16 スローライフ①
新天地に引っ越してから2日後、シズクは買い出しに最寄りの街を訪れていた。
最寄りとは言え、直線距離で500キロを越えているのではあるが、ここまで要した時間は20分ほどである。
「しかし……まさか畑があんなことになるとは……思わなかったよ~」
引っ越した翌日、眠い目を擦りながら起きてシズクが見たのは、さながらジャングルの様に繁茂した畑の姿であった。
「おかげで昨日は採集と錬成で1日潰れちゃったよ~」
魔法薬の錬成までする必要はなかったのだが、巨大に生育した薬草を見てしまったらどうにも止まらなかった。
「でも、まさか下級のレシピで最上級を上回る治療薬ができるとは思わなかったかな……」
治験してみないと効果のほどは分からないが、成分濃度と含有魔力を測定したところ、一瓶で100万ルクスする最上級治療薬の凡そ3倍を示していた。
「百倍に薄めても下級の1.5倍って……原液は下手に売らない方が良いよね……多分……」
薬師ギルドに卸す為に百倍に薄めた物を1000本程魔法鞄に入れて来たが、次元収納には薄めていない原液が瓶換算で約1万本分ある。
因みに、解毒薬や解熱剤等も錬成してみたが、そちらも似たような数字を示したので同じように純水で百倍に希釈してある。
シズクは城門を潜ると、門番の衛兵に市場の場所を訪ねて足を運ぶ。
都市の名前はリクーム、凡そ2万人の民が暮らす中規模の都市らしい。
領主はゼピュロス公爵という方なのだそうで、リクームはゼピュロス領で3番目に大きな都市なのだとか……。
「先ずは食料と野菜の苗の買い出しかな」
ざっと見て回ったところ、地方都市にしては品揃えが豊富で、価格も王都より幾分安い感じだった。
ただ、香辛料関係は割高だったので購入は控えた。
目的の物を買い揃えた後は商業ギルドに向かう。
今のところ商売をする予定はないが、いよいよとなったら、育てた野菜や薬草なんかを市場で売るつもりだからだ。
「いらっしゃいませ、本日はどのような御用件でしょうか?」
落ち着いた感じのホールを抜けると、カウンターの受付嬢がにこやかに出迎えてくれた。
ホールには身形の良い商人が数名、立ち話をしている。
「あ、あのぉ……ギルドに加入したいのですが……」
「商業登録をされるのですね?個人でしょうか、それとも新たに商会を立ち上げるのでしょうか?」
「こ、個人……です……」
「身分証はお持ちですか?それと加入に際し、保証金として最低額で20万ルクス、手続きに2千ルクス掛かりますが、宜しいですか?」
「はい……お、お願いします……」
手続きは簡単なもので、決められ書類に必要事項を記入して終わりだった。
あとはギルド証だと言って、首に掛ける棒状のタグを渡された。
だがその後、『規約の重要な部分を簡単に説明しますね』と前置きして始まった口頭説明には20分程時間を取られたのは少々煩わしかった。
身分証は提示したのだが、背が小さいので子ども扱いされたのかもしれない。
(こんな分厚い規約まで渡されて……目を通すのが大変そうだよ)
問題を起こすのは不味いので後でちゃんと読んでおこうと覚悟を決めるシズク。
ともあれ、無事商業ギルドに加入することができたので、これで市場で物を売ることができる。
因みに、ギルド員には六つの等級があり、1~3等級は店舗を持たない行商人で、1等級は城門の直ぐ外の市場、3等級は中央広場の市場という感じで店を出せる市場が決められているそうである。
4~6等級は店舗経営する商会で、6等級になると他の都市に自由に支店を出せるとのことだ。
因みに、シズクのギルド証は1等級の行商人だ。
話によれば補償金の額を上げれば等級が上がるシステムらしい。
「さぁてと……次は薬師ギルドかな……」
次に訪れたのは今日の本命である薬師ギルドだ。
先の商業ギルドに比べて薬師ギルドの建物はこじんまりとしていたが、内装は負けず劣らず豪華だった。
フォーマルなスーツに身を包んだ美人受付がシズクを笑顔で出迎えてくれる。
「本日はどのような御用で?」
「えぇと……薬師ギルドに加入したいのですが……」
恐る恐る申し出ると、受付嬢が小首を傾げて問い返してきた。
「どちらの薬剤店にお勤めですか?推薦状はお持ちで?」
「す、推薦状ですか?」
「はい、新たに店舗を開くには信用のある薬師様の推薦状が必要となります」
「……て、店舗ではなく……市場で売ろうかと考えているんですが……」
シズクがおずおずと口に出すと、受付嬢が笑みを消して応える。
「市場で売るのはご自由にどうぞ……ただ、その場合はギルドの公認は得られないので二束三文で買い叩かれることになりますが…」
聞けば、この国では魔法薬はギルドの公認を受けた薬剤店で販売するのが常識らしい。
露店で販売する行商人もいるらしいが、水で薄めた物や紛い物が横行して酷い有り様のようだ。
ギルドとしてはそんなところまで管理できないのだろう。
「なら……ギルドで魔法薬を買い取ってもらうことは……可能なんですか?」
「その魔法薬とは……どこの薬師様が精製された物で?」
「えぇと……アタシが錬成した物です……」
シズクの台詞に受付嬢が『はぁ』と溜め息を吐く。
「当方は身元の確かな薬師様としか直接の商取引は行っておりません」
「い、いちお……薬師の資格を持って……います……」
魔法鞄から学園卒業時に受け取った資格証を取り出してカウンターに置くと、受付嬢が一瞥して露骨に嫌そうな顔をする。
「資格証があろうと、何の実績もない無名の薬師なんかとは取り引きはしないの……分かる?この業界は信用と実績が第一なの、貴女みたいな子供が来て、ウチに加入なんてできる訳ないじゃない」
もはや、敬語すら取り去った受付嬢にシズクは黙り込む。
もしかして、子供の悪戯とでも思われたのだろうか。
できれば、薬師ギルドには新しく錬成した魔法薬の臨床試験に協力してもらいたかったのだが……。
「はぁ……どうしよう……魔法薬を当てにしてたのに……一歩目で躓いちゃったよ」
薬師ギルドを後にしたシズクは溜息を吐いて肩を落とした。
生活基盤の主力にと期待していた魔法薬がダメとなると、野菜を育てるくらいしか当てがない。
残る手立ては樹海の希少植物や魔獣の素材だが、それを売るにはハンターギルドに加入する必要がある。
「チビだから……どこへ行っても子供扱いされるんだよね……これでもリリィさんと同い年なのに……」
薬師ギルドですらあの応対なのだ、荒くれ者が集うハンターギルドに自分のようなチンチクリンな小娘が加入したいなんて言えば、速攻で絡まれる未来しか想像できない。
「い、嫌だけど……仕方ない……ハンターギルドに行ってみよ……」
露店で簡単に昼食を済ませ、意を決してやって来たのは城門から歩いて直ぐの場所に建つハンターギルドだ。
石造りの堅牢な建物で、質実剛健を体現したように飾り気のない武骨な建物だ。
午後一ということもあり人影は殆どないが、ホールのテーブルに座っていた数組の男達が入ってきたシズクに一斉に視線を向けて来た。
(……こ、強面比率が……高過ぎじゃないかな……)
浅黒く日焼けした肌、シズクの胴回りほどもある盛り上がった上腕二頭筋……武骨な鎧姿は『どこの世紀末漫画?』と訊ねたくなる風貌である。
(アタシは空気……アタシは空気……)
値踏みするような視線の中、シズクは息を殺してカウンターに歩み寄り声を掛ける。
「あ、あ、あの……加入って……で、できますか?」
「それは嬢ちゃんがハンターになるってことかい?依頼とかじゃなく?」
眼鏡を掛けた青年がカウンター越しに訊ね返してきた。
その顔には面白い物を見付けたといった、好奇心の色が浮かんでいる。
「や、薬草とか……売りたくて……あ、あと……で、できれば魔法薬も……」
魔獣の素材を引き取って貰えるなら一番都合が良いが、それはさすがに無理だろう。
ギルドに加入したいと言って来た新人がそんな物を持ち出せば、どうやって手に入れたんだ?という話になるからだ。
「ウチに加入する分には特に問題はないよ……お嬢ちゃんくらいの子供が小遣い稼ぎに登録するのは珍しくないしな」
彼の話によれば、未成年の子がそれなりの人数、ギルドに所属しているらしい。
街の近くの森で薬草を集めてきたり、街中で荷運びや雑用をするのが主な仕事のようだ。
「薬草はともかく……魔法薬って言ったかい?それはどこかの薬剤店でお嬢ちゃんが買った物なのかい?」
「い、いえ……アタシが……れ、錬成した物です……薬師の資格を……持ってるので……」
先ほど同じように資格証をカウンターに置くと、眼鏡の青年が手にとってマジマジと内容を確認する。
「お嬢ちゃん……いや、君は幾つなのかな?」
「……ち、ちっこいですけど……19です……」
その言葉にあんぐりと口を開けて固まる青年。
「ま、本気?」
「……ま、本気です……いちお……」
「君……エルフだったりする?」
「く、黒髪のエルフなんて……いるんですか?」
「だよね~」
その後は、詳しい話が聞きたいからと応接室に案内された。
簡素なソファにちょこんと腰を下ろしたシズクの対面に、先ほどの青年ともう一人……三十路くらいの目付きの鋭い女性が座っている。
薄っすらと赤みを帯びたベリーショートの髪、左目には宝石が嵌まった眼帯をしている。
(腰にカトラスでもあれば……まさにカリビアンだよ)
一言で表すなら、まさに『女海賊』という言葉がしっくりくる女性である。
しかしながら、どこか見覚えがあるような気がするのはデジャビュだろうか……。
「アタシはギルドマスターのマリアってんだ、宜しくな嬢ちゃん」
「は、はい……アタシはシズクです……よ、宜しく……お願いします……」
青年から簡単に説明を受けているのだろう、女ギルドマスターがいきなり本題を口に出す。
「嬢ちゃんは薬師で……精製した魔法薬を売ってくれるって話らしいが……現物は持参してんのかい?」
「は、はい……持って来ました……」
魔法鞄から薄めた治療薬、解毒薬、解熱薬、ぞれに虫除け、魔獣除けを1本ずつ出してテーブルに置く。
因みに、前者は昨日精製した物で、後者は在庫品だ。
「……レンジ……」
「了解、姉御……」
「バカ野郎!マスターって呼べって何度言ったら分かるんだい、このスカタン!」
「は、はいっ!すんません、マスターっ!!」
頭を小突かれ、背筋を伸ばして詫びの言葉を叫ぶ青年。
懐から鑑定のモノクルを取り出してせかせかとテーブルの魔法薬を調べ始める。
(ち、チンピラさながらだよ……ここ……ハンターギルドだよね……?何とか組って所に迷い込んでないよね?)
レンジと呼ばれた眼鏡の青年は、慣れているらしく鑑定にはさほど時間は掛からなかった。
紙に書き記した数字を流し読み、マリアが鋭い目をシズクに向ける。
「これ全部、本当に嬢ちゃんが精製した魔法薬なんだね?」
「は、はい……間違いなく……アタシが……錬成した物です……」
「……錬成ってことは、嬢ちゃん……錬金術師かい?」
訝しむ色を浮かべる女マスター。
「……いちお……錬金術師の資格もあります……」
魔法薬の精製には錬金術を使っているので、薬師の精製方法とはかなり技法が異なる。
付け加えるなら、一般的に錬金術で錬成した物の方が質が高いと言われている。
「治療薬と解毒薬……解熱剤は昨日作ったばかりの物です……ただ、前に錬成した物とだいぶ違う物ができちゃったので……できれば、治験もしたいんですが……」
簡単に事情を説明すると、マリアが顎に手を当て考え込む。
隣に座した青年が捕捉するように口を開く。
「鑑定によれば……成分的には問題ないと思います……含有魔力値がかなりおかしいですが……事情を話して協力を仰げば協力を申し出るハンターは多いかと……」
「まぁね……ハンターなんて毎日が荒事さね……相場より安値で治療薬が貰えるってんなら、金のない連中は喜んで手を挙げるだろうさ」
問題は価格だと、付け加えるマリアに、今度はシズクが考え込む。
前世の常識からすれば、定価の六割が一般的な卸値といったところだろう。
それに治験に協力して貰えることも考慮する必要がある。
「もし、買い取ってもらえるなら……し、初回は相場の五割で……良いです……治験もあるし……次回から……相場の六割に……してもらえれば……」
「……そんな価格で良いのかい?アタシは人様の足元を見るような真似は大っ嫌いなんだよ?ちゃんと嬢ちゃんに儲けが出る価格を提示しなよ」
そうは言うが、シズクにしてみれば、材料費はロハだ。
一度に大量に錬成するから手間だってそれほど掛かっていない。
極端な話、相場の二割でもそれなりの儲けが出ると思う。
「……い、いえ……儲けは十分だと……思いますよ?」
「そいつぁ、本当かい?」
見た目は恐いが、人は良いようだ。
シズクはにこりと笑みを浮かべ、薬草は栽培しているので、安く済むのだと丁寧に説明すると……。
ようやく納得してくれたのか……マリアは降参といった感じで両手を挙げてソファに背を預ける。
「それで……シズクちゃ……さんはどれほどの魔法薬をウチに売って頂けるので?」
「……そ、そうですね……治療薬と解毒薬なら……月に千本くらいまでなら何とか……他の魔法薬は素材の都合……500本くらいにしてもらえると……」
シズクとしては暮らして行けるだけのお金を稼げれば十分だ。
なんと言っても研究に掛ける時間を犠牲にはしたくないので、片手間に錬成できる量を提示してみる。
「「せ、千っ?!」」
目を見開き、身を乗り出す二人。
そのシンクロ率が半端ない。
「す、少なかった……ですか?な、なら……その倍くらいまでなら……」
「「ば、倍っ?!」」
更に身を乗り出す二人に、シズクは限界まで仰け反ってソファに身を沈める。
(え?も、もしかして……逆だったとか?やっちゃった、アタシ……?)
ともあれ、話し合いの結果、初回はあるだけ欲しいということなので各1000本ずつ納品した。
次回以降、治療薬は月に500本、解毒薬が200、残りの魔法薬はそれぞれ100本ずつ月始めに納めることに決まった。
数が増えるようなら月末には伝えるとのことである。
(はぁ……薬師ギルドで追い返された時はどうしようかと思ったけど……良かったよ~)
ハンターギルドのお陰で助かったと満面の笑みで拠点に足を向けるシズク。
いい取引ができたと足取りも軽い。
後に……自分が錬成した魔法薬を巡ってひと騒動起こるなど、知らぬが仏だろう。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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