとばかりに詰め込んで来たのだが、全て徒労に終わってしまった。
「無駄な労力を割かずに済んで良かったのではないかの」
「シィィ~ですの、サクラ!そんな言い方をしてはダメですの!主様は自作の魔導具を試してみたくて楽しみにしてらしたの!」
「二人とも手遅れ、カナ……マスターにはしっかり聞こえちゃってる、カナ?」
傍らで交わされる三人娘の台詞に、シズクは闇の中で耳を塞ぎ頭を左右に振る。
「お願い……トドメを刺さないで、アヤメ~」
最近、ツバキとアヤメの気遣いが辛い。
訳知り顔のサクラに笑顔で肩を叩かれるのはもっとダメージが大きい。
原因が自分にあることは百も承知だが、せめて生暖かい目で見守る程度で許してほしい。
「それはそうと主よ……人の子は闇を見通せぬと聞いておったが……本当に妾が見えておるのじゃな」
「サクラ……貴女は主様が大丈夫だと言ってたのを信じてなかったんですの?」
「アハハハ……ボクはマスターが特殊なんだと思う、カナ?」
ドライアの三人は魔力視というのが使えるらしく、光がなくても何の支障もないのだとか……。
因みに、シズクの開発した暗視技術も理論的には同じものである。
人には不可視の魔力光を周囲に放ち、その反射光を捉え、見易いように処理した画像をバイザーに投影している。
「しかし……埃が凄いですの……態々主様が足を運んでるのだから、お掃除くらいはしておいてほしいですの!」
「ボクたちが不法侵入してることを忘れてない、カナ?それは虫が良すぎるってヤツじゃない、カナ?」
「埃くらい妾が吹き飛ばしてくれようか、主よ」
「まぁまぁ、三人とも……勝手に入ったのがバレないように不用意なことはしないでね……言っておくけど、フリじゃないからね、ちゃんと守ってよ?」
床に足跡がつかないように、シズクは飛行ユニットを使って床から10cmで滞空している。
「ほら、そんなことより探索を始めるよ、研究施設って聞いてるけど、何があるか分からないから、三人ともできるだけアタシの傍から離れないようにしててね」
「承知じゃ、主!」
「分かりましたですの!」
「了解ぃ~、カナ♪」
資料にあった通り、一階は居住区らしく、小部屋がたくさん並んでいる。
部屋にはバストイレが完備されていてさながらビジネスホテルのようだ。
大きめの部屋もあったが、おそらく会議や談話室としては使われていたのだろう。
共有スペースにはダイニング、ラウンジがありそれなりに快適な居住環境が整えられていた。
「やっぱり……これはどうみてもエレベーターだよね」
目的地に着いたシズクは改めて自分の考えの正しさを認識する。
共有スペースに隣接した階下へと続く階段、その脇に設えられた小さな正方形の部屋。
そんな場所を倉庫だと判断した研究者は何の違和感を覚えなかったのだろうか……いや、きっと違和感を覚えつつもそれ以外に判断する材料がなかったのだろう。
エレベーターの存在を知っているシズクだからこそと言える。
「これは……やっぱりコンソールね……魔法障壁の術式と……これは座標データかな……とすると……」
入って直ぐ右の壁にあった文字盤を調べてみる。
デバッグに使っている探査術式で魔法式をバイザーに投影して内容を読み取っていく。
その結果、3つの魔法がマクロ化して組み込まれているのが分かった。
一つ目は魔法障壁――指定された空間を一定時間障壁で囲み、外からはもちろん中からも物体の出入りができないように制限している。
二つ目は探査魔法――この室内と指定された座標に探査魔法を発動し、得られた結果を用意されたリストと照合して可不可の判断を下すように設定されている。
三つ目は空間魔法――探査魔法の結果が可だった場合、この部屋と指定された座標の空間を入れ換えるようにプラグラムされている。
「う~ん、想像してたのと少し違うけど……これも間違いなく転移魔法だよね……」
かなり条件が限られる上、制限も多そうだ。
単純に計算して消費魔力もバカにならないだろう。
同じ建物内くらいならばまだしも、何百キロも離れた地に転移するのは現実的ではなさそうだ。
「ふおぉ~、この床下に刻まれているのが空間魔法なんだね~♪」
床は二重構造になっており、鋼板に空間魔法とおぼしき術式がびっちりと刻み込まれている。
そして、術式の摩耗を防ぐ為だろう、上から石英でコーティングがしてあるようだ。
魔力視だから視認できているが、肉眼ならばツヤツヤの床にしか見えないだろう。
「魔法式にある座標データはこの部屋を含めて4つ……ビンゴだよ、ビンゴ~♪」
「主よ『びんご』とは何じゃ?もしや、妾が食べたことがない食べ物かや?」
目を輝かせたサクラがパタパタとシズクの周りを舞う。
「う~ん、ボクは違うと思う、カナ?」
「サクラの早とちりはいつもの事ですの」
「あはははは……え~と、予想と現実がピタリと符号した時に使う言葉かな」
ゲームに由来していると言ってもサクラには分からないだろう。
「なんじゃ、食べ物ではないのか~、期待して損したのじゃ」
「先を思うと……色々心配ですの、はぁ~」
「まぁまぁ、そんなサクラの特性だってマスターから授かったものなんだし、慈しむべきものじゃない、カナ?」
微妙に聞き捨てならない内容が含まれている気がしたが、今は空間魔法が優先だ。
床に刻まれた術式を画像データとして写しとり、コンソールの制御術式をバイザーのメモリに記録しておく。
「それで主様……これからどうしますの?発見されていない階層へ転移してみますの?」
「そうだね……でも、他の階層も調べてみてからにしようか」
「そうと決まれば、早速地下二階の探索なのじゃ!」
「ま、待ちなさいですの!猪突猛進はお止めなさいと言っていますの!」
ワクワク顔で階段に突撃していくサクラ。
お小言を口にしながらそれを追うツバキ。
やんちゃな子供を見ているようで、とても微笑ましいのだが……。
「ねぇ、アヤメ……ひとつ聞くけど……あの二人の性格って……アタシが関係してるのかな……」
「そうだね~、ボクを含めてサクラとツバキの二人も、マスターと契約したことで新たな存在に昇華したからね……まぁ、鑑と思ってくれて良いと思う、カナ?」
さらりと重い話を暴露され戸惑うシズク。
(えっ?……そ、それって大丈夫なの?)
「ウフフッ……先に言っておくけど、ボクは今の状況をとても好ましく思っている、カナ?それはサクラやツバキも同じだと思う、カナ?」
いつになく饒舌なアヤメがヒラリと肩に止まって続ける。
「まさか、本体から独立して別個の精霊として昇華するとは予想してなかったみたいだけど……本体も今の状況を好ましい事として受け入れている、カナ?」
「…………」
少しモヤモヤするが、本人達がそれを良しとしているのならば、シズクがとやかく言うことではないだろう。
(今度、サクラとツバキとも話してみよう……)
パシパシと頬を叩き、シズクは気持ちを入れ替えて階下へと降りる階段に足を向けた。
小一時間ほど掛けて地下二階と三階を見て回ったが、目ぼしい物は何も見つからなかった。
魔導具はもちろん家具の類いも全て回収されていたので、室内はどこも伽藍堂である。
なので、地下三階の転移魔法を使って地下四階へと移動した。
転移する際、外部から供給されるはずの魔力が途絶えていたので自前の魔力で魔法を起動した。
「……なんか……思ってたのと違う……アタシのワクワクを返せ~」
転移の際、期待していた浮遊感も、それっぽいエフェクトもなかった。
魔法式が起動する青い魔力光が微かに周囲を照らしたかと思うと、目の前の景色がガラリと変わっていただけである。
魔法障壁越しなだけに、場面が切り替わるテレビを見ているのと、さして変わらなかった。
「どうしましたの、主様……どこか不服そうな顔をしますの?」
「そのぉ、ごめん……勝手に期待して、勝手に落胆してただけ……気にしないで……」
「しかし、不思議なのじゃ……主ならばともかく、人の子に先の空間魔法が使えるとはとても思えん……どうやって起動しておったのかのぉ」
「ねぇ、サクラ……アタシも人の子……」
そこへ、被せるようにツバキが続く。
「多分、あの魔法式には何かしらの機構が組み込まれていたんだと思いますの……主様と同じ事を人の子ができる訳ないですの」
「ツバキ……アタシも人の……」
「クフフッ……マスターは魔力オバケ、既に人外の領域に到達してる、カナ?」
「…………」
どうしてだろう、三人のシズクに対する評価と自分のそれとの間に、激しい齟齬を感じてならない。
(……一度……三人と腹を割って話し合う必要があるかも……)
そんな事を考えつつ、シズクは地下四階を探索して回った。
その結果、地下四階は三つのエリアに分かれていることが分かった。
先ず、階層の大半を占めている格納庫、次は施設全体の魔力供給をしていたと思われる機械室、最後はそれを一括管理していた指令室である。
管理室ではなく指令室と表現したのには理由がある。
「主様、ゴーレムは全部で52体ありますの……でも殆ど壊れていてまともなのは8体だけですの」
「武装してるところを見るに、コイツ等は戦闘用じゃな」
「腹に大穴が空いてるのもあるね~、溶解してるから熱線系の魔法を食らったの、カナ?」
格納庫にはゴーレムがところ狭しと置かれていた。
ただ、五体満足に残っている機体は少なく、殆どのゴーレムがほぼスクラップのような状態である。
戦闘の跡から察するに、この施設の防衛戦力だったのだろう。
もしかしたら、樹海に封印されていた魔人と戦っていたのかもしれない。
ゴーレムも興味深くはあったが、シズクとしては施設全体の魔力を賄っていた機械室の方に興味をそそられた。
「こ、これ……確実に浮遊石の共鳴と同じ原理を応用してるよね……?」
円形の台座が部屋の真ん中に鎮座していた。
台座は直径5mほどあり、表面にはびっしりと幾何学模様と魔法文字が刻み込まれている。
一見すると巨大な時計盤のようにも見えるそれは、時計の数字に当たる場所に拳大の魔石が3つずつ、合計で36個埋め込まれていた。
魔石は正三角形を描くように配置され、刻まれた溝がそれらを繋いでいる。
「これはつまり……魔石でもあの共鳴ブーストが起こるってことよね……?」
「それは……あの赤髪の僕が気絶した時のことかや?」
訂正するのも面倒だと思い、シズクは頷いて返す。
「これは……エネルギー革命がおこりそうな予感がするよ……」
「えねるぎ……?何ですの、それは?」
「多分、魔力のことだとボクは思う、カナ?」
しばし考え込んでいると、サクラがシズクの目の前にヒラリと飛んで言う。
「それで……どうするのじゃ、主……この階層で見つかった物を人の子に渡すのかや?」
発見はしたが、遺跡はシズクのものではない。
本来の所有者は古代人ではあるが、彼等の国は滅んでいるため……今は、ここカイゼルト魔導国の所有物ということになる。
「先に言っておくが、妾はここにある物を人の子に渡すべきではないと考えておる」
「ボクもサクラに賛成、カナ?」
「ウチは全て主様の物にすれば良いと思いますの」
異口同音に口を揃える三人娘。
確かにここにある技術は危険な物が多いかもしれない。
戦闘用ゴーレムは言うに及ばず、共鳴ブーストの原理を使った魔力盤も危険がないとは断言できない。
もしかしたら、核融合炉のような危険な代物の可能性もある。
「それなら、見なかったことにしてこのまま放置して帰る?それとも……いっそのこと封印しちゃえば良いんじゃない?」
サクラが首を左右に振って言う。
「人の子がここを発見する可能性も……発見した技術を解明できる可能性もゼロではないのじゃ……僅かでも危険となる芽があるならば……主が持ち去って秘匿するべきじゃと妾は思う」
それに賛同を示すのはツバキだ。
「ウチは主様が良かれと思う技術のみ、人の子に分け与えて上げれば良いと思いますの」
「アタシを評価してくれるのは嬉しいけど……さすがに、身内贔屓が過ぎないかな……」
想像するだけで、そのあまりの重責に胃が痛くなる。
誰しも、パンドラの箱は開けたくはないのだ。
自分の性格は聖人君子とはほど遠いとシズクは自覚している。
「心配しなくても大丈夫、カナ……マスターが間違った時は存在の全てを懸けてボクが止めてみせる、カナ?」
「あ、アヤメ……」
アヤメの信頼に胸が熱くなるシズク。
「でも……その台詞はちょっと怖いかな……」
どこまでもビビリなシズクであった。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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