13 動き出す思惑②
――アスワン砦――
「准将……例の件に関する報告書です」
参謀次官のロベルトが差し出した書類の束を鷹揚に受け取ると、ランドールは暫しの時間を掛けて目を通す。
「大賢者殿はかなり派手に遊び歩いているようだな……余程金回りが良いとみえる」
「週に一度はパーティーへ出席しており……商会を始め、大手の工房、軍関係者、同じ派閥の貴族と……様々な者から頻繁に接待を受けているようです」
ロベルトの言葉に不機嫌そうに鼻を鳴らす老将。
「まるで放蕩息子のような暮らしぶりではないか!フンッ、何が学者が聞いて呆れるわ」
「ここ一年は殊に酷く、週に2日研究所に足を運ぶ程度、滞在時間も長くて3時間といった有り様です」
ランドールの眉がピクリと反応する。
「ならば、先だって発表された兵装は誰が開発したと言うのだ?」
「……おそらくですが、部下の研究員に丸投げだったのではないかと思われます」
「彼の新兵装は大賢者殿の名で発表されておる……万一自らは何もせずに部下の功績を奪ったのだとすれば……」
「事が国防に関わる大事なだけに……爵位剥奪では済まないでしょうな」
貴族は己が爵位と家名に揺るがぬ誇りを持つ。
そして、爵位とは言ってみれば勲章と道義だ、功績を認められた指標でもある。
それを不正な手段で得たとなれば、他の貴族が黙っていない。
自分の爵位にケチを付けられたようなものだからだ。
「実情は分からんが……この調査結果を陛下に報告すれば、間違いなく査問会が開かれるであろうな」
「穏健派にとって……それは避けたき事態では?」
青年士官の疑念に老将が重々しく頷く。
「じゃが仕方あるまい……もし他派閥に事が露見し、大賢者の証人喚問を要請されたりなぞすれば……それこそ穏健派は大打撃を被ることになる」
ロベルトが「それについて懸念すべき報告があります」と前置きして続ける。
「先のアスワン戦役について、嗅ぎ回っている者がいます」
「即座に情報統制はしたが……目撃者の数が数だからな……いずれ嗅ぎ付けてくる者がいるだろうとは予想していたが……どこの手の者だ?まぁ、答えを聞かずとも大方の予想はつくががな……」
「お察しの通り、三公派の間者でありましょう」
「目的は当然、銀の妖精姫よな……」
参謀次官が頷いて更に続ける。
「連中が彼の妖精姫の情報を知れば、いずれ研究所に辿り着くことでしょう」
「時間はあまりのないか……」
現況、情報戦において先んじていると思いたいが老獪な三公派を甘く見るわけにはいかない。
ともすれば、既に大賢者に関する疑惑に行き着いているかもしれない。
「早々に内定する必要がある……研究員か職員を引き込めぬか?」
「先だって脅迫の罪で更迭された研究員に接触しようとしたのですが……収監先の鉱山で事故死しておりました」
「ムゥ……口封じか」
「おそらくは……」
軍の高官としてランドールは大賢者であるアイザックと面識がある。
数回話した程度ではあるが、人となりは把握している。
虚栄心が強く、悪い意味で貴族らしい人物だったと記憶している。
(とても策謀を巡らすような老獪な人物には思えなかったが……見誤ったか?)
実情は紛れもなく事故によるものなのだが、タイミングとそれを取り巻く内情が判断を誤らせていた。
「それとご報告することがもうひとつ……研究所の名簿を確認しましたが、閣下が仰られていた孤児院出身の研究員は在籍しておりませんでした」
「うん?それはどういうことだ……既に解雇されているということか?」
「いえ、5年前まで遡って調べましたが……出自が平民の研究員は一人もおりません、念のため一般職員も確認しましたが全て一等市民のみであり、孤児院出身の二等市民はどこにもおりませんでした……ただ、妙な事がいくつか……」
一旦言葉を切ってから、青年士官が事情を説明する。
曰く――
所長のアイザックが責任者を務める第一研究室の予算に『補助員手当』という謎の項目があること。
件の『補助員手当』は毎月計上されており、額は毎回ピタリ20万ルクスであること。
そして……時折、研究所の裏門から名簿にない少女が出入りしていること。
「もしや、その少女が孤児院出の研究員なのか?」
「接触を控えるように言われていたので確認はできていませんが……おそらくそうなのではないかと……こちらがその少女の写真になります」
そこに写っていたのはとても成人しているとは思えない華奢で幼い黒髪の少女だ。
「うむ……どこかで見た覚えがあるな……」
「はい、先日の新兵装のお披露目会の折、メアリー・レイモンド嬢の補助員として彼女に随行しておりました」
「おぉ、そう言えば、レイモンド嬢の陰に隠れるようにしていた目立たぬ少女がおったな……使用人かと思っておったが随行してきた研究員であったか」
首を捻ってからポンと手を打って晴れやかな笑みを浮かべる老将。
「閣下にお許し頂けるのなら、レイモンド嬢に接触してみようかと思うのですが……」
「彼女は確か、大賢者殿の姪御であったな……どの程度関わっているかは分からぬが、内情を知っているのは間違いなかろう……接触を許す……ただ、呉々も慎重にな」
「はっ、心得ております」
しばし考える素振りをしてからランドールが徐に付け加える。
「それと……孤児の娘には私が直接会って話してみたい……内密に段取りを付けてくれぬか?」
「……その仰りようからすると……召喚ではなく閣下自ら赴かれるということですか?」
「うむ……これは私の感なのだが……その少女には何か大きな秘密があるような気がしてならんのだ……その者の人となりも知っておきたいしな」
「内密にとなると……閣下には最短でも10日以上王都に待機して頂くことになってしまいますが……宜しいのですか?」
「なぁに、構わんよ……久方ぶりに羽を伸ばすのも良い……しかも、有給休暇となれば願ってもないことよ」
「そ、それはズルいです、閣下……よもや、そちらが目的ではないでしょうね」
続く言葉を察して参謀次官の顔に絶望の色が浮かぶ。
「私が留守の間、砦の統括を頼んだぞ」
「うぐっ……し、承知しました……」
喜色に肩を揺らす老将に、がっくりと肩を落とす青年。
その頃、当の少女はと言うと……遠い地でくしゃみをしていた。
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ふぇ……クチュンッ……
「はぁぁ……突然にくしゃみとか……誰ぞアタシの噂してるんじゃ……な~んてね」
一度言ってみたかった台詞を口にしながら、シズクは大きく伸びをして「ふぅ」と一息吐いた。
目の前の作業台には走り書きしたメモに本、それに得体の知れない魔法薬の瓶が散乱し、散々たる有り様である。
「はぁ~、ともあれやっと完成したよ~」
仕上がったばかりの魔導具を高々と持ち上げ感慨深げに独り言を溢すシズク。
薄汚れたヨレヨレの白衣、ボサボサの髪に寝不足でクマが浮いた目元……ニマニマと薄気味悪い笑みを浮かべるその様はマッドサイエンティストそのものだ。
知らぬ者が見れば即通報案件であろう。
「よ~し、早速試験飛行しなくちゃ♪」
左手のバングルを操作すると、シズクの目元に半透明のバイザーが現れ、微かな起動音と共に青い魔力の燐光がバイザーを包む。
それと同時にシズクの黒髪に銀のメッシュが混じった。
「……ドローン起動……」
次の瞬間、作業台の上に置かれた魔導具が宙に浮かび上がった。
四基のプロペラが回転音を響かせ頭の高さ程で滞空する。
リンクしたバイザーの視界にドローンのカメラ映像が映し出された。
「……消音機構を起動……」
起動確認ランプが青から緑へと変化した途端、それまで室内に響いていたプロペラの回転音が嘘のように消失した。
「よ~し……これで偵察や追跡に使えるかな……あんな煩い音出してたら尾行もへったくれもないもんね……あとはこの風をどうするかだけど……」
音は既存の消音魔法式を組み込むことで解決したが、プロペラから生じる風だけはどうにもならなかった。
試しに風の魔法式を組み込んでみたところ、ドローンが誤作動を起こして、さながらロケットの如く吹っ飛んでしまった。
魔法式を調整したり、本体のセンサーを調整したりと試行錯誤してみたが結局上手くいかなかった。
「浮遊石が手に入れば一発で解決するんだろうけど……アタシのお給金じゃ、とても買えないしな~」
そもそも軍用品なので、買うにはそれなりの立場と資格、それに役所への届け出が必要となるので、見習いの身分証しか持たないシズクには購入する資格自体ないのだが……。
「浮遊石ってどこで採掘してるんだろ……樹海の奥とかに行けば手に入らないかな……」
ともあれ、側に近寄らなければそれほど風は感じられないし、基本的に屋外で使用するのだから然したる問題はないだろう。
もし、浮遊石が手に入ることがあれば、また改良すれば良かろう。
「あとは稼働時間と……どこまで遠隔操作が可能なのか実験しなきゃだね」
そう言って立ち上がろうとした矢先……。
――トントン……
不意にノックの音が室内に響き渡り、シズクのすぐ目の前にホログラムモニターが浮かび上がった。
「うわわっ……」
――ドンガラ、ガッシャーン……
驚いて仰け反った拍子に椅子ごと後ろに引っくり返るシズク。
「い、痛ったぁ~」
強かに打ったお尻を擦りつつ見上げれば、防犯モニターには金髪美女の姿が映し出されている。
「えっ?メ、メアリー様?……な、何で?」
一瞬訳が分からずフリーズするも、再び響いたノックの音に慌てて再起動する。
「ま、待って今出ますっ!あわわわ……し、収納、収納……い、椅子を片付けて後は……はっ!!」
慌ててバングルを操作して一番見られては不味いバイザーを仕舞う。
そして、鏡を見て黒髪に戻っていることを確認してから戸口にダッシュした。
「お、お待たせっ……し、しましたっ……ハァ、ハァ……」
「……何やら凄い音がしてましたけど……大丈夫なのかしら?」
「……ち、ちょっと躓いて椅子を倒しちゃっただけなので……ご、ご心配なく?」
「何故、そこは疑問型なのです?……まぁ、それよりも、ちょっとお邪魔させて頂きますわね」
「えっ?」
極自然に室内に入るメアリーに、シズクは制止する暇もない。
「……こ、これは……何とも形容し難い有り様ですわね……」
「アハハハハ……す、すみません……」
急いで作業台の上の物を端へ寄せ、メアリーに椅子を勧める。
そして、部屋の角に置いてあった椅子を持ち出して埃を払い、対面に腰を下ろした。
「そ、それで……アタシに……何の御用で?」
「はぁ……ここが貴女が勤務する第8倉庫ですか……作業小屋ではありませんの?」
「えぇと……以前は庭師の方が住んでたって聞いてます……今は倉庫?というか、アタシの作業小屋で……住居でもあります……」
「えっ?貴女、ここに住んでますの?」
シズクの言葉に口を開けたまま固まるメアリー。
所長のアイザックに言われて寮代わりにここに住んでいることを告げるとメアリーが呆れたように手を額に当てる。
「伯父様はいったい何を考えてらっしゃるのかしら……」
「で、でも……誰も来ないし……静かで研究するには凄く良い環境……ですよ?」
見た目はボロいが刻印魔法で補強してあるので下手な建物より頑丈である。
しかも、先日防犯対策も講じたのでセキュリティ面も万全だ。
日常生活にしても必要な魔導具は自作だが一通り揃っているし、魔法があるのでライフラインも全く問題ない。
強いて言えば林の中に建っているので陽当たりが悪いことくらいだ。
「貴女が満足しているのなら、私がとやかく言う事ではありませんわね……ですけど……」
軽く咳払いをしてからメアリーが続ける。
「もう少し室内を見目良く整える必要があるのではなくて?それに……以前も申し上げたように、身形をきちんとすべきではないかしら?何ですの、そのヨレヨレの白衣は……そもそも……」
それから凡そ30分……シズクは『淑女とは斯くあるべき』という話をコンコンとお説教された。
「す、すみません……アタシ、これしか白衣を持ってなくて……」
着替えもあまり持っていないので、取り敢えずシズクは全身に浄化の魔法を掛けて済ます。
ヨレヨレなのはどうにもならないが、汚れさえ落ちれば多少はまともに見えるだろう。
後は室内の片付けだが……。
「……ッ?!……い、今の魔法は何ですの?」
「へっ?何って……生活魔法?」
問い詰める様な勢いに、言葉使いも忘れ、思わず素で応えるシズク。
「せ、せいかつ魔法?……何ですのそれは?」
「え、いや……日常生活で使う、便利な魔法?」
「………………」
簡単に説明すると、メアリーがはぁと大きく溜め息を溢した。
「つまり、日常生活に特化した魔法だから『生活魔法』ということですのね……色々意味不明ですが、単語に関しては取り敢えず理解はできましたわ……それはともかくとして……」
やけに真剣な顔のメアリー。
「先ほどの魔法はどうやって発動したのかしら?貴女、詠唱してませんでしたわよね?杖どころか、魔導具も持ってないようでしたし……」
魔法の発動には幾つかの手段がある。
先ずひとつは刻印魔法――魔法文字と数式を書き綴り、魔法式を構築した上で魔力を込めて発動させる手法。
これは専ら魔導具に使われている古来からの技法である。
次に詠唱魔法――文字通り、魔法言語を決まった組み合わせで詠唱し、イメージと魔力操作を駆使して発動させる手法。
これは古式魔法とも称されており、実用までに長い研鑽と修練が必要になるため、ここカイゼルト魔導国ではやや廃れ気味の技法である。
最後に杖魔法――複合魔法とも、近代魔法とも称される手法で杖(媒体)に予め複数の基本魔法式を刻んでおき、キーワードでそれらを複雑に組み合わせて発動させる。
これは魔導銃を始めとした各種兵装に使われている技法である。
それぞれにデメリットメリットが存在するのだが、ここカイゼルト魔導国においては杖魔法こそ最も優れているとする考えが大半を占めている。
因みに、シズクが取った手法は前述にない第四の手法――無詠唱魔法である。
頭の中に魔法文字と数式を組み合わせた魔法陣を思い描き、イメージと魔力操作のみで発動させる手法である。
シズクがこの手法を修練したのは、一重に厨二チックな詠唱が恥ずかしいからというつまらない理由からなのだが……。
「……つまり、貴女は無詠唱魔法が使えると言うのですね……?」
(こ、これは……もしかして、マズイ流れなのでは……?)
声のトーンが下がり続ける金髪令嬢に、シズクは危機感を覚える。
「そ、そんなに御大層な代物ではないですよ?コツが分かればメアリー様だって普通に使えますよ?……多分……」
貴族に――メアリーに目を付けられるのを全力で回避すべく、シズクは先程の浄化魔法についてレクチャーする。
紙に基本の魔法文字と数式を書いて都度細かい説明を加えていく。
「つまり、この部分が『清浄』を示し……こちらの部分が範囲と強度を指定する数式となるのですわね?」
「はい、『聖刻文字』――古代魔法文字には表意文字と表音文字の2種類があって、この最初の絵みたいな文字が意味するのは『揺蕩う清浄な世界』で……後に続く文字で発動の制御を行っている感じですね……あとはこれを頭に思い描いて魔力操作をしてやれば発動します」
「……やってみますわ」
それから夕刻までの凡そ5時間――シズクはメアリーの無詠唱魔法の特訓に付き合わされることになった。
因みに、シズクの献身的な教唆と本人の飽くなき努力の甲斐あって、終わる頃には不完全ながらも浄化魔法が発動するようになっていた。
「感謝します、貴女のお陰で今日は大変良い経験ができましたわ……ふふっ、また、宜しくお願い致しますわね」
「はぁ……どういたしまして?」
満面の笑みで辞去を告げるメアリー、それに疲労困憊で返すシズク。
(こ、この人は……一体何の用事があってきたのよ~)
できればもう来ないで下さいとは、口が裂けても言えないコミュ障で小心者のシズクであった。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




