第四十九話 エピローグ
結婚から、いくつかの季節が過ぎていた。
王国には、穏やかな日々が続いていた。大きな事件もなく、しかし、確かな変化を積み重ねながら、時が流れていた。
アレクシスとリリアーナは、王と王妃として、市井で得た視点を忘れることなく、日々の統治にあたっていた。地方の声に耳を傾け、身分に関わらず人を評価する。かつての「役割を守る家」は、今や、確かに「人を守る家」へと、その姿を変えていた。
セドリックは、書庫での自主的な学びを、やがて、王国の歴史を正しく後世に伝えるための、新しい役職へと発展させていた。誰かに命じられた道ではない。自分自身の意志で見出した、確かな居場所だった。
セレナは、聖女候補としての立場を、演じるのではなく、自分の意志で選び直しながら、日々を過ごしていた。その傍らには、しばしば、セドリックの姿があった。二人の関係に、まだ名前はついていない。それでも、温室で過ごす時間は、二人にとって、少しずつ、特別なものになりつつあった。
カイルは、伯爵家の当主として、そして王家を外から支える存在として、相変わらず忙しい日々を送っていた。だが、その忙しさの中に、以前にはなかった、確かな充実があった。
マリアンヌとセシリア、二人の母は、それぞれ、過去と向き合い続けながら、以前とは違う、穏やかな時間を過ごしていた。息子たちを、役割としてではなく、一人の人間として見つめ直す日々が、静かに続いていた。
レオンハルトは、伯爵として、地位を落としながらも、その知見を、この国のために使い続けていた。彼が、自分の正しさを完全に手放すことはなかった。それでも、その働きは、確かに、国を支える力の一つになっていた。
ある日、アレクシスとリリアーナは、二人だけで、あの町を訪れていた。
護衛の目を最小限に抑え、かつてのように、静かに、町の通りを歩いた。
「――あんたたち!」
宿の女将が、二人の姿を見つけ、驚いた声を上げた。
「まさか、本当に、王様と王妃様になるとはねえ」
薬屋の店主も、懐かしそうに、目を細めた。
「あんたの薬草の腕、王宮でも役に立ってるかい」
「――ええ、おかげさまで」
リリアーナは、温かく微笑んだ。
「兄ちゃん」「リリアーナさん」――かつての呼び名が、今も、この町では変わらずに使われていた。それが、二人にとって、何よりも嬉しいことだった。
その帰り道、リリアーナは、静かに、自分の力について、あらためて考えていた。
《価値鑑定》。
地位を測る力でも、能力を測る力でもなかった。人の価値とは、身分でも、能力でも、他人から与えられる評価でもない。その人が、何を大切にして、どう生きているか。そして、ただ、その人がその人自身として、そこに在ること。
それこそが、本当の価値だった。
「――何を、考えているんだ」
隣を歩くアレクシスが、そう尋ねた。
「私たちの、これまでのことを」
リリアーナは、静かに微笑んだ。
「『名前のない季節』から、始まったのよね」
「ああ」
アレクシスも、静かに頷いた。
「名前で生きる季節を経て、名前を選び直して、役割を脱いで――今、ここにいる」
二人は、どちらからともなく、手を取り合った。
夕暮れの空の下、二人の影が、静かに並んで伸びていた。
王子でも、令嬢でもない。ただ、アレクシスと、リリアーナとして。
二人は、これからも、共に、歩んでいく。
その先に、どんな季節が待っているのかは、まだ、誰にも分からない。
それでも、確かなことが、一つだけあった。
自分自身として生きること。
それこそが、何よりの、価値だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
リリアーナとアレク、一度肩書きを失った二人が、自分自身の価値を見つけ、もう一度、自分の意志で人生を選ぶ物語、いかがでしたでしょうか?
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今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
次回作、10/28(水)7:00より連載開始します。
タイトル
『悪役令嬢』は、婚約破棄された令嬢を拾いました
婚約披露の夜会で、婚約者から一方的に破棄を告げられたメルティナ・オルシェイド。呆然とする彼女の前に、深紅のドレスとバラの香りを纏った令息が現れる。
自分らしく生きることを教え合う二人の物語です。
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