24 紅髪の聖女
西の古狸――ダリル・ノル・ゼピュロスは深い思考の海を一人漂っていた。
重厚な執務机の上には報告書の束が五つ、案件別に重ねて置かれている。
傍らには長年右腕と頼む家令のポールが控え、主の思索の邪魔にならぬようにと、音も立てずに茶を用意をしている。
本来給仕は家令の仕事ではないのだが、主従双方が望んでのことだ。
「旦那様、もしや先のリクームの件でしょうか……」
「ふむ、今は他にも色々と抱えていて忙しいと言うのに……愚か者が厄介な事件を引き起こしてくれたと頭が痛くてな……小者が足を引っ張ってくれるわ」
当初、疫病だと思われていたリクームの案件は、蓋を開けてみれば禁呪指定された呪術であったと判明した。
首謀者は薬師ギルドのマスター、トーマス・キンドルと薬師のクルト・ブラウンである。
関係者の証言から目的は利権や地位を守るためであったと推察されている。
推察というのは、当の本人が死亡しているからだ。
「1万人以上の呪いが返って来たのだからな……愚かな行いの報いを受けて余りあったであろうよ」
「聞けば、どちらも凄まじい形相で亡くなっていたようですね」
余程の苦しみを受けたのであろう。
掻き毟った喉や上半身は血だらけで、部屋の有り様から長時間もがき苦しみ悶死したであろうといった報告を受けている。
呪毒の精製に関わった数人の薬師も、命こそあるものの廃人のような状態らしい。
「使えぬ者だからと、この地を左遷先に選ぶような愚かな真似をするとは……薬師ギルドは余程腐っているのでありましょうな」
「ふふっ、良い機会だ……王都の膿を残らず出してしまうように、陛下に進言するつもりだ」
「ギルド本部で厳重に管理してあったはずの触媒が紛失したのです……グランドマスターとて知らなかったでは済まないでしょうな」
呪いに使った触媒の入手経路は突き止めてある。
さすがに潰すのは不味いが、この事件を機に、薬師ギルドは全く別の組織に生まれ変わるであろう。
「しかし……げに忌々しい行いではあるが……不世出の傑物を世に解き放ってくれたことには感謝せねばなるまいな」
「『紅髪の聖女』ですか……調べたところ、浄化の魔法が使える高位の神官は王都の聖教会に在籍する老司祭一人のみでした……一体何者なのでありましょう」
「さてな……1万人以上の呪いをたった一人で解呪したと言うのだから優れた神聖魔法の使い手であることだけは間違いあるまい」
聖教国は神聖魔法の技術を秘匿し、使い手を全て抱え込んでいる。
しかも、浄化魔法の使い手は少ない。
希少であるが故、聖教国は浄化魔法の使い手をしばしば外交手段として用いる。
「もし、その少女が聖教と関わりないのであれば……教国は全力で取り込もうとするであろうな」
「しかも……あれほど規格外な使い手なれば、教皇ですら足元に及ばぬでありましょうな」
聖教にとって神聖魔法は存在意義その物と言っても過言ではない。
面子を保つため、己が威信に懸けて何がなんでも件の聖女を取り込もうとするはずだ。
「あの狂信者どもは神の名さえ出せば何をしても良いと本気で考えておるからな……全く始末に負えん……」
「公爵家に取り込むべく聖女殿と接触を計ったのですが……一目会うことも叶いませんでした」
「ククッ……あのマリア嬢が匿っているのであろう?赤髪ということは彼女の血縁の可能性もあるやもしれんな」
「……マリア殿であれば、狂信者どもに易々と聖女を奪われないとは思いますが……よろしいので?」
もちろん、ダリルとしてはゼピュロス家で抱え込んでおきたい。
そんな稀有な存在を他者に譲るなどあり得ないだろう。
だが、下手を打って他領に逃げられては目も当てられない。
「ふむ……良くはないが我が領地に居てくれるのならば今のところは『隻眼の鬼女』殿にお任せするとしよう……聖女殿はまだあの街に居られるのだろう?」
「はい……今のところ、リクームの街を出た形跡はございません」
当面、警戒すべきは聖教国がどういった行動に出るかだ。
懐柔策は聖女がどのような人物なのか分かってからでも遅くはない。
「ただ……ひとつ、気がかりな事が……聖女の容姿に関してなのですが、聞く者によって話が微妙に異なり、しかも曖昧な証言が多く……似顔絵すら用意できておりません」
意を察したダリルがピクリと眉を揺らす。
「それはつまり……聖女殿が認識阻害の魔法を行使している……もしくは類する魔導具を所持していると言いたいのだな?」
「……おそれながら……」
認識阻害の魔法は浄化と並ぶとても稀有な魔法だ。
精神に干渉する魔法は高度な知識と技術を要するため使い手は少ない。
その魔導具ともなれば魔法鞄を凌ぐ希少価値がある。
家令のポールは背後にかなりの有力者が控えているのでは?と言いたいのだろう。
(そう言えば……ロイエンタール伯の一族も皆赤い髪をしていたな……たしか、卿の娘御はリリーナと言ったか……聖女殿とは年や背格好が近いとは言える……が、断言はできぬな……)
ダリルの考えを見透かした家令が補足して言う。
「マリア殿はボレアース家に仕えていた騎士家の出だったはず……そちらの線もございます」
「ボレアース家か……」
北の公爵と言われたボレアース家の取り潰しにはダリルも深く関わっているので聖女がボレアス所縁の者となれば厄介な事になりそうだ。
(まぁ、今は静観するより他はないか……)
もちろん、静観はすれど放置はしない、聖女の身元について詳しく調べるよう家令に命じておく。
「して……秘匿された遺跡と銀の妖精姫に関する調査はどうなっている」
「はい……諜報部隊を総動員して調査しておりますが……今のところ、王家が遺跡を秘匿しているという証拠は何一つ見つかっておりません」
矍鑠とした老紳士が更に続ける。
「銀髪の遺物使いについても同様です……ですが、ランドール伯の部下が彼女の行方を探しておりますれば……おそらくは……」
「つまり、妖精姫は王家とは縁も所縁もないと言いたいのだな?」
「御明察にございます」
ランドールは王家の……カイゼルト3世の懐刀だ。
あの男の配下が探しているのだとすれば、噂の妖精姫が王家の秘密戦力だという線は消える。
「だがそうなると……どこの何者なのだ?という話に行き着くな……」
「『紫電銀姫』に『紅髪の聖女』……あれ程稀有な能力の持ち主が立て続けに現れるとは……本当に何者なのでしょう……」
「古来より、悪しき者現れる処に英雄が生まれると云う……」
ダリルとしては凶兆でないことを祈るばかりだ。
「それとサンドール伯爵が病に倒れた件ですが……療養は口実で何かしらの失態を犯して幽閉されている可能性が高いと報告を受けました」
「あの大賢者殿がか?」
「タイミング的に考えて、件の『紫電銀姫』と何かしらの関係があるのではと愚考いたしております」
あれだけの功績を打ち立てた賢者を拘束するとなれば、反逆罪くらいしか思いつかない。
「ふむぅ……そんな大それたことを企てる器量も度胸もあの御仁にあるとは思えぬのだがな……」
「はぁ……それはつまり、大賢者殿は旦那様のお眼鏡に適うような人物ではないと仰られるので?」
何度か面識はあるが、あの者を一言で表すなら「小さい男」である。
俗物的で人一倍虚栄心が強そうな狭量な男だった。
「例え明晰な頭脳と類い稀な才を持っていたとしても、それが素晴らしい人物とは限らんということだ……神は人に二物を与えんという良い例じゃな」
かなり派手に遊び歩いているという話も聞く、私生活は酷い有り様なのだろう。
いや、天才だからこそ普段の生活も常軌を逸しているのかもしれない。
「それはさておき……賢者殿が不在となれば影響が大きいのではないか?」
「はい……賢者殿の姪御が代理を務めておられるようですが、研究所は事実上活動休止状態にあり、その煽りをうけた軍工房が休工を余儀なくされております……その影響は程なく前線でも受けると思われます」
「それは厄介な事になったではないか……武闘派の連中が先走った事をせねば良いが……」
「ゼピュロス家としてはどのように行動すれば良いでしょう?」
三公派と言わないところがポールらしいとダリルは笑みを浮かべる。
「ともあれ、早急に大賢者殿にまつわる情報を集めよ、もちろん銀の妖精姫に関する情報も忘れるなよ……有能な人物はなんとしてもこちらに引き込んでおきたいからな」
「畏まりました」
公爵家の中で唯一遺物使いを保有していないゼピュロス家としては、この機会に『紫電銀姫』を囲い込んで手元に置いておきたいところだ。
(ふふっ……聖女も懐柔できれば言うことないのだがな)
渡された茶を啜ると、西の古狸と呼ばれた男は再び思索の海へ深く沈んでいった。
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一方、その頃王宮では――
見目麗しい少女が花が咲き乱れる美しい庭園で午後の一時を楽しんでいた。
四阿で茶を嗜む少女の傍らには給仕のメイドの他に、護衛の女騎士が控えている。
「その噂の聖女とは……どのような方なのですか?」
彼女の名はサマンサ・ヴァン・カイゼルト――第二王女にして遺物使い、翠玉の名を持つ魔法少女である。
「父の話によれば、血のような深紅の髪をした美しい少女とのことです……小柄で華奢な体型からまだ未成年ではないか、と陛下と宰相閣下が話しておられたそうです」
女騎士の名はエクレア――近衛騎士団長、ライナス・ルード・キルギス伯の一人娘だ。
「ねぇ、エクレア……お父様と宰相様……モンテール叔父様は聖女をどうすると思う?」
「神聖魔法……それも希少な浄化魔法の使い手となれば王宮に招いて厚く遇するのでは?」
「まぁ、普通に考えればそうよね……カイゼルトとしては是非とも抱え込んでおきたい人材だわ……でも聖教国がそれを黙って見ているかしら……」
レミナス聖教国にとって神聖魔法は国力その物だ。
彼の国には資源や産業、それに特産物も何もなく、周辺国から集まるお布施と巡礼に集まる信者が外貨を得る主な手段である。
それ故、周辺国へ意欲的に布教活動を行い、神聖魔法の素質がある子供を神より祝福を受けた子供だとして、半ば強引に教国へと連れて行ってしまう。
幾ばくかの金銭を家族に渡しているようだが、その行いは神の名を借りた人買いに他ならない。
それを苦々しく思っても、神聖魔法を盾にされると周辺国は黙るより他はないのだ。
「先頃、ルーファス司教が陛下に謁見を求めたと聞きました……なんでも、可及的速やかに伝えたき議があるとか……」
「まぁ、司教様は本当に耳がお早いのね、うふふ……目的はそうね……聖女に関する情報の公開と身柄の引き渡し……といったとこかしら……」
サマンサの左手に填まる遺物――翠玉の腕輪の権能は『活性』と『停滞』……。
極限を越えて細胞分裂を活性化させることにより、四肢の欠損は元より、致命傷すらも瞬く間に癒してしまう。
逆に生命活動を停滞させることで強力なデバフを敵方にもたらす、謂わば補助魔法のエキスパートである。
「私が聖女を名乗ることは頑なに認めようとしないのに……可笑しなものよね」
「全くです!……聖女の呼び名は、お姫様にこそ相応しいと言うのに……」
「私の治癒魔法が彼らの云う神聖魔法と似て非なる物だからでしょうね」
突き詰めれば根底にある理論は同じだと思うのだが、教国は自分等が理解できない理論は神聖魔法に非ずと頑なに拒絶する。
魔導具を媒介にしていることも要因の一つと挙げられるだろう。
「でも……噂の聖女様は本当に神聖魔法が使えるのかしら……」
「……お姫様は『紅髪の聖女』が偽物だと仰られるのですか?」
遠く庭園を見つめる主の横顔を、エクレアが訝しげに見つめる。
「いいえ、私が言いたいのは、その聖女様が使う魔法は神聖魔法であって神聖魔法でないということよ」
「……それは一体、どういう意味でしょうか?」
主の不可解な物言いに、女騎士が小首を傾げる。
「ふふふっ……考えてもみなさいな、神聖魔法は教国がその凡てを厳重に秘匿しているのよ?ぽっと出の少女が使える物なのかしら……それも希少な浄化魔法なのよ?」
しかも、伝え聞く話が本当ならば教皇でさえその足元にすら及ばない。
仮に出奔した神官というのなら、教国が把握していないのはおかしい。
それにサマンサの治癒魔法にも同じことが言える、教国の神聖魔法など及びもつかない域にあるのだ。
「つまり、お姫様は……聖女様が遺物を所持している……そう考えておられるのですね?」
「もちろん確信があるわけではないわ……もし、そうでないなら……聖女様は地母神レミナスが使わした使徒様ではないかしら……」
冗談を口にしながらも思考を続ける王女。
(きっと、お父様とモンテール叔父様も私と同じ事を考えているはず……)
サマンサの立場も微妙だ。
これまで教国が強く言って来ないのは王女という立場があるからに他ならない。
もし、件の聖女が市井の出となれば、教国が強引な手段に訴える可能性は高い。
「聖教国との関係を考え直す良い機会なのかもしれないわね……ふふふっ、次王となるランスロット兄様は大変な舵取りを迫られそうね」
(しかし……『紅髪の聖女』かぁ……どんな方なのでしょう……是非、御会いしてみたいですわね)
紅く美しい髪が風に靡く様を思い浮かべ、来月成人を迎える少女は花の顔を綻ばした。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




