22 暴走
薬師ギルドのマスター、トーマス・キンドルは焦っていた。
制裁措置を加えたというのに、あれからハンターギルドが泣き付いて来る事はなく、それどころか音沙汰すら何もない。
逆に薬草が手に入らない事でこちらが追い詰められている。
街の住人からは薬が手に入らないと苦情が殺到し、ギルドに所属する薬師からも素材がなくては生薬の精製ができないと文句の声が上がっている。
「あのぉ、マスター……薬師の連名で陳情の文が届いています」
サミアから渡された封筒を開けてみれば、そこには素材が手に入らない事への苦情とハンターギルドとの関係を修繕すべきでは、といった提案が湾曲に書き記されている。
最後に記された名はどれも個人で薬剤店を経営する薬師だ。
「愚か者めが……こちらが折れて足を運べば足元を見られるだけではないか」
下級貴族とは言え、トーマスは子爵家の三男……爵位こそないが歴とした貴族の一員である。
あの女マスターに……それも野蛮で粗野な平民に頭を下げるなどプライドが許さない。
「大手の薬剤店はまだ在庫があるようですが……個人経営の方々はハンターに依頼を出して薬草を手配しているようです……」
個人で依頼を出せば余計なコストが掛かる。
材料となる薬草の単価が上がれば、当然利益は下がる。
「チッ……誇りの欠片もない奴らめ、目先の損失に目が行き大局を図れんとは何と愚かな……事が終わったら相応の制裁を与えてやる」
薬師ギルドに個人的な仕入れまで口を挟む権利はない。
だが、暗黙の了解としてギルドマスターの意向には従うべきであろう。
(げに忌々しきはハンターギルドだ!)
更に業腹なのは薬不足を理由にハンターギルドが生薬をハンターばかりか、街の住人にも配り始めた事だ。
緊急事態のため一時的な措置だなどと宣っているが、薬師ギルドにしてみれば権利侵害も甚だしい。
しかも、相場よりもかなり安価で提供しているため薬師ギルドの保証がなくとも住人の受けは良い。
「例のハンター見習い……薬師の小娘を引き抜く策はどうなっている……懐柔できたのか?」
「そ、それが……護衛に付けられたハンターに邪魔されて接触すらできない有り様でして……」
おずおずと報告を口にする女性職員にトーマスは青筋を立てる。
「そもそも、今の状況は受付をしたお前が金の卵をみすみす逃した結果、招いたものではないかっ!」
「で、ですが……紹介状を持たないような怪しい輩は追い返せと……マスターが……」
「だとしても、その薬師の小娘は魔法薬を売りたいと申し出ていたのだろ?何故、鑑定しなかった……確認を怠っていなければ結果は違ったのではないか?」
確かに身元の不確かな者は排除しろとは言い渡してあった。
だが、受付の職務を怠って良いとは言っていない。
(チッ……見てくれが良いだけの無能な女だ、使えん奴め……)
そんな体制を築き上げたマスターにこそ責任が集約されるのだが本人にその自覚はない。
情報屋の連中を使ってハンターギルドに出入りする薬師を調べさせたところ……つい最近見習いハンターとして登録した少女が怪しい、といった報告が上がって来た。
しかも、その少女はハンターギルドに登録する前日に薬師ギルドを訪れていると言うではないか……。
当日受付を担当していた職員を問い詰めると、あっさりと事情が知れた。
(聞けば、その小娘の魔法薬はリクームの薬師どもが精製した物とは比べ物にならんほどに上質と言うではないか……そんな有能な者をあの女オーガに奪われるとは……クソ忌々しいっ!)
そんな有能な者を囲い込めていたら、どれほどの恩恵を受けたことか……。
リクームの薬師ギルドはさぞや名を上げたことであろう、その報は直ぐにも王都へ届くはずだ。
当然、その功績はギルドマスターである自分の物でもある。
そんな絶好の機会を逃してしまったのだと思うと、野望を抱くトーマスとしては腸が煮えくり返る思いだ。
「おい、ブラウンを呼び出しておけ……個人的に話があるとな」
不機嫌な色を隠しもしないギルマスの言葉に、サミアは慌てて執務室を飛び出していく。
(見ておれ、あの女オーガめ……私を怒らせた事を必ずや後悔させてやる!)
2日後――リクームの街で高熱を発症して倒れる者が現れた。
患者は次々と現れるも、既存の解熱薬は効果を示さず街は騒然となった。
更に3日後、住民に対して疫病の発生が宣言され、都市を治める代官の名で戒厳令が出された。
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――一方、ハンターギルドでは……
隻眼の女マスターが片腕と頼る眼鏡の青年と膝を突き合わせていた。
「井戸水が原因だろうと見当がついてからは新たな患者は減っていますが……薬が全く効かず死人も出始めてます……どうしますか、姉御……」
普段なら姉御呼びを咎め立るところだが、今のマリアにその余裕はない。
事態が発生したのは10日前、下町の住人が高熱を出して倒れたことに始まる。
患者はあっという間に増え、今では下町を中心にリクームの凡そ3割の住人が病床にある。
既存の薬はどれも効果がなく、治療院の魔法でも体力を回復させることしかできず、根本的な解決には至っていない。
既に体力がない老人が何人か亡くなっている。
「まさか、嬢ちゃんの魔法薬も効かないとはね……」
「シズクちゃ……さんの魔法薬は本当に規格外ですからね……ものの数分で骨折が治ったのを見せられた時はさすがに開いた口が塞がりませんでしたよ……はははっ……はぁ……」
その規格外さは何も魔法薬ばかりではない。
薬師ギルドの嫌がらせに対抗すべく用意して貰った生薬についても同じだった。
知り合いの治療院に回してやったところ、効果を知った医師が騒ぎ始め、精製した薬師を是非とも紹介しろとギルドに押し掛けて来る始末だ。
「薬の効果が全くないことから、未発見の伝染病ではないかと役所が騒いでます……領主が動き始めるのも時間の問題でしょう……」
街から出ることが禁止され、不要な外出を控えるようお達しがなされた。
お陰で街は閑散としており、市場も閉鎖中だ。
お上が食料の配給を始めているが、その恩恵に与れないスラムの住人は餓死するしかない。
下手をすれば暴動が起こる可能性すらある。
疫病が流行る中、そんな事態になればリクームは壊滅だろう。
それを見越して領主は軍を動かすはずだ。
あまり時間は残されていない。
「キンドルのクソ野郎は何て言ってんだい?」
「現在、疫病に対処すべく……ブラウン薬剤店の薬師と新薬の開発に取り組んでるって話です」
「バカを言うんじゃないよ、新薬が一朝一夕で開発できる訳ないじゃないか……頭ん中が沸いてんじゃないのかい」
そもそも、金儲けしか頭にないブラウン薬剤店の薬師どもに新薬を開発する能力があるとはとても思えない。
可能性があるとすれば……。
「シズクの嬢ちゃんには連絡がついたのかい?」
「お嬢の話じゃ、明日の昼には来てくれるそうです……何でも心強い味方を連れてくるとか何とか……」
「それは朗報だけど……こっちから連絡を取る手段がないって……あの嬢ちゃんは一体どんな僻地に住んでんだい?」
緊急で連絡が取りたいと娘のルーナに聞いたところ、シズクはリクームからかなり離れた場所に住んでいるらしく、向こうから連絡がない限り無理だと言われた。
魔導車を使えば4日で王都を往復できるというのに……。
「そもそも、そんなに遠くに住んでんなら何でこんな田舎まで態々足を運んでんだい?」
「さぁ……俺には何とも……空を飛んで来たんじゃないっスかね、こう……鳥みたいにひゅうっと……」
「……冗談は顔だけにおしよ、スカタン!」
「そ、それはさすがに酷いっスよ、姉御……」
飛翔馬は軍用品だ、貴族でも限られた者しか使えないと言うのに、一般人が使える訳がない。
(飛竜じゃあるまい……人間が空を飛べる訳ないさね……)
レンジが正解を言い当てていたのだが、常識的な判断を下すマリアを、誰が咎めることができようか……。
「しかし、シズク……さんは一体何者なんですかね……あんな有能な薬師なら貴族どころか王家だってが黙っていないでしょうに……」
「さぁね……ウチの娘に聞いたら、穏やかな暮らしがしたいんなら聞かない方が身のためだって言われたよ……」
「……なにそれ、ちょっと怖いんですけど……」
あれほどの薬師なのだ、訳アリだろうとは薄々分かってはいた。
(大方、どこぞの貴族令嬢だろうが……)
もちろん、こんな片田舎に来た理由なんて、ハンター上がりのマリアには想像もできない。
だが、ルーナの話しぶりからすると高位貴族が関わっているのは間違いない。
下手に首を突っ込めば貴族の権力闘争に巻き込まれるなんてこともあり得る。
普通の人間なら手を引くところだ。
(ふふっ……あの子ネズミの様な嬢ちゃんを放っとくなんて……アタシにできる訳ないさね)
小動物のようにおどおどした様子は庇護欲を刺激される。
しかも、頭にバカが付くほどのお人好しだ。
人見知りはするが困っている者を救うことになんの躊躇いも打算もない。
きっと優しい両親の下、穏やかな環境で育ったのだろう。
(ともあれ、アタシにできることは少ない……ここはシズクの嬢ちゃんに期待するしかないさね……あの嬢ちゃんが心強いなんて言うくらいだ……もしかしたら、あの子の師匠が来てくれるのかもしれないね)
今は少しでも自分にできることをしようと、マリアは腰を上げた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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