26 日常とは何ぞ?
リクームの疫病騒ぎが一段落して二日、シズクの姿は樹海の新居にあった。
「まさかあんな事態になるとは夢にも思わなかったよ……」
疫病だと聞いて慌ただしく準備して向かったリクーム。
蓋を開けてみれば呪毒と呼ばれる呪いが原因であった。
聞けば犯人は薬師ギルドの関係者とのこと……既に亡くなっているので詳しい動機は不明らしいがハンターギルドや街の住人に何かしらの恨みがあったのではないか、と言われている。
「傍迷惑な話よね……お陰でアタシは『紅髪の聖女』なんて呼ばれることになってるし……」
変装していたから傷は浅いが、素顔で応対なぞしていたら、今頃買い出しの拠点と定期収入の手段を失っていたところだった。
「変装を勧めてくれたマリアさんに感謝だよ~」
つい先ほどルーナから連絡があって戒厳令が解除され、リクームの街に平常が戻ってきたと聞いた。
まだ、混乱はあるようだが一週間もあれば収まるだろうとのことなので一安心だ。
因みに、サクラ達に手伝ってもらって精製した抗菌薬は診察に使った魔導具と一緒に治癒師のロダンに預けてきた。
「臨床試験はこのロダンめにお任せあれ、必ずや師の偉業を後世に残してみせますぞ!」と息巻いていた。
「少し心配だけど……あの人ならきっと役立ててくれると思う……」
専門家に任せた方が世のため人のためであろう。
(決して……面倒臭いから丸投げしたんじゃないからね)
内心で言い訳をするシズク。
師匠呼びや聖女の二つ名については早々に思考を放棄した。
ともあれ、気分を入れ替える。
「さぁて……久しぶりに魔導具作りに励むとしますか~」
魔法薬と生薬は大量に納品しておいたし、ギルマスのマリアにはしばらくリクームに近づかない方が良いと言われている。
「主よ、何を作るつもりなのじゃ?」
「ミャアさんが自分も空を飛んでみたいって言うし、リリィさんはここお泊まりしたいって聞かないから、空を飛ぶための魔導具を作ろうかと思って……」
「それは乗り物を作るってことですの?」
ツバキがパタパタと肩に止まって言う。
数人が乗れるような飛空艇でも作れれば一番良いのだが、1人乗りの飛翔馬でも大振りの浮遊石が必要だという話なので今は不可能だ。
なので、飛行ユニットを参考に個人用の飛行デバイスを開発してみようかと思っている。
「二千年くらい前は人の子が作った乗り物が結構飛んでた、カナ?」
「あぁ、そう言えば船みたいなモノが飛んでおったのぉ」
「えっ?二千年前には飛空艇があったの?そ、その話……く、わ、し、くっ!」
聞き捨てならない二人の会話に、シズクは鬼気迫る勢いで二人に詰め寄る。
「お、落ち着くのじゃ、主よ!」
「マスターって、珠に人が変わる、カナ?」
「それが主様なのですよ」
落ち着くよう3人に諭され、シズクは深呼吸をして心を鎮める。
そして、3人の口から語られた二千年前の光景は驚くべきものであった。
なんでも、二千年前には大型の帆船が普通に空を航行していたらしい。
さすがに街の生活までは知らないようだったが、飛行船の技術レベルから想像するに、前世の地球に比する生活水準にあったのではないかと想像が付く。
「なにそれ、スゴイ!!……超ファンタジーじゃん!」
惜しむらくは魔人戦争と呼ばれる戦いで古代の文明が滅亡してしまったことだろう。
「魔人って……サクラ達に出会った時の悪魔みたいな奴の事だよね?」
それほど進んだ魔導文明が滅びてしまったのだから、魔人戦争はかなり苛烈な戦いだったのだろう。
魔人との戦闘経験があるだけに容易に想像がついた。
「そうじゃな……アヤツで上の下って存在じゃな」
「あの連中……自分等の強さを示すのに爵位を使っていましたの」
「確か……伯爵とか言ってた、カナ?」
「うわぁ~、アレで上の下とか……考えたくないんだけど……」
聞けば、上にはまだ公爵と候爵が控え、更に上に王と呼ばれる超常の存在がいるらしい。
因みに、子爵と男爵が中位、騎士爵と士爵が下位の魔人なのだそうだ。
「この大陸にはあと3匹ほど封印されておるのぉ」
「2ヵ所は王種が守護してるから大丈夫だとは思うけど……エルフ達が担当してるところはちょっと心配、カナ?」
「聖樹は気分屋ですの……ウチが口を出すと直ぐ怒るから嫌いですの」
「アヤツは頭が固いのじゃ」
「激しく同意、ボクも彼女は苦手、カナ?」
3人の間で交わされる話にフリーズするシズク。
「お伽話って聞いてたけど……普通に居るんだエルフ……ならドワーフとかも居たりして……」
世間話でポンポンと新事実を披露するのは止めてもらいたい。
情報過多で頭がパニックになりそうだ。
因みに、ドワーフは遥か北の地に住んでいるとのことだ。
(この様子だと……まだまだとんでもない話が飛び出して来そうだよね……)
彼女達にとっては常識でもシズクにしてみれば非常識な知識がまだまだありそうだ。
その事については、いずれゆっくり話し合うとして……今日の主題は飛空艇だ。
「その飛空艇?飛行船?っていうのは残ってたりしないのかな?」
「さぁな……例外の1人を除いて、人の子には全く興味もなかったしのぉ……」
「地下に街を作っていた人の子もいましたの……もしかしたら、壊されずに残ってる場所があるかもしれませんの……」
「う~ん……ドワーフに聞けば何か分かるんじゃない、カナ?」
ツバキの言う通り、地下施設ならば戦火を逃れた可能性が高い、この国の北部にも古代の遺跡が見つかっている。
ワンチャン探してみるのもありだろう。
(北の地で見つかったっていう遺跡に行けば……何か手掛かりがあるかも……)
ただ、国が厳重に管理しているといった話を聞いたことがあるので、平民のシズクが遺跡を調べるのは不可能だろう。
何かしらの対策を考えなければならない。
「遺跡についてはまたゆっくり考えるとして……今日は浮遊石の研究をしようかな」
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それから凡そ3日間……シズクは浮遊石の性質について実験を重ね、そのデータ解析に明け暮れた。
その結果判明した浮遊石の主な性質は以下の3つ―。
ひとつ――魔力を込めると宙に浮かび、魔力がある限り静止した状態で滞空し続ける。
そして、一定量を下回ると緩やかに下降を始め、完全に失くなると動かなくなる。
ひとつ――浮かぶ高度は込められた魔力圧に比例し、後から圧を加えても高度を変える。
ひとつ――浮いた状態で一定の周波数の魔力を浴びせると運動エネルギーが生じる。
その挙動は周波数と強弱によって一定の法則がある。
「立体運動に関する部分に少し手を加えれば……飛行ユニットの魔法式がそのまま転用できそうかな……飛翔馬の魔法式を見ることができたら良かったんだけど……こればっかりは仕方ないかぁ~」
飛翔馬の技術は軍事機密にあたる。
参考にしたくても、平民のシズクには天地がひっくり返っても無理な話である。
因みに、シズクが考案した飛行術式は現状で既に古代文明の上位互換であり、飛翔馬に使われている技術はとても飛行術式とは呼べないお粗末な代物なのだが……。
幸か不幸か、シズクがその事を知るのはかなり後の事になる。
「て言うか……これって、飛行ユニットに浮遊石を組み込めば、大幅に魔力が削減できるって事よね……」
術式を部分的にマクロ化すれば細かい魔力制御の必要もなくなりそうだ。
「制動と離着陸についてはそのまま術式が使えるとして……事故には備えておく必要があるよね……?」
いずれにせよ、衝突と墜落事故に対する安全策は必須だろう。
それに飛ぶことに慣れていない者が使えばパニックになる恐れもある。
万一に備え、操作をカットして強制着陸させる自動プログラムも必要だろう。
そして、安全プログラムと検証に2日、製作に3日かけて飛行デバイスが完成した。
「なぁ、シズクの嬢ちゃん……まさかとは思うが、アタイの分もあるのかい?」
そう言って青い顔をするのは豪腕の女戦士、女豹の牙のルーナだ。
翻ってミャアとリリィは楽し気だ。
「つ、ついにこの日が来たっス!ミャアは今日鳥になるっスよ!!」
「……うん……これでお泊まりに行ける……すごく楽しみ……」
殊にミャアのテンションが半端ない。
余程、空を飛ぶことに憧れがあるのだろう。
(リリィさんは……飛ぶことよりも、それにより生じる恩恵の方に重点がありそうね……)
ともあれ、試験飛行にはルーナも強制的に参加してもらう。
飛行に対して恐怖を感じる人のデータも欲しいし、万一パニックや気絶した場合の安全プログラムの動作確認もしたい。
万一に備え、シズクが遠隔操作できるように外部干渉デバイスも準備してあるので事故の心配はない。
「飛行ユニットの展開と解除、それと離着陸については音声入力で自動化してあります……初期設定の滞空高度は地表から20メートルです……高度を変更したい場合は……」
魔導具の見た目は浮遊石が填まったただの腕輪だが、起動すると背にメカニカルな半透明の羽が展開され、制御用のバイザーが頭に装着される。
バイザーには高度、速度、座標といった飛行に必要な数字に加え、後方の映像が表示されるようになっている。
また、バイザーにはジャイロが内蔵されており、顔を向ける方向によって、旋回、上昇、下降が可能になっている。
飛行速度に関しては微速飛行、巡航飛行、高速飛行の3段階を登録してあり、音声入力で変更できるようにしてある。
因みに、速度はそれぞれ、50km/h、150km/h、300km/hである
また、視界に障害物を検知すると自動で回避行動をとるように設定してあるので、例え寝落ちしたとしても事故の心配はない。
更に言えば、羽が大気中の魔力を吸収するので、微速飛行ならば半永久的に飛び続けることが可能だ。
「どうしても若干のタイムラグが発生するので、旋回するときは慣れが必要かも知れないです……」
念のため限界Gも設定してあるので急な方向転換はできないようになっている。
「嬢ちゃんが、しっかり安全対策をしてあるのは理解したけど……小難しくてアタイは頭がパンクしそうさね」
「シズシズが何言ってたのか全く理解できなかったけど……ミャアはしっかり理解できたっス!早速飛んでみるっス!!」
「……習うより……慣れろかな……」
約一名、とんでもない何かをやらかしそうだが、リリィの言が正しい。
飛行技術に関しては慣れてもらう他ない。
それから凡そ30分後――飛行試験は何の問題もなく進んだ。
「ミャアは鳥っス!!今、鳥になったっス!!鳥にとっては当たり前のことでも、ミャウにとっては大きな飛躍っス!!」
「……うん……とても気持ち良い……これは病み付きになる……」
バイザーの通信機から二人の声が響いた。
どこぞのストロングな船長をを想わせる台詞はともかく、視界の彼方には大空を優雅に飛行するリリィと曲芸飛行さながらに旋回と上昇下降を繰り返すミャアの姿が映る。
「ば、バカを言うんじゃないよ……人は空を飛ぶようには……できちゃいないよ……あ、あの2人が特殊なだけさね……」
シズクの傍らには仰向けに寝転がり、荒い息を吐くルーナの姿がある。
「……だ、大丈夫ですか、ルーナさん……お水でも持ってきましょうか?」
まさか、ルーナが処女飛行で全ての安全プログラムを作動させるとは思ってもみなかった。
(アタシとしては……動作確認ができたことは喜ばしいけど……)
幸い3人とも飲み込みが早く、揃って類い稀な運動神経をしているので飛行自体には問題なさそうだ。
ただ、高所恐怖症が判明したルーナについては今のところ少しずつ慣れてもらうより他はない。
(古代文明の飛空艇が見付かれば一番良いんだけどな~)
まだ見ぬ飛空艇に思いを馳せ、シズクは本格的に遺跡探索にでも出掛けてみようかと心に野望を抱いていた。
この日、再挑戦を挑んだ某女ハンターが涙目で女性らしい可愛い悲鳴を上げていたことは、本人の名誉のため名を出すことは控える。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




