<91> 最終決戦1
予定通り、ファミルが来た。ファミルがいなければ今回の作戦が成功する可能性はゼロである。だから、ファミルが来るまでは太郎とリサを地球に戻すことはできなかった。
ファミルは、青木の体に入っているカイトから今回の作戦を聞いた。そして静かに目を閉じた。ファミルは相手の強さをイメージしているのだが、全力で対応しないと勝てない相手であると悟った。
「たしかに、今回ばかりは私がやらないと難しいようね」
そう言いながら、ファミルは好戦的な笑顔を見せた。強化系魔法を覚えたにも関わらず全力を出す機会がなく、本気を出して戦える状況を待っていたのだ。それが、今回ようやく実現する。なにしろ相手は常人の全く及ばない力を持つ存在である。一人の囚人に百人の霊が入れば、百倍の力を発揮できる可能性がある。可能性があるという曖昧な表現が必要だが、それらの霊の意思を統一する存在が必要なのだ。入った霊がバラバラに動こうとすれば、かえって弱体化してしまう。
しかしながら、今回はその中心になる存在がいて、意思統一をして襲ってくるので、千倍・万倍の力を発揮する可能性すらある。
そうなるとファミルでも負ける。
元々強かったファミルだが、ラケルの開発した魔法でさらに強化できるようになった。しかし、特訓の末にようやく得た魔法で強化する必要が全くない相手ばかりだったので、魔法を使う機会がなかったのである。今回はその魔法を使っても負ける可能性があるほどの状況で腕が鳴る。
久々に魔法を使って体を強化する。そして動いてみた。最高速度を出すと音速を超える毎に衝撃波による爆音を発生させ近くに人がいれば危険である。しかし、強化された相手に衝撃波で何とかできるほど甘くはない。音速は超えられても、強化した体で大木は倒せても、洗練された技で触れた瞬間に相手を投げても、まだまだ安全に勝つには全く足りない。本当に厄介であり、本気を出せることが嬉しくてたまらない。
「太郎とリサは、まだ来ないの?」
待ち遠しいとばかりに、ファミルはカイトに聞いた。カイトは嬉しそうに準備運動をしているファミルに対して、確認するように言った。
「今回の相手は囚人たちと八十万の霊たちです。霊たちは囚人の体のことは全く考えずに限界を超えた力を出すでしょう。だから、囚人たちは人間とは思えないような力を発揮します。そんな相手が百人以上いるんです。とても危険な戦いになりますが、それはわかっているのですか?」
「想像してみて、私でも負けるかもしれないと思った。でも、それぐらいでないと意味がない。勝つとわかっている相手はつまらない。今回は本気を出せるんでしょう? ……だったら、早く戦いたい」
「……覚悟の上ですか。わかりました。準備は大丈夫ですね。一番の心配はあなたが怯えることっだったのです。しかし、今のファミルなら大丈夫そうですね。では、リサと太郎のところに行きましょう」
そう言って、カイトとファミルはゲートを通ってルカナンに行った。太郎とリサにはすぐ会えた。予想通り王宮にいたからだ。野球をユーナス全土に広めるために監督となってもらう人を増やすのだ。まずはユーナスの言語をマスターしてもらうために意思疎通魔法を覚えてもらう。その特訓中である。既に、太郎とリサがいなくても大丈夫なまでの段階になっていたので、いつこの場を離れても大丈夫であった。
カイトは、太郎とリサに作戦を伝えた。今回はファミルでも負ける可能性はゼロではないと聞き、太郎は悩んだが、リサがファミルが嬉しそうにしているのを見て問題ないと思い、太郎に言った。
「太郎、……ファミルがやる気になっているわ。ファミルの本気なんて相手にとっても想定外なはず。私と太郎を相手にするはずがファミルまで出てくるとなったら、相手も混乱するんじゃないかな?」
「想定外……そうか。それもそうだね。魔法で強化したファミルの力は僕もまだ見たことがない。正確に言えば特訓で魔法を使っている姿は見たことがあるが、それを実戦で使っている姿は見たことがない。恐らく想定していても対応が難しいはずだよね。それが想定外ならば、……確かに何とかなるかもしれない。」
カイトは青木の体を出て太郎の中に入ることにした。青木は先に戻って安全な場所に行くことになる。他にも協力してくれる霊達が太郎とファミルの中に入る。ナンシーはいつも通りファミルの中に入る。リサにはジンが入っている。準備は万全である。それで地球に戻るため、ゲートを通って地球に戻った。
地球に戻ると、ゲートの近くに既にたくさんの男たちがいた。脱走した囚人たちだ。異様な雰囲気を感じる。レイガが指示して霊達をこの場所に集めていた。三兄弟が入っている囚人がどの人かわかるようにしてくれている。なにしろ白いシャツにBROTHERSと書かれている。
ここまでは、作戦通りであった。しかし、ファミルの姿を見て驚いたのは相手側だ。
『どうなってやがる……ファミルがいるなんて話が違うじゃないか』
『太郎を襲っている場合じゃない。作戦変更だ』
なんと、太郎を襲う予定の霊達が囚人の中に入って行ったのだ。囚人一人一人の戦力が大幅に上がった。八十万の霊達が百人の囚人たちに入ると一人当たり八千人の霊が入っている計算になる。最大八千倍の戦力である。中心になっている霊による統率が取れればだが。
実際には、即席で作った集団であるのでそこまでの戦力は出ない。しかし、統率されているので少なくとも数百倍の戦力にはなるはずである。かなり厳しい戦いになることが予想される。ともかくゲートの先であるユーナスに相手をおびき寄せる必要がある。
太郎はわざとゲートを開放したまま、叫んだ。
「大変だ。どうして僕がここに来ることが分かったんだ! みんな逃げろ!」
ちょっとわざとらしいが仕方がない。相手の注目を集めるのだ。そして太郎はファミルに耳打ちした。
「ファミル、悪いがファミルはこちらにいて敵が全員ゲートを通過するのを見守ってくれ。ファミルが最後にゲートを閉める。それで最終決戦はユーナスで戦おう」
ファミルは、任せろと言わんばかりの表情で頷き、そしてゲートから遠い場所に移動した。
脱走した囚人たちは、太郎とリサを追って次々にゲートを通過した。ゲートの先はユーナスのルカナンである。広い場所なのでたくさんの人数が来ても平気である。
ファミルは、残った敵がゲートを通るようにわざと大声で言った。
「こちらに残るものは私が相手をする。太郎とリサを追うなら行くが良い。私はこちらで戦う。」
半分本当で半分嘘である。全員がゲートを通過したらファミルもユーナスに行くからだ。それまでの時間は地球に残るという意味では本当だ。
ファミルを知っている者ならば、ファミルを相手にするのは危険であると思いゲートの先に行くはずである。ゲートの先には太郎とリサがいる。作戦は概ね成功した。百十二人いる中で百三人がゲートを通過した。残りあと十人程度。正確には九人である。ファミルは言った。
「わかった。私が相手をしよう」
ファミルは自分に複数の強化魔法をかけて、戦力を大幅に上げた。




