第70話
「う、うるさい!うるさい!うるさい!お前みたいにっ…、お前みたいに何時も良い子ちゃんぶってる奴が全部持ってるなんて許せねぇっ!
喧嘩だけは、喧嘩だけは卑怯者のお前に譲るかっ!!」
薫はギリっと奥歯を噛み締め、カッターを持つ手を横に振る。
それは傀から投げられた言葉を振り払うが如く、暴れ回った。
刃の仇を取ってやる__
彼がそう思うのも仕方ない事だった。
薫達は刃が居ないときに傀に手を出す事はこれ迄なかった。
それに加え、刃が最近登校して来ていないのも、傀が刃をコテンパンにしたからと、勘違いするのも仕方ない事だった。
勿論それは間違いだ。
刃が登校していないのは傀には関係がない話だし、傀が此処まで強くなれたのは 靴の裏が擦り切れるほど走ったり、何度も地面に叩きつけられたお陰だった。
卑怯者__それは彼自身の成長であり、ただ努力もせずに堕落し、鬱憤を弱い者で晴らす真の弱者が張り合える者ではない。
その言葉に傀は眉を顰めた。
「卑怯って何?今まで無抵抗にボロボロになっていたこと?それとも複数人相手でも倒せる力の事?それよりも、その自分の手に持っているものにはなんとも思わないの?僕は何も持っていないのに…」
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『あぁ──────!』
薫の裏返った声が校舎と隣の杉林を止める石壁に反射して響き渡る。
その声と共に、薫が自分の腹を突き刺そうと向かってきているのがスローモーションのようにゆっくりと見える。
事故や命の危機のとき、時間を切り取ったように止まって見えることがあると聞いたことがあるが、全てはここからどう判断し、動くかで今後が決まる。
まず、鋭く光る刃物の位置から カッターをお互い無傷で取り上げるのは不可能な位置まで来てしまっているのを確認する。
一定の間合い以内の状態で、互いに怪我なく刃物を取り上げるのは不可能な話なのだ。
何故なら、敵は本気で殺しに来ているから。
それは優秀な兵士でも至難の技であり、どちらか片方は必ず怪我をする。
だがしかし、方法がないわけではない。
一回で止める必要はない。
避けて、避けて、避けて、不意を突く
こちらが動ける間合いまで間合いを広げてから取り上げるのだ。
けれども、今の状況から後ろに下がれるだろうか
もう一度、全ての考えをリセットするかのように、深い深呼吸を一回する。
その酸素は脳に周り、何が一番理想的に合理的に彼を倒せるのかを教えてくれる。
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『あぁ──────!』
薫の裏返った声が校舎と隣の杉林を止める石壁に反射して響き渡る。
傀はいつの間にか瞑っていた目を見開き、腕を振り上げた彼を見つめる。
距離感も、タイミングも何をするかも何となく理解できる。
それは気持ち悪いぐらい自然に_
一歩薫から距離を取るようにバックステップで下り、左足が地面を踏み締めたと同時に、右足を薫の顔面目掛けて蹴り上げた。
前に突き出された右足は、カッターが傀に触れる前に薫の頭にぶつかり、薫は倒れ込む。
こんなに簡単に足が上がるようになっているとは思わなかった。
不思議と 出来る確証はあったが、やっぱり驚いてしまう。
緊張が切れると同時に、襲いかかって来た酷い疲労から、膝からぐずれ落ちる。
酷く痛む頭にしばらくは動けそうにない。
「いやぁ、ミッチーってめっちゃ強えんだなぁ〜」
後ろから聞こえた声に、心臓が飛び出そうになる。
もう起きたのか?もう、しばらくは動けそうに…
……ミッチー?
身動き一つ取りたくはないが残っている力全て絞り、後ろを振り向くと見慣れた顔がそこにあった。
ホッと胸を撫で下ろし、沼田の差し出された手を借り立ち上がる。
「沼田君、なんでここに?」
「いやぁ〜、ミッチーが少し心配で見に来たんだけど、三人相手でも、簡単に投げ飛ばして倒しちゃうから、驚きだよな」
バシバシと肩を叩いてくるが、それが不思議と安心する。
「見てたなら助けてくれてもよかったじゃん…」
「いや、ほんとごめん。つい見入っちゃって…。って、それよりもこいつら…一応保健室に運んだ方がいいんだろうけど、こいつはどうする?刃物とか警察案件だろうけど」
沼田が薫に近づき、その手に持っていたであろうカッターを拾い刃の部分を指が切れない様にそっと触れる。
「ど、どうしよう、あまり大事にはしたくないんだけど…」
息を吐く間も無く現れた問題に、傀も沼田の後ろから薫の顔を覗き込んだその時、沼田がクスッと笑いそのカッターを傀の目の前に突き出した。
「た、多分だ、大丈夫じゃ、ないかな」
「くふふふ、こ、これ、おもちゃみたいだし」
「え⁉︎」
沼田からカッターを貰い、刃の部分を触ってみると、柔らかいシリコン製で刺さるとフニャっと軽く曲がる様に出来ていた。
勿論痛くない。
「ほらな。…しかもご丁寧に銀に塗装して汚れまで再現していやがる。なんか、逆にリアルなところが腹立つなぁ〜」
「本当にね」
二人で顔を見合わせて、またクスッと笑い、沼田が立ち上がった。
「俺がこいつと そこで痛がっているやつを連れて行くから、もう一人の伸びてるやつを頼む。こいつよりか軽いだろうし、すまないが頼むわぁ〜」
「う、うん」
傀が返事をすると同時に、沼田は薫の体を起こし、おぶるように担ぎ頭を打って転がっている佐助の首根っこを掴み上げ肩を組む様にその場を去っていった。
残ったのは一番小柄な美智也と傀だけだった。
沼田のように担いで連れて行ってあげるのが理想ではあるのだが、今の疲労感ではそれは叶わない。
誰かに頼るのも、この状態的に良くないのは考えるまでもない。
「大丈夫ですか?」
どう運んだらいいのか少し迷っていると後ろから聞き覚えのある女子生徒の声が聞こえた。




