17 泡沫の大賢者
シズクが解雇されて丁度一週間後――
事態が動き出そうとしていた。
十数人の部下を従えたランドール准将が大賢者アイザック・ルード・サンドールの屋敷に押し掛けていた。
屋敷の警備が強引に押し入る彼等を止めようとするが、ランドールの手には王の意を示す勅書が握られていた。
――バンッ!
「な、何者だっ!ワシが大賢者と知っての狼藉かっ!」
いきなり押し入って来た無礼者に屋敷の主が喚いて誰何する。
そこへ部下の間をすり抜け老将が前に進み出る。
「これは大賢者どの……こうして直接お目に掛かるのは何時ぞやの宴以来ですかな」
「き、貴様は……ランドール伯爵!……こ、このような所業が許されると思っておるのか!ワシは大賢者の称号を獲た……く、国の重鎮だぞ!陛下の剣の師を務めた事を笠に着て増長したか!」
腰砕けの情けない姿を晒しつつも、人一倍強いプライドに助けられて捲し立てるアイザック。
「貴殿におかれては可及的速やかに出頭せよとの陛下のお達しだ!今すぐ私に同道願おう、これは勅令である!」
ランドールが目配せすると部下が二人、アイザックの両脇を抱え引き立てていく。
「ぶ、無礼者め!陛下の命とは言え、このような無礼が罷り通るものかっ!」
屋敷の主が喚き散らして抵抗するが、勅書を携えた使者に逆らえば反逆の罪に問われるため誰も止めることはできない。
使用人たちは為す術なく道を開けるしかなかった。
ランドールは手筈通り、部隊に屋敷の閉鎖と使用人の監視を命じ、腹心の部下と共に軍用魔導車で王宮へと向かった。
罪人の如き扱いでアイザックが連れて来られたのは謁見の間だ。
玉座に王が待ち構え、傍らには近衛騎士が控えている。
「へ、陛下っ!こ、ここ、これは一体……わ、私が何をしたと……あまりに無体ではありませぬか……」
「控えよ、大賢者殿……王の御前なるぞ」
着崩れた惨めな姿で跪いた大賢者が絞り出すように口を開けば、段下の脇に控えた宰相のザクセンが直ぐ様にそれを咎めた。
少しの間をおいて閑散とした謁見の間に現国王――リチャード王の声が響き渡る。
「大賢者……いや、サンドール伯爵よ……余が何故斯ような手段を以てそなたを招聘したのか……心当たりがあろう?」
「……い、いえ……わ、私めには……そのような心当たりなど……」
肥満の身体を投げ出して這いつくばり、アイザックは宣う。
その額には玉のような汗が吹き出ている。
「過日、研究所の付近で捕らえられた無頼の徒がそなたに雇われたと申しておる、目的は黒髪の少女を殺害する事だとか……」
「……わ、わわ、私めにそのような覚えはありませぬ!」
「左様か?……何でもその黒髪の少女は研究所の所長が私的に雇った見習い研究員なのだそうだ……御丁寧に研究費の予算に賃金が計上されておるらしいぞ?」
「た、確かに眼鏡っ……平民の小娘は私めの独断で雇い入れました……しかしながら、正式な雇用ではなくあくまで補助を名目としておりますれば……寛大な処置を願いたく……」
人事に関する越権行為を咎められたのだと早とちりし、アイザックは掌を返し保身に走る。
それを冷たい眼差しで見下ろしカイゼルト3世は続ける。
「確かに……我が国に多大な貢献してきたそなたを……些細な罪で咎め立てするは、国にとって大きな損失となるであろうな……」
その言葉に心の内でほっと安堵する大賢者。
「時にサンドール伯爵よ……先の『スパイダー』なる魔導兵装は見事な出来だと、各方面より賛辞の声が挙がっておる……あのゼピュロス公がそなたに『尊爵』を綬爵するよう奏上して来たぞ?」
「そ、それは真にございますか?公爵閣下の過分なお心遣いには感謝の言葉もありませぬな」
アイザックの歓喜を他所に、王の目配せを受けたザクセンが懐から一枚の紙を取り出してアイザックに手渡した。
「こ、これは……?!」
「それはそなたが提出した対金眼魔導兵装の設計図より複写した魔法式の一部だ、軍工房の責任者が素晴らしい出来だと褒めていたのだが……そこに記されている魔法式がどのような意味を持つのか余に説明して貰えぬか?」
王の言葉に冷や汗タラタラのアイザック。
眼を皿のように見開いて魔法式の記された書面を凝視する。
そして、最後の一文にひとつだけ見覚えのある魔法文字を見つけた。
「こ、これは………スパイダーの……魔弾の制御に関する……ものであったかと……」
「なるほどのぉ……その美しき魔法構文は魔弾を制御するものであったか……さすがは大賢者の称号を獲し智者よな」
「お、お褒め頂き……恐悦至極にございます」
喜悦を隠せぬアイザック。
心中は事なきを得た安堵で一杯なのだが……。
「時にザクセン宰相……その魔法式はいずれの魔導兵装の設計図より抜粋した物であったかな?」
「申し上げます、陛下……対金眼兵装一式『カタナ』にございます……加えて申さば、刃先の伸縮を制御する構文だと聞き及んでおります」
宰相の言葉に、態とらしく手を打って頷くリチャード王。
「そうであった、そうであった……最近うっかりすることが多くてな……そう言えば、最後の一文に魔導銃の魔法式を余が付け加えた覚えもあるな」
王と宰相の間で交わされる茶番劇に、アイザックは己の過ちを知る。
「不思議なこともあるものよな……そなたが開発した設計図からの抜粋だと言うのに、肝心の開発者は全く見当違いな事を申しておる……余が茶目っ気を出して追加した魔法構文にも気付かぬとは……これは如何なる理由があるのだろうな……大賢者殿……」
「そ、それは……」
言葉を失うアイザックに、怒りの色を隠しもせずに王が続ける。
「他者の功績を奪う所業は貴族として最も恥ずべき行為だとそなたも重々承知しておろう……あまつさえ、その功により国の称号たる大賢者を獲たとなれば……死罪は免れぬと思えよ」
「連れていけっ!」
ランドールの部下が上官の命を受けて罪人を引き摺って行く。
アイザックは必死に泣き叫んで許しを請うが、聞く耳を持つ者は皆無だ。
程なく、謁見の間に静けさが戻ってくる。
「それで……状況はどうなっておる」
「はい……研究所は現在、閉鎖して人の出入りを固く禁じております……合わせて提出された設計図に併記されていた研究者については昨晩の内に全て捕らえ、現在尋問しておりますれば……程なく実情が明らかとなりましょう」
ザクセンの報告に王が大仰に頷く。
「件の少女については?」
「動ける影の者全てを動員しておりますが……以前行方知れず……全く手掛かりがない状態にございます……」
「部下を使って私の方でも捜索しておりますが……杳として知れませぬ」
少女がアイザックに解雇されたのは一週間前のことだ。
だが、件の少女が研究所を出た形跡はなく、隈無く探しても敷地内に彼女の姿はなかったという報告を受けている。
「居住していた建物さら忽然と消失するとは……なんとも面妖な事態であるな」
「レイモンド伯爵令嬢の言葉によれば、前日の夕刻までは確かに存在していたとのことです」
「大賢……あの愚か者の姪御であったな……彼女のお陰で致命的な事態だけは避けることができた……感謝していると伝えおいてくれ」
そこへ、ランドールが口を挟んだ。
「恐れながら、陛下……私は過日、その黒髪の少女と知己を得ております」
その言葉に興味を示した王に、ランドールは少女との経緯を語って聞かせる。
「なるほどのぉ……浮遊石を求めていたと……なれば、彼の少女は身の危険を察して建物さら空を飛んで避難したのではあるまいか?……のぉ、リック……」
「ふはは……それが真なれば……さぞや痛快な光景であったでしょうな」
「お戯れが過ぎますぞ、陛下……ランドール伯もほどほどにして頂きたい……仮にも国家の一大事でありますぞ?」
宰相の渋い顔にリチャードが「許せ」と手を上げて応える。
これだけの大事に加え、奇々怪々な報告が続けば、冗談のひとつも言いたくもなるというものだ。
「ともあれ、件の少女……シズク・オードリーであったか?その者が事態の中心にいるのは確実であろう……噂に聞く『紫電銀姫』の件にも深く関わっている可能性が高い……慎重に調査を進めてくれ」
「「御意っ!」」
居住いを正して下知する主の姿に、文に武、二人の腹心が声を合わせて頭を下げた。
この日を境に、カイゼルト魔導国はかつてない激動の日々を迎える。
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それから凡そ10日――
次々に明らかとなる事実に、リチャード王は頭を悩ませていた。
日々上がってくる報告には驚きを通り越して呆れるような内容が記されているからだ。
それに加え、目を疑うような事が書き連ねられた書類の束が毎日のように届けられている。
嘗てない激務の日々に、王は暗澹とさせられていた。
「では……これより会議を始めます」
ザクセン宰相が集まった面々を見渡して徐に会の始まりを告げる。
ここは王宮の奥の間――魔法により防諜対策を施された王専用の会議室だ。
室内に集まる人員は全部で5名――。
コの字に配置された上座に王が座を占め、傍らには議事進行を務めるザクセン宰相が控える。
右手には副官のロベルトを従えたランドール准将が座り、その対面にはメアリー・レイモンド伯爵令嬢が嫋やかに佇む。
「先ずは……これまでの調査によって明らかになった事実の確認をいたします」
厳しい表情をしたザクセンが淡々と事のあらましを諳じていく。
その内容は事情を知らぬ者が聞けば耳を疑うようなものばかりだ。
ひとつ――これまで開発された一式~四式の対金眼兵装は全て、一人の少女によって開発されたものであり、嘗て大賢者と呼ばれた男を含め、研究所の人間は誰一人としてその開発に関わっていないこと……。
ひとつ――これまで、研究所の名で軍工房に納品されていた触媒用の魔法薬は全て件の少女が一人で錬成したものであること……。
また、少女に支払われていた材料費はあまりに少なく、自費で賄っていた可能性が高いこと……。
ひとつ――研究費を監査したところ……用途外使用を始め、遊興費に着服と……杜撰の一言では片付けられない酷い有り様であること……。
話が進むに連れ、集まった面々の顔に渋い色が浮かんでいく。
「まさかこれ程だったとはな……報告を聞いた時は、あまりの怒りにお気に入りの硝子筆をへし折ってしまったよ」
自嘲する王に、メアリーが頭を下げて詫びの言葉を口にする。
「申し訳ありません、陛下……我が縁者が多大な御迷惑をお掛けしたこと……慚愧に堪えません」
「そなたを含め、一族に責はない……彼の者の所業と研究所が引き起こした数々の不始末の責は、旧態依然とした研究所の運営を看過してきた余に帰するものだ……レイモンド伯爵家ならびにサンドール侯爵家には咎が及ばぬよう配慮する故、安心せよ」
「陛下の温情に、父――レイモンド伯に代わり、深く感謝を申し上げます」
カイゼルト3世が大仰に頷いて言葉を続ける。
「時に……レイモンド嬢はオードリー女史の行方について心当たりはないのだな?」
「はい……彼女――シズクさんが懇意にしている『女豹の牙』と申す3人の女性ハンターにも尋ねてみましたが……」
「左様か……そのオードリー女史――シズクと申す少女は魔導学園の卒業生なのであろう?学生時代の友人ならば、彼女の行方を知る者もいるのではないか?」
その問いに、傍らに座したザクセン宰相が懐から一枚の書類を出して王の前に置く。
「これは……シズク嬢の成績表か?……目を疑う偉業に比して何ともお粗末な内容ではないか……」
卒業資格ギリギリを示す『可』ばかりが並んだ評価に、カイゼルト3世は思わず心中の感想を口にする。
「オードリー女史は学園に在籍した折、入学した日を含め一週間しか授業に参加していないそうです……尚、魔法実技の科目においてはたった一度しか参加していないとのこと……」
調べによれば、彼女は在学時代、図書室に入り浸り授業には参加していなかったらしい。
通常ならば進級すらも不可能なのだが、筆記試験は全て満点で通過しているため、総合評価でギリギリ『可』を得て卒業資格を得てしまったとのことだ。
「バカな……ならば、その少女は独学で知識を得たと申すのか?何故、そのような異常とも呼べる事態になるのだ?」
「……彼女は孤児院出身の二等市民……生徒の殆どは貴族の子息子女なれば……」
「うむぅ……」
言外に込められた宰相の意を悟り、顔をしかめて黙り込むしかない王。
毎年、十数名ほど平民の生徒が魔導学園に入学するが卒業資格を得るのは一割にも満たない。
それも、貴族に深い縁を待つ上流階級の平民に限られ、シズクを唯一の例外とするならば、未だ嘗て二等市民で卒業資格を得た者は皆無だ。
「私が調べましたところ……入学初日に手酷い仕打ちを受けたという証言もありました……」
宰相の言によれば、彼女は入学初日に支給されたばかりの教材を全て燃やされてしまったらしい。
これまで平民の生徒に対する差別的な仕打ちは何度か耳にしてはいたが……。
「そのような所業が罷り通っていたとは……機会があれば、余の不徳を詫びねばなるまい……」
「これは由々しき事態でありますぞ、陛下……」
「うむ……研究所の件も含め、抜本的な改革をせねば、我が国はそう遠くない未来……滅ぶことになりかねん」
さすがに亡国までは言い過ぎだが、大陸随一の魔導技術を誇りとする我が国において学問は国が最も力を入れてきた分野である。
昨今、魔導技術の停滞が問題となり、大賢者の登場で払拭できたかに思えていたのだが……。
「そう仰られると思い……既に候補となる人物の選定を終えております、この者を学長に据えれば時間は掛かりますが……改革は進むでしょう」
手渡してきた書類に記されていたのは、とある下級貴族の経歴だ。
年は六十代、学園の講師になるも出世とは全く縁がなく、現在は退職して地方の学校で臨時講師をしているらしい。
「この卒業成績で、退職までずっと肩書一つ付かぬとは……腐りきっておるな……良かろう、貴公の薦めならば間違いあるまい、認可する……急ぎ手続きを進めよ……来年度より先の三年間、職員に関する全ての人事裁量権を付与し、余が後ろ盾となる勅書を発布せよ」
「承知いたしました」
「研究所については如何いたそうか……」
考え込む王の姿に、メアリーが意を決して言葉を紡ぐ。
「それについては私に考えがございます……シズク・オードリーを所長として迎えてみては如何でしょうか?優れた彼女の魔法知識は必ずや我が国の未来を明るいものとしてくれるでしょう」
「ほほう、平民の……それも孤児出身の二等市民をエリート機関の頭に据えるか……ふはは、存外、レイモンド嬢も豪胆よな!……良かろう許す、そなたが副所長を務めオードリー女史を補佐せよ、先の学園と同様に、三年間の人事裁量権を付与する!好きに改革してみせよ」
元来、カイゼルト3世は直情的な性格だ。
歯に衣着せぬ物言いや胆の据わった人物は好むところだ。
かんらかんらと、さも愉快に笑う。
「いっそ、大賢者の称号もその者に贈るとするか……」
「陛下、それは些か問題があるでしょう……新しき名を考えられては?」
事を公にすれば大賢者の名声は地に落ちるであろう。
例え別の人物に贈ったとしても、悪い印象を払拭することはできない。
「ふむ……なれば、相応しき良き名を考えよ……問題は当の本人なのだが……」
それは自分の役目だとばかりに、老将が立ち上がって床に膝をつく。
「はっ……私にお任せ下さい、必ずや、陛下の前に件の少女をお連れ致しましょう」
「すまんな、リック……そちには毎度、余の尻拭いをさせてしまう……迷惑を掛けるが頼むぞ」
「フハハッ……何を仰せになるやら!陛下に剣を捧げてよりこの方、迷惑などと思った事など一度もありませんぞ、心安らかに吉報をお待ちあれ!」
自分の知らないところでそんな話し合いが行われて事など露知らず、シズクは樹海の拠点で畑仕事に精を出していた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




