<70> 異世界で中島ゆりさんがんばる
中島ゆりさんは、異世界で修行をすることになった。もちろん言葉がわからないので、リサも通訳として中島さんのサポートを行う。今、ラケルのいる王宮に向けて三人で歩いているところだ。森の中の道を歩くのに、リサは目が見えないゆりさんの横に並んで支えるようにして歩く。
「あの、ここが異世界というところなんですよね?空気が新鮮というか、清々しい気分になります」
それについては僕も同感だ。最初に来た時に飲んだ水は、それはもう信じられないぐらい美味しかった。リサもこの世界のことを気に入ってもらえて嬉しいようだ。
「水も美味しいし、料理も食材が新鮮で美味しいんだよ」
僕はガラスのコップに川の水を汲んできて、リサに渡した。僕が信じられないと思ったほど美味しいあの水だ。リサは優しくコップをゆりさんに持たせてあげた。そんなに喉は渇いてなかったと思うが、ゆりさんはとても美味しそうに飲んで言った。
「本当に美味しい水ですね。……思ったよりずっと美味しいです」
王宮に到着し、ラケルのいる部屋までリサがゆりさんの手を引いて一緒に移動し、階段があるのでそこはゆっくり歩いた。ようやくラケルのいる部屋に着いたが、ゆりさんは言葉がわからないので、リサとラケルで会話し、ゆりさんのことを紹介した。ラケルは、お願いした研究のために忙しいので、魔法の修行に関してはこちらで勝手にやらせてもらうことにした。
魔法の修行用に、地球から乾電池百本と再生に使うためのボイスレコーダーを持ってきている。こちらの世界で使うには、乾電池は必需品。なにしろコンセントに差し込んで充電とかできないからね。
「ゆりさん。まずは詠唱魔法を唱えて魔法を発動させる必要があるんだけど、録音データを何度も再生してちょっとずつ覚えるといいよ」
「太郎さん。わかりました。やってみます」
ゆりさんは、思った通り努力家であった。何度も繰り返し練習している。その調子でがんばれと、僕は心の中で応援した。
その日はリサとゆりさんが一緒の部屋で寝た。ちなみにトイレは日本から異世界に持ってきており、王宮を改造してタンクに水を定期的に魔法で追加し、水を流せるような仕様にしている。王宮の人々は、今やこのトイレ無しには生活できない状況だ。トイレットペーパーも日本で買ったものを付けている。地球の人々がこちらで生活するために、いろいろ工夫しているのだ。
朝、早く起きて食事をし、また魔法の修行を開始する。すると、ゆりさんが急にごめんなさいと謝り始めた。どうしたのか聞くと、ボイスレコーダーが壊れてしまったと。音が聞こえなくなってしまった……って。これ、電池切れだね。電池交換したら使えた。
「電池切れだったんですか。私は壊しちゃったかと思ってびっくりしました」
リサは機械とか得意だったりするが、ゆりさんはちょっと苦手なのかも。そう思って聞いてみた。
「ゆりさんは、機械とか苦手なんですか?」
「ちょっと、その……苦手……なんでしょうか? 昔から、ちょっと動作がおかしくなったら、誰かに何とかしてもらってました」
リサが、機械操作で困ったところを見たことがなかったので、ちょっと新鮮だなと思った。リサは、ゆりを見て笑顔で言った。
「ゆりさん、機械のことは私に任せてもらって大丈夫ですよ」
「リサさん。お願いしてもいいですか? 次、電池交換が必要な時に私がやると壊れそうで……」
「大丈夫。ゆりさん、その時は私に言ってね!」
目が見えないのに機械が苦手では、電池交換も難しいだろう。リサはゆりさんのサポートができてむしろ嬉しいようだ。それから、ゆりさんは時間を惜しんでがんばったのだった。そして、この王宮に着いてから三日ほどで魔法を成功させた。これは、普通の人に比べてかなり短い時間だと思う。
「リサさん。太郎さん……、やった!……やりました。魔力が体を通して外に出るのが分かりました。これが? 凄いです。これが……これが魔法ですね?」
ゆりさんは、とても嬉しそうだ。リサも良かったねと、成功を喜んでいた。詠唱魔法はひとつが成功すると、他の魔法も次々と成功するようになった。
魔法を使う感覚を覚えて、無詠唱魔法の練習に移る。ステータスを見てもらうと、ゆりさんの精神力は三千を超えていた。無詠唱魔法を使う条件は既に整っている。リサは驚いている。
「ゆりさん……凄いだろうとは思ってたけど、まさか三千を超えてるなんて……」
そして、無詠唱魔法は難なく成功した。しかし、難しいのはここからである。無詠唱で魔力操作の感覚を得て、その後に視力を取り戻す魔法を成功させなければならない。
「太郎さん。再生魔法というのは、かなり難しいとリサさんから聞きました。今、その魔法が使えるのは太郎さんだけだとも。ラケルさんが研究中だとは聞いてますが、その研究は、今日や明日なんとかできるものではないとも聞いてます。太郎さん、教えてもらえますか?」
僕は、ゆりさんに再生魔法の説明をした。
「ゆりさん。魔力を目に集中させて。目が見えていた時を思い出して。視神経を脳に繋げるイメージで、正常な目をイメージして、右目は左の脳に、左目は右の脳に、それぞれ届くイメージで。目の機能が回復して少しずつ視力を取り戻していくのを感じて」
実は、再生魔法に必要なのは正常だった時のイメージと正しい医学的な知識と魔力操作である。だから、それに必要なキーワードをゆりさんに言ったのだ。
僕がアドバイスをすると、ゆりさんは魔力を操作して視力回復のため集中した。ゆりさんはしばらく魔力操作を行っていた。それからゆりさんは、周囲を見渡すような動作をして言った。
「あ……、明るい。さっきまで真っ暗だったのに、明るく感じる。まだ見えないけど、光を感じます。これって……。少し成功してますよね?」
視力を失った人が、光を感じられるようになったというのは、大きな前進だろう。実はまだ前例がないので、これからどう視力を回復していくのか僕もわからない。ゆりさんが成功者の第一号となる。そうすれば、異世界の病院のための研究としても大きな前進となる。
「その調子で、がんばれば見えるようになると思う。リサ、後のサポートをお願いしていいかな。僕はこれからちょっと日本でテレビ放送の件で打ち合わせがあるから。それが終わったらまた戻ってくる」
「うん。大丈夫!ゆりさん。がんばろうね」
「はい。がんばります」
ゆりさんは、とっても良い笑顔をしていた。もう大丈夫だろう。今までの状況を受け入れ乗り越えてきたから精神力は高くなっている。そして、今、魔法が使えることに喜びを感じているからさらに精神力が高まり三千を超えるまでになった。アドバイスもしたし、リサにもお願いしたから、もう僕にできることはあまりない。
僕は、リサとゆりさんを残して日本に戻った。テレビ放送の打ち合わせがあるのだ。約束の時間までの余裕はそんなにない。みんな忙しい身なので、時間厳守の約束だ。僕は打ち合わせの場所に向けてタクシーで移動したのだった。




