第四十八話 結婚
婚礼の朝、リリアーナは、静かに支度を整えていた。
白い衣装に身を包みながら、リリアーナは、この日が、自分にとって、どれほど特別な重みを持つものであるかを、しみじみと感じていた。
ふと、遠い日の記憶が、一瞬だけ、脳裏をよぎった。
婚約破棄を告げられた、あの日の記憶。「王家に相応しくない」と言われ、役立たずと呼ばれ続けた、あの頃の自分。
だが、その記憶は、もう、リリアーナを傷つけるものではなかった。ただ、遠い過去の一場面として、静かに通り過ぎていくだけだった。
「――支度は、進んでいるか」
部屋に、カイルが顔を出した。
「お兄様」
「――綺麗だな」
カイルは、少し照れくさそうに、そう言った。不器用な言い方だったが、そこには、確かな祝福の気持ちが込められていた。
「まさか、お前が、こんな日を迎えるとはな」
「私も、思っていなかったわ」
リリアーナは、静かに微笑んだ。
「お兄様のおかげで、ここまで来られた気がする」
「――俺は、大したことは、していない」
「十分よ」
二人は、しばらく、穏やかな時間を分かち合っていた。
やがて、時が来た。
大聖堂に、多くの人々が集まっていた。国王、王妃セシリア、側妃マリアンヌ、セドリック、そして、少し離れた場所に、セレナの姿もあった。それぞれが、この慶事を、静かに見守っていた。
アレクシスとリリアーナは、多くの人々に見守られながら、誓いの言葉を交わしていく。
形式的な誓いの後、アレクシスは、自分自身の言葉を、静かに付け加えた。
「――俺は、王として、この国の人々を守ると誓う。そして、一人の人間として、リリアーナ、お前と、共に生きることを誓う」
その言葉に、リリアーナの目に、静かに涙が滲んだ。
「私も」
リリアーナは、しっかりとした声で、続けた。
「価値がある人間だから、隣にいるんじゃない。私自身の意志で、あなたの隣を、選びます」
その言葉には、これまでの物語のすべてが、静かに込められていた。
二人は、静かに、しかし確かな絆で結ばれた、誓いの抱擁を交わした。
式に立ち会う人々の中に、それぞれの感慨があった。
セドリックは、兄夫婦の姿を見つめながら、自分自身の歩みを、静かに重ねていた。セレナは、その隣で、小さく微笑んでいた。マリアンヌとセシリアは、それぞれの後悔と、それでも確かな祝福の気持ちを胸に、この日を見届けていた。
誰もが、それぞれの物語を歩みながら、この慶事を、心から祝っていた。
鐘の音が、大聖堂に、静かに響き渡った。
役立たずと呼ばれた令嬢と、廃太子となった王子。
二人の物語は、ここに、一つの、大きな区切りを迎えていた。
だが、それは、終わりではなかった。
これから始まる、新しい日々への、確かな始まりだった。




