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第二話 イチローの日常と背中合わせの願望

僕は柏木イチロー(かしわぎ・イチロー)。それが僕の名前だ。年齢は十七歳、ごく普通の公立高校に通う二年生。どこにでもいる、特徴のないモブキャラだ。


両親はIT関係。三つ下の妹はちょっと生意気盛り――そんなありきたりな設定を持つ俺の日常は、誰の目から見ても退屈で、平和で、そして、平凡だった。



授業が終わり、ダルい掃除当番を終えた後、俺はゴミ袋を抱えて校舎裏へと向かった。そこには案の定、いつもの顔ぶれが待ち構えている。いわゆる「意地悪組」――つまりは弱い者いじめを趣味とする四人組の暴力集団だ。


取り巻きの一人が、鼻につく愛想笑いを浮かべながら、俺の顔を下から覗き込むように言った。

「よお、柏木くん。ちょっとアイスクリームが食べたくなっちゃってね。悪いけど、コンビニで買ってきてくれないかなー?」


いつもの強請り集りだ。普段なら、舌打ちの一つも飲み込んで、適当に金を渡して終わらせていた。だが、今日の俺はちょっと機嫌が悪い。昨晩、楽しみにしていたラノベの最新刊が休載だと知ったせいかもしれない。


「わかった」


僕は低い声でそう応じると、ゴミ袋をドサリと地面に落とした。その瞬間、空気が変わる。

次の瞬間、校舎裏に響いたのは、金属バットが振り下ろされるような重い打撃音と、獣のような呻き声だけだった。


最近、手に入れた『身体強化』の成果だ。どうやって手に入れたかだって。

それは秘密。『不思議な声』によると普通の人の2倍は出るらしい。

暴漢と呼べる四人組の動きはスローモーションを見るようで、俺のこぶしは、彼らを数秒で倒した。


俺は強い。

それは知っている。だが、そんな強さも、この退屈な日常を破る助けにはならない。


「あーあっ……」っと。


ため息はマイナスの霊を引き寄せると、婆様がよく言っていた。

『ダメよ!』って。


学力は中の上。好きな女の子はいない。そして、俺が心から愛してやまないのは、剣と魔法、スキルとチートに溢れた異世界転生モノの小説や漫画だ。世間ではオタクと呼ばれるカテゴリーに属するらしい。


僕は「普通」に飽きた。心底、この世界に飽き飽きしていた。


僕が求めるのは、強敵との戦いでも、ハーレムでもない。ただ、この退屈な世界ではない、別の世界だ。最近、世間を騒がせている『未知へのゲート』あの禍々しい『黒い膜』に潜り込みたかった。



いつものように、新井川(あらいがわ)の土手を、ヘッドホンで音楽を聴きながら歩いていると、向こうから見慣れない男がやってきた。ピシッとしたスーツに身を包み、いかにも「役人」という雰囲気を漂わせている。


男は俺の目の前で立ち止まると、内ポケットから名刺を取り出して差し出してきた。

「私は政府機関の者です。柏木イチローくん、ですね?」


そして、衝撃的な言葉を口にした。


「実は、我々は『未知へのゲート』に潜る特殊な素質を持つ人間を、集めていましてね」


その言葉を聞いた瞬間、俺は歓喜の声を上げていた。

――ついに、来た。


後日、男に指定された場所に行ってみると、そこには大型のクルーザーが、静かに波止場に止まっていた。先日会ったスーツの男が、中から降りてきて、乗船を促す。


「異世界へ行けるぞ!」


僕は思わず心の中でガッツポーズをした。


家族には政府機関からの説明があったようで、本人の意思次第で参加はOKとなった。ただ、一つだけ心残りがあるとすれば、泣き腫らした目で「私も行きたい!」と駄々をこねていた妹の姿だけだ。


ともあれ、これでもう、僕の「退屈な普通の日常」は、終わりを告げるだろう。


新たな世界が、僕を待っている。

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