第69話
「さ、さっさと答えろよ!傀 テメェ、何やったんだって聞いてんだよ!」
またも薫の声が反響する。
いつもの彼らしく無く、怯え、キョロキョロと周囲を見回す仕草に、何処か胸のつっかえが取れる様な感覚に笑みを漏らす。
素直に、教官に教えてもらった技だと言ってしまおうか。
脳内に生じた少しの迷いを振り解き、決まり事を思い出す。
『あちらの世界のことを 妄りに他者に教えてはならない』
元より、教えたところで ではあるし、必要性も全くない。
第一、教えたいとも思わないが。
「ただ投げただけだよ」
肩を竦めながら、軽い口調で言い放つ。
警戒されている状態での一対一はかなり難しいものだが、物怖じしている彼ならば 簡単に投げられるだろうと、踏んだ上での一言だった。
最適解とも思える言葉の威力は凄まじいらしく、薫の表情が引き攣っているのが見て取れる。
どうして最適解な言葉だったのか、それは"投げる"と云う言葉は 圧倒的な力を持つ者しかできないイメージが強いからだ。
勿論、小さな力でも投げられる技もあり、その上コツさえ得れば 然程難しいことではないが 余りにもイメージとかけ離れている。
その上、二人を投げたともなれば、イメージは飛躍的に超人的なものへと変貌するのだ。
「い、いや、あり得ねぇだろ。二人同時だぞ? まさか傀なんかに…」
「かもしれないけど、今やってみせたでしょ?」
強気に言って見せれば、薫の瞳が泳ぐ。
「お、俺は信じねぇーぞ。あれか?双子の兄弟とかだろ?兄弟がいじめられてるなら助けるのが当然だもんなぁ〜!」
「そんな事ある訳ないじゃん。僕一人っ子だし」
薫は黙り込んだ。
黙るしかなかった。
今、どう傀を倒すか、倒せるのか、仲間を置いて逃げ出しすか、逃げられるのかを必死に考えていた。
会話をしながら考える力は薫にはない。
「チッ、あーあ 最悪だ!これなら刃の言う事を聞いとけば良かったなぁ」
頭をぼりぼりと掻きむしり、薫は俯く。
口から溢れる後悔の言葉。
「っま、でもいいか、これぐらいじゃ人間なら死なないだろうし」
そう言うと、薫はポケットからカッターを取り出しカチカチカチと刃を剥き、それを傀に向けた。
逃げることを彼のプライドが許さなかったのだ。
その鈍く光刃は、舞い上がっていた傀の胸にヒヤリとした何かが触れる。
ジャラリと音を立てた それに、息を呑み込む。
熱くなった頬にそっと冷たい手で触れ、教官の言っていた言葉を思い出す。
訓練所でやったナイフを相手から奪う訓練。
覚えておいて困る事はないが、傀にとってはあまり必要ないものだと思っていた。
何故なら、盗賊退治などをもやる気はなかったし、そう言った裏道などに行く予定もない。
それをやる時間があるならば、狩り や 武器同士の戦闘の訓練をした方が強くなれると思っていたからだ。
だが、今この状況下に置かれてようやくあの訓練の意味が理解できた。
戦うのは動物だけとは限らない
人間が襲ってくることも十分にあり得る話だ。
もし、武器など取り上げられ多勢に囲まれたとき
もし、戦闘中に武器が壊れたり、何かの拍子に落としたり…。
そんな時に相手の武器を奪い取ることが出来れば、それだけで生存率は跳ね上がる。
「あぁん?何だその目。その反抗的な目がウゼんだよぉ!まずその目から潰してやってもいいんだぜ?」
不敵に頬を上げて笑う薫に向ける言葉を探すが、出てこない。
ふぅ 、と ため息混じりの息を吐き、心から思った言葉を吐き出す。
「さっきから聞いていれば独りよがりだなあ…?勝手に喧嘩売ってきて、勝てないと分かると武器を取り出して脅す。他にやることないの?」




