14 傭兵リック
その日、シズクは足りなくなってきた素材の補充のため王都へと足を運んでいた。
「素材屋さんで魔石を買おうとすると……やっぱり高いよね……今度、ルーナさんに頼んでみようかな……」
3軒の素材屋をハシゴして魔石を買い漁ったが、低等級ならともかく高等級の魔石は高過ぎてとても手が出なかった。
自分で採集に行けばロハなのだが、仮にも研究所の人間として咎められる様な真似は避けたい。
シズクの秘密をある程度知っている女豹の牙なら融通は利きそうだが、さすがに全ての秘密を晒す訳にもいかない。
一部見せてしまったが、あの全身兵装は論外だろう。
「アハハ……はぁ、調子に乗って自重なしに色々ぶっ込んだからな~……あの時のアタシはどうかしてたよ……」
偽装で見えなくなっている左手のバングルを撫でながら溜め息を吐くシズク。
偶々希少素材が大量に手に入り、偶然にも遺跡から見つかった研究資料を目にする機会を得てハイになっていたのだと思う。
気が付けば厨二心に火が着いて魔導兵装を作り上げてしまっていた。
我ながらおかしいテンションだったと反省するシズク。
出来上がったのは漫画やアニメのロマン武器をこれでもかと詰め込んだメカニカルな最終兵器である。
兵装を展開して鏡を見たときはあまりの恥ずかしさに、思わず床を転げ回ったものだ。
もちろん速攻で封印したのだが、時が経てば反省の色も薄れるもので……緊急案件を言い訳に何度か使ってしまっている。
実情は人命救助の大義名分を笠に着た戦闘証明である。
それでも自重という言葉が心のどこかにあるのか、展開する兵装は最小限に留めている。
因みに、掛け値なしに全力展開すると、さながら戦闘要塞と化す――見た目も、火力も……。
「はぁ……見習いじゃなければ、アタシにも研究費とか出たりするのかな……まぁ、こんな小娘じゃ……しかも、孤児院出の平民じゃ、天地が引っくり返ってもムリか~」
前世でも研究費を得るのは大変だった。
階級差別が強いこの世界では尚更だろう。
そんなことを考えながら当てもなく歩いていると、ふと裏路地の奥に素材屋の看板を見つけた。
「へぇ、こんなとに素材屋があったんだ……穴場だったりして」
思いきって入ってみると、見た目に反して小綺麗な店だった。
陳列棚には様々な素材が所狭しと雑多に並べられている。
天井からは魔獣の素材とおぼしき外皮や甲殻がぶら下がっている。
「いらっしゃい……何をお探しで?」
見た目の割に矍鑠とした老爺
が鋭い眼光を向けてきた。
その瞳にはシズクを値踏む色が宿っている。
「えぇと……浮遊石なんて……売ってないですか?」
魔石の値段はさほど変わらないだろうと思い、ダメ元で欲しい物を聞いてみる。
「……お嬢ちゃん……ここへは誰の紹介で来たんだね?」
「いえ、誰かの紹介としたじゃないです……た、偶々目について入っただけで……」
眼鏡をくいっと上げて鋭い眼差しを向けてくる翁にシズクが硬直する。
「ないことはないが……それなりの値段になるぞ」
「……ち、因みに……おいくらで……?」
シズクの問いかけに店主は指を3本立てて応える。
「さ、30万ですか?」
「バカを言えっ……桁がひとつ違うわ、300万だ300万っ!」
「ふへぇっ?!そ、そんなにするんですか?」
研究所のリストによれば、浮遊石の相場は80~120万だったと記憶している。
(うわぁ、ほぼ3倍とか……とてもアタシのお給金じゃ買えないよ~)
「何だ、金も持ってねぇのに浮遊石なんぞ欲しがってんのか……希少素材と交換ってんなら考えんでもないが、金がねぇんなら、とっとと帰ぇんな」
その言葉にピクリと反応するシズク。
(お金はあんまりないけど、素材ならたくさんあるし……物々交換ならありかも?)
鉱石関係は放出できないが、魔獣の素材なら有り余ってる。
殊に金眼種の素材は用途が限られるので現状次元収納の肥やし状態だ。
「因みに……コレとかって希少な部類に入りますか?」
シズクが取り出したのは金眼種の魔核だ。
赤黒い特徴的な見た目なので魔石と区別するために魔核と呼ばれている。
「ま、まさか魔核かい?こいつは驚きだ……大きさからするに最下級のDってとこだが……」
「浮遊石と交換できますか?」
考え込む素振りを見せる老爺。
大きく見開いた目がギョロリとシズクに向けられる。
「そうさな……取引に応じてやっても構わんが……こっちも商売だ……大負けに負けて、中等級の浮遊石二つと交換してやるが……どうだ?」
過剰在庫の代わりに二つも手に入るならばと返答しかけた矢先……。
「おおっとそこまでだ、お嬢ちゃん……そんな詐欺取引に応じない方がお嬢ちゃんのためだぞ」
突然店に入ってきた男が待ったをかけた。
軍服を思わせる揃いの上下に厚手の外套を羽織った壮年の偉丈夫だ。
傭兵かハンターなのだろう、腰には大振りの剣を吊り下げ、胸元にホルスターに収められた魔銃が覗いている。
少々年がいっている感じだが漂う覇気はルーナよりも上手だ。
「誰だアンタはっ!こっちとら商売してんだ、余計な口を利くんじゃねぇ……長生きしてぇんなら、余計な事に首を突っ込まねぇでさっさと失せなっ!」
突然の闖入者に店主ががなり立てる。
粗野な物言いはチンピラさながらだ。
「ほう、わたs……俺に喧嘩を売る気か?老いて多少は丸くなったが……たまには大暴れするのも悪くはないな……壁の向こうに控えてる用心棒を呼んだらどうだ?相手になってやるぞ?」
そう言って腰の剣をポンポンと叩いてみせる男に、店主の翁が眉をしかめて黙り込む。
「チッ……そのガキを連れてとっとと失せな、商売の邪魔だっ!」
「何だ、喧嘩せんのか、つまらん……だが折角の申し出だ、お嬢ちゃんと一緒に退散させてもらおうか」
「二度と来んじゃねぇ、疫病神がっ!さっさと往ね!」
クツクツと笑う偉丈夫に、翁が青筋を立てて追い払うように手を振る。
「あぁ、そうそう……多少の事なら目くじらは立てぬが……あまりに阿漕な商売をするなら放って置かんぞ?良く良く覚えておくのだな……」
店を出て暫く歩いたところでシズクは前を歩く偉丈夫に声をかけた。
「あ、あのぉ……助けてくれたんですよね?……ありがとうございます」
「年端も行かぬその身空であのような闇商売をする店に足を運ぶのは感心せんな……自覚がないようだから言うが……金になると分かれば平気で人攫いも厭わぬ輩だぞ?」
その言葉に青ざめるシズク。
規格外な魔導具が収納にはゴロゴロしているのでシズクを拐うなど不可能な所業なのだが、恐怖する心は人並み、いや人一倍強い。
「す、すみません……アタシ、世間知らずで……」
「まぁ、反省しているのならこれ以上は何も言わぬ……以後気を付けるが良かろう……それよりも……」
そう言うや、イケオジがシズクを左手で庇い、懐の魔銃を抜き放った。
――シュッヒュヒュンッ……
一瞬の三連射で隠れていた男が3人、地面に転がった。
皆見事に足を撃ち抜かれて行動不能にされている。
イケオジは男達の懐を探って武器の類いを取り上げると、側を流れていた川に投げ捨てた。
「どうやら、俺の忠告の意味が分からなかった様だな……後でお礼参りに伺うと店主に伝えておけ」
表通りに戻って来たところで、男が握っていたシズクの手を放して背後を振り返る。
「どうやら他には居らんようだな……」
「さっきの人達はあのままで良かったんですか?警邏とかに届けた方が良いんじゃ……」
「なぁに、心配は無用だ……あとは任せておけば問題なかろう」
思わず誰に?と聞きそうになるが、何故か男の言うことに説得力を感じてシズクは言葉を飲み込んだ。
「お嬢ちゃん、名は何と言う?名乗るのが嫌なら、お嬢ちゃん呼びでも俺は構わんが……」
「いえ、アタシはシズク・オードリー……見習い錬金術師です、シズクって読んでください……えぇと……」
「俺はリックだ、リック・ランドル……生業はまぁ、傭兵の様なことをしておる」
リック曰く、彼は国に雇われた傭兵らしく、普段は辺境の砦に詰めているらしい。
どこの砦なのかは知らないが、話しぶりからして最前線ではないようだ。
今は野暮用で王都に滞在中とのことである。
「時にシズクよ……そなたは浮遊石や魔核が軍用品だということを知っておるのか?」
「へっ?!……ぐ、軍用品?」
「はぁ……その様子だと知らなかったようだな……」
イケオジのリックによれば、浮遊石と魔核は国から一級軍事機密物資として規定されている軍用品で一般の売買が固く禁じられているとのこと……。
買う資格がない者が手に入れようとするなら、先ほどのような隠れて闇商売をする店で買うしかないらしい。
「シズクは軍用品を買う資格証を持っておるのか?」
「こ、この身分証じゃ、買えませんか?」
見習いとはいえ、研究所に勤めていならもしかしてと思い、所長のアイザックから渡された身分証を提示してみる。
(こ、これは……)
「……研究所の研究員ならば問題ない、準とはいえ正式に貴族の身分を持つからな……」
それが正式な物ならばな、という後に続く言葉を壮年の偉丈夫は飲み込んだのを、コミュ障で人付き合いが下手なシズクに察しろというのは酷と言えよう。
「シズクよ、良ければ俺が贔屓にしている店を紹介するがどうする?そこならば、正規に軍用品を取り扱っておるから、浮遊石もあると思うが?」
「本当ですか?ぜ、是非お願いします!」
打って変わったシズクの反応に戸惑うリック。
「お、おぅ……そ、即答だな……わた……俺が言うのも何だが、初めて会った男を信用するべきではないぞ?だ、大丈夫か、そなた……?」
「ハイっ!リックさんのようなイケオジなら信用できます、宜しくお願いしますっ!」
「……い、いけおじ?……何だそれは……?」
シズクのあまりの変わり様に、間抜けな顔を晒しタジタジのリック――そこには若かりし折『豪腕巨剣』の二つ名で恐れられたマーベリック・ルード・ランドール准将の威厳は皆無であった。
それから一時間後……シズクはリックの案内で職人街の端にある素材屋を訪れていた。
「誰かと思やぁ、リックじゃねぇか!久し振りだな、オイ!相変わらずスカした面しやがって、ちっとも顔を出さねぇからくたばったんじゃねぇかと心配してたんだぜ?」
カウンターの向こうに姿を現した店主とおぼしき男が開口一番、そんな台詞を口にした。
年の頃はイケオジリックよりも幾分若いだろうか。
スキンヘッドに黒い眼帯で左目を覆った隻眼の偉丈夫である。
盛り上がった筋肉質の上腕はとても素材屋の店主とは思えぬ容貌だ。
「お前も相変わらずだな、ドルフ……」
次の瞬間……
「フンッ!」
「ハッ!」
――パシッ、ガシッ!ブン、ブゥン……ッ!
ドルフの凄まじい正拳突きがリックを襲った。
リックはまるで予期していたかの様に迫る拳をいなし、躱す動作そのままに裏拳を放つ。
だが、ドルフも負けてはいない。
大きな身体に似合わぬ身ごなしでスウェバックし、流れる動作で回し蹴りを放った。
シズクは『どこの格ゲー?』とその光景に唖然とする。
最後は拳を打ち合わせてお互いにハグして健闘を讃え合うようにバシバシとお互いの背中を叩き合うむさ苦しい二人の偉丈夫。
(殴り合いが挨拶って……真正の脳筋だよ、この人達……)
途中から気が付いてはいたが漫画に出てくるようなベタなやり取りに思わず苦笑が浮かんでしまう。
「で、今日は何の用事だ?生憎、お前の大剣に使えるような魔獣素材は品薄だぞ?それとも何か?よる年波に勝てず魔銃に転向するのか?」
「バカを言え、俺は杖を突く年になろうと剣を置く気はないぞ、お前こそ拳が軽くなってるぞ?実戦不足じゃないのか?」
「おぅおぅ、言うじゃねぇか……なら、もう一勝負付き合ってもらおうじゃねぇか」
「ははっ、またの機会にしておくよ……今日用事があるのはこの娘だからな」
リックがシズクの頭をポンポンと撫でて前に押しやる。
「オイオイ、まさかお前の娘か?その年で隠し子じゃねえよな……」
「はぁ、戯けた事を言うんじゃない、誰が俺の娘だ……」
「てぇと、アスの隠し子か、あの真面目小僧もやるじゃねぇか」
「いい加減隠し子から離れろ、バカ者……俺も息子のアストリアも不倫なぞせんわ」
「そうか?口元なんかお前に似てるんじゃねぇか?」
「ほう、そろそろ黄泉に旅立ちたいと見える……長い付き合いだったなドルフ……次は向こうで会うとしようか」
そう言ってシズクの肩をバシバシと叩くドルフにリックが殺気を放って剣の束に手を添えると……。
「わぁ、バカ!わ、分かってるって、冗談だ、冗談……ま、本気になるな、リック!」
リックはフッと殺気を収めると何事もなかったかのように平静に早変わりだ。
どうやら、リックの方がドルフよりも何枚も上手のようだ。
「はぁ……相変わらず洒落の通じねぇ奴だな……ちょっとした茶目っ気くらい多目にみろよ……で、嬢ちゃんは何が入り要なんだ?ここに置いてなくても、大抵の物なら3日もあれば揃えられるぜ?」
「あ、あの……浮遊石って置いてありますか?」
「浮遊石?」
ドルフがコロリと真面目な表情に変わってリックに視線を移す。
イケオジがそれに無言で頷き返した。
「飛翔馬に使えるような上物はねぇが、中等級以下の物ならそれなりにあるが……結構値が張るぞ?いくつ欲しい?予算は?」
「えぇと……お、お金はあんまり持ってないんで……できればコレと交換してもらえると……嬉しいんですが……」
シズクは先ほどの店で出した魔核をもう一度取り出してカウンターの上に置いた。
「おまっ!ソレ、魔か……くっ!」
あんぐりと口を開けて硬直する隻眼の店主。
一瞬感じた殺気に背後を振り返って見れば、にこやかな笑みを浮かべてシズクを見守るイケオジ。
「……あ、あの……足りませんか?足りないなら、もう一つ……」
「い、いやっ!一つありゃ、足りるから出さないでくれっ!なっ、頼むからっ!」
「はぁ……分かりました?」
「な、何故に疑問型っ!!」
「……い、いぇ……なんとなく……」
商談は先ほどの喧騒が嘘のように、静かに粛々と執り行われた。
(すご~い!魔核1個で箱一杯の浮遊石が買えちゃったよ!イケオジのリックさんに感謝感激、雨あられだよ~ウフフッ……)
目的を達したシズクはご機嫌だ。
頭の中は既に魔導具の創案で一杯であった。
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――シズクが去った後、当の素材屋では隻眼の店主と自称傭兵のリックが渋い表情で顔を突き合わせていた。
因みに、リックは姿を見せた部下に密かにシズクを護衛するように命じてある。
「おい、リック!あの嬢ちゃんは何者なんだ?まさか、本当にお前の隠し子とか言わねぇよな?何で、あんな娘が魔核なんてモンを持ってやがる?俺でも滅多に拝めねぇ、軍用品だぞ?」
当の本人こそ心中穏やかではないのだが、ドルフの慌てぶりが逆にリックを冷静にさせていた。
「……いや、実は俺も驚いているところだ……」
「その口振りからすると……そんなに親しい仲じゃないのか?」
「名前は以前から知ってはいたが……顔を会わせたのはここへ来る少し前のことだ」
お披露目会の時に会ってはいるが、あれは数に入らんだろうと切って捨てる。
「ま、本気かよ……で?あの嬢ちゃん何者なんだ?立ち振舞いからして、貴族って訳じゃねえのは分かるが……」
「研究所に住む、孤児院出身の平民の娘としか情報がない……有り体に言えばそれ以上のことは分からん」
「そんな娘に軍用品を売っちまって良かったのかよ?お前の名義で取り引きしたことになってんだぜ?」
「あぁ、それは構わん」
問題はあの娘が持っていた身分証だ。
アイザックの名で仮採用された職員ということになっていたが、所長に職員を推薦する権利はあれど、人事に関する決定権はない。
王立なのだから当然である。
「あの口振りからすると魔核はコイツ一つだけじゃねえぞ……それもD級どころかそれ以上のモンを持ってるぜ、ありゃ……それにお前も気付いてるとは思うが……あの嬢ちゃんが持ってたのは魔法鞄たぞ?」
「あぁ、分かってる……正直、あの中に何が入っているのか知るのが怖いくらいだよ」
あの少女が何かしら関係があるのではと勘ぐってはいた。
だが、まさか核心を引き当てるとは予想すらしていなかった。
(竜の情報を求めて潜った遺跡で、いきなり竜と対面させられた気分だな……)
これは早急に参謀次官と相談する必要がありそうだ。
(先走って愚かな真似をしてくれるなよ、大賢者殿……)
揶揄するように称号を口にするランドール准将。
例えようのない焦慮に駆られ、大きく溜め息を溢した。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




