23 パンデミック
ルーナから疫病の報せを受けたシズクは1日かけてでき得る限りの準備をした。
だがしかし、シズクは医療の専門家という訳ではない。
前世の知識を総動員して準備したとしても一般常識の範疇を出ないのだ。
それに、魔法とても万能ではない……どうしてもできることは限られる。
(問題は何が原因の感染症かによるんだよね……)
細菌性疾患ならば何とか対処可能だが、ウィルス性疾患だった場合、シズクではどうにもならない。
患者の免疫力を高めることくらいしか思いつかなかった。
(サクラ達に手伝ってもらって抗菌薬は精製できたけど……服用量が分からないのが怖いな……人体実験なんてマッドなことはしたくないしなぁ……)
ドライア三人娘の手を借りて、アオカビを培養して大量にペニシリンを精製することには成功した。
もし、感染症の原因が細菌ならば抗生物質は特効薬となり得るのだが、素人のシズクには肝心要の服用量が分からない。
なので、最悪手探りの治療になってしまう……人の命が懸かっているだけに重圧で胃に穴が開きそうだ。
待ち合わせの場所に到着すると、既に女豹の牙の三人が街道脇に停めた魔導車の傍で待機していた。
「よう、待ってたよ、シズクの嬢ちゃん!」
「かぁ、やっぱカッコいいっスね!ミャアも空を飛んでみたいっス!」
「……うん……シズシズは天使……」
街から遠く離れた郊外なので、周囲に人目は皆無だ。
地表に降り立ち、飛行ユニットを解除する。
「……お待たせしました、皆さん」
「しかし、何度見ても人が空を飛ぶ光景は慣れないねぇ……」
「何言ってるんスか、ルーナだって飛んで来たっスよ?気絶してたけど……」
「……その羽は……妖精の方が似合うかも……」
「あはは……で、できれば天使も妖精も……恥ずかしいから、やめて欲しいかな……」
相変わらずの三人に、少し緊張が解けてシズクは少しホッとする。
「早速リクームに向かうよ……ただ、街は閉鎖されてるから、一度入ったら出られなくなるからね」
「ミャア達は2日前から街の外で野営してたっスよ」
「……領兵が出張って来てる……」
聞けば街は領軍によって封鎖され、唯一南門だけが開いている状態らしい。
それも厳重に監視されており、入ったら最後……街から出ることは一切できないとのことである。
車中で街の状況を聞きながらリクームへ向かう。
南門は厳重に封鎖されていたが、話が通っているらしくすんなりと通過できた。
最初に向かったのはハンターギルドだ。
執務室を訪ねると、隻眼のギルマスが待ってましたとばかりに手を握って歓迎してくれる。
「良く来てくれたね、嬢ちゃん……感謝するよ」
「……だいぶお疲れみたいですね」
「はははっ……これでも体力には自信あったんだけどね……レンジの奴に比べたら幾分ましさね」
彼女の視線の先を見れば、眼鏡の青年がテーブルに突っ伏して爆睡していた。
何でも、ここ二日ほど対応に追われ徹夜続きだったとか……。
「色々準備してきましたけど、その前に……詳しい話を聞かせて貰えますか?」
「あぁ、分かってる……いつまで寝てんだい、しっかりおし、レンジ!」
「ふぁいっ……すんません、姉御!!」
喝を受け飛び起きて『気を付け』の姿勢を取る青年……最早、脊髄反射レベルで仕込まれているらしい。
周囲を見回してシズク達の姿を確認した青年は、自分が置かれた状況を理解したようで街の様子を詳しく語ってくれた。
「病人は各診療所、聖教会……それに地区の集会所で隔離して対応してます」
話によれば、解熱薬を使っても効果は薄く、一時的に熱は下がっても三十分と持たずにまた高熱がぶり返してしまうらしい。
今は重症の患者を優先して、体力回復の魔法薬で何とか持たせている状態のようだ。
(あの薬で熱が下がらないなんて……感染症にしてはおかしくないかな……)
「それはどういう意味だい?」
声に出ていたらしく、女豹の牙の三人とマリアとレンジの二人がシズクの顔を訝しげに覗き込んでいた。
その圧にやや気圧されながら、シズクは思った事を口にする。
「熱が出ること自体はおかしいことじゃないんです……免疫が身体の中で病原体と闘ってるから……」
しかし、三十分も持たないというのは明らかに異常だ。
魔法が存在する世界だから一概に断言はできないが、一般的な感染症とは違うのかもしれない。
下手をすれば虎の子として用意した抗菌薬が役に立たない可能性がある。
「患者さんに会わせて貰えますか?……できれば重症の方をお願いします」
「それなら知り合いの治療院が丁度良いさね……あそこは下町にあるからね、重症の病人が集まってる」
マリアの案内で連れて行かれたのは街の西にある比較的貧しい者が居住する地区だった。
治療院と呼ばれた施設も古めかしく、聞けば倉庫を改装して造ったのだとか……。
だが、外見とは裏腹に建物内は小綺麗で隅々まで掃除が行き届いていて清潔な状態が保たれていた。
おそらく、治療院の主が医療に対する確かな知識を持った者なのだろう。
ただ、今は廊下にも患者が溢れ、さながら野戦病院のような有り様である。
白衣にマスクをした治癒師が忙しなく看護している。
「ようロダンの爺さん、お前さんが会いたがってた薬師様を連れてきてやったぜ」
マリアがそう声を掛けた途端、机に向かって書き物をしていた老人がガバッと顔を上げた。
それは胸まで届く真っ白な顎髭を生やした翁だ。
翁はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きると脱兎の如き速さでマリアの前に立つ。
「おぉぉ……そなたが神の手を持つ薬師様じゃな?」
来訪者を一通り見渡した視線がシズクのところでピタリと止まる。
「如何にしてあのような神薬を造り上げたのか、是非ともこの老骨に御教授頂きたい……願わくば儂をそなたの弟子に……」
「いい加減におしよ、爺さん!今はそんな場合じゃないだろ?」
マリアが床に膝を突こうとする翁を押し止めて言う。
老爺が「儂としたことが何たる無礼をしたことか」と我に返る。
そのやり取りに当のシズクはタジタジだ。
(こ、このお爺さんがここの責任者みたいだね……なんとなく仙人みたい……)
ともあれ、マリアが訪問の理由を告げると、場所を移してロダン氏が詳しく説明してくれた。
「では、誰一人咳をする患者はいないんですね?」
「その通りですじゃ……咳はおろか、下痢や腹痛、吐き気を訴える者もおりませぬ……薬神の御使い様が精製された神薬をもってしても高熱が治まらず……ほとほと困り果てておりますわい……」
聞けば聞くほどに感染症の疑いが消えていく。
毒や食中毒の可能性もなさそうだ。
それはともかく……。
「あのぉ……できれば、その『御使い様』ってのは恥ずかしいのでやめて下さい……あと、丁寧な言葉使いも止めて頂けると……」
「何を仰られる、我が師よ!師に対してその様な無礼な振る舞い……儂にはとてもできませぬ」
(うん……ダメだコレ……気にしたら負けなヤツだ……)
それ以上言うことは諦め、シズクは重症患者を一人、診察室に運んで貰う。
治癒師にも退出して貰ったので診察室に留まるのは責任者のロダンと患者を除けば皆シズクの関係者だ。
できればマリアにも遠慮して貰いたかったのだが、依頼した以上最後まで見届けると言って頑として聞かなかった。
因みに、レンジは扉の外で番犬をしている。
「師よ……口当ての布は分かりますが……この厳つい眼鏡は何のためですかな?」
皆に渡したのは感染対策にと持参した防護マスクと防護眼鏡だ。
飛沫を介した空気感染だと、目の粘膜からも病原体が体内に侵入する可能性があるので、昨日急いで錬成した物である。
余談だが、シズクは王都を出てから擬装眼鏡を一度も使っていない。
「おぉぉ、目から鱗が落ちる思いですぞ!さすがは我が師、感服いたしました!」
ロダンをスルーしてシズクは肩から掛けていた魔法鞄から警棒のような形をした魔導具を取り出した。
それは毒素や人体に害となる異物を検知する魔導具だ。
(やっぱり毒や感染症の可能性は低いかも……)
念のため呼吸器系だけでなく全身も調べてみたが反応したのは足にあった水虫菌くらいだった。
アミノ塩基の異常な複製時に生じる微弱な魔力を検知しているで、どちらにも対応してると思う。
がしかし、なにぶん徹夜で急造した魔導具なので不具合はあるだろう。
(でも、指標にはなると思う……明らかな感染症の症状もないし……となると、仕方ないかぁ)
人の命を前にして自重だ何だと言ってはいられない。
「サクラ、ツバキ、アヤメ……お願い、アタシじゃ助けられない、手を貸して……」
呟くように言った次の瞬間……ポンポンと音が聞こえそうなエフェクトを発しながらドライアが姿を表した。
念のためにと、シズクが連れてきた助っ人三人娘だ。
「「「「「なぁっ!!」」」」」
突然の出来事に、驚嘆の表情を張り付けたまま固まる面々。
ただ一人……白髯の翁だけがいち早く平常を取り戻し、ドライア達を興味深そうにしげしげと眺める。
「ほ、ほほぅ……これはこれは……もしや、精霊ですかな?」
「妾の主を敬う心は褒めてやるが……そう気安く近づくでない」
「このお爺ちゃん、ウザいのですよ……何とかして欲しいのです」
「マスターの弟子なら、ボクにとっては弟弟子になるの、カナ?」
「ふむ……主と言うからには我が師と召喚契約をしておるのですな?これは真に興味深い」
姦しい三人のやり取りに他の面々が再起動する。
「「嬢ちゃん、なんだいそのちっこいのは?!」」
「ニャハハッ……ミャアはもう驚かないっスよ、空を飛ぶことに比べたらどうってことないっス」
「……うん……シズシズならなんでも有り……問題ない……」
口調も仕草も完璧にシンクロする赤髪の親娘。
方や、ミャアとリリィはマイペースだ。
「「問題大有りさねっ!!」」
扉の外で騒ぎを聞き付けたレンジが入って来ようとしたが、直ぐ様マリアに叩き出されていた。
「主よ、そこな人の子は病ではないぞ?」
「呪いの嫌な魔力がぷんぷんしてるのです!」
「嫌な気配が街中に漂ってるよね……術者は街の中にいるの、カナ?」
「えっ?!……呪い?」
呪いに関する書物は学生時代に図書館で読んだ記憶がある。
理論的には魔導具や魔法薬を作るのと同じだが、特殊な触媒を必要としたはずだ。
「我が師よ……病でなはなく呪いが原因となれば治癒師の我々ではどうにもなりませぬぞ……聖教の神官に解呪を頼まねばなりません」
マリアが補足するように続ける。
「呪いとは厄介な事になったじゃないか……しかも、解呪ができるような高位の神官となれば、国から聖教国に依頼して貰うしかないさね」
「じゃぁ、街の人はどうなるんスか?」
「……どんなに早くとも……一月は掛かる……」
居合わせた面々の顔に暗澹の色が浮かぶ。
高熱のにうなされて一月持つ人間などいない、例え命が助かったとしても重い後遺症を負うことになるだろう。
「とすれば……残された手段は呪いを掛けた元凶を見つけるしかないね」
「手懸りでもあるのかい、お袋!」
「そんなもん、ある訳ないさね……」
とそこへ……。
「妾の主ならば解呪なぞ造作もないことじゃぞ?」
「そんなちんけな呪い、ウチの主様に掛かればチョチョイのチョイなのです」
「ボクのマスターは無敵、カナ?」
「「「「「…………は?」」」」」
投下された爆弾発言に一斉に間抜けな声を上げる一同。
当然のように、そこにはシズクも含まれている。
「そ、それは真ですか、我師よ?!」
「いやいや……何を言ってるのかな?アタシにはそんなことできないよ?!」
疑問を呈するシズクに、三人娘がさも不思議そうに首を傾げる。
「何を言っておるのじゃ、主よ……自宅の蛇口に高位の浄化魔法が付与してあったではないか」
「排水の方にも同じ魔導具が設置してあったのですよ?」
「というか……マスターは日常的に浄化の魔法を使いまくってる、カナ?」
「え?……アレは生活魔法じゃ……」
とても便利な魔法なので朝昼晩と何かにつけてお世話になっている。
魔力も殆ど使わないので息をするように使っていたから、今ではシズクが最も得意とする魔法の一つとなっている。
「何じゃ、知ってて使っていたのではないのか?」
「ふっふ~ん……ウチの主様は規格外ですの!」
「無自覚無双……さすマス、カナ?」
「ほぉ、さすがは薬神様の御使い!一番弟子として儂も鼻が高いですぞ!」
得意顔で話す三人娘と空気が読めない翁が約一名……残りの面々は皆呆れ顔だ。
その温度差がシズクにはなんとも居心地が悪い。
「「「「「「………………」」」」」」
そこへ、隻眼のギルマスが場を収めるように口を開いた。
「……シズクの嬢ちゃん……その生活魔法とやらを街の連中に掛けてやっちゃくれないかい?」
「……はい……よ、喜んで……」
二日後、リクームの街に出されていた戒厳令が解かれた。
更に数日後、国中に『紅髪の聖女』の噂が広がる事になる。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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