26 お泊り会
飛行試験を終えた後、ミャアとリリィがシズクの新居に行ってみたいと言い出し、そのままの流れでお泊まり会が開かれることになった。
そこからシズクの住む島まで直線距離にして凡そ400km、巡航速度で飛行すれば2時間20分のフライトである。
だが、ここでシズクの想定していない異常事態が発生した。
それはシズクの拠点へ向けて飛行を始めた直後に起こった。
高所恐怖症のルーナを気遣い、ミャアとリリィが左右からその手を握った瞬間、3人が弾丸のように加速したのだ。
幸い衝撃吸収機構と魔法障壁が発動して事なきを得たが、下手をすれば瞬間的に加速した慣性力と音速を越えた衝撃波でとんでもないことになっていただろう。
「うわぁ、5分足らずで着いちゃったよ……」
ルーナ達の飛行速度は初期設定の50km/hだったことから逆算するに、単純計算で100倍、凡そ5000km/hの速度を出していた事になる。
(マッハ4、て……アタシのユニットに迫る性能だよね……ビックリだよ)
シズクの飛行ユニットの限界はマッハ5である。
しかし、魔力をアホみたいに消費するので飛行可能時間は10分程しかない。
だと言うのに、3人に渡した飛行ユニットは殆ど魔力を消費していなかった。
それもウィングの魔力吸収機構のお陰で消費ゼロとなっている。
「共鳴……みたいな現象が起こったのかな……?」
理屈はさておき、性能が単純計算で100倍近くブーストされたことは間違いない。
もし、この現象の理論が解明できれば飛行に関する技術が飛躍的な進歩を遂げる可能性がある。
いや、もはや進化と呼んでも過言ではない程に様変わりするだろう。
「これは……飛空艇を作るのも夢じゃないかも」
飛翔馬に必要な浮遊石の大きさは直径10cm程だと聞いている。
もし、ブーストされる性能が速度だけでなく質量に関しても及ぶのなら?
同じ大きさの浮遊石で100倍の質量体を浮かせられるということになる。
「古代文明時代だって浮遊石は希少だったはずだし……間違いなく共鳴ブーストを応用してるよね……」
勝手に理論に命名するシズク。
だが、その推察自体は間違っていない。
仮に浮かせられる質量と浮遊石の大きさが比例するなら、古代にあったとされる飛空艇にはとんでもない大きさの浮遊石が使われていたことになる。
浮遊石の希少性から考えて、それはまずあり得ない。
「これは……本腰を入れて遺跡探しをする必要があるかも……」
島の砂浜で打ち寄せる波と戯れるミャアの姿を眺めつつ、シズクは心のスケジュール帳に今後の予定を書き込んだ。
ミャアの傍らには壮大な景色に目を奪われ、どこまでも広がる水面と霞む対岸の光景を無言で眺めるリリィの姿がある。
因みに、ルーナはブースト飛行早々に失神してしまい、今はベッドで休んでいる。
「スゴイっスよ、シズシズ!!対岸が霞んで見えないくらい大きい池なんて見たことないっス!!もしかして、ここが海ってとこっスか?」
「……違う……これは湖……海はもっと広い……でも、こんな広大な湖は見たことがない……私もビックリしてる……樹海の奥地にこんな場所があるなんて……」
珍しくリリィの口数が多い。
それほど目の前の光景に対する驚きが大きいのだろう。
「主~、赤髪の僕が目を覚ましたのじゃ~」
甲高いサクラの声が耳朶を打った。
振り返ればドライア三人娘に寄り添われたルーナの姿が目に映る。
「僕ではなく、友人だと何度も言ってますの!」
「ツバキの言う通りだよ、サクラ……直さないとマスターに怒られる、カナ?」
「ち、ちょっと言い間違えただけなのじゃ!」
姦しい三人娘にシズクは苦笑いを浮かべる。
「身体の調子はどうですか?お昼まで、まだ時間がありますから……もう少し横になってても大丈夫ですよ?」
「心配かけたね、嬢ちゃん……アタシはもう大丈夫さね」
「ごめんなさい……まさかあんな事になるなんてアタシも想定外で……」
「魔導具に失敗や想定外は付き物なんだろ?気にする事はないさね……逆に気を失っちまったお陰で怖い思いをしなんで済んだんだ……寧ろ礼を言いたいくらいさね」
本心から気にしていないルーナの様子に、ほっと安堵するシズク。
帰りの道中に再度同じ体験をする可能性がある事を示唆するのは控えておいた。
「お昼御飯を食べた後はどうしましょうか……船を作って釣りでもしてみます?それとも、樹海の奥地を探索してみますか?」
そこへ、戻ってきたミャアが嬉しそうに右手を上げる。
「ミャアは釣りをしてみたっス!!釣った魚を焼いて食べてみたいっス!!」
「……この湖なら大物が居る……主との対決は浪漫……」
「クククッ……そんな暢気な事を言っていて良いのか、猫人よ……お前なんかひと飲みにするくらいデカイ奴がゴロゴロしおるのだぞ?」
「そうですの、人の子なんて湖に落ちたら丸飲みにされますの……ドボンッ、パクリペロリですの」
「そうだね……主と言えばアイツの事、カナ?」
「首長水竜の事じゃな、アヤメ」
「えっ?!そ、そんなのが居るの?アタシは聞いてないよ?」
「首長水竜っスか?!……それなら、主はミャアが釣り上げるっスよ!」
「……さすがに……それは無謀……」
「くくっ、面白いな人の子!さすが主が認めた僕達よな!」
「だから、友人だと何度も言ってますの……いい加減に理解しますの」
「あはは、愉快愉快!さすマス、カナ?」
(……なんだろう……このカオスな状況は……)
グダグダな会話のキャッチボールに、呆れ果てるシズク。
そんな光景を見たルーナが豪快に笑い声を上げた。
「あははは……シズクの嬢ちゃんと居ると本当に退屈しないね!船を作るとか相変わらずぶっ飛んでるし……精霊と会話する日が来ようとは夢にも思わなかったさね……その上、伝説の首長水竜まで出てくるたぁね……まぁ、それを当然の事と受け入れつつあるアタシ等も大概だがね」
「う~ん、それはシズシズだからってことっスよね?ミャアはもう、驚くことには慣れたっス!」
「……うん……驚くだけ損……そういうものだと受け入れるが最善……」
ミャアとリリィの二人は普通に受け入れてくれているから気にしてなかったが、良く良く考えてみれば、ルーナの言葉も最もである。
「……そのぉ、なんと言うか……ごめんなさい……もう、隠すのも面倒と言うか……」
「なぁに、気にすることないさね……と言うより、アタイ等にしてみりゃ嬉しいくらいさ」
ルーナ達には既に色々とバレてしまっている。
共に困難を乗り越えた仲でもあり、一緒に行動する機会も増えている。
秘密を守ってもらっているという恩もある手前、隠し事をするのは気が引ける。
なので女豹の牙の3人の前では自重はやめることにしたのだ。
同じ理由により、3人が乗ってきたギルドの魔導車は次元収納にしまってある。
「そうっスよ、シズシズは友達なんだから当たり前っス、気にすることないっスよ!」
「アンタはちったぁ、気にしなよ!何でもかんでもシズクの嬢ちゃんに頼るような真似はすんじゃないよ」
「……対等でこそ、友人……おんぶに抱っこは絶対にダメ……」
諭して言う二人にミャアが元気良く右手を上げて応える。
「ハイハ~イ!なら、ミャアがシズシズをおんぶするっスよ!シズシズは小さいから余裕っス!」
「……なら……抱っこは私がする……」
「本当に……アンタ等はぶれないね……頭が痛いよ、アタシは……」
そんな彼女達のやり取りに、シズクはホッコリと胸に暖かさを覚える。
思えば、転生してこの方……これほど親しくなった知人はいない。
ましてや友人なぞ、前世の記憶にある二人の親友のみである。
(フフフッ……友達は大切にしないとね)
しんみりと思うシズクだった。
ルーナ達は弁当を持参していたので昼食は簡単に済ませ、午後は多数決で釣りを楽しむことになった。
ただ、サクラ達の話によれば巨魚に加え危険なヤツが潜んでいるらしいので、船釣りはキチンと対策をしてからと言う話に決まり、岡っ針で釣りを楽しむことに相なった。
「なぁ、嬢ちゃん……本当にこの湖に伝説の首長水竜いるのかね……」
その視線の先にはキャッキャウフフと釣りを楽しむミャアとサクラの姿がある。
少し離れた岩場には頭にアヤメを乗せたリリィが太公望さながらに静かに釣糸を垂れている。
「ウチは人の子と違って嘘なんて言いませんの……失礼ですの!」
シズクの肩に腰を下ろしていたツバキがプンスカと抗議の声を上げた。
「すまんすまん……ツバキの嬢ちゃん達の言葉を信用してない訳じゃないさね、アタイ等人族にとっちゃぁ、首長水竜なんてバケモンはお伽話の中だけの存在なんさね……実物を目にするのが恐ろしく、ついつい心配になっちまったのさ」
「疑ってないなら別に良いですの、許してあげますの」
シズクはバングルを操作してバイザーを展開する。
そして、パッシブに設定してあった探索魔法をアクティブに切り替え、探索精度をあげてみると……。
「あぁ、いますね……でっかい魔力反応をしたヤツが……」
直線距離にして凡そ30km、水面から約500mの湖底に巨大な紅点が映っている。
先日の魔人に比べれば巨象と小鼠みたいなものだが……湖底に潜むアンノウンの魔力圧は強度レベルAに認定されている飛竜の二体分はありそうだ。
全く動きがないところを見るに、就寝中なのかもしれない。
「だ、だだ、大丈夫なのかい、嬢ちゃん?!暢気に釣りなんかしててさ?……い、いきなり飛び出してきて……パクリなんてことにならないだろうね?」
方向を指差して見せると、ルーナが顔を青ざめさせ、指先から逃れるように仰け反る。
その懸念はもっともなのだが……。
「船で沖に出ない限り大丈夫だと思いますよ?何故か知らないけど、この島には近寄って来ないんですよね、魔獣……島にも一匹もいませんし……」
理由は分からないが、まるで結界でも張られているかのように、この島に魔獣が近寄って来ない。
「なぁ……それって……逆に心配にならないかい?」
言われてみれば正にその通りなのだが……。
「もう2ヶ月程になりますけど……特にこれと言った異変や身体の不調なんかはありませんよ?」
魔人のような危険な代物が封印されているのなら、ドライア達が何も言わないはずはない。
ツバキを見ると、フルフルと無言で首を振って応えてくる。
「異変ねぇ……アタシにしてみりゃあ、アレも充分に異変なんだけどねぇ……」
その視線の先には、野菜と薬草が繁茂した畑が広がっている。
「精霊の嬢ちゃん達のお陰なんだろうけど……ロダンの爺さんが弟子入りしたいなんて騒ぐ理由が分かった気がするよ……アハハハ……」
昼食の時に聞いたが、薬草は人の手では栽培できない、というのが常識らしい。
(は、半分はアタシのせいだって……言わない方がいいかな……)
確かに畑の手入れにはサクラ達の手を借りているが、繁茂する薬草の原因……と言うか理由は砕いて撒いた魔核にある。
何か言いたげな顔を向けてくるツバキに、シズクは人差し指を唇に当てて返す。
「しかも……マンドラゴラまで栽培されてるのを知ったら……ロダンの爺さんは間違いなくショック死するだろうね」
さすがにそれは大袈裟だと思うが、マンドラゴラが希少な薬草なのは確かだ。
前世では神経毒が含まれたナス科の薬用植物だが、この世界では万病を癒す万能薬の原材料となる。
「なぁ、シズクの嬢ちゃん……ロダンの爺さんはもちろん、ウチのお袋にもここの事は黙っておいた方が良いとアタシは思うさね」
「でも……マリアさんは口が固そうですよ?それに……何と言ってもルーナさんの実のお母さんですし……」
「ウチは主様の決定に従いますの」
ルーナが少し考えてから更に続ける。
「もちろん、あの二人が嬢ちゃんの事をベラペラと喋るような真似はしないさね……だけどね、ロダンの爺さんはともかく、ウチのお袋は身内を守るためなら……それが残酷な決断でも迷わず選ぶ……」
それはつまり、娘であるルーナを人質に取らたりすれば、シズクを売る可能性があると言いたいのだろうか……。
「元から知らなければ喋ることもない……そう言いたいんですね?」
知らなければ巻き込まれることもない、そう言い換えることもできる。
「紅髪の聖女の噂を聞きつけ、お貴族様が動き出してるってお袋が言ってたさね……リクームの領主、ゼピュロス公爵は腹黒で有名なんだ……気を付けるに越したことはないよ」
貴族に関わりたくないという意見にはシズクも両手を挙げて賛同する。
(そう言えば……メアリー様やリックさんもアタシの事を探してたって言うし……いったい何の用事なんだろ……)
メアリーに関しては納品していた魔法薬について聞きたいことがあるのかもしれない。
いきなり解雇されたので、引き継ぎも何もできていないからその可能性が高い。
だが、ハンターのリックについては全く心当たりがない。
強いて言うなら購入した浮遊石絡みだろうか……。
(まぁ、しばらくリクームには近寄るなって言われてるし……今は連絡の取りようもないよね……まぁ、浮遊石がなくなったら、ドルフさんのお店に顔を出してみようかな)
あまり気乗りはしないが、ドルフの店に寄るついでにメアリーのところにも顔を出すとしよう。
(まぁ、平民のアタシじゃ……研究所で門前払いされる未来しか想像できないけどね……)
「嬢ちゃん……見てるこっちは面白いが……その……百面相しながら考え事するのはやめた方が良いさね……知らない奴が見たら、そのぉ……な……」
「……き、気を付け……ます……」
真っ赤な顔をして両手で顔を隠すシズク。
「何を言うのです!主様の思案顔はとぉっ~てもキュートなのですよ……やめろだなんて勿体ない……主様を悪く言う輩なんか、ウチが滅ぼしてしまうのですよ!!」
「やめてツバキ……トドメをささないで~」
長閑な午後の砂浜にシズクの悲痛な叫びが響き渡った。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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