12 動き出す思惑①
恙無くお披露目会が終了した日の夕刻、とある客室で密談が行われていた。
顔を合わせるのは貴族社会の頂点に立つ人物、三大公爵家所縁の者達である。
「重責を担う身としては、新たな対抗兵装が開発されたことには喜ぶべきであろうが……些か面倒ではあるな」
「左様ですね……またぞろ武闘派の連中が調子付くでありましょうな」
カイゼル髭を撫で付けながらぼやく壮年紳士の言葉に見目麗しい金髪碧眼の優男が頷く。
そこへ、老齢の偉丈夫が賛同を示す様に口を挟む。
「貴公の御息女が圧倒的な力を見せつけてはくれたが……それは彼奴等とても同じこと、騒ぎ出すことは火を見るより明らかじゃな」
髭の紳士は東方公爵ことエウロス公――アーロン・ノル・エウロス45才、蒼玉の継承者オリビア・エウロスの実父である。
金髪の優男はルーカス・ノトス25才――南方公爵ノトス家の嫡男にして次期当主だ。
そして、最後の偉丈夫はダリル・ノル・ゼピュロス62才――西方公爵ゼピュロス公である。
因みに、ミドルネームの『ノル』は公爵家当主を示し、王族は『ヴァン』、侯爵以下の貴族当主は『ルード』となっている。
「我が娘と紅玉の示威行為が差し引きゼロとなると……彼の『スパイダー』なる兵装が目立ってしまった分、主戦を唄う連中が黙ってはおらんだろうよ」
エウロス公が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
ルーカスが苦笑いを浮かべて頷く。
「彼の兵装はかなりの威力でしたからね……それに魔法障壁をあのような手段で易々と無力化した様には唖然とさせられましたよ」
「……大賢者殿の所業よな……彼の様な天才が我が国に居てくれたのは僥倖と言えようが……我等の派閥でないことがつくづく残念でならぬわ」
「近接の1式と2式、遠距離の3式、そして今回の4式……これまで弱点とされてきた中距離を見事に補ってきましたからね……流石としか言いようがありませんよ」
「アレは最早補うどころの話ではないな……あの火力で援護を受けるならば、やりようによって近接の部隊の働きは2倍にも3倍にもなり得る、単純な加算では済まぬであろうよ」
「そこへ来てあの障壁無効攻撃だからな……大賢者殿をこれ程恨めしく思ったことはないわ」
カイゼルト魔導国は大陸随一の魔導技術を誇る魔法大国だ。
大陸北部の国々を短期間で易々と滅ぼした金眼魔獣の侵攻を食い止め、人族の生活圏を今尚守り抜いている功績は大陸中が認めている。
その中にありて、天才と呼び名高き大賢者の存在は果てしなく大きい。
遺物を解析して実用に漕ぎ着けた功績も含めれば国への貢献度は計り知れないであろう。
「近々、絶えて久しい尊爵の爵位が授与されるのではと、専らの評判ですからね」
『尊爵』とは開国時に最たる功績を示した唯一人の重臣に与えられた爵位である。
その位階は王族の縁者たる公爵に並ぶとされている、今はなき幻の爵位である。
「うむ……流石にそれは見過ごせぬな……救国の頭脳だと騒がれている分には問題はないが、政治にまで口を挟むようなら、それなりの対処が必要となるであろうよ」
「彼の御仁は穏健派でありましょう?そこまで目くじらを立てる必要がないのでは?」
優男が疑問を呈すればエウロス公が代わりに応えて言う。
「ルーカス殿……後々問題が起こってからでは遅い、ならば今の内に枷を嵌めておこうと老公はお考えなのですよ」
「枷……ですか……具体的には?」
英才教育を施され、俊傑と名高い嫡男だが、老獪な二人の狸にはまだ及ばぬようだ。
「尊爵の授与を我等の口から陛下に奏上すれば良いのだよ……ダメ押しに魔導学園の学長の座もくれてやれば問題あるまいよ」
「おぉ、流石は老公!どうせ尊爵が与えられるのであれば、こちらから恩を売っておこうと言う訳ですね」
ルーカスが大仰に賛嘆すれば、エウロス公が意を得たりとばかりにポンと膝を打つ。
「なるほど……彼の御仁は嘗て学長の座を巡って敗れた経歴がありましたな……屈辱を晴らす機会まで用意するとは……いやはや、老公には敵いませぬな」
嘗て北の公爵と唄われたボレアース家を没落に追いやったゼピュロス家の血統だけあって権謀術数はお手のものだ。
ゼピュロス家だけは敵に回したくはないなとエウロス、ノトスの二人は内心に思う。
「あぁ、お二方にひとつ良き報告があります……我が妹のカミーラがこの度めでたく黄玉の継承者に選出されましたよ」
ルーカスの言葉に二人が喜色を浮かべる。
「ほう、それは重畳!此度の選定の儀には武闘派の娘も名乗りを挙げておったからのぉ……ヤキモキさせられておった」
「これで戦力バランスは以前の通り穏健派と肩を並べる結果となりましたな……となれば武闘派も多少は静かになるのでは?」
数の上では穏健派と並ぶ形だが、戦力的には三公派が先んずることになる。
「であれば良いが……やはり先の新兵装が目立ち過ぎたのが痛いのぉ……」
「忌々しい脳筋どもが!仮に金眼どもを追いやり北の地を手に入れたとしても国が疲弊すれば隣国が座して見過ごすわけがないと、何故分からん!」
「フン……連中は武功を上げることしか頭にないのだろうよ」
機嫌の悪さを隠しもしない二人の間に、ノトスの嫡男が更なる爆弾を投じる。
「それと懸念すべきことが一つ……穏健派が例の少女について嗅ぎ回っているようです」
その言葉にピクリと眉を揺らす老獪な狸。
「例の少女……『紫電銀姫』とか言われておる噂の遺物持ちのことじゃな?」
「その噂は私も耳にしておりますが……本当にそのような少女が実在するのですか?聞けば信じられないような話ばかりで……またぞろ、主戦論を煽るために武闘派が意図的に流したゴシップでは?」
首を傾げるエウロス公に、ルーカスが懐から書類の束を取り出してテーブルに置いた。
先ず老公がさっと目を通し、エウロスに手渡した。
読み進むにつれ、カイゼル髭を撫でるエウロス公の手が止まる。
「バカな……数十体の金眼種を30分足らずで殲滅だと?」
「システムトラブルにより記録映像は残っておりませんが確度の高い情報です……件の砦では即座に情報統制されたとのことですが、あまりに目撃者が多いのでこちらまで情報が回って来たのです」
「ウムゥ……にわかには信じられぬな……S級と言えばオリビアでも苦戦は免れぬ相手なのだぞ?それをこうも短い時間で討伐するなどと……あり得ぬ」
「正確には金眼種を含めた全ての魔獣を討滅するに要した時間が30分という数字なのです……因みにS級はもちろん、等級に関わらず全ての魔獣が魔法一撃で滅びたとの話ですよ」
青年の有能さを良く知るだけに、エウロス公は懐疑の言葉を飲み込んだ。
そこへ、腕を組んで黙していたゼピュロス公が徐に口を開いた。
「あまりの内容だった故、緒言は避けたが……ワシもほぼ同様の報告を受けている、付け加えるとすれば……」
今度は老公が書面を取り出してテーブルに置いた。
エウロス公に続きルーカスが書面を一読する。
「異なる技術体系に……秘された遺跡の存在ですか……」
「こ、これはまた……突飛な……」
そこに記されていたのは専門家による考察だった。
現在確認されている五つの遺物の類似点に始まり、未確認の遺物との相違点が様々な視点から書き連ねられている。
その結論として、導き出された答えが件の遺物は異なる技術体系によって製作された物であり、現況を鑑みるに秘された遺跡が存在するのでは?と括られていた。
「件の遺物が規格外な代物なのは私も同意見ですが……秘された遺跡が存在するなどと言うのは……流石に穿ち過ぎでは?」
疑問を呈する東方の狐に西方の古狸が重々しく頷く。
「ワシも頭の固い学者が言う事など鵜呑みにはせぬ……だが、否定する証拠もないのもまた事実……ならば可能性を考慮して対策を練るは当たり前の事ではないかの」
もし、仮に秘された遺跡が存在するとなれば、王家が深く関わっているのは自明の理だ、となれば……。
「最大派閥を誇る我等に対抗するための切り札といったところでしょうか……」
「研究された技術はいずれ研究所から発表されるであろうが……遺物の独占だけは何としても阻まねばなりませぬぞ、老公」
「左様よな……追記された最後の一文が真なれば由々しき事態と言わねばならぬ」
唸るような老公の言葉に、居合わせた3人の視線が書面へと落ちる。
そこに記されていたのは……。
『尚、諸々の事象を鑑みるに、件の遺物は現在発見されている遺物よりも高い技術を持つ集団によって製作された可能性が高い』
書き手の興奮が伝わってくるやや乱れた文字列であった。
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同時刻、別の場所では身内を集めたささやかな宴が開かれていた。
砦の最奥、貴族用のホールに集まったのは武闘派と呼ばれる面々である。
「彼の『スパイダー』なる兵装はなかなかに見事な出来であったな」
「左様左様……我等の要望に見事応えてくれた大賢者殿には感謝してもし足りぬ」
「北の大地を我が国の領土となるのもそう遠くない未来ですぞ?」
盃を手に語る男達は皆ご機嫌だ。
「その中でも、一際輝いておられたのは、何と言ってもロイエンタール卿の御息女ですぞ」
「正に正に、東の狐の娘も目立っておったが、リリーナ嬢のあの火力を前にしてはステーキに添えられた副菜に過ぎないと言うものよ」
「父親としてはもう少し淑やかにあって欲しいのだがな……アレは姉以上にお転婆でな……正直な話、私でも手が付けられぬわ」
それに赤髪の偉丈夫が自嘲気味にぼやいて言う。
ここガルト砦の主、アベル・ルード・ロイエンタールである。
東公爵こと、アーロン・エル・エウロスとは同期生であり、何かと対立してきた好敵手でもある。
「何贅沢な事を申される、姉妹揃ってアレだけの功績を挙げておられるではありませぬか」
「戦功ばかりではありませんぞ、兵達には女神のように信奉する者達で溢れておりますからな」
お世辞だとは承知しつつも、娘を褒められてアベルも悪い気はしない。
「だがな、姉のセーラは今年で21になるというのに兄のビルツよりも強い男でなくば嫁には行かぬと申して縁談を悉く袖にしておるのだぞ……それに嫁まで娘の味方をするものだからな……頭が痛いわ」
「北の剣王と呼ばれるビルツ殿よりも強い男ですか……そ、それは流石に……」
咄嗟に良き言葉が思い浮かばず口ごもる男に、別の紳士言葉を継ぐ。
「ゲルト卿、貴公の御子息は槍の達人と名高いではないか、立候補されてみては?」
「何を言われる、某の愚息なぞビルツ殿に比べれば霞んでしまうわい……東部の猛虎と名の知れたレーベン卿の弟君が相応しいのではないか?」
貴族とは言え、居合わせる者は皆武骨な軍人ばかりである。
飾らぬ言葉が飛び交うが、それを咎めるような無粋な者はいない。
そんな中、ロイエンタール辺境伯は一人静かに盃を傾ける青年に目を向けた。
「モンド卿……なにやら深刻そうな顔をしておるが……どうされた?」
「いえ、先日西の辺境に配属された知人から少々気になる手紙を貰いまして……」
そう言ってモンド卿が懐中から封筒を取り出して辺境伯に手渡す。
「……私が読んでも?」
「御随意に……後で閣下にご報告しようと思っていたので……」
手紙に視線を走らせるロイエンタールの顔に真剣な色が浮かぶ。
そこに記されていたのはアスワン砦で起こった事件の詳細と、謎の遺物使いに関する情報である。
謎の遺物使いについてはロイエンタール伯も何度か報告を受けていたが、傭兵どもが敗戦を取り繕うための虚言だと切って捨てていた。
「貴公の知人とは……どのような人物であるか?」
「ハハハッ……バカがつくほど実直な男ですよ」
言葉に込められた真意に、青年は的確な台詞をもって応える。
ロイエンタール辺境伯が戦場へ向かうが如き顔で青年に耳打ちする。
「後で執務室に来てくれぬか……少し相談したき事がある」
「閣下の御心のままに……」
現況、支配階級においてシズクの秘密に気が付きつつあるのは元凶のアイザック所長を除けばメアリーが最も先んじている。
だが、それとても精々秘密の2割といった程度である。
最も核心的な秘密に至っては女豹の牙の面々――いや、お気楽猫を除いた女ハンター二人のみであろう。
そんな中、後塵を拝しながら武闘派も暗躍を始めようとしていた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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