<94> 黒川徹の心境の変化
黒川徹は、リサに対する憎しみの気持ちが消えたことに気づいた。確実に殺すためにリサに関しての情報を集めていたが、憎しみの感情はなく、映像を見ても今はただの可愛い少女にしか見えない。白神響子に対しても、自分の手で殺めるようなことをしたことを後悔する気持ちに変化してした。
黒川は自分の感情のコントロールが上手くいかないことに困惑していた。しかし、過去に自分が行った行動に対して申し訳ないという思いとなった今は、何らかの形での償いをしたいと思うようになった。
それで、殺すために集めていた情報を、謝罪のために使うことにした。リサという少女は白神響子と関係があるに違いない。だから会って謝罪しよう。そう思った。田中太郎の連絡先ならわかっている。なにしろあの有名な田中コーポレーションの社長だからだ。しかし、突然電話しても意味不明だろうし会ってくれるはずもない。こちらはただの一般人だ。そう思って、電話するのをやめた。それに今は仕事中である。まずは、今日の仕事を終わらせよう。
黒川は、一般の会社に勤める会社員である。だから朝九時から夜の一九時ぐらいまでは仕事をしている。大学を卒業して入った会社にとりあえずは勤めているが、一生ここで働くかというと、まったくそんなつもりもなく、しかし、転職を考えているということでもなくという程度の気持ちで働いているのだった。
在庫管理と足りない品物を発注したり、売れない品物を確認して販売中止リストを作ったりと、自分でなくてもできる上に、将来的には自動化されてなくなる、そのような仕事である。実際に、黒川はデータベースからエクスポートしたデータをエクセルのVBAで自動化し処理にかかる時間を短縮したところ、五時間かかっていた仕事が五分で終わるようになった。だから、自分よりも前にこの仕事を担当していた人が残業しても終わらなかったのに、自分の仕事だけなら定時にでも帰れるようになった。でも、仕事は連帯責任なところがあり、他の人が終わらない仕事があれば、自分が手伝わないといけない。
「大川課長、今日は他に何かやることはありますか?」
「黒川君、そうだな。今日は特にないから帰ってもいいよ」
「ありがとうございます。では今日は業務報告をして帰ります」
黒川は、今日は十八時で帰れることになり、帰る支度をしていた。すると、自分に会いに来た人がいるというので、対応することにした。予定では、今日の来客はないはずだった。しかもこの時間にである。自分を呼びに来た女性が、震える声で言った。
「黒川さんに会いに来た人なんですけど……あ……あの、田中コーポレーションの社長とリサさんなんです。どういうことなんでしょう?」
「なんだって?わかった、急いで行く。田中コーポレーションの社長は俺と同じ小学校の同級生だったんだ」
「小学校の時の同級生ですか?今までそんなこと、聞いたことありませんでしたけど……」
黒川は、田中太郎とリサのいる部屋へと急いだ。お詫びをしたいと思っていたが、会うことができる相手ではないと思っていたのだ。なにしろ有名な会社の社長と、TV出演をなんどもしているリサだ。そんな有名な人たちに会う手段など、普通は持っていない。それが相手から来てくれるなんて、信じられない。
失礼しますとドアをノックし、部屋に入る。そこには、確かに二人がいた。
「黒川徹です。私に会いに来て頂いた理由は、白神響子さんの件ですよね」
田中太郎とリサの表情は怒っているような表情ではなく、むしろ久々に会う旧友に対するもののように感じた。
「黒川さん、私のことはわかりますか?」
「リサさんは、白神響子さんの生まれ変わりですよね。白神響子さんには申し訳ないことをしました。お詫びのためにこちらからお伺いしようと思っていました」
黒川がリサのことを生まれ変わりだと分かったことに、リサは不思議に思った。見た目ではそれほど白神とリサは似ていないのだ。それに、性格も白神だったころと今では違っているように感じるはずだった。当時は暗い表情をしていることが多かったので、今のリサとは印象が大きく違う。
「不思議ですね。どうしてわかったんでしょう」
太郎は、黒川がリサのことを白神の生まれ変わりだと思ったことには不思議に思わなかった。それよりも、黒川が謝罪を求めて自分たちが来たのだと勘違いされてはいけないと思い、黒川に言った。
「僕たちは、黒川君に謝罪を求めに来たわけではないので、そんなに固いのはなしでお願いしたいのだけど。確かに白神響子さんを殺した犯人ではあると知っているけど、僕もリサも怨んではいないから」
「そうですよ。そんなことぐらいでは怒りませんよ。私は」
黒川徹の目に熱いものを感じた。自分が殺した相手に慰められたのだ。どんなに償っても、償いきれるような立場ではない自分であるにも関わらずである。
「そんな……だって……まだきちんと謝罪もしていないのに、どうして……」
「だって、私のことが憎くてしょうがなかったんでしょう? だったら仕方がないんじゃない? それに謝って欲しくて来たんじゃないの。そうよね。太郎」
「黒川君、僕の会社で働かないか? ぜひやって欲しい仕事があるんだ」
黒川徹は、償いの気持ちから「何でもします」と田中コーポレーションへの転職を約束した。しかし、その待遇を聞いて驚いた。月給五十万円? 最初から役職が課長? 週休完全二日? なんで?
「私の知り合いのジンがね、黒川さんが最適だって言ったの。だから、こちらからお願いしに来たの。ジンの言うことは間違いがないから」
役に立てることであれば、何でもやろうと思っていたのだが、待遇が良すぎて恐い。でも償いだからなんでもやろうと思っているので、黒川徹はすぐにでも会社を辞めて田中太郎の会社に行くことを約束した。
仕事内容は、在庫管理であった。しかしながら今までの会社の在庫管理と規模が違い過ぎる。取引先は世界中。その中で取り扱っている商品も金額が桁違い。しかも多くの部下を持つ立場。黒川徹は業務改善のために大きく貢献するのであった。




